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序章 メインユーザー

 

 ”椎名由美子”――彼女は人目も気にせず懸命に走っていた。


(何てコト、まさかこんな事になるなんて)


 ログインをさせてから4日も過ぎている。


(私があの時、無理矢理にでもログインしていれば……)


 意識を取り戻した由美子は病院を飛び出し、まだ痛む右足と全身を引きずりながら走っていた。


(ルナリスは地球の時間軸と違う所にあるのに)


 創造世界ルナリスでは地球、現実世界の1日が100年の時間となって流れる。つまり彼が異世界ルナリスに送られてから400年が経っている事になり、彼は確実に死んでしまっているはずだ。


(くっそぉ……私はアイツに対する感情を勘違いしていた)


 由美子はやっとの思いで古いワンルームマンションの前にたどり着き、足を抑えながら部屋の前までエレベーターで上がり、周囲を注意深く確認する。更に部屋の扉に耳をつけ、中に誰も居ないことを確認した。


「よかった……学くんと近ちゃんは来ていない」


 羽織ったニットコートのポケットから落ち着きなく鍵を取り出し、扉を開け玄関に入ると奥に扉、左に少し古めの小さなキッチンが見える。靴を脱いだ拍子に銀製のネックレスがいつもの音を響かせた。この分譲ワンルームマンションは古いが40平米。――広さにして並みのワンルームの2倍あり、部屋の部分に至っては20帖はある。そこには3つのカプセルと巨大な自作PC、それに繋がる密封された球状の大きなビーカー、複雑な機材が所狭しと並んでいる。


「ルナリスの状況は!?」


 直ぐ様PCを立ち上げ、巨大な冷却ファンが大きな音で回り始める。直結してある謎のビーカーから青緑の液体が沸き立ち、耳に不快なモスキート音が響いた後、PCのファンから粒子が吹き出した。




 ……キィィィィィィィン……




 このマンションの壁は厚い。電流も通常の40Aから違法改造により、外の電柱から直結し400A迄上げてある。それ故部屋のコンセントからは600Vの電圧が取れるようになっていた。だから彼女達は管理のずさんな古い分譲マンションを選んだのだ。80インチのディスプレイが立ち上がり、異世界ルナリスの風景が映し出された。


『御機嫌よう――メインユーザーヒメノ様』


 言葉を発したのはパソコンのOSである。――「姫乃」というのは由美子のハンドルネームだ。


「プレイヤーNo.1の状況を!」


 彼女は泣きそうになりながら、小型シャトルで月に打ち上げたマスターハード"マザー"――その子機であるOSサンに確認する。


『Yes――――存在確認。映し出します』


「え?」


 直ぐ様OSはルナリスからの情報を高速以上のスピードでダウンロードを開始していたが、由美子にはその言葉が理解できなかった。え、今確認と言った?由美子の心に複雑な感情が支配する。先程迄の動揺が嘘のように消え、画面に写った顔見知りを見るやいなや、ポッと顔を朱に染めた。


(へぇ…ちょっとだけ老けたかな……でも、相変わらず良い髪の色)


 画面に映し出された男はアッシュグレイの髪をなびかせて何処かの街を歩いていた。ふと我に返る。


「――ってそうじゃなくて!」


『What――どうされましたか? 姫乃様』


 急にバンバンキーボードを叩きながら怒り狂う由美子をサンは無感情にも心配したような言葉を掛ける――意志のあるソフトを積んであるようだ。


「ななななんで生きてるのぉ彼っ!?」


 キーボードを叩きながら年の割に上背がなく童顔で幼く見える由美子は頬を膨らませる。


『No――プロテクト条項です。ゲームマスター姫乃様でもお教え出来ません』


 このOSそして”マザー”を設計したのは由美子ではない。彼女の仲間の1人天津 学という人間である。一瞬ムッとしてから嘆息。


「裏コード:セブンアルタ――プロテクトを解除せよ」


『No――拒否します。ゲームは既に始まっている為不可能です』


 OSの反応に由美子は顔を青くさせる。そんなバカな、ゲームマスターである自分の権限でも解除出来ない、そんな事があるはずがない。


「な、何で? そんな……コード:アマテラスユニットで解除!」


『No――これはマザーの決定です。アマテラスこと天津様のコードでも解除は不可能です』


 そんな……自分達のコードでは解除出来る様にしておいたはず。一体どうして? そして疑問が募る。”彼”をログインさせてから4日間が経過している。なのに何故生きている? 400年もの時間があっち世界では経過している筈なのに何があったんだ。由美子は自分で壊してしまったキーボードを投げ捨て、マスターコンソールでPCのコマンドプロンプト画面より現状況を把握しようと試みる。


 カタカタカタ……「天津君と近ちゃんは……まだログインしていない。プレイヤーNo.2、と3は……」


 直接入力で情報を引き出す――出た。プレイヤーは既に設定されているが、まだ未転送の状態らしい。そして、この2名は由美子にとって知った名前だった。


 Player No.2 アサミ=トウジョウ


 性別 女 プレイヤー種族:天使


 Player No.3 ヒュー=ロバーツ=タチバナ


 性別 男 プレイヤー種族:悪魔


(ウチの会社の役員とその恋人……どいつもコイツも悪趣味ね)


 昔の男を選んだ自分も含め、友人にしてこのシステムを開発した2名の仲間を思い出し、由美子は複雑な表情を浮かべる。


 ――ガィン! その時玄関の方から扉を開こうと鍵を空ける音が聞こえた。チェーンロックも掛けておいたので完全には開かなかったが、来たのだ……恐らく後2人が。


「チェーンロックが付いてる……おい椎名! 来てるのか~?」


「え? ヒメのん退院したの!? は、早く開けろ! 天津ぅ! か、代われ!」


 玄関が壊される勢いでガンガン引かれている。ここのチェーンロックは旧式で錆び付いている為、それだけでもいずれは入って来れるだろう。


 由美子は切羽詰まった表情で玄関の方の声に焦りながら、首からネックレスで下げていた指輪を握り、それを思いっきり――引き千切った。か細い925合銀チェーンネックレスは意外に容易く引きちぎれ、周囲に破片となって散る。


 ガラガラッ そのまま窓を開け、掌に残った指輪を外の河に投げ捨てようと振りかぶるが――――


(…………くっ……畜生ぉ……っ)


 彼女は俯き、振りかぶった腕を下ろした。指輪をそのままポケットにしまい、窓を閉めて鍵をかける。由美子は再びPCに視線を移した――画面には見知った顔が老人と話しながら小瓶を受け取っている所だった。


 画面を見ながら彼女は思う。自分の制作したソフト――ルナティック=アンブラは初期起動から何もイジっていない。もしバグが出れば一生戻ってこれないかもしれない。


(でも私は……アイツと)


 俯きながら心を決める――その声に玄関側の男達が反応したようだが、そんな事はどうでも良かった。


「メインユーザー姫乃――ログイン準備!」


『Yes――メインユーザー姫乃様――スタンバイレディ』


 プシュゥゥゥゥゥゥゥ……部屋にある3つのカプセルの内1つが粒子をまき散らしながら天井に向かって音を上げながらゆらっと開いた――中は丁度人間1人が入れるギリギリのサイズになっているが、体の小さな由美子はカプセルに容易くすっぽり収まり横になる。巨大なPCの冷却ファンが大きな音で回り始め、直結してあるビーカーから青緑の液体が沸き立ち、PCのファンから粒子がジュオっと吹き出し部屋中に広がった。 


 最後にカプセルが自動的に閉まり、緑色の粒子で覆われ光る。


『メインユーザーNo.1:ヒメノ様の認証を完了――ユニットONEに対して防御結界セキュリティシェルを展開』


 ユニットONE――そう呼ばれたカプセルの周囲が歪み不可視の力場が発生したように見える。外部空間から遮断されたようだ。


「ログインスタート!」


 カプセル内の由美子はOSに指示を与える。ワザと苛ついたような声、眼前に文字列が刻まれる。


 MainUser:Himeno Signin start.....Enter?


「うっさい早くして!」


『Run――実行と取ります。姫乃様を月のマザーユニット、ルナ=ONEへ転送開始――』


 zazaza........zaza....za........


 バン!――その時ワンルームの部屋に2人の男が息を切らせて入ってきた。既にカプセル内にいる彼女には見えていないが、男性の内1人はあからさまに焦り、カプセルに駆け寄る。


「作動している! ゆ、由美子!」


「ヒメのん! ちょっとま――」


 ――バシィッ!


「ぎゃぁ!」


 カプセルに触れようとした近藤真一の手をセキュリティシェルが弾き飛ばした。これは未知の微粒子”魔法粒子ミストルーン”による、完全防御結界の力である。例えこのマンションが破壊されようと耐えられる強度を誇り、いかなる兵器も反射吸収してしまう。PCは関係なく演算を進めていた。




 Signin start Have a nice trip Master!






 由美子の肉体は月面にあるマザーユニットLUNA=ONEへ転送され、精神はルナリスと地球の狭間空間を彷徨っていた――


『ヒメノ様――現在2名の女性から”器”を選べます』


「2名? 3名いたハズだけど」


 彼女はこのソフトを作ったゲームマスターである。彼女が選んだゲーム種族人間、の彼プレイヤーには『権限者』と呼ばれる3名の女性守護者が存在する。その3名の内1名を選び、メインユーザーである姫乃が器として設定出来る手筈となっていた。


 由美子は器となる人間の精神と同化、プレイヤーと共にゲームを進める(世界を進める)。そして器となった女性は最強のプレイヤーオプション兵器『ノア』を現界させる力を有し、完全ではないがプレイヤーに命令し、ランダムで操作する事が出来る。


 『権限者』はメインユーザーの因子を持ち、潜在的にプレイヤーを守護する。


 因子――魂に刻まれた権限は3つ。


 ①プレイヤーを操作せよ


 ②プレイヤーを導け


 ③プレイヤーを援護せよ


 これが振り分けられる筈だったのだ。


「何故2名なの?」


『No――お答え出来ません。1つ言える事は約1名にエラーが発生したようです』


「まぁ、良いわ、リストを」


 精神状態の由美子の前にモニターが映し出される。その中には黒紫色でロングヘアーの女性と、小柄なショートボブ、プラチナブロンドの少女が映しだされる。


 文字列が浮かぶ、名前だろうか。


 Henrietta……Charlotte……


『金髪の娘はパス。私と見た目がカブり過ぎ……じゃあロングの子で』


「Yes設定完了。ヒメノ因子作成――ルラリスに転送を開始します」


 目の前が真っ白になり、目を開けた時には異世界ルナリスの遥か上空、宇宙との間、制空圏に居た――ふと視線を横に向ければ制空圏には数百――天使と思われる集団が不動で待機している。


(彼らはメインユーザーを待っているのか――)


 由美子は独り言ち、自身のゲームソフトの出来を確認していた。


 恐らく地下世界には、地獄の門に力を制限された魔神王達も待機している事だろう。プレイヤー種族「人間」である我らは奴らを殲滅することが目標となるが……彼女の表情からは何も読み取れることの出来ない。歓喜とも興奮ともとれる複雑な表情で世界を見つめていた。


 そうこう考えている内に地上が近づき、何もない平原に進軍中の軍隊が見える。その中心にいる人物が自分の器『神の器バビロン』か、苦笑がもれる……。


(ゲーム世界とは言え美人過ぎるなぁ……この娘)


 苦笑しながら思う。眼前に迫るまだ10代後半であろう女は、濃い紫の長い髪をくくって凛々しい表情で戦馬に跨っていた。


『ログインスタート――良い旅をマスター』


 始めから日本語で言えよ。

 ニヤけながら、どこか不機嫌そうに、複雑な感情のまま毒づいた。





 ”器”と呼ばれる女に与えられた権限は「プレイヤーを操作せよ」




 ”彼”と呼ばれたアイツは Player No.1 「女神の守り手」



 メインユーザーを守り、天使、魔神を殲滅し、女神を勝利へ導く定めを持つもの。




 command〔Alt〕+〔Tab〕Switching Screen



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中が一旦、落ち着いて、外を描くという展開のバランス感覚が素晴らしかったと思います。この外での出来事がユウィンたちの物語にどう絡んでいくのか、とても楽しみです。ギャグっぽくないのが、良いと思…
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