第19話 しょうがない
「出来うるだけの手は打った……後は人皇勢の力次第というコトか」
真紅の衣を纏う魔女アヤノ=マクスウェルは闇色に染まりつつある空より独り言ちる。王都トロンリネージュ上空に差し掛かる手前で、遥か遠くに見える大森林に視線を送りながら。
「馬鹿弟子……ユウィン=リバーエンド」
魔女の有するデバイス。
膨大な範囲の位置情報を調べる事ができるDOSスカーフ――ソレを首元に巻き直し口元を隠す。
思い出して再びニヤついてしまいそうなその口元を。
「そして……影王」
だが危険な行動であったのも事実であり完全に賭けだった。アヤノはシャルロット達が受けている脅威以上の敵と先程まで相対していたのだから。
最強のプレイヤーNo.2。
獄円卓の王ベルゼバブ――ヤツは自分がハッタリを言っているのを知っていて逃がした。
空間魔法だけはアヤノの持つ権限の力を以てしても介入不可能である事を気付いていたにも関わらず。
恐らくは自分が時間稼ぎをしているのを知っていて――。
「まだ、ぶつかる訳にはいかない。……マリィとバビロンが覚醒していない……今は」
その顔には意志の力が乗っていた。
表人格であるアヤノでは無く、マクスウェルと呼ばれるその女は、同時に王都に接近する2名の《皇》の気配を捉えており、それに対して因子核から溢れ出す想いが高まりつつあるのを複雑な気持ちで感じながら。
「何も言わないのだな…アヤノ」
『……言っても無駄でしょ』
「あぁ、まるでシステムの声が聞こえてくるかのようだ」
お前は一体何をしたいのか。
お前達は何をしたいのかと。
「だがそんな事はどうでも良い」
『その点だけは同意するけどね……至極当然全くもって』
この世界のシステムなんて、どうでも良いと。
『どうせ、収束しちゃうんだから』
「……因果律。不快なデバックシステムによって?」
『そーよ』
「素直でないな。相変わらずお前は」
裏人格であるマクスウェル。
アヤノが作り出した意思を持ったプログラム。
マクスウェル機関という《皇》の為に創り出した、強く勇ましいもう一つの自分の姿。
『アンタとアキって、ワタシが創ったのになんでこう反抗的なのよ…嫌になるわ』
「バカを言え、ワタシ達はお前が創り出したプログラムだ。いわばお前の渇望……お前の本心だよ」
『説教クサイわよマクスウェル。ワタシは手伝わないわよ面倒くさい』
『ダメとは言わんのだな。エラく機嫌が良いじゃないか』
『ふんだ……ほら、来たわよ。予想通りに』
「あぁ、予想より遅かったな」
同じく文字通り空で対峙する元魔導科学の母とその助手。
アヤノ=マクスウェルとは違い魔法言語による飛翔では無く、背中に背負う大掛かりなバックパックによる反重力をもって、その場に並び立つリィナ=ランスロットを目で流す。
「アヤノ様この前はゴメンナサイ……閉じ込めるような真似をして。でも、でも、リィナは貴女の為に」
「良いのかリィナ? 源流点を離れても」
その言葉に白衣の女は不快そうに眉を寄せる。
「貴女が教えてくれた事です。準備というのは予備迄あって初めて計画と言うと」
「そんなコト言ったか? ククク…今の自堕落なアヤノからは考えられないな」
「貴女はリィナが救ってあげますから……だから」
「だから?」
何がそんなに不快なのか、こめかみの血管が浮かび上がる。
「お前に言っているんじゃない黙れマクスウェル!――アヤノ様応えて下さいリィナは…リィナは貴女を」
「愛しているとでも言うのか? 相変わらずだなお前は」
「アヤノ様の顔で! アヤノ様の記憶で! アヤノ様の口で語るなと言っているんだ!」
マクスウェルとその中に居るもう一人は同時に嘆息する。
「どうもワタシは嫌われているらしい……どうするアヤノ?」
もう一人の気配が強くなる。
身長よりも長い黒光りした髪が赤く、朱く染まっていき――それと同時に人格が入れ替わり、閉じていた眼を開けるイザナミ=アヤノ。
「リィナ……アンタねぇ」
「あぁアヤノ様アチシですリィナです! 何百年ぶりか……本当にお久しぶりです寂しかった出てきてくれて嬉しいホントに嬉しいアヤノ様アヤノ様アヤノ様アヤノ様ぁ〜」
歓喜に震える白衣の女とは対象的に、笑顔と冷ややかな瞳を混在させるアヤノから唇を切る。
「喋るわよ」
「はい、ハイハイはいアヤノ様♪」
「まずは王都で起動してるソース・コード。アレは天照の反転術式よね? 発動させた割に立ち上がりが遅いみたいだけど」
「流石ですアヤノ様♪ あのコードを完全に走らせるには、魔法因子を持たないリィナでは難しぃですから……なので」
「バックグラウンドで立ち上げておいて術式を完全に走らせるのは最後……そして天照程膨大なミストルーンを走らせると源流のメモリをバカ喰いするから立ち上げは仮想メモリ……別の者が行う。という事はその為の捨て駒が居るよね」
「流石ですアヤノ様♪ ソースには増幅役のブービー=オーダーと実行役のもう一体を増設してますので」
「なるほどね~だから離れても大丈夫なんだ」
「アヤノ様が教えてくれた事は一語一句忘れずに今迄生きてきましたよ♪ リィナを褒めて下さいっ昔みたいに」
「うんうん偉いねリィナは」
「はっぐっフヒヒ……イヒヒヒヒ」
数百年と経っているのに、この女見た目も中身も何一つ変わっていない。700年以上ぶりか、質問されて答えを言う。それが楽しいのであろう、白衣を揺らし、喉を詰まらせて笑う。幼い見た目に反し、相変わらず老婆のように笑う。
アヤノはそんな眼の前の女と、自身の生命体としての在り方を酷く醜いモノのように感じていた。
周りの生命力を吸い上げて永遠に生きる自分と、自分が育てた弟子と”同じ方法”で不死となった白衣の女を。
「で? リィナ、あんた一体何がしたいの」
「もぉ〜アヤノ様イケズなんだから♪ 解ってるでしょ〜ぅ何でも知ってる貴女ならぁ」
醜いと思う。
「そうね。貴女が立ち上げている天照は召喚プロンプトだからね」
「流石ですアヤノ様♪ ハイハイハイそうですそうです」
目の前の女と、自分が醜くてしょうがないと思う。
「導かれる答えは……」
この女ならば、権限者である事を放棄した自分に自分を重ねているこの女ならば、きっとこう考えるだろうと知っていた。――自分は何でも知っている女なのだから。
「アッハハ♪ 昔に戻ったみたい。楽しいですねアヤノ様っ」
秋影を失ったのに生きながらえている自分。
秋影の代わりなど居ないのに、代わりが出来た途端こんなコトをしている自分。
秋影はまだ、あの魔人核の中に居るのではと期待せずには居られない自分。
だから引き籠もった――何百年も。
きっと外に出てしまえば秋影を、プレイヤーであるあの男の元へ一目散に駆けつけ、再び同じ過ちを侵してしまうのが解っていたから。
面倒だった――自分自身が。
世界一メンドウで長生きな重い女――イザナミ=アヤノ=マクスウェルは言葉にする――最も口にしたくないクエストの名を。
「リィナは……ルナティック=アンブラを再び地上に召喚するつもりなんだね」
子供のような老婆のような瞳を輝かせ、リィナ=ランスロットはアヤノの答えに頷き、その瞳を想い人に向けて次の言葉を待っていた。それはまるで、初めてのおつかいを終えた子供のように、イイコトをして褒められたい犬のように。
「そうですアヤノお姉ちゃん! リィナは貴女の為にあのクソッタレなアイツを破壊してあげるんですよ」
――姉。
過去にも一人、自分をそう呼んだ女がいた。
その馬鹿な女は、まだ始まっても居ないGameの為でもなく、自分の為でもなく、自らの命と引き換えにプレイヤーを守った。自分とは違い、権限の運命に正面から向き合った女。
そして自分はその女にこう言ったはずだ。
何度となく咲き誇る火の国の桜のように――また逢おう我が姉妹と。
「アンタじゃないのよ……リィナ」
「アッハハハ…え? 何ですかアヤノ様?」
違うんだ――違う。
自分が再会を約束した姉妹は目の前の女ではない。
遠目に確認できるトロンリネージュ城――そこで今まさに運命と戦っているであろう”権限”を分けた二人の妹達。
マリィ=サンディアナと、忌まわしき神の依代として創られたトロンリネージュの皇女。
『アヤノさん…アンリエッタは何も悪い事は言ってないと思いますが』
弟子がそんな事を言っていた気がする。
(あぁ至極当然全くもって、その通りね……ユウ君)
メインユーザーの器……アンリエッタ。
彼女は悪くない。悪いのは自分なのだ。
運命に逆らった。権限を裏切った自分自身が。
全てを知っている筈の、何でも知っている”権限”を持つ自分自身に問いかける――お前はどうしたい?
「……失格」
「え?」
「最低の答えよ……リィナ」
どうしたい?――自分自身に問いかける。
本当は約束なんてどうでも良いのかもしれない。だがこれだけは解る。お前ではない――という答えだけは。
自分が心から言われたい言葉……コードは、今も昔も創世記から変わらないのだから。
そして月の使徒――アレはリィナには倒せない事も知っている。
あれは”そういうモノ”である筈だから。
「失格……? 貴女の一番の理解者であるリィナが間違えるなんて事ある筈ないじゃないですかぁヒヒヒッ相変わらずイケズだなぁアヤノ様は」
「それはワタシの為じゃないのよリィナ」
「そ、そんな馬鹿な事はないですよ! リィナは、リィナは貴女の為に」
「アンタ……ヒトを愛した事、ないでしょ」
「リィナは! 貴女を愛していますよ」
「違うのよリィナ。アンタはね、自分を愛しているのよ」
自分の為に永遠に生き。
自分がどこまで出来るのか――それを知りたいだけ。
創造神に創られ、捨てられ、力を消失し、神を呪っても、その神に与えられた残りカスにしがみついて足掻き、蠢く老婆である自分自身を愛するしかない愚かな女。――それがリィナ=ランスロットという女なのだと。
「似てるけど違うのよ、ワタシとアンタは」
「違いません! リィナは貴女を救いたいんです。これが愛でなくって何なのですか」
「リィナ」
女はビクリと身を震わせた。
「アンタ……このGameを楽しんでるでしょ」
「な、何故そう思うの……ですか?」
「さっきから質問が多いね」
「………っ」
「賢い助手のリィナなら、ワタシが今何を考えているか解るかな」
「そ、それはリィナの理解が遅くて……怒っておられるの、かと」
また自分の事だ。
そう答える事を知っていたアヤノは胸中で嘆息する。
「本物のユウ君はね? ”楽しい”……もうこの感情は持ってないの。何でも知っているワタシは選択をしなければならない――どちらを選ぶのかを」
「え? あ、それは………っ」
「貴女は何でも知ってるつもりで、何も知らないのよ」
「それはどっ――――」
アヤノが掌を掲げた瞬間、リィナは地面を舐めていた。
超重力の結界に捉えられ身動きが取れず、背中のバックパックから魔法粒子が漏れ出しギシギシと悲鳴が鳴る。
「こ、っれは、重力? アチシの知らない……能力」
「でしょうね。これはついさっき奪ったヤツだからね」
「く、うぅぅ、アヤノ様ぁ! あくまでリィナを拒むというのですかぁ!?」
「拒む拒まないじゃないってば。ワタシの所有権は……今から来るどちらかのモノになる。それだけの事よ」
◆◇◆◇
「「ゔおおおおおおおおお!」」
闘技場で咆哮をあげる2体の竜――蒼天の如き蒼と、暗闇色の巨躯。
一体は大海に浮かぶ流氷がそのまま動き出したかのようなドラゴン。
もう一体はウエディングブーケに迷い込んだ黒点。
光沢を帯びた兜昆虫型のドラゴンであった。
黒龍が携えた大顎をガチリと鳴らした時、周囲に異臭と異変が起きる。
「バイ――私の後ろに!」
ヘルズリンクの使徒は目の前に突如現れた異形の存在に警戒の声を上げる――その虫より醜い本性を歪ませながら。
Lv3死屍園陣――竜人領の英雄ザッハークの血を引くサイ=オー。真の名をジキタリスという少年の毒能力は魔人の防御結界をも貫通しデバフを付与する効果を持つが、本来の力を限界突破してドラゴンと化した彼の能力はそれだけではない。
メイド服を即座に硬化して防御を取ったヴァイスの装甲が瞬時に溶解する。
「き、強力過ぎる!?――ぎ、ぃぃいああぁああああ」
「ヴ、ヴァイス!?」
「バイは始祖様の所へ退くであります! 私達が全員がヤラれるのは何としても」
既に身体の半分以上をドロドロに溶かされながら声を発したヴァイスが言い終わる前に、もう一体のメイドは闘技場から逃走していた。
薄情にも見える行動であるが。
「そ、それで……いいで……あります」
ずず……ん。
満足気なヴァイスは黒龍に踏みつけれてシミとなった。
『状況を何としても好転させる……セドリック殿ルイズを頼む。小生に出来た……たった一人の義姉なんだ』
「し、しかし君は、君のその力の使い方は……」
「ルイズには、小生の最後を伝えないでほしい」
「っ……………………………解りました」
セドリックには今の一言の意味が解った――解ってしまった。賢者の石を使用してでも、自分の寿命を石に喰わせてでもこのステージに立った己には。
例え愛しの君が自分のモノにならなくても
君が永遠に他人の手に抱かれていても
君の為に生きて死ぬと。
そして、その自己満足に相手を巻き込みたくはない。
俺は俺の為に俺が決めた女を護り、勝手に生きてそして死んだだけだと。
「……息災で。サイ=イザナギ=カターノート君」
『貴殿も良い明日を。セドリック=イザナギ=カターノート殿』
不器用な二人は挨拶を交わし、同時に反転する。
『死屍炎吐息―――』
鋼鉄を秒で融解させる猛毒の波動がメア=アウローラに直撃する。――黄金のオーラはそれすらも防ぎ切るが。
「データにない攻撃……困ったな。でも、しょうがないね」
身体が痺れ、倦怠感があった。
ブレスとデバフの鎖状攻撃――毒の結界内に立つメアは眉をひそめる。
「神呪刻印の開放状態……メアとは効果が違うみたいだね」
『竜でもオータイプでもない、小生にだけ出来る力だ――アウローラ!』
「半端者ってだけでしょ……31番のお兄ちゃん」
『初めて動揺したなアウローラ。小生が羨ましいか? その感情はな――誰もあの女、リィナ博士を愛していないからだ』
「何を言って……」
『アウローラタイプもオータイプも、あの女を親だなんて思ってない。本当は死にたくないんだ小生もお前も』
ルイズが安全圏まで離れたと同時に結界内の毒効果が増大する。
「っ――身体が重い……毒と、何?この、効果は」
『それはアウローラのベースとなった少女の想いだ』
「想い? よくわからないコトを」
『今の小生には解る……黄金覇王の本来の力は愛する者の為に発動する。リィナ博士にはそこが理解出来ないんだ。自分しか愛していない彼女には――だから間違った。だから君達に必要のない感情を残すしかなかった!』
「メアの幸せは今日死んで、博士の……」
『じゃあ! しょうがないなんて言葉を使うんじゃないよ――』
言葉と同時に――更に放たれた黒龍のブレスが直撃する。
「Pちゃん……?」
その姿は? そしてもう一体の竜はいったい誰なのかと、地に肘を付けてしまった少女。シャルロットは震える唇から声を絞りだした。
「あっちの黒竜はジキタリス……サイ=オーや。因子核を暴走させよった……長くはもたん」
「そ、そんな」
青ざめるシャルロットは震える足で立ち上がろうとするが上手く立てない。
「と、止めなきゃ」
「お嬢ぉ!」
巨大な氷竜の一喝にシャルロットは身を震わせる。
――それは巨大な竜が突如現れたことに対する震えではなく、メアに勝てないと諦めてしまったからでもない。
己という人間が汚い人間であると。
醜い人間であり、それを今まで押し付けていた想い人に対する懺悔の心、自信の喪失感から来るもの。
だがそれは”しょうがない”事かもしれない。
彼女は生を受けてから此処最近まで、自分の価値が見いだせなかった人間なのだから。
『年長者としてマスターに言わせてもらうでお嬢。この世には止めてえーもの、止めたらあかん想いがある。ジキタリスはこの最悪の状況を打破するために生命をかけたんや……そして、オラもや』
「ぴ、Pちゃん、サイ君もどうしてボクなんかの為に」
父親からも母親からも家族愛を注がれずに育った。なまじ初めから何も無かった訳ではなく、初めから両親が存在していた事により彼女は自分の価値に”期待”せざるを得な無かったのだから。だがそれは今――粉々に崩れ去ってしまっている。
『気付いとらんかもしれんがオラには解る、お嬢の因子核に繋がったオラには……あっちにおる青髪ロン毛も、ジキタリスの奴も同じ想いやろう』
「でも、でも……」
『お嬢には特別な力がある……この世界の理を超えたとんでもない力が。解き放て、開放するんや。お前はこんな所でイジケてていい女やない』
幸運な事に自分には力があった。
他人より多少秀でた元からの力が――だがそれは、あのメアという少女。小さな友達にも全く通じなかったではないか。ならば、自分の価値とは一体何なのか。
「でも、でも、ボクはメアちゃんに」
『本来の力を開放する事ができれば、天上天下何処にもお嬢に勝てる者などおらん……心を強くもて、折れるな朽ちるな、やりたい事があるはずや』
『シャルロット嬢! その口の悪い氷竜が言ってる事は本当です』
「サイ君……っ」
『君の力の源……それは今の小生を、メア=アウローラを構成している力……そのオリジナルなのです。だから小生とプリューナグは貴女の――ぐぁっ!』
毒のブレスを弾き返し、黒色の巨躯に黄金の拳がめり込む――酷使している黒龍の全身が悲鳴に歪む。
「サイ君!? メアちゃんヤメてぇ!」
「シャルロット……可愛い君にはメアは止められないよ」
「――――っ」
『呑まれるな解き放てお嬢! やりたい事がある筈や! 結ばれたい想いと掌がある筈や!』
一体何なのか。自分の価値とは。自分は何の為に此処に居るのか。何故みんな、こんな自分を助けてくれるのか。
これでは釣り合わないではないか。
「あ…あ…嫌だやめて、もうやめてみんなぁ! どうして、どうしてこんな事になるのぉ」
『お嬢よぉ……逃げてもええ、ええんや。せやけどソレではオラ達みたいな不器用者には傷になるんや……此処で生き残っても二度と輝く太陽を正面から見れんようになる――追えなくなるやろう……あの男の背中を』
「先生ぇ…の」
『だから、そうや、オラの、俺達のお姫様よぉ』
プリューナグは竜の姿で笑ってみせる。
自分の使えるべき主人だと決めた少女に、少女を奮い立たせる為に。
『だからせめて……ヤッてから後悔せぇ!』
――――ドァ!
背中にある氷塊を散りばめた凍気の波動は、サイと交戦中のメアに降りそそいだ。
「こ、この凍気…っ」
『竜因子核全開の魔氷竜と化したオラのブレスは――Lv4を上回るで!』
「誰もメアには勝てないのに……博士がそう言ったんだから。どんなに頑張っても無駄なのになぁ……なのにっ」
言葉とは裏腹に黄金の力は弱まりつつあった。
この力は感情に左右される特性があるから。
『いかにその武装気が強力で、お前は凍結しなくとも! お前の周りは別や!』
限界以上を力を乗せたプリューナグのブレスは猛毒を充填した氷の檻となった。
「ち、力が抜ける」
(ジキタリスのデバフが効いとる。このまま凍りついてくれ頼む……幼竜であるオラの因子強化では……って――そうはイカンわなぁ!)
氷の檻が破壊される前にプリューナグはメア目掛けて飛翔する。
「黄金碑盾!」
「盾?――やらせんで」
「うわっ」
檻を破壊したモーション硬直の隙を突き、プリューナグは長い尾でメアを絡み取り、闘技場に出来た巨大な”あの穴”へ尻尾ごと切断して投げ込んだ――――。
自分達が残された時間で勝つにはこのタイミングしかない。
「手ぇ貸せジキタリス!」
蒼と黒の二体のドラゴンは”大穴”目掛けて渾身の力を込め――解き放った。
「Lv4銀雪地獄吐息スターエルザ!」
「Lv4死屍炎獄吐息アスワドヴァイ・ロー!」
水蒸気爆発が発生し、衝撃で直径数キロに及ぶ王都が震撼する。あちこちで地割れが発生しているが――気にしている場合ではない。
『まだだプリューナグ――合わせろ!』
『かーっ! 竜使いの荒いやっちゃで』
『『二重最強化倍率詠唱』』
人類に実行不可能な禁術魔法言語――地獄最下層から呼び出した呪いを二体のドラゴンは封ずる力へと変換する。
「「Lv5超魔凍結地獄!!」」
地下世界に存在する地獄の門――その最下層に封じられているという魔神王達の本体――暗黒武装。ソレは現在創造神達の設定によって凍結封印されている。
解除するには、魔女の血によって地獄の門を開かなければならず、それは三大勢力中最強の力を有する魔族勢のゲームバランスを加味した制限である。
第七階層凍結地獄コキュートス。
呪いの氷を召喚するの禁術魔法言語――自らの因子核の限界を超えて出力している竜人二名の相性と、決死の覚悟によって放たれたLv5であった。
『はぁ…はぁ。手ごたえ……ありや』
『あぁ…小生もそう思う。……プリューナグありがとう』
『な、なんやねんお前っ……急に』
『小生の掛け声で、全部理解してくれて嬉しかったよ』
『あ、あったりまえやろ貧弱なお前の思考読み取るくらい訳ないわっ』
『フフッ最後にシャルロット嬢を守れて……お前と一緒に戦えて……よかった』
『あ、おい、ジキタリスまだ、まだ死ぬな。アヤノねーちゃんならお前を何とかしてくれるかもしれん。……だから』
『なんだフフッ……お前でもそんな顔するだな』
巨大な闘技場にいた奈落への穴―――それは現在呪いの氷によって埋め立てられ、そこから生える結晶が花のように天に向かって伸びていた。それはまるで氷で出来た墓標である。
『な、何ゆーとんねんお前っ……浮かれすぎやぞホンマ』
『あぁ……すまないなプリューナグ』
黒龍は氷の墓標に視線を移す。
『如何にアウローラといえど、単体でこの封印の氷を破壊するのは不可能のはず………ハズ? 単体? 何故今、小生はこんな事を思う』
『おいジキタリス、お前は一先ず安静にしとれ。オラはお嬢と、お前の姉連れて―――』
その墓標に亀裂が入り―――崩れ去った。
闘技場リングが醤油煎餅のようにカチ割れ―――現れるソレ。
それは”指”であった。
遠目にもわかる、大きな、大きな”指”。
一本……三本……五本が地上に露見した時、それが何かを理解する。
”手”である。
それも、手だけで乗用車程の質量があり、呪いの氷を粉砕しながら次に露見したのは巨人の頭だ。
『冗談やろホンマ……勘弁してくれや』
”大穴”から地上に出現した”ソレ”はドラゴン達を見下して声を発する―――少女の声である。
「タイタロスを装着するのは……もっと後の予定だったけど」
『アウローラ……なのか』
「しょうがないよね。……邪魔するんだもん」
対ルナティック=アンブラ専用――リィナ=ランスロットが生涯をかけて組み上げた決戦兵器。
「もう一度言ってみてよ31番のお兄ちゃん……メアの幸せについて?」
『アウローラ……どうやってもあの女に準ずるのか。お前には無いのか……愛おしいと想う心が、思い出が』
鈍く光る顔面の装甲が開き、メア=アウローラが露見する。その顔面を”絶望”に歪ませながら。
「アハハハハハハハハハハハハハ――いる訳ないよねぇ! こんなに醜ぃメアを愛してくれる人なんてぇ!」
月の使徒迎撃用外骨格兵装タイタロス。
ドラゴンの質量を凌駕する全長20mの巨大なソレは王都全体から溢れる光――ソレを吸い上げ、鈍い光と共に地上へ降臨した。
 




