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第21話 乗倍譲渡(スケールアウト)

挿絵(By みてみん)


 

「あ…ヤバっ」


「テッサ!?――やられたんじゃないだろうな」


「今…シャルのヤツが根暗ヒロインに戻った気がする」


「デイオールが!?」


「アベル君…テッサ…アンタ達本当に図太いね――うぉわっと!」


 魔人四天王ヘルズリンクの下半身から伸びるヒルは、嵐の大海原から迫る波のようにテッサ達に押し寄せていた。

 それらを苦戦しながらも躱しつつ、本体の魔人への接近を試みる赤髪――アベルが躱わせない蛭を刀で薙ぐ美琴。後方で卓越した動体視力を持つテッサが指示と回復を担当する陣形が成立していた――魔人領最大戦力を眼の前にだ。


「アベル君速い――武装気を会得してそう時間が経ってないって聞いてたのに」


「あぁ良くわかんねぇけど身体が軽い。めちゃめちゃ調子が良いんだコレは何とかなるかもしれねぇ――それに」


「うん…あの魔人どういうわけか勝負を焦ってる」


「あぁ攻撃が雑化してるな」


「アベル――後ろ!」

「おっとサンキューだテッサ」

「余裕ぶっこくなバカアベル!」


 三人がかりとはいえ自分達より遥か高みにいる魔人四天王――油断は即「死」に直結する。現に此処にいた他の選手達は一人残らず蛭によって体液を吸いつくされ床に転がっているのだから。


「でもアベル君、相手の懐に入ったとしてどうするの? ウチはまだ対魔人用の型を習得していないし――はっ!」


 ギィイン!


 正面を飛んできた蛭を刀で弾き飛ばした美琴は眉を潜める。


「この蛭も魔人の身体の一部……防御結界が存在している――刀でも薙ぎ払うのが精一杯なんだよ?」


「俺達は先生に教わってるんだ――魔人の対処方法を。じゃあヤルしかないだろアレを」


「アレ? どんな、くっ、方法――?」


「ゼロ距離で魔法をぶっ放す」


「え…えぇえ?」


 この友人達の教師とかいうのは脳ミソが筋肉で出来ているか、はたまた自分の身体の心配を全くしていないネジの外れた人間のどちらかだと美琴は思う。


 傭兵王国ゼノン王国ではソレをこう呼ぶ――奥義と。

「白」「蒼」「黒」全流派共通奥義の型と呼ばれるものなのだから。


 対魔人用死殺技――ゼノン初代国王ラスティ=ホークアイ=エストレアが定評し生み出した魔法を使えない人間が魔人を制する為の奥の手である。


 人類が防御結界を通り抜ける事の出来る唯一の武器――”身体”を武器とし、防御結界内にて直接対象を攻撃する離れ業であるが、それはゼロ距離で行う攻撃特性上肉体を使う”打突掌”――打撃、発勁、掌底、この三種だから成せる技だ。


(密着状態での魔法攻撃なんて……無鉄砲にも程がある)


 美琴が懸念しているのはソコなのだ。

 ソレを魔法で行うとなると演算処理と結界内に踏み込むタイミングが難易度を更に跳ね上げる。


 魔法言語での攻撃威力は肉体攻撃を遥かに上回るが、魔法はその威力特性上反動がデカい――故に魔法使いが有する魔法因子核には、威力の反動を緩和し実行者を守護する微弱な結界が受動的に展開されている。ソレを無視して攻撃をするという事――それはすなわち、拳で攻撃すれば手が吹き飛び、体当たりなら身体が吹き飛ぶ突貫攻撃という事だ。


(でも今のアベル君ならもしかして……)


 目の前にる赤髪の少年の逞しい背中を見つめる美琴の頬が、彼の髪色と同じ朱に染まる。


 思わず抱きついて甘えたくなるような。


(今は戦闘中だぞウチ……何考えてんの)


 何としても生きのびようと強い意思が湧いてくる。その湧き出る明日への希望を胸に、刀の組紐くみひもを握る手に力が入る。


「アベル君イケるって勝算があるんだね。じゃあ……」


「わかんねぇ」


「え…えぇえ?」


 何処までも正直な青年であったが。


「だが白鳳院。俺の身体から溢れる力……この感覚には覚えがある。多分テッサのヤツも同じだ」


「え?」


「あの暗殺者を目の前にした時と……あの時と同じ」


 恐らくは。

 だが感覚的に解る。

 これは自分の力ではなく他者から供給されている力だと。


「俺とテッサとセドリックは……特に一緒にいる事が多かったからな。多分そういう事なんだと思うぜ」


「ど、どういう事?」


「シャルロット=デイオール――やっぱアイツは凄い女だって事だよ」


「アベル――今!」


 幼馴染の合図が耳から脳に伝わった時――アベルの軸足は蛭の本体目掛けて地面を抉る。



(……………この流れは美しくない)


 どういう事だコレは。

 魔人四天王であり冥王の異名を持つヘルズリンク。

 その整えられた面の一部、眉間には美しくもないシワが刻まれていた。


 人間領屈指の実力者が揃っていたこの選手控室の人間達ですら、自分は便箋びんせんに封をする流れ作業程度の易しい仕事として片付けられた。しかし眼の前にいる成人とも言えない三名の獲物は、自分の攻撃の隙間を縫ってこちらにどんどん近づいて来るではないか――恐れもせずに。


(この吸血の鬼を眼の前に……)


 見事な連携であった。

 タイミングをずらし、外し、速度を上げて、その何十もの同時攻撃を銀髪の少女は全て見切り、伝え、逸らしてくる。

 赤髪の少年は一見がむしゃらに突撃しているように見えて、銀髪女の思考が背中に宿っているが如く攻撃を躱し、最短距離で当方に向かってきており、躱しきれない数になった途端に刀の女に迎撃される。


(こんな事があるというのか。半数以上の使徒レディ達が倒され……魔王直下の四天王であるこのヘルズリンクが苦戦を強いられるなどという美しくない事が)


 全魔人中最多の分身体――使徒数を誇るヘルズリンク。

 彼の魔人としての特性は、本体の実力に匹敵するメイド使徒を率いた総合力にある。――四体の使徒と本体であるヘルズリンクの力が集結した時、彼の戦闘能力は影王とキリンを上回り魔人四天王最強最古のラビットハッチに迫ると言われている。


(おのれ…おのれニンゲンドモ)


 ノワール(黒)

 ヴァイス(白)

 アーテル(黒)

 バイ(白)


 自らの能力を分断し自らを愛する四体のメイド使徒。

 この人間領に来てからというもの美しくない事ばかりだ。彼の眉間のシワが更に深く刻まれる。


「トロンリネージュ王国グレン=ベネックスが息子アベル=ベネックス――突貫!」


「騎士道ですか? そんな余裕も腹立たしい!」


「アベル君――やっぱりコイツ」


「自分は余裕綽々(しゃくしゃく)で名乗っておいて――よく言う!」


「黙れ! 生きた血袋無勢めが」


 ヘルズリンクの両の手が鋭利な槍へと姿を換えるが、初めから簡単に懐に入れるとは夢にも思っていない美琴の閃光が如く斬撃が飛ぶ――。


「白鳳院流奥義――――血風鮮花けっぷうせんか!」

「このヘルズリンクを侮るか」

「これは慢心じゃねぇ人の覚悟だ魔人四天王!」

「不味いしまったアベル君!?――コイツは」

「こっからが我慢比べだ――テッサぁ!」


 変化した両槍を弾き返した刹那――ヘルズリンク本体が観音開きに割れる――両開きの冷蔵庫のようなその中身から視えるオゾマシイ内部に光る結晶体――――更にそこから射出された数十の触手は情け容赦なくアベルの皮膚を薙ぎ、抉り、突き刺さるが。


「バカな止まらないだと!?」

「っくぜ――焔を司る言霊よ我に宿りて柱となれ」

「レベル2如きでこの私の魔人核を――何!?」

「Lv2炎柱加速レッドアクセラレータ


 アベルは自分の後ろに向けて魔法言語を射出したのだ――身体が加速し一気に魔人の結界内部に侵入するが、同時に身体に突き刺さっていた触手が肉体を貫通する――――それをテッサの全魔力を込めた回復魔法により、重要臓器のみを集中的、瞬間的に復元させていた。


 その源泉より湧き、流れ出る河のような連携に吸血現鬼――始祖の鬼――その醜い正体は蛭の魔人であるヘルズリンクは思う。


(うっ……美しい)


 アベルが魔人核――”ヒル”の本体に到達する。


「炎熱激――――」


 生まれもった焔の魔力。

 命よりも大事な守ると誓った女と背中を預けられる戦友。

 そして憧れの姫から受けた黄金の力をもって、少年は死中に活を見出したのだ――直感的に初めからアベルには解っていた。自分の魔力総量ではLv2を用いても、上位魔人の防御結界を貫き核を破壊するのは不可能だと。ならば――密着状態ゼロ距離から自分の限界を突破する以外に、この脅威から女達を守る事など不可能だろうと。


 愛と信頼と連携の死中に生み出されたアベル=ベネックスの新たな力――武装気と魔法言語を組み合わせた魔装技ネクストドア


「――絶杭《アドヴァンスド=スティンガー》!!!」


 渾身のその力が、魔人領最大戦力の一角を粉砕する。


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