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【閑話】みんなでお祭り

第五章でトーナメントが始まるちょっと前の話


ウチの主人公って……結構ダメなヤツかもしれん

少し前までイジケまくってたしね。

挿絵(By みてみん)



 トーナメントを目前に控えた今日――俺達は前夜祭で賑わいを見せる大通りを歩いていた。夜だというのに凄い数の人がひしめき合い、ゆっくりとしか歩けない状況だ。


 これは国を挙げての祭典。

 《世界武道大会トライステイツトーナメント》の大成功を意味する。貧乏王国と比喩され、一年や二年位ではどうにもならなかった財政難を一気に回復させようと大博打に出たこの国の天才皇女様――企画したアンリエッタはさぞ鼻が高かろう。


 シャルロットとは以前から約束していたので昼間に此処を一度周っており、夜はアンリエッタを誘ったのだが俺達・・は今四人で歩いていた。


「先生ぇ! あそこのイカ焼き美味しかったよねっ」


「……あぁ旨かった」


 ゼノンとは違い、海の遠いトロンリネージュ王都であれ程新鮮なイカをあの値段で出せるという事は、この国の魔法技術と流通が活発になっている証拠と言える。


 まぁ確かに旨かったのだがシャルロット……シェリーと先に周ったのがバレるから言わないで欲しかったのだが。


「ユウ君……ワタシちょっと人に酔ってきちゃった……だからナデナデして?」


 ナデナデ。

 アヤノさんには逆らえない仕方ない。

 しかし今絡まれるのは困る。背中の視線が痛いから。


「ユウィン様……私お邪魔でしたか? 楽しそうで何よりですね」


 要するに自分は楽しくないと。

 アンリエッタの冷めた声が背中に突き刺さる。


 右手にはオテテ繋いでのシャルロット。左腕には腕を絡めてくるアヤノさん(表バージョン)。後方には「怒」の文字が頭から出ている笑顔のアンリエッタというこの陣形。


「先生ぇあそこの焼き鳥屋さんも出店してる! 美味しいんだよ? よく学校帰りにテッサちゃん達と食べるんだ!……えっと、食べるますわ?」


「シェリー言葉使いなんて気にしなくて良い」


「でもボク未だに男の子みたいな話し方だなって……少し」


「結構長く生きているが、俺は君のような可愛い男を見た事は無いよ」


「あの…その…えへへ」


「わーおっユウ君てばユウ君てば」


「アヤノさん……そこまでくっつかれると当たってしまって申し訳ないのですが」


「シャルロットちゃん程は無いケド良い形でしょ?」


「知ってま……いえ、そうではなく」


「ジパング生まれのアヤノおねーさんにも一言ほしぃかな?」


「難しい振りですね」


「それとも申し訳ない程度だったかなぁ?」


「今夜は月が出ますかね」


「わっ…ユウ君博識ぃ。火の国の口説き文句まで知ってるんだ」


「昔に千姫という…」


 ――ブチリ。

 後方で何かが切れた音がしたが気にしないでおこう。


「先生ぇボク、今とっても、とっても幸せ」


 我が弟子シャルロットは先日よりすこぶる機嫌が良いし、アヤノさんも温泉行ってからずっと表人格のままで、借りてきた猫みたいに可愛いらしい。


 しかしこの状況での歩みは死の行進デスパレード――いわば破滅へ行進を意味する。最終的には死ぬ――かもしれない不死身だが。


 どうしてこうなってしまったのか。


 話は少し前に遡る――何でも城中で俺とアヤノさんが温泉旅行した事が噂になっており、メイドさんやら執事長やらに散々冷やかされたのだ。――だけなら良かったのだが、当然皇女の耳にもこの話が入っており、誤解を解く為にアンリエッタを連れ出した訳だ。この娘の機嫌を直しておかなければ、この先の給料を差し押さえられるかもしれん。


 そうしてこっそり抜けだした俺とアンリエッタが城を出た瞬間にアヤノさんとシャルロットに出食わした――何故? そう思って話を聞いた所、執事長クロードに「俺が四人で祭りに行こうと言っていた」と聞いたらしい……あのジジイは間違いが起きないように武装気ブソウオーラで俺とアンリエッタの会話を聞いてたのだ。


 奴の薄ら笑いが脳裏によぎる。


(奴とは一度決着をつけなければ)


 即座に考えを改める。

 やめておこう勝てるわけが無い……無理だな。

 例の如く即座に諦める潔さ――これがユウィン=リバーエンドという男だった。


『日頃の行いです……三人同時攻略を狙うからですマスター』


 俺の影に潜む竜王Dディの声はいつもより更に冷たい。


(俺は皆に幸せになってほしいと……)


『…………ハッ』


 鼻で笑われた。

 相棒も機嫌が悪いのか何てこった。

 そんな女難続きの(自分のせいだが)俺にも救いの掌が訪れる。


「ユウィン先生こんばんわ。皆様でお祭りに?」


 絃葉先生。

 今大会のゼノン代表、錆びた釘ラスティネイルの一人――現在俺の勤務する魔法学園近接戦闘の講師で同僚だが、彼女も祭りに来ていたようだ。


 助かった。

 今は何とかアンリエッタの機嫌を取り繕う時間がほしい。俺の右手にガッツリくっついて離れない我が弟子も簡単な挨拶を交わしている。シェリーは近頃、格闘術は俺では無く彼女に教わっているのだ。


「絃葉さんお一人で?」


「いえ、ゼノン国王クワイガン様と周る予定だったのですが中々来ないんです。近くまでは来ている気配がするんですが何せこの人だかりで……」


 成程、彼女の索敵武装気アスディックでもこの人数の中から探し当てるのは困難なようだ。


 俺の後ろから平民らしい服に着替えているアンリエッタが顔を出す。


「絃葉さん一緒に周りながら探しませんか? ユウィン様はお忙しいようで、話し相手が欲しかったんです」


 怖い、怖いぞアンリエッタ。俺だって好きでこうなってるんではない。文句は君の執事に言ってくれ。


「……アンリエッタ様でしたか。失礼かも知れませんがそういう服装も似合われますね」


 絃葉さんは皇女の平民ファッションにちょっと驚いていたが、一瞬俺を見てから続ける。


「確かにユウィン殿はお忙しそうでうですね。アンリエッタ様、王都では女性を両手に絡めて歩くのが流行なのですか?」


「まさか、こんな男性は王都全土でもユウィン様だけじゃないかしら」


「そうですか……そうですよね」


 何故だか解らないが竜の騎士のレベルが大幅にダウンした気がする。


 そういえば何故今迄気が付かなかったんだ。

 そうだ、シャルロットとアヤノさんの手を離せばいいのだ。脳内演算速度を加速させてセリフを捻出する。


「アヤノさん……シェリー。一度離れてはくれないだろうか。流石にちょっと熱くてな」


「やだ」

「シャルロットちゃんがそう言うならワタシもイヤ~」


 その状況をアンリエッタと絃葉さんは道端に落ちているマッチ棒を見るような眼で俺を見ている。これ……状況悪くなってないか。


「所でユウ君、これ何処に向かってるの? この人だかりに長時間はキツイかな」


 じゃあ帰って下さいとは言えない。

 アンリエッタと二人で来る予定だったので落ち着ける酒場に向かう筈だったが、どうしたものか。俺はいつもの四倍の速で行き先を演算するが――全く算出できない、いつもの冷静さは何処に行った。


「あ、先生ぇあの出店なーに?可愛いっ」


「ん? あぁ…射的の店か」


 自分の師が今まさに社会的に追い込まれている事を全く理解していないシャルロットが喰い付いたのは、おもちゃの弓矢を使って景品を落とす出店だった。


「わーいいなぁかわいいなぁ」


「欲しいのか?」


「えっと、うん……はい」


 特賞の大きなぬいぐるみを輝く視線で眺める弟子に切迫していた気分が少し晴れる。


「射的か懐かしいなぁ。火の国の祭りでもこんなのあったかも。ワタシもほしー」


 年を考えろアヤノさんと言おうとして黙る。


「確かに……可愛いですね」


「皇女殿下もそう思われます? 実は先程からワタクシも気になってまして」


 膨大な戦闘経験から、俺は今から起こるイベントの恐ろしさを察知する。何が可愛いのか全く解らない腹巻している猫のぬいぐるみは特賞の一体ぽっきりしかない――その一匹に目を輝かす四人の女。


「シャルロットさん三等も可愛いですよほら……ハムスター?」


「アンリエッタ様、ボクがちっちゃいからって意地悪言ってない……かな」


「本当に大人げない女だなぁ……ユウ君はワタシの為に取ってくれるから諦めなよお嬢ちゃん」


「えぇっ……と、その、竜の騎士様は武芸百般ぶげいひゃっぱんと伝わっておりますが……この絃葉に見せてはくれないでしょうか」


 なんてこった予想より悪かった。

 取った後に誰に渡すかというイベントになると思ったのだが、誰の為に取るかという強制イベントが発動している。俺には怒りと悲しみの感情が無いはずなのに――震える。何なのだこの感情は。


「……らっしゃい」


 胡散臭そうな店主に1シックル(1,000円)通貨を渡し、全く張っていないヨレヨレの弦を引き弓矢を構える。特賞は一番大きな猫のぬいぐるみ(腹巻してる)。此処は無難な選択をするべきだろう。


「言いだしっぺはシャルロットだしな」


 俺の言葉に瞳を輝かせるシェリー。

 この弓矢であの特賞の重量を落とすのは不可能――故に俺は精神を集中する――少し卑怯だが武装気ブソウオーラを弓矢に纏わせ。


 放つ――――


(何ぃ!?)


 猫に向かって直進する矢の軌道が曲がり――三等のハムスターのぬいぐるみが叩き落ちる。


「あぁ惜しかったですね。では三等のハムスターはシャルロットさんのモノという事で」


 アンリエッタぁぁぁぁぁ何て大人げない女なんだコイツ……特型武装気で軌道を曲げやがった。


「じゃあ……次はアンリエッタという事で」


 大人の男である俺は気付かないフリをして二射目に入る。

 猫のぬいぐるみ目掛け。

 放った――――何となく予想はしていたが落ちたのは青いタヌキ(腹にポケットのある)のぬいぐるみだった。


「お嬢ちゃんにはその不細工なぬいぐるみがお似合いだね」


 魔法粒子の残滓……アヤノさんも本気だ。

 魔法言語の詠唱どころか発動したのかも解らないような速度で矢の軌道を曲げる伝説級レジェンドクラスの技術……何て無駄な事に使うのか。


「では……次はアヤノさんという事で」


 巻きで説明すると三本目の矢は俺が動揺した事により普通に外れ、意地が悪そうなキツネのぬいぐるみが落ちた。

 しかめっ面の女達三名――心なしか「ゴゴゴ」鳴りながらオーラが揺れている気がする。


 シャルロット→ハムスター(めちゃ小さい)

 アンリエッタ→たぬき(ブサイク)

 アヤノさん→キツネ(意地が悪そう)


 ネズミ園児とタヌキ皇女と性悪キツネ魔女のオーラが弾けそうになった時。


「お、大当たり~」


 何だって? 全員の視線が集まった先には、丸太のような腕をしたおっさんが笑っていた。


「クワイガン……様?」


「おう絃葉、これが欲しかったのだろホレ」


 大きな腹巻き猫を受け取る絃葉。

 突如現れたゼノン国王は、そのまま麦酒を片手に人ごみに消えて行った。こちらに一礼してから、それを急いで追いかける絃葉さん。


 何とも言えない空気が流れ――当初の目的。

 アンリエッタのご機嫌取りは、後日に流す運びとなる。


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