第4話 彼女の実力
「今日からLv2の実施を行う」
講義室にユウィン=リバーエンドの声が響く。
魔法学院新学期から1ヶ月が経った。
初日の一件以来――ユウィン講師は相変わらず地位の高い貴族講師には嫌われてはいたが、魔法を使えるのに貴族平民共に別け隔てなく接する姿勢がこの国では珍しいらしく、魔法を使えない平民の職員達。格闘術の講師や校務員、メイド、厨房の職員等とは親しくなっていた。
特に王宮に自室を手配して貰っている上、皇女アンリエッタと親しいという噂が立っている為に玉の輿を狙うメイド達からの標的にもなっている――独自の情報網を持つアンリエッタは気が気でなく、学院に足しげく通う事になるのだが、それは別の話で。
「精霊魔法言語からは源流に魔法粒子を送り込み六元素に変換する」
ユウィン講師の担当科目は今年から新しく出来た《魔法戦闘》である。
アンリエッタの要望でLv2の精霊魔法とLv3高位魔法を教える事となっており、近年までLv1しか教えていなかった為に学園支給の教本が無く、講師は全て口頭で話し上げなければいけない。
「手本を見せたい所だがまず君等のすべき事はまず聞くことだ」
ユウィン=リバーエンドにはアヤノという師がいるが、元々潜在的に魔法を使える人間ではなかった彼は、Lv1からLv2に上がるまで年を費やした。
師曰く、魔法粒子を無意識的にに体に取り込める純正の魔法使いとは違い、魔法のイメージ投影をする感覚に慣れるのに時間が掛かるとの事だった――それにしても憶えが悪すぎるとよく罵られたものだが。
その経験故か生徒達には非常に解りやすいと好評ではあったようだ。
「Lv1現魔法ベーシックでは5元素。しかし、Lv2精霊魔法以上の真価は6番目の対魔属性と外部投影技術にある」
この属性の力は魔法使いは基本始め一種しか使えないが訓練により全属性を使用することも可能である。
「今までやってきた5元素の投影は2工程……しかしLv2以上は4工程となる」
魔法因子核から直接、力ある言葉を実行する――Lv1現魔法は2工程。
①変換 ②実行
Lv2精霊魔法以上は4工程となる。
①源流点 ②変換 ③詠唱プロンプト ④実行
源流点ソースコード――自分ではない超常的存在とプロンプト。他者の存在を許容し、力を引き出し実行する己の我儘を通す力――それが魔法言語。源流から力を引き出すか、源流と一体となるか、源流そのものであるか……それが魔道士と粒子体と、定められた者との境目。
「これは全て共通なので、これが出来れば源流が変わるだけで以上の言語も楽だ」
女生徒の一人から手が上がる。
「Lv4も使えるようになりますでしょうか?」
ユウィンは一瞬考える。
「古代魔法を戦闘で使うには単純に魔出力が高くないと無理だ。そうだな…1万以上……という所か」
「い、一万ルーン出力です…か?」
生徒達から落胆の声が上がる。
人間の許容量の平均は1,000ルーンである。
前年度主席が3,000という数字を出したようだが、それでも低い。
1万ルーンもの出力を出せれば高位級魔導士に認定され、王室直下の魔導研究所では最高賃金に近い待遇が待っている。
「まぁ、そんな邪険する事もない……やり方による」
ユウィンは胸の高さに腕を上げ、天井に向かって掌を広げた。
「君達には当分これをやってもらおうと思っていた」
掌に青緑状の炎が灯った。
火の魔法ではない炎の色であり、生徒から歓声が上がった。
「先生それはなんですの!?」
前列の女生徒が興奮した面持ちで立ち上がった。
「これは魔法粒子を外部から掌に集めている」
「外部からですか!?」
通常魔導士は心臓近くにある魔法因子核に、自然に溜まる粒子を直接脳で変換して魔法を放っている。
「色々やり方はあるのだが、精霊魔法以上では源流へ粒子を送る工程と、費する粒子の量が増える。集める感覚と送る感覚は似ていて、練習には丁度いい」
周囲を見渡すとみんなが掌を掲げており、無表情男は頭を掻いた。
「あぁすまん手を広げるだけでは駄目なんだ。自分の胸の因子核に力が集まる様に、掌に念じながらやってみてほしい」
みんな必死に試しているが誰一人出来ない。
「当分これのみをやってもらう。面白くはないがこれが一番てっとり早い」
ふと見ると、一番始めに名を憶えた生徒シャルロットが周りを見回していた。この娘は実施になるとこの一か月、周りを見渡し俯いていることが多い。
気になってはいたが、声を掛けるとこの生徒は赤面して黙ってしまう。
(ふむ……シャルロットか)
『いい年の男が小娘一人に頭を抱えるなんて…情けないですねマスター』
(D、教室で話しかけるな)
『大丈夫ですよ皆真剣にやってますから』
(それでもだ)
『わかりましたよマイマスター』
どうしたものかと思ってはいたが、感情の乏しい彼には気の利いたセリフが演算できず講義を進める事にする。
「上位魔法の基本は、魔法粒子のコントロールだ。自分の力のみで戦闘を行えばすぐに魔力が空になる」
先の魔人との戦いでもアンリエッタが短時間に高位魔法を連発した際、魔法因子核の限界点を超えて吐血した。
核の限界を超えて魔法を打ち続ける事も可能だが、その場合、足りない容量を細胞内に蓄積されている生命力により術を行使している為、臓器や脳にダメージが蓄積し寿命を縮める。
「魔法戦闘において上手く戦うには外と内の力を効率よく使い、そして周りの仲間に頼ることだ」
「せ、先生!」
先程の女生徒セレナ=クライトマンが声をあげる。
この生徒はクラス委員長であり、入学1ヶ月で既に生徒内で自分のグループを持っており、リーダー的存在になっている生徒だ。
「先生どうですか?」
彼女の掌にビー玉程度の青緑の炎が灯っていた。
他生徒からは歓声と不満の声があがる。
「大したものだな……俺はこれが出来るのに2年かかったんだ」
「私才能ありますでしょうか」
「あぁ素晴らしい才能だセレナ。そのままの状態で君の得意な氷魔法を実行してごらん」
「は、はい……くっ」
掌から冷気が放出され、直径1メートル程の氷の塊が出現する。
――ドガンッ!
塊が机に落下し机を破壊する。
生徒全体が驚きの声を上げ、セレナは右手を抑えてポカンとしていたが興奮したように講師に向き直る。
「す、凄いですわ! こんな大きな塊が作り出せるなんて」
「あぁ…すまない机でやるもんじゃなかったな」
修理費をアンリエッタに請求されるのではと、潰れた机を気にしつつも、無表情に頭を掻きながらセレナに歩み寄る。
「右手、見せてくれ」
「え?」
ユウィンは彼女の右手に優しく手を触れる。
彼女の右手が凍傷を起こしていたからだ。
「先生、ワタクシ何ともありませんわっ」
「そうだな、流石だセレナ」
みんなに失敗したと思われたくないらしい良家の娘はプライドの高そうな声を上げる。
ユウィンは彼女の手を離してそのまま教壇に戻った。
(あ、あれ? )
セレナは驚いた。
手の痛みがなくなっていたからだ。
「今の様に外部から集めた力は、今まで使っていた現魔法より高い威力の効果が出せる」
何事も無かったかのようにユウィン講師は続ける。
「これが高位魔法への第一段階だ。しかし、慣れないうちは癒しの魔法を使える人間とペアで行ってくれ」
「どうしてですか?」
質問したのはセレナの隣の女生徒テッサ=ベルだった。あまり高くない家柄の娘らしく、良家のセレナが苦手なようで、癒しの魔法が得意な自分がペアにさせられると思ったのだろう。
「制御がおぼつかない間は怪我をし易い。魔法粒子の量に制御が追いつかないからだ」
ユウィンはテッサの心情を読み、各自に好きな人と組むようにと伝える。
『ユウィン様…本当に貴方って人は』
(何だD、さっきから)
『本当にしょうがない人ですね』
机が破壊された教訓を元に教壇付近に生徒が集まる。この教室は広く、教壇付近は特に広くなっていたからだ。皆がペアを決めきった頃、ユウィンは自分のミスに気付く。
(そうかしまった……シャルロットが)
『マスターは一対一の演算は出来ても、多対一の演算は不得手なようですね…周りが見えてません』
(全く……なんてことだ)
可愛らしい容姿と大きな胸、そして小柄なシャルロット=デイオールという生徒――本来クラスの人気者になりそうなものだが、その内気な性格と高い爵位が邪魔をしてまだ友達がいない。独りきりでいつも机で俯いていたからだ。
こういう時はどうしたもんかと思い。
「シャルロットこっちに来てくれるか」
「ふぇ?」
シャルロット=ディオールは驚いた様子で俯いていた顔をあげた。
「ボ、ボク何かイケない事しましたか?」
ユウィンは脳内で演算していたセリフを実行に移す。
「君の胸が視界に入ると俺が集中出来ないので隣に居てくれないだろうか」
「先生……最低」
テッサ=ベルが冷えた眼でツッコミを入れる。
男子生徒が爆笑しているが女生徒は大半失笑モノだった。
『……不器用な人』
(そのようだ)
我ながらもっとマシなセリフは無かったものかと思いつつ嘆息する。
「ハ、ハイ」
その講師の様子を見てか。
シャルロットは真っ赤になりながらも言う事を聞いてくれたようで、ユウィンの横にちょこんと収まる。背の小さい彼女と並び立つと、どうみても親子にしか見えないシュールな絵図となる。
(そうか先生……ボクに気を使ってくれたんだ。やっぱり変な先生だなぁフフフ)
シャルロットは少し嬉しそうだ。
ユウィンの方も、普通あの位の年の娘は自分の体の特徴を指摘すると嫌がるだろう。それは解っていたのだが、自分を落としてでも彼女に学園生活を楽しんで欲しかったのだ。
だが結果として笑顔になってくれているシャルロットを見て無表情男は笑みを浮かべる。
(変わった娘で良かった)
お互いに変なヤツだと認め合うように。
20分程実施をしていると何人かは魔法粒子を集める生徒が出てきた。先程のセレナ令嬢も既にコツを掴んでいたし、褐色肌のテッサも成功している。
流石元々魔法を使える人間は違うな。
思いながらユウィンは、そろそろかと隣のシャルロットに視線を合わせないまま唇を切る。
「シャルロット、周りに気を使う事や目立たない様にするというのは1つの良い生き方だと思う」
「……え?」
「楽しいかもしれんぞ。目立ってみるというのも」
「先生…な、何を」
「君は既に使えるはずだ……君の因子核から出る魔出力は群を抜いている。恐らくは高位級以上」
「なんでな…なんで…ですか?」
「一番始めの講義で君は、投影という単語を使った。あれは高位魔導師の答えだ。学生の答えじゃない」
高位魔法は源流に魔力を送り、ソースから返ってきた術式を魔導師の力量に合わせて書き換えて外部空間に放つ――投影とは、自分の力以外の未知の力を自分の一面として認識し、受容する事である。
ましてや通学初日の講義の質問である。
自分の因子核の中にある力だけを使うLv1しか使った事のない人間では出ない答えだ。
「俺は君に興味がある」
「え…え……えぇぇ」
シャルロットは動揺していた。
彼女は生まれてきた境遇から、周りに期待された事がなかったからだ。
「君の力を少し見せてくれないだろうか」
20cm以上の背丈より、ユウィンはシャルロットに視線を合わせず周りの生徒を見ながら言う。
「でもボクは、本当は…ホントに」
珍しくこっちを見てくれているシャルロットに、ユウィンは視線を送り、ギコチナイ笑顔で言う。
「構わないよ。そう思っただけだから」
「あ…うん……はい」
その顔を見てシャルロットは今一度俯き、少し考えてから顔を上げた。
その前に、何か小声で呟いていたが聞き取れなかったが。
「分かりました。少しだけ頑張ってみます」
ユウィンは少し彼女の唇の動きが気になったが「ありがとう」とだけ答える。
彼女が深呼吸をして、掌を前方に突き出した。
(……っ)
シャルロットが掌を水平に構えた瞬間、大講義室の空気が一気に冷える。
『マスター危険ランクBと判断――生徒達を!』
(この演算速度と出力は……っ)
その異変に、ユウィンは背中に隠して刺している小太刀の柄に手を添えた。
――――キィイ
突如として現れたのは氷の塊、というより氷海を漂う流氷の壁のような巨大な物体。
生徒達は教卓前にある広い空間に円陣状になって演習していた。その円の中心に先程セレナが作り上げた氷とは比べ物にならないサイズの物体が出現しているのだ。
凄まじいサイズとその凍気に、塊は高い天井を凍結させ張り付いている。
「っ……はぁ」
が、シャルロットが息継ぎをした瞬間に塊は天井から落下する。
他の生徒は、あまりの質量に何が起こったのか解らないでいた。自分達の中心に現れた巨大な氷の落下に無言の反応である。
――ヅキィン
その刹那の時にユウィンは踏み込んだ。彼の小太刀に武装気が揺れる。
(魔人剣――乱!)
落下前に氷の塊は8つに切り裂かれ。
ゴゴゴゴンン……
1m前後になった氷は、そのまま生徒達の円陣の中央に物凄い音を建てて落下する。
周囲にダイヤモンドダスト、氷の粒子が浮遊していた。
「ご、ご、ご、ゴメンナサイ……ボク」
小太刀を素早く背中に直し、ユウィンは彼女に向き直る。
「いや、期待以上だ」
「先生……ボ、ボク制御がまだ全然」
「いいや? ありがとうシャルロット。大したものだ」
無表情が崩れ、笑顔でシャルロットの頭を撫でる。
「わわわわって、ボク今日お風呂入ってないです」
動揺か混乱だろうか訳が解らない事を言っているが。
「「すげえええええええ!!」」
「凄えじゃんディオール !?」
「よかったら放課後、僕にも教えてくれませんか」
一部の男子生徒が歓声を上げ、2人の男子生徒がシャルロットに詰め寄る。
可愛らしいが、いつも独りでいるシャルロットに声を掛ける機会を伺っていた男子のようだ。
シャルロットは、どう喋ったら良いか解らず。
「あの、その、ゴメンなさい」と何故か謝っていたが。
活発そうな男子生徒アベルと礼儀正しそうで紳士を思わせるセドリックは、それでも諦めずに果敢に攻め寄っている。
セドリックは女生徒に人気のある生徒で、アベルは男子友達が多そうな生徒だった。
『終わりよければ…ですねマスター』
「全く大変な仕事だなコレは……やれやれだ」
思うようになれば良いのだが。
離れてみていたユウィンは独り言ちる。
彼はワザと彼女に注目を浴びさせた。
これでクラスに打ち解けやすくなればと思ったのだが、こういうのは逆に目を付けられたりされるかもしれない。
案の定、クラス委員のセレナは爪をかんで何か呟いている。
遠かったので聞こえなかった為、唇を読んだ。
(流石、色魔の一族ね)
そう呟いているようだ。
そこで午前の部終了のベルが鳴り、講義は午後に持ち越される。
先程の氷の落下音に他のクラスの生徒と教職員が集まってきていた。
『マスター、ここは撤退が無難かと』
ユウィン講師は文句を言われる前に、さっさと氷の塊を蒸発させ、足早に食堂へと急いだ。
◆◇◆◇
(ボク、なんであんな事しちゃったんだろう)
魔法学院食堂でテールシチューの皿をかき混ぜながらうなだれる。
(目立っちゃったぁ。やっぱり変だよねボク……どうしよぉ)
シャルロット=デイオールは内気な少女である。
彼女は今の屋敷の居心地の悪さから、去年より半年もの間、殆どの時間を地下の書斎で過ごしていた。
父親の書斎には魔法書が多く、彼女は魔法に興味はなかったのだが時間だけは有り余っていたので、寝る時間以外は読書に勤しんだ。
彼女の資質は凄まじく、ユウィン講師の見立て通りに、誰にも教わることなく高位級の実力を有していた。
魔法研究の衰退しているこの国では、殆どの魔法因子持ちが初級止まりであり、精級魔導士でも非常に重宝させるが、彼女は初年度の学生でありながら、その上の実力があるという事だ。文武両道と名高いアンリエッタ皇女と同等級である。
(先生に言われて……何故か、やる気になっちゃったんだよね)
食堂の隅でとんでもない量のメニューを揃えて食べようとしているユウィン講師を見た。
(いやだなぁ。皆に空気読めないヤツとか思われたかなぁ)
そんな事を考えていた。
彼女は入学3日間で自分が出来る事を皆が出来無い事を知り、なるべく目立たないように実施の時はずっと独りで俯いている事にしていた。
(でも、おかげで始めて喋りかけてもらえた。男の子だったから怖かったけど)
彼女は独りで小さな幸せを感じながら、スープを口に運び微笑む。
「よぉ」
「???」
そこに肉ばかりを皿に盛ったクラスメイト。
アベル=ベネックスとプレートにランチを上品に盛りつけたセドリック=ブラーヌが前の席に掛けた。
「???」
あえて目立たないように隅のテーブルに座っているのに。
「お前いっつも隅で食べてんな」
「失礼? お邪魔しますね」
「ブフォケホケホ」
さり気なく「いつも見てたさ」と言わんばかりの天然のアベル。あくまで紳士な態度を貫く貴公子セドリックである。
シャルロットは、現実世界では在り得ないと思っていたシチュエーションにスープを戻しかけ咳き込む。
「大丈夫ですか? シャルロットさん」
「面白いやつだな」
「???」
シャルロットは再び混乱していた。
タイプの違う2人の男子生徒がランチを誘ってくれている。
(小説の中でした見たことない……よ)
こんな自分と喋りたいと思ってくれる人がいるとは思わなかった。
(お母様ぁ……ボクどうすれば)
嬉しかったのだが、男の子が苦手な彼女は今は亡き母親を思い出す。
(あれ……なんで)
しかし思い出したのは父親の顔とユウィン講師の顔だった。
不思議に思い、反対側の隅に座っているユウィン講師を見る。
(せん…せぇ)
丁度彼の前の席にクラスの女生徒が座りユウィンに親しげに話しかけている所だった。
(あれ? なんだろう……変な気持ちだこれ)
「おい大丈夫かデイオール?」
「う?……うん大丈夫…はい…です」
前に座るアベルに心配され、彼女は再び動揺と混乱で訳が解らなくなった。
◆◇◆◇
ユウィン講師の前に座ったのはクラス委員のセレナ=クライトマン。縦ロールの髪が特徴的な貴族令嬢だった。
「先生、先程はありがとうございました」
セレナはユウィンに礼を言いに来たようだ。
「傷まなかったか?」
「やっぱり癒やしを掛けて下さったのは先生でしたのね」
15歳にカマをかけられたユウィンは「やれやれ」とマッシュポテトにグレービーソースをかける。
「私先生の、あのさり気ない紳士な態度に感動致しましたのっ」
「そうなのか……ありがとう」
ユウィンは下手な笑顔で返す。
どうやら気に入られてしまったようだ。
影の中に潜むDの気配が強くなった気がするが気にはしない。
「如何でしたか? あれから私、上手く出来ていましたでしょうか」
「あぁ…総合的には君は一番上手かったよ」
「本当ですか? 嬉しい……っ」
丁度反対側の隅で座って咳き込んでいるシャルロットに目が行った。
その視線を追ったのか、セレナは後ろを一度振り返ってからユウィンに向き直る。
「彼女、デイオール卿の妾の娘らしいですわ」
「そうなのか」
この娘は同じ侯爵家。父親辺から話を聞いているのだろう。先程見てしまったシャルロットの素質の高さに対抗意識を燃やしての発言だろうか。
「あそこの当主は、あちこちに愛人がいるらしいですわ」
「有名なのか」
「はい。王室でも有名な話のようです」
そういえばアンリエッタがそれらしい事を言っていたな。
「あの男ウケの良さは血筋かもしれませんわね」
やれやれ女の嫉妬は恐ろしいなと苦笑する。
「交際している男性がいながら、2人もの男性と一緒にランチを取るだなんて信じられませんわ」
「ほぉ……あの娘そうなのか」
「彼女、首の痣を気にしながらよく髪を直していますもの」
「……君は若いのに大した淑女だね、参ったよ」
年の頃15そこらで首の痣の話が出るとは。
淑女というか何というかマセた娘だな無表情に苦笑する。委員長であるセレナは急に口に手を当てて、顔を赤くした。
「申し訳ございません先生……ハシタない話を」
「いや、中々楽しかったよ」
そういうと彼女は嬉しそうに手を合わせ。
自分のランチに手も付けず、クラスのゴシップネタを次々と披露してくるのだった。
(やれやれ……教師というのは、本当に大変な仕事だ)
正直、興味は皆無だったのだが、これも試練かと諦める。
(しかし……あの内気なシャルロットに男が居るとはね)
アンリエッタ……男というのはやはり胸の大きな女に弱いようだと、そんな下らない事を考えていたら、ふと教室でシャルロットが小声で呟いていた事を思い出す。
聞き取れなかったが唇を少しだけ読んだ部分に。
『居なくなる』
恐らくこの単語が入っていた筈だ。
あの場面で使う言葉ではないように思う。
彼女は何を独りごちていたのだろうか。




