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第5話 暗躍する錆びた釘


 どこか、和洋を組み合わせた雰囲気を思わせる此処は、薄暗い部屋であった。


 テーブルを囲んで話すは3人の男、表情は茶飲み友達と話すが如く柔らかだが、彼らの持つ気配はただならぬ殺気、血生臭さを感じさせた。


「グランボルガ。奴を見抜けなかった我々の状況は宜しくない」


 テオドール=グランボルガ故人――先の王都魔人襲撃の手引をした、前トロンリネージュ外交責任者。


「ゼノン王は大層ご立腹だ。そしてアンリエッタ、彼女は王室全域を掌握しつつある」


「感付かれたら、我々はお払い箱ではすみませんな」


 初老の男が笑みを浮べる。


「カターノートからの……アーサー王からの資金援助が止まれば損害は莫大な額だ。笑い事ではないぞ火喰い鳥」


 世界最古の国家トロンリネージュ――この国は傭兵王国ゼノンとカターノート共和国とは親密な繋がりがある。


 元々この3つの国は1つであり、人間領の王の起源は元々は初代トロンリネージュ王にさかのぼる。


 国が3つに別れたのは、第二次人魔戦争が終結した約400年前、トロンリネージュに貴族と平民という身分が生まれた事に不満を持った人々が離反した事がキッカケである。


 魔法を使えなかった人間がゼノンを建国。

 魔法が使えたが、その制度に不満を抱いた当時のトロンリネージュ王は王位を破棄しカターノートを建国した。


 しかし、我が子らと国民を捨てた事を悔やんだカターノートは、影から王都を守護する事を決意する。元々人望の厚いカターノートの申し立てにゼノンの王もそれに同意、秘密裏に盟約が結ばれた。


 トロンリネージュ王ですら知らない影の盟約。

 その内容は単純明快であり、王を守護せよ、そして王の敵を滅ぼせ。それのみであるが、カターノートの莫大な資金贈与により400年ものあいだ守られている。


 王を守護する一族。

 そして秘密裏に王に仇なす者を消す一族。


 現在この2つ機関が王都には存在する。

 そしてここに居る者達は、王都の汚れた仕事を一身に担う闇の機関。


”王都のルシアンネイル”に与する者である。


「更に此処に来て、奴のお遊びで一気に噂が広まりつつある」


「古の盟約の一族とはいえルシアンの筆頭があれでは」


「下らない私用に暗部を動かしていたとは――おのれ!」


 ドンッ!


 男は表情を変えずに机を殴りつけた。


「些か目に余りますねぇ」

「アンリエッタ……あの皇女は噂通りの天才だ。先代の王より感も良い。感付き初めている」


 初老の2名は表情ひとつ変えず話し合っていた。

 跪き、この話を聞いている男が更に一人。

 恐らくこの2名の部下であろうか、男は目を伏せながら初めて口を開いた。


「初めはカモフラージュの為だったようですが、娘を生かしておいたのが仇になりました」


「それに関して貴様の兄……”トキ”が情報を操作しているが、一度広まってしまうとそれも難しかろう」


 老人は冷ややかな目で眼下の男を一瞥する。


「当然ですなぁ……不自然過ぎる」


「申し訳ございません」


 ここは王都には違いないが、装飾がアイヌのそれに近くエキセントリックな雰囲気を漂わせ何処か異国を思わせる。


 そして入口側が騒がしい、何かの店のようだ。


「お前の仕事は王室に気取られないように秘密裏に動く事だ違うか?」


「はい、仰る通りです」


「ならばサギよ、お前のやることは解っているだろう」


 この跪いている男――サギ。

 呼ばれた男は顔を上げ老人に初めて目を合わす。


「クワイガン王は何と」


「こんな失態が報告できるとでも?」


「宜しいのですか」


「サギ、貴様の失態だどの口がほざく」


 怒っているようには聞こえない。

 あくまで淡々とした口調ではあるが、その気配には闇の者特有の殺気が混じっていた。


「失礼致しました」


 サギは再び視線を下げる。


「穏便に、だ。サギ」


「はい」


「気取られるわけにはいかん。この件には鴉を付ける」


「鴉を? 奴は腕は申し分ないが些か若すぎる。騒ぎになっては元も子もない」


 サギに指示を出している2人の老人。

 その片割れの瞳に少し動揺の色が宿る。


「ヒクイドリ、これには奴も咬んでいる話なのだ。それに王都にはミスティネイル……特に厄介な”蒼炎”がいる……奴以外に適任がいるか?」


「……成程、そういう人選でございますか」


 蒼炎――その名で納得したようだ。

 以下の決定が下される。


「決定だサギ。お前が手を回して鴉を動かせ。言っている意味は解っているな」


「理解致しました。全て、で宜しいのですね?」


「次の頭目の者は既に決まっている……全てだ」


「はい、それでは……」


「我々は王都の為にいるのだ。違うか?」


 全ては王都の為、サギに男は念を押す。

 しかしこの老人は、会話の最後の最後で私利私欲の感情が見て取れた。


 アイロンの掛かった見事な執事服の男は立ち上がり、腰を曲げる。


 ワザトラシイ笑みを浮かべ、一礼した。


「それでは――デイオール一族もろとも全て、消えてもらうと致します」



 ◆◇◆◇



 人間領三大国の一つ傭兵王国ゼノン。

 傭兵王クワイガン=ホークアイが収める国家であり、位置はトロンリネージュの東に当たる。


 大陸の最も東方、火の国ジパングと呼ばれる島国の隣に存在し、魔人と小さな戦争の耐えないこの大陸で傭兵資金を国益としていた。


 ゼノンの傭兵という素手の兵隊団を主戦力として保有し、魔法を行使せず武装気ブソウオーラを纏った肉体一つで戦う猛者であり、陸戦兵力では大陸最強の強さを誇る国家である。


 特にこの傭兵ランク上位十名は”錆びた釘ラスティネイル”と呼ばれ、人外の強さを誇る一騎当千の修羅達であった。


 約四百年前トロンリネージュから離反した人々がゼノンを建国した際、移り住んだ土地に元々住んでいた先住民族の言葉と格闘技、そして”魔人剣”と呼ばれる世界最古の剣術を源流にした三つの流派が存在する。

 

【白派レタラ】

新しい技を取り入れていく先進派。


【蒼派シウニン】

一つの技を極限まで昇華させる古流派。


【黒派クンネ】

先住民族の古流闘法をベースにした暗殺式流派。


 ゼノンの傭兵は名と性の間に、この色の名・・・が入り流派で異なる。





「はぁぁぁぁぁ……つ~まらねぇ仕事だったなぁおい」


 ゼノン王国唯一の城塞都市ワンペエイネの郊外。

 欠伸を吹かすのは、一仕事終えた18歳の少年カルス=シンクレア。

 

 どこか人を喰ったような面持ちの青年であった。

 

 周囲には魔人と思われる死体が5体と、数え切れない悪魔デーモンの死体が転がっている。


 この場にはまだ成人していなさそうなこの少年と女性が一人居るだけだ。


 この2名だけで数千の兵力に匹敵する魔人を倒したという事になる。


「こん~な気持ちの悪いモン、欲しがる奴の気がしれねぇよ」


 この少年の手には様々な色の結晶球、魔人核アンバーコアが握られていた。


 魔人の心臓である。

 魔人核アンバーコアは裏で高値で取引され、これを回収するのが目的だったようだが。


「たかだか5体の魔人に錆びた釘ラスティネイルが2人も出るこたねぇのによぉ~なぁ絃葉ぁ?」


「…………」


 絃葉と呼ばれた女性はその問いに答えず。

 自分の着物に着いた埃を払っていた。

 ジパングの浴衣を動きやすく改良した衣服に見える。


「お~い無視すんなよなぁ~生きてますか~あぁ?」


 その再度の呼びかけに黒髪の女――神無木=絃葉は溜息で返した。


ワタクシは暗部の者とあまり慣れ合いたくないのです。先に帰らせて頂きますね」


 年の頃20代前半――横一文字に揃えられた前髪の大和美人絃葉は、カルスにそのまま背を向け歩き始めた。


「お~いおいおぃぃ失礼言うなよぉ。オレのが先輩だろ」


「先輩ではありません上位なだけです。それに私の方が年は上です……指図される憶えはありません」


 ゼノンの上位傭兵錆びた釘ラスティネイルには一位から十位までがあるが、これは階級では無く地位は皆同じである。


「じゃぁネーチャンよ~ツメタクしないでよ。オレ友達少ないんだからよぉ」


 しつこいカルスに心底うんざりした様子で、絃葉は再び溜め息をつき、足を止めて向き直る。


 馬鹿な他人の子に向ける母親の顔、といった様子だ。


「カルス……見た目通りの子供では如何に字名あざなを持つ者と言っても底が知れますよ。もう少し自重なさい」


「おっほー! 呆れたお顔もウッツクシ~さっすが紅一点の絃葉様じゃんねぇ」


 ケラケラ笑うカルスに、絃葉は今一度溜め息をついたが、空気が緩やかだったのは、カルスの次の言葉迄だった。


「トロンリネージュの暗部に聞いたんだがよ? お前の師匠よぉぉぉたっかだか4体の魔人に遅れをとったらしいぜぇ? ”蒼炎”の名が泣くねぇ引退進めてやれよぉ絃葉いとはオネ―チャン? クカカ♪」


……ピシッ


 場の空気が変わる。

 2人の足元の小石が震えだし、威圧の武装気で周囲に散らばった下級デーモンの死体が振動し出した。


「貴方の未熟な心同様こころどうよう、安い挑発ですねカルス……しかしクロード様を侮辱されては私も黙っていませんが」


「ワォ!10位の姉さんが3位のオレの相手してくれんの~?超こえぇ~んですけど」


「それは去年迄の話です―― 」


 ニヤリ。

 鴉と呼ばれた少年――カルス=シンクレアの口角が歪む。


「へぇ……字名を出すか。ヤル気かよネーチャン」


 ゼノン王国上位傭兵の十名は相手の字名を呼び合う事が死合いの開始を意味する。


「売って来ておいて……何をいうのか下郎」


 他門派の人間を必ず殺す。

 そう判断した時、字名を相手に教えるという古い仕来りシキタリも存在するらしい。


 武装気ブソウオーラを纏い既に臨戦態勢の絃葉に対し、魔人の死体に無防備に座っているカルスは腹を抱えていた。


「クカカッ…でもオレさぁ、今日腹の調子が、生理が重くってさぁ……ぬぁ~んちゃって――ね!」


 ヴッ――刹那!

 カルスは絃葉の横をすり抜け、彼女の遥か後方に出現する。


 そこから首だけを回してニヤリと笑う。


「じっつはオレ今からお仕事なんよ、アンタの嫌いな殺しのな? 暇潰し付き合ってくれてアリガト絃葉オネェェェェェェェちゃん♪」


「…………」


 カルスの座っていた場所の地面が深くえぐれている。


 言うだけ言って、カルスは手を振って帰って行った。


「暗部如きに、一杯食わされましたか」


 絃葉の着物が再び埃まみれになり……帯ごと脇腹が切り裂かれていた。出血し、着物が乱れ素肌がキワどく見え隠れするが、彼女にはそんな事はどうでもよかった。


(強い。――ワタクシではまだ奴には)


 少年の高速移動術”縮地法”それを無音で行うゼノン暗部の秘儀。


暗歩デフォ


 カルスの動きが絃葉には全く見えず、実力の差を思い知らされる形となったのだ。


 彼女の忌み嫌う暗部”暗殺部隊ドランブイ”に身を置くカルス=クンネ=シンクレア。


挿絵(By みてみん)


 カルスは18歳という若さで上位傭兵となった天才である。


 絃葉は幼き頃より修練を積み重ねて努力したに対し、カルスは武術を始めて3年で錆びた釘ラスティネイル3位となった。


「……っ」


 絃葉は火の国の良家の生まれである。

 幼い頃両親を暗殺され、単身で海を渡りゼノンに亡命した苦い過去を持つ。


 そんな幼い少女だった絃葉を拾ったのが当時ラスティネイル2位だった男――蒼派クロード=シウニン=ベルトランであった。


 彼女は人を殺す拳ではなく、制す拳を目指し必至に努力してきた人間である。両親を闇討ちした卑劣な暗殺術を憎んでいるのだ。


御義父おとう様……申し訳ございません。絃葉の目には、まだ見えないモノが多いようです)


 拳を血が出るまで握り締めた。

 ゼノン最強を誇る錆びた釘ラスティネイル十人が一人――絃葉=シウニン=神無木。


 彼女は俯き、悔しさに涙を浮かべる。



 ◆◇◆◇



「こんぞコレッ!甘味の革命じゃにゃい!?」


 王都トロンリネージュ表参道ジェラート専門店にて、意味不明な言葉を吐いたのは、見た目小学生の魔王レッドアイキャロル=デイオール。


「…美味しいね…魔人領…には無い味…だね」


「お父さんコレお家でも作ってよジェラート~」


 金持ちの平民を装ったキリンとキャロルは幸せそうに苺のジェラートを食べている最中だ。


「……作ってみせよう」


 対して海賊にしか見えないファッションの影王は、娘を見ながら無表情に呟く。彼の趣味は意外にも料理であり、どの国でも見たことのない料理を得意とする。しかし分量を図るのを嫌う影王はデザートの類には手を出していない。娘のリクエストに新たな扉を開く決意を固めたようだ。


「やたーやったー! イチゴいちご~」


「影王って…ホントにキャロルに…甘いよね」


(……苺から植えるか)


 魔人領に苺は存在しない。

 影王は愛娘の為、苺から栽培する事に決定を下した。


 そんなこんなで娘のワガママにより王都くんだりまで来た魔人家族(仮)はトロンリネージュ旅行を満喫しているようだ。人口を減らすために生まれた存在、魔人とは思えない普通の家族に見えた。


 表通りのオープンカフェでまったりとした時間をくつろいでいたそんな最中、キャロルの表情が急変する。


「魔人核の気配だ――近い」


 鋭い口調になったキャロルが周囲を見回す。


「…え…こんな所に…魔人が?」

「バカが! 殺された魔人の核だ」


 魔王モードとなったキャロルがキリンを叱咤する。

 影王が興奮するなと娘を手で制しながら周囲の気配を探る。


「血の匂い……あの少年か」


 成人もしていないような少年が”ギルド”と書かれた店に入っていく所を視線で捉える。


「ちっ…ウチの子達が」


「今は堪えろキャロル」


「影王ぉオトウサン…でも」


「おち…ついてキャロル…お願い」


 この国のギルドとは職業案内所の事。

 モンスターハントや指名手配犯の情報等も売っている場所でもある。


「トロンリネージュに進軍している魔人はいなかった。ラビットハッチ管轄のゼノンに進軍していた者達か」


「それか出回っている核かのどちらかだなぁぁ人間如き下衆に……胸っ糞悪いなぁぁぁぁもお!」


 魔人核アンバーコアは魔人の肉体が消滅した時、結晶となり残る。魔王はその結晶を再び魔人として再生させる事が可能である。


 魔人核を直接破壊しない限り、魔人は魔王の力によって何度でも蘇える事が可能なのだ。


 目の前の魔人核をみすみす見逃さないといけない状況に苛立つキャロルを、キリンはどぅどぅ静まって~と宥めている。


「核を持ち込んだという事はあのギルド……真っ当な組合では無いな」


 影王がギルドの方を向いて呟いた。

 魔人核の保持は世界共通で重罪とされている。

 核を人間が取り込めば、絶大の魔力を得ることが出来るという説があり、手に入れたい人間は多いのだ。しかし実際は魔素に精神が負けてしまい魔人になってしまう。


「仕方な~いね♪ 今回は遊びに来てるんだし」


「あ…よかった…戻った…」


 通常キャロルに戻ったキリンは安堵の溜息を付いた。

 見ていると腹が立つのかギルドに背を向け、ジェラードに一気にかぶり付く。


(偶然か…今日はやけに重なるものだな。デイオールの血……か)


 プンスカ怒っている魔王が背を向けた丁度その時、ギルドから出てきた一人の少女がいた。明らかに場違いなプラチナブロンドの女学生は周りを見渡し足早に駆けて行く。


 影王が見ていたその娘は、胸以外――キャロルと非常に似た顔立ちをしていたからだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ゼノンについての掘り下げと新キャラがまた興味深かったです。挑発のやっすいのにノッてしまった辺りには絃葉さんの未熟さがあらわれていて、行動の選択に人柄が出るというのはやはり良いな、と思う次第…
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