第34話 醜い夢《中編》
リィナ=ランスロット(莉奈=Run slot)
※答えのない隙間に向かって走り出すという意
VS イザナミ=アヤノ=マクスウェル
最終決戦 on 王都上空2,000m地点
「アヤノ様の」
「ん?」
「……髪」
「あぁ、凄い色でしょ? 真っ赤だしね」
もうどれぐらい前だったか、助手の娘が言ってきた事がある。
「リィナも、今度自分を作る時は赤色にします」
不思議な事を言う娘だった。
「リィナは、アヤノ様のようになりたいです」
魔導科学最先端国家だった当時のトロンリネージュは、魔法粒子の枯渇によって荒れ果てた大地を捨て、月面に移住する計画が進んでいたが、ワタシにとってはそんな事はどうでも良い事だった。
私利私欲の塊であるワタシの渇望。
秋景を、魔人から人間に戻すには月面にあるマザーコンピューターにアクセスする必要があったからだ。
「ワタシのように、なりたいねぇ……」
馬鹿なことを。
ワタシみたいな不死の化け物になりたいと?
一人の男だけを何百年も思い続けて、依存している女になりたいと? 自分でも愚かな事だと解っているのに止められない。その為に、この世界――ルナリスがどうなっても構わないと思っていた。
こんな自分勝手な夢は無いだろうと。
「リィナ」
「何ですかアヤノ様」
だからワタシは言ってやった。
親切心ではない。
自分自身に僅かばかりの残っている罪悪感がそうさせただけ。
「誰か、みたいに成りたいというのは愚かな事よ」
人は誰かになれない。
ソイツに似た何かにしかなれない。
魔人を人に戻すのは不可能であるという事を知っているように。
「アヤノ様だけです……リィナを解ってくれるのは」
「解ってないわよ、アンタの事なんて」
「いいえ」
「?」
「アヤノ様だけなんです……この世界を憎んでいるのは」
当時は、何言ってるんだコイツくらいに思っていたけど、何となく解った。
この娘はワタシが権限を持つヴァルキュリアだと気付いていた。魔王を殺し、世界を恨み、自分だけの渇望の為にトロンリネージュを牽引しているのに気付いていた。
地上に住めなくなった人類の為に魔導化学を発展させたのでは無く、魔導化学によって地上が衰退した事も。
解っていたのだ。
ワタシが世界を破壊しようとしている事を。
世界を作り替えようとしている事を。
プレイヤーを、メインユーザーを殺そうとしている事を。
「アンタは……」
「同じですよアヤノ様は……リィナと」
ワタシとリィナは別の場所で同時に産まれた――何もない丘の上で。ワタシは不死身の身体を持って生まれたが、彼女は普通の人間として生まれた。
神の器――バビロンというアンリエッタが受け継いだ創造神の受け皿として。プレイヤーに守られる存在として作られた為、ごく普通の人間として生まれた。
彼女は言った。
『今度自分を作る時は……赤色にします』
彼女は何人目のリィナ=ランスロットなのだろうか。
何度何回自分を殺し作り直し、900年の時を生きてきたのだろうか。ワタシと同じくプレイヤーと、世界を恨みながら。
でも、この女共の道は初めから交わっていない。
イザナミ=アヤノという女は、たった一人の男の為に世界を換えようとした――それが不可能だと知りながら。
リィナ=ランスロットという女は、己の価値を知りたかった。自分が生まれてきた意味を知りたかった――そんなものは初めから無かったのだと、気付きながら。
リィナの権限の力は創世記に魔人化して以降、消失してしまっていた。彼女は理想の自分を作り直し続けた。全ての魔人に備わる権能―――使徒を生み出す力を使って。
くしくも、その行為は恨みの根源であるプレイヤー、ユウィン=リバーエンドと同じ方法。
何とも悲しき使徒か。
何とも可哀想な存在なのだろうか。
勝手に創られ、ただ、選ばれずに老婆となった女。
元第二の権限者―――リィナ=ランスロット。老婆だった時の元の名を、蛭子といったこの女をワタシは殺さなければならない。
正直な所、気が進まない処の話ではない。
だけど、ワタシはもうブレてはいけない。
ワタシはプレイヤーの為に生きて死ぬと決めた。
過去の間違いを清算する為、覚醒したプレイヤー、主様の為。
それで自分のしでかしてきた事が許されるとは思っていない。でもワタシにはやっと出来たのだ――「こうあるべきだ」という夢が。今迄やって来た事を、棚ドコロか月まで上げて、なんという傲欲。
あぁ、そうか。
気が進まないのはそういう事か。
相手が可哀そうなのではなく。
相手に同情しているのではなく。
ワタシは自分の夢の為に。
新しく出来た自分の渇望の為に。
要らなくなった過去の遺物を捨て去りたいのだ。
全部書き殴ってインクだらけでクシャクシャになった紙を伸ばして消しゴムをかけるのではなく、元に戻らないから捨て去りたいのだ。
気が進まない理由は単にその紙に記録した内容に、思い入れがあっただけ。
あの時、二人で一緒に眺めた月を。
あの時、二人で語った未来を捨てて。
新しい夢の為にどんな大事だったモノも捨て去って前を見る。
何とも傲慢で、何て強欲な人間なのだろう。
永遠にも思えた年月の果てに。
たどり着いた輝ける道は――――
それこそ、醜い夢のようだ。
◆◇◆◇
「Code:疑似天照V8カルマ!」
「Code:七鍵破城門!」
爆炎の衣を纏うアヤノと、背中の闇から巨大な砲身を取り出すリィナ――女共は同時に吠える。
「LvΩ副砲撃実行!」
「LvΩ紅砲撃実行!」
――――――ムドバッ――――――
二人から放たれた波動は拮抗しているかに見えるが、徐々にリィナの力場が圧され始める。
「ア、アヤノ様の源流言語。ノアの副砲が出力で負けるなんて事が!?」
「アンタこそ失くした権限の寄せ集めでよくやるものだわ」
「これが地獄の門を破壊せしうる炎の巫女……権限の力――」
「ごめんなさいとは言わない。ワタシはワタシの為に押し通る――落ちろリイナ!」
「アヤノ様ぁぁリィナは、私は――」
「アキ、マクスウェル、平衡演算!」
人皇を導く為に創られた存在であるイサナミ=アヤノ=マクスウェル。彼女の心臓、自らの因子核により生み出された第二人格であるマクスウェルは人格を持つプログラムである。
七皇鍵セブンバンドの後遺症を緩和し、人類に本来存在しない魔法と肉体強化術であるオーラを、より効率的かつ有効に使用出来るように編み上げた存在。
その最たる能力がマクスウェル機関が誇る平衡演算術式トライアングルシフト――分散した魔法粒子と気を攻守特に一点集中させる事によって、一時的に戦闘能力を強制的に突出させる内蔵術式。
攻撃特化――砲撃となったアヤノは三つ迄の超威魔法言語を同時に使用する事が可能。
アヤノの持つ深紅の槍に焔が灯る。
「く、来る!? 更にアヤノ様の最大火力が」
「燃えろ! Lv4炎魔灼熱地獄」
『Run――Lv5禁術魔法言語連続実行』
『魔核解放三重奏!』
アヤノ、アキ、マクスウェルによる最上位魔法言語の同時実行。
徐々にゆっくりとリィナへ迫っていた力場が一気に、河をせき止めていたダムが決壊したかのように押し寄せ迫る。
リィナ博士の幼い容姿が老婆のように歪んだ。
「ヒ、蛭子神!? 何とかしろぉ!」
『アァ、だめだなコリャ』
「やっと喋ったかと思えば! お前は何でそんなすぐ諦めるんだ!」
『ご主人がそう設定されたからカト……イイじゃねぇかマタ作り直せバ』
「この戦いは負けられないんだ! リィナが、私が私を証明する為に勝たなきゃいけない」
『何言ってんダヨ、何度も何度も失敗しては廃棄シテ来たじゃねぇカ』
「っぜぇなぁ! オマエ迄言う事を聞かねぇのかよ! デバイスも、アウローラも、何で思うように動かねぇんだ何ででだ何でだ何でなんだよチクショウ! 私が創ったのに! 私はお前達の親だろぉがぁ!?」
『本当に解らないノカ? ご主人』
「どいつもこいつも好き勝手に動きやがって! 私の言う通りにしてりゃあぁ! 私の、親のいう事を聞いてりゃ全部上手く――」
『そりゃムリな話だゼ』
迫りくる炎、天より降り注ぐ轟雷、空間ごと凍結してしまいそうな絶対零度を超える凍気を目の前にして、女はふと思った。自分は一体何故実験体達に感情を植え付けたのか。自分は、本当はそんなモノになんて、なりたくなかったのに。
『ご主人には親ナンてモノ居ないじゃないか。知らないモノに成れるわけネェでしょうがヨ』
過去――自分にこんな事を言ってきた竜人が居た。
『可哀そうな子……アナタは愛を、親からの愛を知らずに生きて来たのね』
コノハサクラとかいう竜人が発した言葉の意味は。
「あぁ……そうか」
王都トロンリネージュ上空2千メートルでの決戦は――覚醒した権限者イザナミ=アヤノ=マクスウェルの勝利で幕を閉じた。
『アヤノ様、急いで地上へ――シャルロット様が』
地上の惨状を察知したアキが警報を鳴らした。
王都全体に張り巡らせていたシャルロットの黄金武装気が破られ、その代わりに暗黒色の武装気が、自分達のいる地上2千メートルの空中どころか、制空権を突破して侵食して来た為だ。アヤノの眉間にしわが刻まれる。アレは決して野に放って良いモノではない。アレは世界を改変する力ではなく、元に戻す力だと知っているから。
「シャルロット ――今行く」
「もう遅い……遅いですよアヤノ様」
「勝負は付いた、タイタロスを止めろリィナ」
「止まりませんリィナの、私に残った、たった一つ渇望……夢なんだから」
「お前……」
破壊されたバックパックが炎を上げ、その炎に焼かれながら、落下する女は言う。
「私だって……見たかった」
神の器として生まれ、神に選ばれず、老婆となった女は落下する。
「もっと綺麗なものが見たかった」
何も無い丘の上で生まれ、そのまま老婆となった女は唇を噛む。やっと、やっと気が付いたのだ。自分の本当の気持ちに。
「もっとこの世界を知りたかった」
創世記に魔人核を取り込み不死となった女は最後の力を振り絞る。デバイスを破壊された今のリィナはただの人間程度の力しかない。
「なのに…知れば知るほどに、この世界に、ただのゲームであるこの世界に答えは無かった」
何度も何度も自問自答した。
私は何の為に生まれてきたのだ。
「もうやめろリィナ!」
「アヤノ様はソレで良くても!!!」
私は一体何がしたかったのだ。
「私は理想の自分を何度も何度も作り直したんですよ……フフフッでも出来なかった、貴女のようになれなかった」
「アンタ……」
「この髪だってそう、何度やっても赤色にならなかった……こんな不自然なピンク色にしか」
自らの分身。
何度も何度も自分で自分を殺し、作り直された100人目の使徒である、醜い女は落ちていく。
「外見は美しくても私はもぅ…」
出がらしの老婆と言われた女の瞳に涙が浮かぶ。
「リィナ、アンタやっぱり」
輝く焔を纏うアヤノの瞳にも涙が浮かぶ。本当の意味で解った気がしたから。
「自分しか愛せない、自分のことしか考えられないアンタが、何故ルナティック=アンブラを殺そうと考えたのか」
この女は自分と同じだったんじゃないか。
何も無い丘で産まれ、ただただ何十年もプレイヤーを待ち続けた自分と。
「アンタもまた、プレイヤーに手を繋いでほしかった一人……だった、の」
だが自分には秋景がいた。
永遠の時間を埋める思い出があった。
でも、この女にはそれすらも無い。
「い、ひひひはははは」
嘲笑する。
どうしても、どうあっても理解してくれないのだなと女は嘲笑する。それもあったかもしれない。でも、自分は気付いてしまったのだ。
「でも今更、いまさらどうしよぅって言うんだよぉ言えるわけねぇじゃねぇか、やり直せる訳がねぇじゃねぇか、もぅしょうがないじゃねぇかよぉぉぉお――メアぁあ!!!」
「!?――平衡演算モードチェンジ!」
――――――――ドぁ!
地上からの砲撃がアヤノに直撃する。
「くあ、あぁぁぁ!!」
『アヤノサマ! タイタロス――コ、コノ砲撃出力ハ』
『防御特化のアヤノが防ぎきれないとは!?』
焔の槍セブンバンドが一本カラドボルグが軋み、握った拳が、関節が悲鳴を上げた。身体能力を数万倍に引き上げている筈のアヤノの身体が。
「これが暗黒武装気ロードオブ=ナイトメアの力だ!」
「で、デタラメな威力――これはもしかして」
ルナティック=アンブラに迫る出力かもしれない。
「アウローラは既に神呪刻印を解放しました。術式を解除しても無意味ですよぉぉおヒハハハハ」
「リィナぁぁぁ!」
「アヤノ様もう無理なんですよ! タイタロスは全てを破壊します。そして創成期とは違う! 3人のプレイヤーが揃ってしまったからには、デバックシステムがコレを黙って見ているわけがない!」
「やらせない――それだけは!」
砲撃を何とか反らしたアヤノは地上へと視線を送っている。黄金の姫――権限を分けた妹であるシャルロットに。
(何故? 何で私を見てくれないの?)
リィナは悲しそうに笑った。
尊敬し、敬愛し、求めた、恋焦がれた女性は、どうして私の夢を壊しに来るのか。
(何故、私を見てくれないの?)
お母さん。
(ずっと私は……アナタに認められるような人間に)
リィナ=ランスロットが心の底にしまっていた渇望。
最も欲しかったもの。
それすらも今、叶わないと知る。
もっとこの世界を知りたかった。
自由に動く躰が欲しかった。
綺麗なものが見たかった。
そして、母親が欲しかった。
結局900年かけて私は汚いモノだけ見て、何も成し遂げる事が出来なかったのか。私だけを見続けたから? 自分のエゴを貫いたから? 相手の気持ちになって考えなかったから?――違う。そんな訳はない。1の力は数の力に劣る。それはただの言葉であって真実ではない。他人との繋がりなどを一番に考えるのは、臆病で能力のない人間の言い訳に過ぎない。私は敗者ではない。絶対に違う。自分は選ばれた人間に違いないのだ。そう信じて此処迄来た。
(でも知っている……一番汚くて醜いのは本体だと)
掌を掲げた、天に。
憎たらしく愛おしい月を。
世界全ての母、マザーコンピュータを睨みつけて。
「さぁ来いクソッタレな月の使徒よ。段取りは変わってしまったけど……勝負だ」
この世界に爪痕を残してやる。
今やそれだけなんだ。
自分の生きてきた意味を証明するには。
――それが私の醜い夢だ。




