最終話 那由多が果てに太陽は笑ふ
――ボジュゥゥゥゥゥゥ……
時代設定が中世である物語なら、この巨大な建物の中は場違いと言わざるを得ないだろう。有機物と無機物の中間のような機材が立ち並び、おびただしい色とりどりの配線が視界の端々に目に付く。
あまり地面を掃除した形跡がなく、生物の中身や部位が放置されたままになっており、その強烈な匂いを優秀な換気システムが外に吐き出し続けている為、まだ入室は可能だろか。しかし此処へ無断で入室してくるような酔狂な輩は、魔人領にもそうそう居るものではない。現に、先程鳴った開閉音も室内で起きたモノである。その正体は人一人が入れる程のカプセル。中から出て来た存在は、息も絶え絶えに喉を鳴らした。
「ひぃ…ひぃ…体が重い…早く、新しいボディを…」
脊髄をカプセルで繋がれたヨボヨボの老婆はコンソールを叩いた。目の前にあるもう一つのカプセルが鈍く光り、その全様が映し出される。竜人の脳と脊髄と子宮。
「使徒を作り出す補助をしろ……デク(コノハサクラ)」
このしわくちゃで今にも倒れそうな老婆は魔人である。
魔人名はタンジェントと言い、リィナ=ランスロットという女の本体である。しかし既に数十もの使徒と言う名の分身を作り出している為に本体の能力はほぼ皆無であり、並みの人間の体力も持ち合わせていない。
「早く…早く新しいボディを…外気で眼と肌がひび割れて…しまう」
竜人のカプセルに空いた小さな穴に指をいれるとコンソールのメーターが上がって行く、因子核情報をスキャンしているようだ。
「早く…早くしろ…うすのろめ!」
憎々し気にコンソールを叩くが、逆に小指が折れてしまい悶絶しながら。
「ちくしょう…ちくしょう」
震えながら手を抑え、ディスプレイに表示されたウェイトタイム(waiting time)を確認しデスクチェアに腰掛けた。
――完成まで残り5分。
そう表示されていた。
「こ、今回は失敗したが、でもアチシには…まだ次がある」
震えながら見上げた。
壁一面に広がるカプセルを。
「人皇が居なくなればアヤノ様だってアチシを……今回は有機素材を使ったから駄目だったんだ。元々の竜鬼人をベースに…いや…ブツブツブツブツ」
いずれにしよ次はもっと簡単な筈だ。
自分にはまだこんなにクローン素体が残っているのだから。
壁一面のカプセルに入ったアウローラタイプ。
――その数100以上。
「簡単に考えれば良かったんだ。今回はタイタロスにこだわり過ぎたから駄目だったんだ…アヤノ様はあの時どうして? ひひひそうだそうだ次はこの100体を全部投入して…いやいやアヤノ様の…いやいや違う違うチガウそれではゲホゲ」
喉が荒れて咳き込む老婆が次に顔を上げた時、ディスプレイに人影が写った気がした。眼が乾燥してかすれている為か。
「can't believe it――信じられない光景だ。まさにマッドサイエンティストとは君のような存在を言うんだろうねぇ」
見間違いではない。
確かにそこには男が立っていた。
「誰だ…お前新入りか…だ、誰の許可を」
「僕はベルゼバブ=ロバーツ=タチバナ」
「は?」
「あぁ年寄りには長かったかなプレイヤーだよ。魔族勢のね――Understand?」
「は?」
脳が上手く働かなかった。
これは老化による衰えからではなく。
(プレイヤーだとぉ!?)
「だから許可は必要ない。此処魔人領は既に僕の指揮下に入った」
「あの魔王キャロルが……?」
「いやはやあの幼女には参ったよホント。癇癪を起こすわ暴れるわ壊すわ凍らすわ」
「死んだ…?」
「Hey hey hey物騒な物言いをするものではないよ婆さん。君は僕が快楽殺人者に見えるかい? 大人しくさせただけさ……しかしまさか獄円卓が出張る羽目になるとは思わなかったけどね。聞いていたより遥かに強力な魔王ちゃんだったよ。コレは良い誤算だ。予期せずレアランクが手に入ったんだから」
この男の言に老婆は不快感を感じた。
まるでこの世界でゲームをするかのような、無責任さを感じさせる。
しかし魔王が屈してしまったというのは不味い。魔人領で中途半端な立ち位置である自分を庇護してくれていたのはキャロルであるからだ。
「プレイヤー…殿は何の御用で此処に」
「At your Service(御用を承ります)?……ハハッそんな顔をするなよからかっただけさ」
急いでディスプレイを視線を送る――完成まで残り1分。
「まぁいうなれば何だこれは、アレだよ」
精一杯のひきつった愛想笑いで、老婆は怒りと動揺を噛み殺す。
「退場願おう」
「は?」
その言葉には少しの感情も乗っていなかった。
蟻地獄を見つけたら必ず砂をかけて踏みつける。
そんな当然の事のように。この男は自分を、というかこの世界の生物に愛着がないように見える。
10連ガチャでSR以下の名前を覚えられないように。
「リストラ、解雇、Firedというヤツだよ。魔人タンジェントいや、人皇勢の権限者リィナ=ランスロット」
「あ、あちしは!」
「いやいやいやいや良いんだ良いんだ喋らなくて。ウチの導い手から聞いているから」
「アチシは魔人勢の、為に!」
「ならもっともらしい理由を付けようか」
タチバナは周りを見渡して鼻を摘む。
「臭いんだよねこの建物の換気ダクトのせいで。と言うことさ」
そんな? そんなくだらない事の為に600年も続けて来たこの研究成果を壊す? 言いようのない怒りが込み上げる老婆は、静かにコンソールに手をまわす。
「だからお前は我が陣営に必要ない。此処の匂いは酷過ぎる……あのクソ病室と同じ匂いだ」
私のしてきた600年が匂うと? 自分にはこれしか無かったのに、こんな姿に迄なってまで一生懸命に生きて来たのに。
「お前は知ってるか? 独りボッチで糞便を我慢する時の病室の気分を。知ってるか? 寝たきりの人間がどうやってソレを相手に伝えるのか、知らないだろう」
「若造ぉ……お前の……生い立ちの不幸なんぞ知るかよ。アチシは、私は捨てられたんだぞお前……お前達プレイヤーに」
「知らないだろう? 知っているのは幼馴染のあの娘しか居ないのだから……そして僕にはアイツしかいない。あの部屋の酷い匂いの中で、僕に語り続ける事が出来たのは」
それがどうした。
私は何も無い丘で生まれて80年過ごした。
待って、待って、待ったが誰も見ていない丘の上で老婆となった。誰にも気付かれず、誰にも愛されずに。
「あぁそれと、自分が不幸だから相手が金持ちだから何しても良いって考えは嫌いだと言っておこう」
シャーデンフロイデって言うんだぜ? そう言うの。
「そして浅い平等を主張する輩も嫌いだ。支配されているとも知らずに自由を主張する……オマエはどうだ?」
お前、お前のようなただの人間が、若造の、ほんの些細な不幸が何だと言うのだ。私はこの世界にちゃんと反逆した。他者の幸せを奪い、自分の幸せの糧として。それが、その結果が今だ。……いや待て、この結果はどうか。私の欲しかったものは何だ。いまそれは此処にあるのか。
「この匂いは……この場所は、この研究はアチシの生きた証なんだよ小僧……幸せな未来を掴むための……」
「でもさぁ婆さん、お前はその幸せを履き違えてさぁ……負けちゃったじゃないか」
「アチシは負けてない!」
そうだろうか。
自分は負けていないのだろうか。だとすれば何が勝利だ。
何が欲しかったのだろうか。
母親が欲しい? 自分を捨てたこの世界を壊す? プレイヤーに手を繋いで欲しかった? 本当にそうだろうか。
「アチシにはまだ次があるんだ!」
「ないよ、だから僕が来た」
「アチシはオマエを、プレイヤーを倒して先に進む!」
あぁそうだな。
今のこの言葉で、何となく解った。
自分は認めて欲しかったのか、褒めて欲しかったのか、一緒に笑い合いたかったのか。人皇の周りに光る、あの星々達と。
「アウローラぁ! この糞を殺せぇ」
一斉に開口したカプセルから飛び出した100のアウローラタイプ。その全員が黄金のオーラを放出し、タチバナ目掛けて落下する。
「アチシの人生は、研究は無駄じゃない」
「あっはは、アツくなるなよ」
「笑うんじゃないよこのクソ魔族勢が!」
「所詮ゲームじゃないか」
「アチシは今度こそやり直すんだオマエを倒して!」
激昂し、叫び、そして、急激に体温が下がった気がした。目の前に現れたソレを見てしまったから。
「そんな、嘘だろ」
いやいやいやいやいや無理だよやり直すなんて。
老婆は今しがた導き出した輝かしい答えを撤回する。
こんなクソゲーを愛せるわけないだろうが。認めて欲しい? 褒めて欲しい? 笑い合いたい? 馬鹿が。こんな、こんなとんでもない事を平然としでかす奴らと、どうやって馴れ合えっていうんだ。気が触れてるんじゃないかアヤノ様は。
次元鍵アマテラスユニット――
「全開放……第壱転換天照」
突如プレイヤーNo.2の頭上に現れた巨大な暗黒。その中で輝く空間魔法陣の数――およそ数千。それは青銀色に輝きを放ち、何か無機物のような物質をチラつかせながら射出の命令を待っているように見えた。
「異世界への門だとぉ……ど、ど、ど、何処までも」
馬鹿にしやがる。
コイツ等は。
「そうだよ婆さん。いや、ただのモブ子さん」
「天照第壱位実行……ア、アチシが」
「LvΩ空対空ミサイル召喚――G2Falcon」
「百年をかけて立ち上げた天照を、悲願だった異世界転移の天照を……一瞬で」
「Volleyfire(一斉射出)」
醜い醜い、最後まで自分という者が理解できなかった老婆は吐き捨てた。
何なんだよ畜生。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド「プレイヤーって何なんだ…何なんだよ」ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「お前らは一体、何なんだよ」
どれだけ、どれだけ私達NPCをバカにすれば気が済むんだ……お前らは。
その日――幼い魔王を筆頭とする魔人領の秩序と、ポツンとひときわ目立つ巨大な建物が一つ、この世界から消え去る事となる。
それ以来あの老婆を見た者は、誰も居ない。
◆◇◆◇
「やぁご機嫌よう、マリィ」
「えっと、ご機嫌よう? それってコンニチハ〜みたいな意味?」
「おやおやウフフ貴女には堅苦しかったですかねぇ……それにしても」
男は芝居がかった仕草で大げさ舞台を見渡した――白い砂浜を。以前来た時よりも随分と印象が違う気がする。
さざ波奏でる白い砂浜に似つかわしくない、独創的な焼き菓子の乗った少々品の無いテーブルがポツンと置かれ、湯気の立つ同じくセンスのないティーセットのおかげで、太陽と月と海のお茶会が、一気に海の家のスイカパーティを思わせる。
「何よぉっ……その可哀想な子を見るような眼はぁ」
「いえいえとんでもないと言わざるをえません」
「良い子なのかなぁ?」
「どうでしょうねぇ。陰か陽かと言われれば、私のしてきた所業は闇のソレでしょうねぇウフフ」
「でも、また来てくれたよね」
「せっかくマリィが用意してくれた席なのですから」
「あら、やっぱりキミは良い子ね」
「ウッフッフ……このセシリア=ルシファーを子供扱い出来るのは貴女くらいのものだ」
微笑みながらセシリアは丁寧にソーサーごと持ち上げカップを美麗に傾けるが、液体の色と内容は不美人と言えた。
「ウフム…マテ茶でしょうか。これまた庶民的な飲み物ですねぇ」
「すみませんねっ貴族様への饗し方なんて知らないんでねっ」
「味もまぁなかなか独特だ。そうそう、森で拾った落葉を蒸してから淹れたような」
「やっぱ意地悪な子かなぁ」
「いやはや個性とは時に仇となる事もあるのですねぇ」
「マズイなら飲まなきゃ良いのにぃっ」
「美味しくないとは言ってません」
「どーせ私は家事できませんよぉ、殆どユウィンがやってたもんねぇ」
「不死の御方が興じる料理……むふぅ、お得意とは初めて聞きました。いつか御相伴に預かりたいものです」
「美味しいよぉ~? 異世界の料理らしいけどね」
「という事は地球の、確か日本料理とかいう」
「中華……とか言ってたかな?」
「興味が絶えませんねウフフ」
マテ茶を半分飲み干した辺りで空気が変わった。さざ波が音楽を奏でる白い空間に、ごく僅かな緊張の糸がピンと張った気配。
「今回は助かったよセシリア……まさか天使勢のキミがこうまで思った通りに動いてくれるとは思わなかったかな」
いつもの陽気で物事をはっきりと述べるマリィとは違い、探るような気配。相手の本心を探る気配。見た目とは違い、生きて来た年数が垣間見える一言である。
「ほかならぬ、ただならぬ、のっぴきならぬ貴女との約束ですからね」
「のっぴき……断れない理由ねぇ」
「では我が舞台の為、とお応えした方が?」
「若い子にはそういう答え方で煙に巻けると思うけどねっ」
「貴女は違うと?」
「キミの事が知りたいってだけだよっ」
「それは光栄な演目だ」
「理由もなく助けてくれる人間の事は尻の穴まで調べろ」
「何とも中々に剛毅な格言ですねぇ」
「昔カルアママって恩人が言っててね」
「あぁブルスケッタの……今もその名は代々受け継がれてますよ。確かに彼女の言いそうな事ですね」
「でも私って色々調べるの苦手だからさ、勘なんだけどさ?」
「成程……答え合わせをしたいと」
「そこまでじゃないけどねっ」
そう言いながらもマリィの目はらんらんと輝いていた。
推理小説を読んでトリックを暴いた気になっている生娘のような気配だ。マリィの様子に悪い心地のしないセシリアであるからして拒否するつもりはないようだ。
「セシリア=ルシファー。元の名を仮面婦人セシリア=マクシミリアーナ、だっけね」
整い過ぎていて逆に能面のように見えるセシリアの瞳にも、僅かながらに揺らぎが見える。
「おやよくご存じですね。伊達に、いや狂言でしたね」
「別に良いよぉ事実だし、長く生きてるのは事実だしぃ」
とか言いながら僅かに脹れるマリィを見て、セシリアは本心から微笑んだ。自分がユウィン=リバーエンド以外の、それも女に、こんな穏やかな感情を覚える人間は他には居ないだろう。やはり特殊な存在であるという事かと、口元を僅かに緩めた。
「”ユウイチロウ”がこの世界にやって来る少し前から葡萄の産地だったマクシミリアーナ家……最初は、私とあの家との間に授かった子かと思っていた」
「このセシリアが貴方の息子とは。……それはまた突飛な推理だフフフ」
「そーそー少し違ってたね。年数が合わないもの」
「……面白そうだヒントを出しましょうか。この不死身の道化、闇色のセシリアが生まれたのは102年前です。女として生を受け、羽陽曲折あって男として転生しました」
「ユウィンと同じ方法だけど、キミのはもう少し複雑。天使勢のバビロンとして誕生した本体から、全ての権能を使徒に移しているという点」
「おやおやそんな事まで御存じとは。嬉しくなってしまいますね」
大したものだマリィ=サンディアナ。
自分の力を増幅し、他者に譲渡するという権能を使い、何度も何度も生まれ変わる事によって、今やゲームバランスを狂わせる程の力を手に入れた存在。同時に400年をかけてプレイヤーレベルを最大まで引き上げた。
それを、たった一人の男の為に行った女。
「同じ元女として尊敬に値しますよ……マリィ」
「元女って、複雑な褒め方だなぁ」
そんな彼女でも、流石に私の正体には行き着けないだろうと思う。そして辿り着かないでほしいとも、辿り着いて欲しいともと思う。
「では何故この場所に来る事が出来たのか……私かユウィンの因子核に繋がっていないと辿り着く事の出来ない、この場所へ」
「何故だと思います?」
「言っていい?」
「是非に」
「そう、少し違ってたの。でも半分は合ってた」
マリィの瞳が優しく緩んだ。
母性と言ったら良いだろうか太陽の日差しのような眼差し。闇色に染まり尽くしたと思っていたセシリアの心に光が差すような、そんな感覚。自分は影の演者であり、道化役者であると決め込んでいたのに。それが、この舞台での我の役割だと。しかしこれは興奮だ。母と同じく、あの男を、父を救うと、この世界から救い上げてみせると誓った因果の一粒種は興奮に身を震わせる。何故にこの太陽は眩しいのかと。
「キミの正体は、私とユウィンの間に産まれるはずだった子供。……あの時、私のお腹の中にいた、産まれるはずだった赤ちゃんね?」
眩しい太陽を見た。
輪換する因果の一粒に過ぎなかった雫は太陽を見た。ただただ、永遠の不変を求めた男女に光を見た。光に憧れたその雫はいつしか、自分もその舞台に立ちたいと願うようになる。
「……どうしてそうだと」
「思い出したのよねっ。私が女の子ならシャルロットが良いって言ったらあの人……じゃあ男なら俺が付けるって言って」
男の子ならセシリアだって。
「ユウィンが、ユウイチロウが付けた名前。セシリアって女の子の名前でしょ? 私はどうかと思ったけど黙ってた」
「異世界から来た御方は……この世界の常識に疎かった訳ですね」
「因果律を改変出来るのがキミ達天使勢の天照。産まれて来ないという因果を変えた……でも、それだけではキミの目的には不十分。プレイヤー因子を半分受け継いでいる模造品のイミテーションでしかない。だから今回の取引に私とシャルロットの力を使った」
月のマザーコンピュータに自分がプレイヤーだと誤認させるという改変を。
「この方法はリィナ博士の神呪刻印の構成を見て思い付いたと見たけど~どうかなぁ? 」
「これ程までに絶頂したのは、生まれて初めてですね」
「だから、今のキミは……」
そう、今やこのセシリアも同じく特異な存在。創造神でもリセット不可能なこの世界の反逆者。
「不死であり、天使達のバビロンであり、プレイヤーでもあるのがキミ」
存在しないハズの四人目のプレイヤー。
「それが私が良い子って言った、セシリア君の正体」
マリィという存在が産み出した二人目のバランスブレイカー。それがセシリア=ルシファーという存在。
「でしょ? にゃっはっは」
名探偵マリィちゃんも中々やるでしょ? 伊達に長く生きてないんだからと無邪気に笑う母親に、さしものセシリアも肩を竦めた。降参だと。
「貴女には敵いませんね……本当に」
「キミもよく考え付いたねぇ。でもプレイヤーとはいえ、僕ちゃんはあくまで天使勢の神の器。これからどうするつもり? 私達と戦う?」
「神の器バビロンと言われていますが、現在この器はアンリエッタを除いて空です」
「あと二名の創造神が……不在?」
「ええそうです。このゲームは根本から既に修復不可能なのですよ……導きの魔女も此処だけには気付いているようですが」
「アヤノお姉ちゃんも……」
「はい。しかしプレイヤーは揃ってしまっているが為、メインシナリオは動き始めています……ではこのゲームは、どうしたら、何を成して終幕となるのでしょうかね」
「いやぁ~わっかんなぁ。これ以上は私には無理だよっ、お姉ちゃんと僕ちゃんに任せる!」
知恵熱で考えるのが面倒になって来たのか、マリィがテーブルに用意したクッキーに手を伸ばして口に運ぶ。しかしその顔を見る限り、あまり良い出来ではないらしい。
「あっ」
「おやおや私も頂こうかと思いましたが手を付けないで正解でしたか」
「そうじゃなくて! ユウィンが来たっ」
「御方が?」
自分には良く解らないが、この白い世界の主には解るらしい。セシリアは、この時の母親の笑顔を生涯忘れないだろう。
(太陽が……笑った)
二度と笑う事はない。貴方はそう思っていたでしょうに。
「どうするぅー? 僕ちゃんもパパに会っていくぅ? お腹を痛めて産んだ子じゃないにせよ息子みたいなものだしねぇ」
「父親を狂おしい程に愛してる息子ですが、宜しいので? うふふ」
……父様。
登りましたね。もう登らないと思っておられた太陽が。
「その辺は複雑だけど、芝居がかってる所がユウィンと似てるよねぇ」
「しかしまぁ今日の所は御暇致します。親の秘め事を盗み見る性癖は持ち合わせていませんしねぇ……見て欲しいと言うならそれはそれで興が乗りますが」
「いかがわしい言い回しシないでくれるぅ……ユウィンが求めてきたら、ア、アレだけどさぁ」
「英雄色を好むと言いますが、アンリエッタ含めその他もろもろとも良い御関係のようですが?」
「ユウィンはそんな不誠実な人じゃないやい!……あ、いやどうなんだろ」
「ではマリィ、またいずれ。次あった時は敵同士になるかもしれません」
あるのですよ。
このゲームを終わらせず、皆が生存出来る方法が。
皆が幸せになる方法が。
魔法言語とは我儘は通す力だ。
今の私なら、可能な筈。
「そうなったら受けて立つよ。私達のシャルロットがね」
「ふむ、という事は、あの童女はこのセシリアの妹という事に……? 因果なものだ」
「でもそれを歪めこそ人道……でしょ?」
「貴女が言うと人の道もそう悪くないと思いますねぇ」
醜く歪んだこの舞台も、そう悪くないモノに思える。見方が変わるだけで美しくも汚くとも見える世界。まったく、人というのは何処までも虚ろで、愚かで、骨模だ。
だが私にはこの空と貴方達の想いは、何故かとても、とても美しいモノに感じる。
もしかしたら、そこにあるのかもしれません。
不変の心と言うものが。
魔法言語が我儘を通す言葉なのなら
それは一体――どんなCodeを生むのでしょうか。
◆◇◆◇
そこは蒼く、何処までも広い海が広がる場所だった。
いつも底抜けに明るかった彼女が創造したにしては少し物悲しく、白い砂浜に波がはぜる音以外に、何も聞こえないし誰もいない、そんな世界だ。
「こんな所に……何年も」
恐れという感情が著しく退化した俺にしては珍しく、足が動かない。扉に手をかけてから何秒経っただろうか。
ユウィン=リバーエンドという男は苦笑する。
こんな緊張は、初めて魔人を討伐した時でも無かったように思う。そんな自分に少し戸惑い、深呼吸を。
何を緊張して……いや恐れているんだ俺は。
息を吸って止め、静かに開けた扉の先に待っていたのは、なんてことは無い。あの頃と少しも変わらない、何だ、ただの太陽ではないか。
ただの、いつものマリィだ
俺は恐れていた。
夜明けの太陽を見ると人は一日の始まりと終りを感じる。清々しい、爽やか、気持ちが切り替わるという。
しかし絶対に昇らないといけない朝日は何を思っているのであろうか。懸命に期待に応えなければいけないと、毎日無理をして天に登っているのではないかと。
こんな所で何年も、何百年と……
君を失ってから随分経ったが、心を失った俺は何百年と前に進めなかった。
もう400年も昔の事になる。
あの時の俺は君を救いたかった。
でも今なら言える――待たせてゴメンと。
「今とても、とても長い……」
いや言うまいよ、気恥ずかしい。
で、散々ビクついて唇から出た言葉はこうだった。
「よ、よぉ。元気そうじゃないか……マリィ」
何ともまぁ情けないじゃないか。
散々緊張した挙句これじゃあなぁ……
「やれやれ」
◆◇(restart)◇◆
お帰りなさいユウィンっ
眼ぇ合わせてよ久しぶりなんだからさぁ
んあ? そうかそうかにゃっはっは
恥ずかしかったんだぁそのへんは変わらないねぇ
そだよ〜マリィちゃんは男を立てる女だからさっ
えっ今? お茶してたの
しっつれいだなぁお茶くらい淹れられるよぉ
あ~嘘ついたかも、あの子にも微妙な顔されたし
ん…お腹? うん減ってる
リクエストぉ……迷うなぁ
そうだ! 私バケットが食べたいっ
あの時、帰ってから作ってくれたじゃない?
そうそうシンプルなやつにお肉挟んで食べた
あーっ面倒だみたいな顔したぁ
知ってる時間かかるね、でも良いよ
そうだよ?
実は私ってね、待つの……
得意なんだよ?
Goodbye, on to the next stage
→→
おつかれさまです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
これにて第一部マリィ編は終了です。
現実世界では既に存在していないマリィですが、この先シャルロットの身体を使ってでもユウィンとイチャイチャしようとするのではないでしょうか。
お幸せに。




