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第37話 リスタート(restart)

 挿絵(By みてみん)


 

 瓦礫の王都で立ち尽くす男を見ていた。

 過去に欲しかった言葉と欲しかった温もり。

 最後にその全部をメアに奪われて女は理解する。一部始終を見守っていた老婆は全てを理解した。


(そうかぃ滑稽も極まったわ……いひひ)


 プレイヤーである筈のユウィン=リバーエンド。

 あの時、砕いたはずの主皇因子核マスターコアが何故再起動したのか。何処からこの完璧だった計画が狂っていたのか。アヤノが何を隠していたのかを理解する。


「そうかオマエが……お前がオリジナルかぁ!」


 ヤツは”自分と同じ方法”で不死を手に入れたのだ。

 ましてや魔人の肉体を手に入れ、魔人領に属する自分のこんなに近くにいようとは。しかも当の影王は憎々しげに唾を飛ばすコチラを見向きもしない。


「始めから私は……物語に噛んですらいなかった」


 もう微動だにしなくなった体の代わりに、悔し涙が止まらない。結局自分は何も成し遂げる事は出来ず、何も得られず、何も知らなかったのだ。結局自分は、最後までプレイヤーに見向きもされなかった脇役の老婆であるのだと知ったからだ。


「リィナ」


 代わりに、母になってほしかった女から声がかかる。


「そういう事よ」


 無慈悲な言葉が。

 赤の他人に呟くような、そんな口調で。


「これはあの時、マリィが死んでから決まっていた事よ」


「アヤノ様は……秋影の魔人核をプレイヤーに使ったのですね……」


「どう思ってもらっても結構よ」


「そんな事をすれば、重度なバランスブレイクが起きてデバックシステムがもう一度世界を破壊したかもしれないのに……よくもまぁ」


「ならなかったでしょ?」


「とんだ導きの魔女も居たものですねぇ……破滅に向かって導くとは」


「いいえ、この世界は本来の姿を取り戻したのよ。ただし人皇勢に有利な形にね」


「……何故、そんな事が」


「元々このゲームはね、人皇が絶対に勝てないように改変が行われていたのよ」


創造神メインユーザーが?……何の為に」


「アンタが呼び出そうと躍起になったルナティック=アンブラはそう言う存在だと言う事よ。それに知った所で関係ある? ミス莉奈=ランスロットさん……いや、タンジェント博士」


 妙な気配を感じた。

 アヤノ様は何故か冗舌で、かと言ってこれ以上情報を漏らすつもりがあるわけでもない。この人は何処まで知っているのか。


「結局アチシも……因果律の一部でしかなかったか……滑稽なものですね」


「コレだけは教えておいてあげる。本当の意味で因果を超越している存在は、この世界で二人だけ」


「それ……は?」


「マリィと、あの男のみ」


 半壊した特別観覧席を見上げたが、既にあの男はソコには居なかった。今やそれを確かめる術はない。そう言っているのか。


「相変わらずアヤノ様は……何でも知ってるんですねぇ」


「権限を持つワタシですら、此処から先はどうなるか解らない。でも、人皇と進むと決めている」


 だから。


「ひ……ひひ……そうですか」


「汚れ役はワタシの仕事だ」


 アヤノの掌に焔が灯る。


「貴女に殺されるなら……本望ですよ」


 目を伏せる老婆にアヤノは鼻を鳴らす。


「知っていたとしても、アンタを殺したくはなかったわ」


「知って……?」

本体・・に宜しくね」

「知っていたなら何故――」


 ――――ズぉ!


 苦しむ暇もない程の業火で、老婆は灰となった。


「でもまぁ」


 アヤノは魔人領の方角を見つめ哀しそうに一言だけ贈ろうと思う。長年の助手に、別れの言葉を。


「二度と会う事はないと思うけど……ね」


 踵を返し歩み始める――影王の元へ。

 彼を今の魔人領へ返すわけにはいかない。

 あそこは既に以前のような人間の感性が通用する世界では無くなっている筈だから。


(やっと戦力が整った……これからが大変よマリィ)


 情報量に頭が追いついておらず、フリーズしているシャルロットの頭をポンと叩いてから通り過ぎる。


(影王、いやユウイチロウ……今の貴方をアンリエッタに逢わせるのは正直怖い。何が起きるか予想できないから)


 でも、そんな事を言っている事態ではない。

 物語が大きく動き始めたから。


(いや、やっと始まったというべきか……長い長いチュートリアルが終わって)


 このルナティック難度のデスゲームが。

 あるじの口癖を借りるなら、本当にやれやれだと嘆息する。真面目に仕事するというのはこんなにも大変な事なのかと。正直すぐにでも風呂に入って寝たい気分なのだが、影王をこのままにしておくなんて事は絶対に出来ない。そうこう考えている内に彼の後ろ姿まで、そんなに距離がなくなっているではないか。


(あれ、えーと、どうしよう何て声をかけよう)


 つかつかと自信ありげに歩いている自分だが、近づくにつれどんどん緊張してきた。そう言えば、ちょっと前に彼の背中で大泣きしたのではなかったか。


(え~? どうしよう、えぇぇ?)


 顔面が熱い。

 ここで歩みを止めるのはあまりにも不自然だろう。こんな時どうしたらいい? これがもしアーサーなら。


『私のコト心配でしょ? 後処理は頼んだわよー』


 ハイさよなら~で済むのに。

 何でこんなに難しいのだ。ただ後ろから声をかけるだけなのに。そう言えば今、傷心中なのでは? 今声を掛けない方が良い? いやいやこのまま黙って何処かに行かれたらどうするの。考えがさっぱりまとまらない。悶々と考えている内に目の前まで来てしまい――足を止める。

 武装気の達人である彼がこの距離で気付いていない訳がない。そう思ったら尚のこと思考が纏まらない。


(◎△$♪×¥○&%#?!)


 意味不明な記号となっているアヤノを流石に見かねて、マクスウェルが助け舟を出した。こういう時は断りづらい内容を投げる方が良いと。光が差した気がした。持ち前の演算処理能力で自分の身体の状態を瞬時に把握し意を決して声を張る。


「ねぇ影王」


 相手は予想通り振り返らない。

 ならばここで追い打ちをかけるべきだろう、計画通りに。


「トイレ付き合ってくれない!?」


 ずっと我慢してたのか。

 マクスウェルとアキは頭を抱えた。そういえばコイツ、普段は引き籠もりのポンコツだった。確かに男性には断りづらいCodeだが、ミドルスクールの生娘でも好いた男にこの誘い方はしないだろうと。


 以降数週間――

 影王から見たアヤノのイメージは便所女となる。



 ◆◇◆◇



 フォルスティーヌは苦しそうに片膝を付いた。

 カタ―ノート最高位の聖騎士である者だけが装着されることを許される、体半分を覆っているミスリル装甲の殆どが破損し、大小様々の傷からは惨たらしく血液が滴っている。


「あらあらホントに不死身なのかしら……この紳士様は」


「まぁありていに言えば、そうなりますね」


 魔人ヘルズリンクはシワ一つないコートを翻し、顎でメイド達に指示を飛ばした。


「随分粘ったアルが、そろそろ死んでもらうね」

「ヴァイス、アーテル、早くコイツを殺して撤退を」

「タンジェントの奴がしくじりやがったでありますからね」

「ほんと偉そうに息巻いていたのに笑えるぅ」


 カターノート聖騎士の証。

 ミスリルのエストックに光が灯った。


「Lv3魔装技――刺突麗流ヴァンクール!」


 エストックから射出された超圧縮された水がメイドの一体に大穴を開ける。


「アイヤ~またアーテルが死んじまったアル」


 ガガガガガ!

 残り三体のメイドの連携攻撃を受け流し。


「削げ――抉刃暴風ヴァンミストラル!」


 もう一体の顔面を抉り飛ばした。


「とかなんとか言いながら、バイもやられてるじゃない……全く」


 息があがろうとしているが、それは必死に隠して鼻で呼吸を整える。勝てない相手ではないのだ。この使徒達にも、魔人四天王と名乗る男にも。


 しかし――


「いやぁ~あっはっはまた死んじゃったっと」

「油断したアル」


 何度殺しても起き上がって来るのだ。

 再生している素振りもない。気付けば生き返っている。


「カターノートのレディよ、いつもならば強く美しく健康な貴女に敬意を表し、このヘルズリンクが吸って差し上げる所ですが……今は非常に気分が悪い」


 四体のメイドが主人の歩む道に整列する。


「あらあらそれは光栄だわ~じゃぁどうしてくれるのかしら――っ!?」


 ――――ゾバン!


 ヘルズリンクの頭から股間迄が真っ二つに開き、飛び出した数百の触手が回避行動を行っていたフォルスティーヌの片足を貫通した。


「チェックメイトですレディ」

「だ、駄目――」


 その回避先には四体のメイドが牙を剥いていたのだから。


 ムドドドド――――


 肉が飛び散り、おびただしい数の中身が飛び出して四散する。血液のスプリンクラーにより染まった床に月光が差して茄子色に反射する。


「ねぇ宿六……どういうつもり~」


 月を見上げる位には冷静さを取り戻したフォルスティーヌであったが、彼女の機嫌はすこぶる悪かった。夫があまりにもタイミングよく現れた為だ。


「あんれぇ? オレがタイミングを見計らってるの気付かれてた? 腹ぁ抜かれてから訛ったかなぁ」


 やはりだ。

 夫はこういう男だった。恐らくはかなり前から様子を伺っており、ピンチになったタイミングで駆け付けた方が自分が喜ぶと思って。一瞬ちょっとカッコイイと思ってしまった自分に憤怒し、笑顔を絶やさずに腹の中に抑え込む。


「と~っても腹立つけど気付かなかったわよ~? どういうつもりって聞いたのはねぇ、何で私は今、お姫様抱っこをされているのかって事よ……ジン」


「あんれ欲情でもした?――ぶふぉ!」


「あと~生きてるなら紛らわしい手紙送るなバカぁ」

「あ、やっぱ心配してたぁ?――ぶふぉあ!」


 夫の顎に肘を入れてから、フォルスティーヌは流れるような動きで足の回復を急いだ。無論視線はヘルズリンクを捉えている。


「ジン静かに聞いてあの魔人は~」

「あぁ大丈夫大丈夫、知ってるからさ……イチチ」

「知ってる~?」

「あぁそうそう顔見知りっつー事よ」


 ヘルズリンクは内心では現在、怒りと恐れが混在していた。メイド達が四体同時・・・・に破壊された為だ。


「いやぁはは、ゼノンで会って依頼だなぁ吸血鬼さんよ」


「あぁ確か、天涯十星の」


「余裕ぶるのはカッコ悪いぜぇおっさんよぉ焦ってるのが見え見えだっつの……なぁ愛しの妻よぉ。おっ、血に染まったキミも素敵だねぇ」


「美しくない……だと?」


 この吸血の鬼が焦るだと。

 怒りという名の液体がこの世にあったというのなら、今それを注ぎ入れるゴブレットは無いと言える。


「……品性に欠ける男だ」


「覚えてるだろぉ? オレっちの字名あざなまで知ってたじゃないか」


 人間領に来てからというものロクな事が無かった。

 タバコ臭い王都の女、あの男には自分を見透かされ、先程は学生如きにまで一杯食わされた。今日ほどに自らを軽んじられた経験があっただろうか。更にはタンジェント博士が用意した勢力は全滅したと言うではないか。この失態をどう拭うべきか。


「ジン=ヴィンセントそうでしたね。アウローラに手も足も出ずに大敗したゼノン最強の男……でしたか?」


「だからだっせぇコト言うなってもぉ、挑発にもならねぇし動揺してるのが見え見えだっつの」


「…………」


 もう少し、もう少しの我慢だ。

 ヘルズリンクは激昂しそうな精神を何とか抑え込む。アウローラよりは劣るだろうが、相手は人類最強の男。万全を期さなければならない。そしてこの男の首ぐらいは取ってこないと、みっともなくて魔人領になど帰れるものか。


 兎の魔人の美しくない嘲笑が脳裏をかすめ、ヘルズリンクは一層苛立ちを募らせた。


「申し訳ございませんヘルズリンク様、虚を突かれました」


 一番長身のメイドが何事もなかったように立ち上がった。

 爆砕していた腹部どころか服も破れていない。


「ふ~ん」

「倒しても倒してもこう、大丈夫なんでしょうね~」

「多分ねぇ」

「多分ん~?」

「あぁいやいや、ただの相槌あいずち」

「アナタのそのワザと適当ぶる所大嫌い~」

「俺はお前に不満なんてないのになぁ」

「女の匂いさせて言うセリフじゃないわよね~」

「引っかからないぜ照れ隠しかなぁ?」

「真面目にやりなさい~ってまぁ仕事はキッチリするのは知ってるけど」

「だから帰ったらイチャイチャしようね?」

「はぁ頭痛い~」


 メイド長であるノアール

 拷問器具を武器とするアーテル

 青龍刀を構えるバイ

 軍服を刃に変化させるヴァイス


 四体のメイドが再び揃った。

 彼女達の戦闘能力にヘルズリンク本体が加わった時、その力は魔人領最強のラビットハッチに匹敵する。


「さぁ祝宴をあげましょう、円満なご夫婦共々……肛門から串刺しにして」

「待っててやったんだぜオレは」


 言葉を遮るとは。

 どこまでも品性に欠ける男だとヘルズリンクの血管がピクリと動いた。いや待て、待っていたとはどういう事か。


「さっきからアンタの闘い方を見ていたがね」


 どれぐらい覗いてたの(怒)

 という背中の視線に苦笑しながら。


「アンタの闘い方さぁ怖がり屋のソレなんだよね」

「……聞いても?」

「外から見てたら良く解るぜ? アンタが前に出るときは使徒の一体が動かないし、アンタが動かない時は使徒は全員で前へ出てるのよ」


 つまりは。


「必ず一人を安全圏に置いているんだ。無意識かもしれんがね」


「ご忠告ありがとうございました。では光栄に思ってください貴方だけは全員で御相手して差し上げ」

「だから焦ってイキがるなって紳士様。アンタ本当に解りやすいねぇ」


 また遮られた。

 全ての魔人の頂点に君臨する自分が、吸血の鬼が煽られている。


「って事はね、ソレが魔人紳士様の弱点かと思ったわけよ」


 ひょうひょうと笑うその顔、吊り上がった口角、余裕の態度、その全てが気に入らない。今日ほどに軽んじられた経験が、過去700年の内にあっただろうか。いや、無い。メイド達も気持ち同じく、息を呑む美貌が崩れ、人を喰らいそうなおぞましい生物に姿を変えている。ヘルズリンクの身体、本体が地面の中を移動し半径10m四方を包囲する。


 さぁ、もう我慢する事はない。


 我々全員が本気を出した時の破壊力はラビットハッチの馬鹿力を凌駕する。オーラを多少使えるからと言っても所詮は人間。秒でミンチに出来るはず。


「さぁ行くぞって顔してんなぁ本当に解りやすいよアンタ」


 ずぉ!


 四体の化物メイドが各種各々の武器を構え一斉に飛び去した。その刹那の瞬間に、ジン=ヴィンセントは全ての状況を理解した。


「実はオレの武装気って、エンジンがかかるのが遅いのよ。だから待ってたのはこっちも同じだったのよね」


 そしてジンの周囲10m四方から無数の蛭触手が襲い掛かる。


「本体は…え~っと後方か。クックック嘘つきめ」


 空気が振動していた。

 創世記――ゼノン王国が出来る以前から住んでいた”アイヌツベ”という褐色肌の人種にはある特殊能力が存在した。それは、自己暗示によって筋力を数倍に引き上げる技術である。


「オレのはよぉ毛も生えてねぇ息子のモノとは違うぜぇ?」 


 みるみる膨張していく筋肉。ゼノン流攻殺法には敵を前にして口伝がある。故に我が一撃は無敵なりと。


「武装言語如きでこのヘルズリンクが」

「そしてこれがオレのぉ――」


 オーラの濁流が起きた。

 あと数センチという所まで接近していたメイド達の背中が悪寒が走る。


 時間と共に気を上昇させる特型武装――名を。

 ”千年戦争キングダムラッシュ

 ――――――――どっ!


 一撃の音を置き去りにして、ジンはヘルズリンクの後ろに突き抜ける。


「使徒に魂を分けたアンタらを完全に殺すには、一度に全員を殺す必要がある……合ってるぅ?」


「な、なぜ……」


「実はさっぱり解らなかったぜ? でもま、これでも駄目なら逃げよって思ってただけさ」


 ヘルズリンクはやっと気付いた。

 完全に初めからこの男にのまれていた事に。

 全く、今日ほどに軽んじられた経験があっただろうか。


(怖がりか……確かに)


 こんな事なら人間領になんて来るんじゃなかったと思うが、魔人領の同僚達の事を考えると。


 緑髪エルフのキリン。

 彼女は戦闘能力はともかく隠密に向かず、声も小さくて何を言っているのか解らない。


 兎の魔獣ラビットハッチ……あの単細胞は論外だろう。


 ヘルズリンクは嘆息する。

 やはり自分以外で此処に来れる奴は居なかったなと。


(影王……本当に苦労が絶えませんでしたね)


 あの職場は。

 幼い魔王の癇癪に四苦八苦し、機嫌を取って後処理をして。そんな多忙な毎日が懐かしく思う。


(すまなかったな使徒レディ達、お前達の誰かを魔人領に残して入れば……いや、不粋)


 ゴプゴプと血液が流れ出る。

 今日この日に乱獲して吸った人間達の体液が。


「ゼノン流攻殺法連携死殺技……”破軍十星イクスエストレア”」


 本来、天涯十星全員で行う対魔人用死殺技。


「我が一撃は無敵なり」


 これぞラスティネイル第一位白金しろがね

 人類最強の修羅達の頂点――”白金の狼”の実力である。


「その口伝……まんざら嘘でもなさそうですね。この速さ、あのアウローラにも勝るとも劣らない」


「そりゃどーも」


 紳士は片眼鏡を外した。


「全く貧乏くじでしたね。後のことは任せます、キャロル様を頼みましたよ……影王」

「ヘルズリンク様ぁあ!」


 騒ぐな愛しの使徒達レディよ。


「最後は黙するのが……最も美しい」


 醜い蛭として生まれた魔人ヘルズリンク。

 自らを愛す為に美しい者を愛し美しい者に擬態した魔人――だがもう自らを偽る必要は無くなった。


 死なば皆同じ、醜い糞袋だ。


 全くの同時に爆砕したソイツ等の死に様は、何処か満足げで潔く、王都の大地に華を散らした。


 月光の輝きに揺れる、藤色の花を。



「無敵なり~じゃない」


 ポカリと後頭部が殴打される。


「惚れ直したろ」


 馬鹿言ってないでと呆れていたが、妻はジンの表情に緊張がある事を察する。


「何があったの……今迄現れなかったのにはワケがあるのでしょう?」

「カターノートの件で至急アーサー校長に進言しなければならないげんがある」


「解った急いで連絡を」

「それには及ばん」


 二人に歩み寄る影が一つ。

 学生服を着た青髪の少年だった。歳の割に大人びており整った顔立ちだが、何故か本命には恵まれない気配を感じさせる。


「セドリック……?」


 しかしその青年はかぶりを振った。


「今はアーサーじゃフォルスティーヌ。肉体の損傷が激しかったので転生させてもらった」


賢者の石エリクサーを使われたのですね。では、セドリックはもぅ……」


「今回の一件でワシは権能を使い過ぎた……当分人格をロンゴミアントに移すつもりじゃ。その間の判断はセドリックとルイズに任せる、補佐を頼むぞフォルスティーヌ」


「御意に」


「今回の戦いで暗殺部隊であるルシアンは全滅、盾であるミスティネイルもお主だけとなった。早急に体制を立て直す必要がある」


「アーサー様、発言を宜しいでしょうか」


 先程までのちゃらけた様子は微塵も出さず、ジンは片膝を付いて返答を待っている。


「待たせたなゼノンの英雄"白金の狼"人類の護り手、プラチナムセイバー殿――聞こう申してみよ」

「はっ」


 フォルスティーヌは眉を細めた。

 この夫がこんなにも緊張しているのは見た事がない。連絡がつかない間にいったい何があったのか。一度小さく深呼吸をしてからジン=ヴィンセントは唇を切った。


「カターノート共和国が魔人勢によって落ちました」


 アーサーとフォルスティーヌの瞳に明らかな動揺の色が走る。しかし此処で疑いや現実逃避をしても仕方ない。


「規模は」

「魔人四天王魔獣ラビットハッチ、雷帝キリンの存在が確認されております」

「敵はその二体の連合軍……という訳か」


 それにしても大壁を抜けて一国をこの短時間で落とすなどあり得るのか。アーサーの眉間にシワが刻まれる。


「いえ」


 ジンは言葉を濁した。

 今から伝える事は虚言に等しい内容だからだ。しかし、意を決して顎を上げる。


「大壁は消滅しました」

「しょう、滅?」

「進行してきた敵兵力……総数三体」

「なにぃ?」


 たった三体の魔人に。


「あの大壁が破壊され、カターノートが滅ぼされたというのか」


「聖騎士団を欠ける事無く待機させていたのよ!? それにアナタ達ゼノン上位傭兵も……いくら上位魔人でもそんな事が出来るわけない」


「敵主郭は天災を操る能力を有していたと……恐らくは」


「上位個体種……魔神ソロモン


 人間領に向かって進行を開始したプレイヤーNo.2

 ベルゼバブ=タチバナ率いる――魔神勢の進行が始まる。


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