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第18話 黄金蒼刃

 

 何で此処に来てしまったのだ。

 まだ時では無いというのに。

 セドリックは複雑な感情を吐露しながら顔を歪めた。


「駄目だシャルロットさん彼女と戦っては――っ」


 因果律――この世界のことわりの収束を呪い、その端正な顔を歪ませながら叫ぶが、周囲の喧騒はそれを許さず掻き消されていく。


「他の女見ないでよ♪」

「ツレナイですね」

「邪魔をしてくれるな! こう見えて僕は一途でねぇ」


 2体のメイド使徒の実力は完全に自分を凌駕しており、アーサーから譲り受けた浮遊する辞典――ヘカテーが居なければ今頃とうに殺られている。だが、それが解っているからといって歩みを止めるセドリックではない。愛しの氷の姫――シャルロットの出現に焦りながらも王都の敵に牙を剥く。


「時間がありません! ――Lv1ウインドブランド×5」


「演算は速いみたいですが、こんな低レベル魔法では当たった所で――です!」

「ちぃぃ…僕の攻撃ではダメージにもならないのか」

「ヘルズリング様の次くらいにはその顔気に入ってたのに♪良い拷問材料になると思ってたから残念だなぁ」


 超重量の巨大な拷問器具を軽々と振り上げ、打ち下ろしてくるアーテルの攻撃にセドリックの風の結界が悲鳴を上げる。


「くぅ…ヘカテーLv2!」

『了解だボウズ。術式実行――Lv2電風弾ライトニングブリッツ

「撃ち抜けLv1サンダーグレイン✕10」


「おっーーとっ危ない♪」

「脅威なのはその辞典だけですねフフフ」


 自分が侮られるなど気にもならない。

 実力が足りないのは百も承知だ。

 自分はそれを解っていて此処に居る。

 自分はそれが解っていてこの辞典――DOSロンゴミアントが1冊、ヘカテーを譲り受けたのだから。


 しかし、まだこの辞典を本当の意味で使うつもりは無かった――もう少し時間があると踏んでいたのに。


 唇を噛む。

 遠くで黄金を纏うメア=アウローラを視界に入れながら。


「シャルロットさん駄目なんだ! 今の貴女では――」


 メイド使徒達の一撃もらうだけで致命傷であろう、嵐のような攻撃が頬をかすめ、長い髪を攫っても、彼の気がかりは一人の女のみに贈られていた。


 ◆◇◆◇


「強かったんだねシャルロット。みんな弱いからメア、少し悪いかな~って思ってたから丁度良い相手が出来て嬉しいよ」


「どうして、どうしてこんな事をするの!?」


「あ、丁度良い相手…これが友達ってことだよね」


「応えて! メアちゃんどうしてなの」


「うーん、でも可愛いシャルロットには解らないと思うなぁ」


 本当に悩んでいるようなしぐさで、自分は醜いと称した少女は首を傾げている。


「じゃあそうだなぁ……友達なら、対等なら、メアと同じくらい強かったら、答えるね?」


「え?」


 無邪気に、嬉しそう微笑むメアの掲げた掌から無数の光弾が放たれた。


「お願いPちゃん」

『まかせろお嬢!――Lv3氷竜障壁』


 光弾は地面から出現した氷に激突し四散するが、同時に踏み込んでいたメアの拳によってあっけなく破壊される。


「ボクとPちゃんで強化したLv3を――そんな簡単に!?」

『気ぃ抜くな来るでお嬢!』


 瞬時に腰に下げた氷竜を宿らせし蒼の小剣――アイスファルシオンを抜いて応戦する。


 ガガガガガガキキキン!


『な、何て手数と速さや!』

「んんんん~!」


 五月雨のような拳撃を全て剣の腹で受け切るが。


「あははっ魔法も近距離もこなすんだシャルロットは凄い凄い」


 ごぁ!――メアの拳に灯る黄金の炎が増大する。


「いくよー黄金掌底ゴルンドルフィン


「くぅ、剛魔人剣フルアサルトスパーダ!」


 激突する《黄金》と《蒼》。


『お嬢!――あ、あかんでコレは』

「お、押し切られる!?」


 ――――ズィドン!


 闘技場の内壁迄吹き飛ばされたが、何とか停止する。

 並の人間ならば今頃壁のシミになっていた所だが、自身の激情によって身体能力を高めるシャルロットの武装気があっての結果である。だが、その能力をもってしても。


「はぁはぁ」


 ……強い。今迄出逢った事のない初めての絶対的強者の出現に、お腹の底から湧き上がる震えを押し殺し、下がりそうになってしまった視線を急いで上げる。


「あはははっ次はなになにシャルロット――もっと遊ぼう」


 アイスファルシオンに宿る竜人は警戒をあらわに叫ぶ。


『お嬢ヤバいで! 相手の巨乳は見せかけやない。こんなプレッシャーは竜人領のジジイどもでも出せん。完全に別次元の強さや』


「でも、止める」

『無理やて!?』

「Pちゃん!!!」


 プリューナグは驚きではなく訝った。

 主人は我先われさきに諦めた自分に怒っているのではなく、微笑んでいたからだ。


「ボクを心配してくれてありがとう。でも…やらせて? 友達を止めたいんだ」


『………お』


 幼き氷竜王プリューナグ。

 少年は忘れてしまっているが一瞬、白い世界で出逢った女の顔が脳裏に浮かんだ。

「シェリーの事心配してくれてアリガトねっ」自分にそう言った女の事を。その女の屈託のない笑顔に似ていた気がしたのだ――自分の主人は。


(何やねんホンマ……このチビッ子は)


 プリューナグは快楽を求めて竜人の世界から人間領に望んでやってきた。自分は魔族と竜族の混血児であり、純潔でないそれは竜の世界では異形として扱われ、唯一まともに話が出来た者はジキタリスという、魔力がなければ生まれつき四肢をまともに動かせもしない、枯れ木のような身体の少年だけだった。その少年も何年か前に母親と一緒に居なくなり、彼は独りだった。


 魔族と交わったとされ、独り寂しく衰弱死した母親。

 両性具有である彼が女を求めるのは、自分が感じ持たされていない母性を求めての事。そして、縁あって従う事となった主人には自分と同じ匂いを感じていた。


 自分と同じ、欠けたパーツを求め彷徨う、それが何かを探し求める屈折者なのではと。ならば――二度と失わないように俺が守らなければならぬと、俺の為にそうするべきだと思う。


『しゃーないのぅ。オラはお嬢のツルギ―――押し通るで』


「ありがとう……Pちゃん」


 アイスファルシオンからあふれる《蒼》

 その気流はシャルロットを覆う衣となり、鎧となる。

 竜魔融合術式―――人類の到達点である神魔級魔導士である主人の常軌を逸した魔法因子核を、更に8倍に引き上げる竜王族が誇る固有の魔法言語である。


『Lv4演算完了。いくでお嬢! オラ達の最も得意とするコレで――』


「これで、どぉーだ!」


「うわぁ綺麗ぇ氷の魔法かぁ〜」


 Lv4古代魔法言語最低温を誇るシャルロット最大にして最も得意とするそれは、闘技場全体の空気をも凍結させ音を奏でる。


「8倍――Lv4絶魔凍結地獄テラクオーカーネーション!!!」


「ひゃーつめた~い」


 直撃したマイナスエーテルの濁流をまるで鯉が滝を登るような勢いで逆らい、詰まっていく――二人の距離が。


『絶対零度の凍気流の中を!? 何て、なんてヤツや』

「いや、良いんだ! ――行くよ」

『お嬢、まさか!?』


 アイスファルシオンを握り直し、自ら放った凍気流にその身をゆだね―――軸足に渾身の力を乗せ、踏み込んだ。


「わぉ! そんな戦法あそびかたが――」


「全・力・全・開!!!」


 大質量の氷の弾丸は音速を超える。


超氷月撃魔人剣アトミックアサルトスパーダぁ!」


「うんっ黄金崩拳ゴルンホエール!」


 スガン!


 渾身の力で押し込んだアイスファルシオンと黄金の拳が激突する――衝撃でメアの軸足が硬い地面にめり込み、闘技場全体が振動して歪むほどの一撃。


 攻撃モーションのまま後方に吹き飛んだ少女を遠目に捉えながら、シャルロットは片膝をつく。


「はぁ…はぁ」

『コイツはホンマ…何食うたらこんな硬さになるんや』


 しかし渾身の一撃の結果。

 メアの小さな拳に小傷が出来ており、一筋の赤い雫が流れ落ちる。


「シャルロットは凄いね。大人達が必死で頑張ってもメアに傷一つつけれなかったのに」


 小さな拳に出来た傷を、心から嬉しそうな笑顔で眺めた後。


「じゃあさっきの質問答えるね」


 焼き鳥のお礼も兼ねてね。

 さも何事もなかったかのように、昨日学校帰りに奢ってもらったおやつが嬉しかったからお返しするよと言わんばかりに言う。――友達に対しては呪いの言葉を。


「1日しか記憶のもたないメア」


「え?」


「好きだった人……王様の顔も思い出せない。何か、幸せな時間があったような気がする。畑で何かを収穫するのを……楽しみにしていた気がする」


「ちょ、ちょっとまって」


「薬と頭の回路がね? 要らない情報は削除しちゃうんだ」


 困惑するシャルロットだが、初めて出来た友達に自分の特技を自慢するような嬉しそうな顔に、喉から声が出ず戸惑い黙ってしまう。


「今日死ぬ事が決まっているメア」


 至極当然のように、それが自分が見つけた唯一の趣味事のように。


「この後、博士の目的の為に糧になって死ぬ。今日死ぬことがメアの幸せ……生まれてきた意味」


「し、幸せ? メアちゃん! 幸せって言うのは」


「知ってるよ? 昨日博士に友達が出来たって言ったら、シャルロットの記録をインストールしてくれたから。……苦労したよね? おかーさんに人形みたいに扱われて。おとーさんに殴られて、乱暴されて。でも良かったよね? 優しい先生と友達が出来て、今シャルロットは幸せなんだよね」


 絶句する。

 インストール? 何でボクの事を? そして、だとすればこの娘は、友達である自分の為に、相手の為に自分を知ろうとしてくれたと言う事だ。――自分はどうか?


「メアは今日で生まれて1年」


「い、1年……?」


 とても信じられない内容であるが、彼女の黄金武装気に乗って伝わってくるこの感情、この言霊は紛れもない事実なのだとシャルロットには解る。伝わってくる。嘘偽りのない純心で真摯なメア=アウローラの心からの声が。


「友達も出来て、博士の為に死ねる。今日のそれが同じ顔をした私達の……死んで逝ったお姉ちゃんたち99人の悲願なんだ。だからメアは幸せ。お姉ちゃん達の想いをやっと実現できる。


 これがシャルロットが「なんで?」って聞いた答え。


「そ、それが…理由…?」


「うん、だから殺す。殺すのは好きじゃないけど、博士の邪魔をする人は殺す。じゃないと、生まれてきた意味ないじゃない……仕方ないよ」


「そんなの、そんなのわか…」


「わかってもらえるよね? 友達だもん」


 同時に飛んでくる蹴りを受け止めるシャルロット。


(お、重い――)


 初めは受け止める事が出来た攻撃も、今度は止めきれず吹き飛ばされてしまう。――瞬時に起き上がるが、足がわらってしまって上手く立てない。


「あれ? でも仕方がないっていうの嫌いなんだよね。じゃあ……友達じゃないのかなぁ」


「生まれて1年……? 死ぬのが幸せ……? だって、だってそんな事」


 自分にもあった――死のうと思った事は。

 だがそれは自分の為だった。

 自分が嫌で、周りが嫌で、生まれてきた運命が嫌だった。

 でも、眼の前のこの娘は?


 力でも勝てない。背負っているモノでも。

 シャルロットの視界が揺れる。


『あ、あかんで心を折るな! お嬢の武装気は』


「あれ、反応が急に下がった。オーラ出力……85?」


 シャルロットの身体から出ていた蒸気が消え、プリューナグと合体している事により纏っていた蒼の衣も同時に消失する。


「そうか理解できないんだ。ごめんねシャルロット」


 シャルロットは自分自身の身の上を不幸だと思っていた。

 そして、それを自分の中で鼻にかけていたのではないか?

 メアという少女の姿が自分より年下に見えたから、自分より幼そうだったから、自分より不幸な生い立ちである筈がないと、だから必ず分かり合える。説得出来るはずだと高い所からくだを撒いて見下していたのではないか? 怖くなった。


 己という人間が醜悪に歪んで見える。


「あ、あぁ、先生ぇ……ボクは」

『お嬢ぉアイツの言葉を受け止めるな! 呑まれたらアカン!』


 過去、与えられたことのない愛を求め、愛に飢え、父親に家族愛以上の感情を求めた自分――腹違いの姉達に向けて抱いていた嫉妬と憎悪。


 自分はユウィン=リバーエンドに救われた気になって、実は何も変わっていないのではないか? 彼ならば、こんな自分の全てを許してくれるだろうと頼り切っていたのではないか。あの時撫でてくれた掌が、あまりに暖かかったから、その温もりに取り憑いて甘えていただけなのではないか。


 シャルロットは先刻の試合で立てた誓いと年上の彼への想いが、一年間排水されていない便器のように汚れて感じる。


「こんなボクが先生を助けるだなんて、あの人を好きだなんて想って良い訳が……ない」


 本当は友達なんてどうでも良かったのではないか。


 昨日初めてメアと出逢った時、シャルロットはこう思った。新しい友達が出来たと嬉しかった。その時思った、太陽のような笑顔で笑う少女の印象はこうだった。


 手のかかるお姉ちゃんが出来たみたいだと。


 だが今は違う。

 手の届かない高みにある灼熱の太陽だ。


 死が、現実味を帯びる。

 あの日居なくなった姉達が手招きをしているような。

 生き残った自分に手招きしているような。

 あの父親が……あの世から呼んでいるかのような。

 手のかかるお姉ちゃんが簡単に受け入れている一文字。 


 ――死――


 遂に少女の押し殺していたあの言葉が、幼い唇を通して出てしまう。


「先生ぇ怖い、怖いよぉ……」


「そうだね。やっぱり可愛いよ……シャルロットは」


 完全に押し負け―――心は折れた。


 蒼のつるぎが涙に濡れる。



 プリューナグは呆れて溜息をついた。

 だから言ったのに……コイツに勝つのは不可能だと。

 ちゃんと言ったのに聴かないからだと溜息をつく。

 急にどうでも良くなった。


 人間領に来て早々に、何でこんな目に合わないとイケないのか。何でこんな胸が大きいだけが取り柄の娘と運命を共にしないとイケないのかと。


 ちょっと自分と境遇が似ていて、ちょっと自分に厳しく、付き合いなんてちょっと……ほんの数時間の関係じゃないか。命をかけるには軽すぎると。


 幼い竜人は今一度溜息をついて思う。


 ただそう、こう思っただけだ。


 ――今こそ己の力、全てを使う時だと。


 かつて自分の唯一の親友だった竜人に視線を送った。

「今はサイ=オーという名前だ」そう言っていたように思う。


 ヤツも大切なものが出来たのだろう――桃色髪の少女を守るように戦っていた。


『なぁジキタリス、お互い苦労するなぁ……でもなぁ』


 お前ならきっとそうするだろう?



 ◆◇◆◇



「シャルロットさん!?」


 セドリックの端整な顔が歪む。

 守ると、生命をかけて守ると誓った少女が地に足をつけてしまったかのだから「そんな事はない」「僕が心に決めた君は」言葉をかけてやりたいが、自分の言葉では彼女を奮い立たせる事は出来ないだろう――やはりあの男でないと。


 己に対する怒りと不甲斐なさで歪んだ顔が奥歯を鳴らす。


「此処で出し惜しみして何になる!ヘカテー」

『良いんだな?ボウズ』

「早く!」


 浮遊する辞典に光が灯る。


「なぁにぃ本気になっちゃったー? アハハっ」

「しかし貴方の実力はわかりました脅威にはなりません」


 迫るメイドを睨むセドリックの瞳に炎が灯ったと同時に血の涙が噴き出した。


「どおおぉぉけえええええぇ!」

『DOS=ロンゴミアント――内蔵した賢者の石により対象の生命を吸収――全能力を開放する』


「な、ナニコレい、あぁあぁああ!」


 瞬間――巨大な拷問器具ごとメイドが十文字に両断された。


 詠唱を破棄ファンクションしたLv4断魔空裂地獄ソニアリゲイル


「アーテル!? 何だこの力は、コイツこの若さで神魔級魔導士だとでも……? しまった私まで今殺られるわけには――」


 瞬時に逃走を試みるメイド長を真っ赤な瞳が捉える――逃がすものかと。


「Lv4天地轟雷オメガキャリバー!」


 大地を震わせる轟雷がもう一体の使徒に直撃し、跡に残ったのは人型の炭のみ。


「ごはぁ……っ」


 大量の血液を吐しゃするセドリックであるが、自身のダメージなど気にもしないでシャルロットに駆け寄ろうとするが、脚がもつれ倒れ込む。


「ヘカテー! 身体能力向上――は、はやぁく」

『落ち着け、いま連続使用すると確実に死ぬぞボウズ』


 激情にかられるセドリックの頭にある冷静な部分が自らの動きを止める。そしてその部分と、自身の不甲斐なさに血が出るまで唇を噛みながら。


「早く、早く来て下さいアヤノ様……何をやっているんだユウィン=リバーエンド……また、掴み損ねるつもりが貴方は」


 このままでは、シャルロットが。

 セドリックは手が届きそうで遠い愛しの君を見ながら。


「まもって……ッ……守るんだ僕が」


 朝起きて、長い髪を整え、登校する。

 丁度いつもの時間、いつもの三人。

 ぶっきらぼうに手を振る親友と、憎まれ口を叩く親友の幼馴染、その中で一番輝く君へ一番初めの「おはよう」を―――


「絶対に……っ」


 血の混じる涙をぬぐいセドリックは立ち上がる。


 アーサーは言った。

 眠った氷の姫君を起こすには、彼女の本来の力を叩き起こすには”扉を開く”必要があるのだと。


 その扉は真なる王の権限を持ちえないと開くことは出来ないのだと。


 人類の希望――失われし”七色のマスターキー”。

 《主皇因子核》を持つプレイヤー。

 その全てを知り、扉を開く鍵となるのは第一の権限者ヴァルキュリアであるイザナミ=アヤノただ一人。


 そのいずれも此処には存在しない”今”。


「それ……まではぁ」


 王都がどうなろうと、世界がどうなろうと、知った事ではない。この世界がゲームであると? 知った事か。


 自分の守りたい者はただ一人。


「君にはきっと幸せな未来が待っている……前にも言いました、よね」


 それまでは、それまでは僕が時間を稼ぐんだ。

 弱音を押し殺し、少年は今一度唇を噛みしめる。



 ◆◇◆◇



「アーテル、ノワールまで殺られた? マズイでありますね」


 今迄魔法使いであるサイ=オーに積極的に接近戦に持ち込んでいたヴァイスは、焦ったように距離を取ろうとする。


「小生から距離を取って、無事でいられると思っているのか」

「ちっ、鬱陶しいでありますねぇ!」


 ババハババん!


 その期を逃さないサイ=オーの火球がヴァイスを捉える。


「装甲がもたない!? オノレぇええ」


 今迄見目麗しい女性だったヴァイスの顔がおぞましい触手の生えた怪物へと変わる。


「環形動物……か、正体を表したな。お前がメイドの中で一番強いようだが、距離を開けた瞬間……勝負はついている」


 サイ=オーは既に詠唱を開始していたのだから。


 アグリー・ツアマー・ハイファーレント

 煉獄の炎よ我と汝で御使みつかいをゲヘンナへいざなうべし……


古代魔法言語ハイエンシェント!?――に、逃げ」

「Lv4炎魔灼熱地獄!」


 輝く閃光となったサイオーが融解しかかっていたヴァイスの防御装甲に直撃する。


「燃え尽きろ! ゲヘンナの炎によって」


「完全に自分の防御隔壁の融点を超えている。殺られる殺られちゃうであります!? へ、ヘルズリングさまぁ!」


「積みだ。シャルロット嬢とともに一旦ルイズを連れて安全な場所に……」


 だが、サイ=オーは気付いていなかった。

 先刻前にゼノン王クワイガンによって粉微塵に粉砕された――メイドの肉片が無くなっていた事に。


「きゃああああぁ」

「ル、ルイズ!?」


 集中と共に術式が解除され、輝く炎が消え失せる。


「ちょーと焦ったアルか? ヴァイス

「ご主人様の一大事だった所でありますよ……バイ

「しま―――っ」


 サイが視線を敵に戻した時には遅く、ヴァイスの顔面から出る触手によって腹部を貫かれた後だった。


「サ、サイィぃぃ!」

「おっと、動かない方が良いアル……アーサーの孫娘」

「ひっ」


 ルイズの喉元に円月刀が光る。


「脆い……所詮は魔法使い、脆いでありますねぇ」

「拍子抜けアルなぁ。40番は結構強いって聞いてたアルが」

「くっ…は」


 うずくまる枯れ木のような少年サイ=オーは、元はタンジェント研究所で作られた戦闘鬼人オータイプの一人である。――31番目に作られた彼は、ベースに使った”ジキタリス”という竜人の属性が強烈に出てしまい、調整に失敗し廃棄処分となる予定だったが、その前に研究所を逃げだした唯一人の例である。


 黄金覇王の姿が完成体となるアウローラシリーズと違い。

 本来、天使の体をもって完成となるオーシリーズ。


 身体だけを与えられ、調整前に逃げだした彼は魔法力のみを底上げされただけに過ぎず、外見は天使のような美しい容姿をしているが、中身は元の竜人と変わらず、体力は生まれ持った障害によって自分で歩行も出来ない程に皆無である。


「ル、ルイズに、手をだすな」

「被検体無勢が何を偉そうに」

「――ぐっ」


 体の半分を炭化させられて苛立つヴァイスが顔面を蹴り飛ばすと、まるで軽い石ころのように吹き飛び、動かなくなった。


「あー? っはっはっはっは何でありますかコイツ」

「めちゃくちゃ貧弱アルなぁ」


 吹き飛んだ拍子にサイ=オーの外套マントが敗れ、そのか細い身体が露出した。


「骨ばった醜い姿……ククク、ねー見て見てバイ? 蹴った所がもう真っ黒に変色してるでありますよ!? 出来損ないの上、こんな貧弱で気持ちの悪い生き物見た事あります?」


「カカッ! 本当アルなぁ 腫れあがって唯一まともだった顔まで醜くなっちゃたアル。本当に可哀そうな生き物アルなぁ」


 腹を抱えて笑うメイド達。

 嘲笑の対象は顔だけこっちを向いて、そのか細い手を伸ばしていた。本来、怒りを覚えるのは言われた本人だろう。嘲笑、ヘイトの対象には意を唱え、敵意を持って挑むのが筋であろう。だが――今回は違った。


「うるさいうるさい化け物ども!!!」


 首元に当てられた刃物を気にもしないで、ルイズ=イザナギ=カタ―ノートは、その愛々しい声帯が潰れるが如く声で異を唱える。


「あぁぁ化け物だぁ?……お前、状況解ってるアルか?」


 喉に刃物が喰いこみ出血するが、ルイズはその大きな瞳に比例した涙を浮かべ、こっちへ手を伸ばす弟を見つめていた。


「アンタ達がサイの何を知ってるって言うのよ!? 私の弟がどんな思いで。あの身体で、どんなに頑張って今まで生きて……どんなに頑張って鍛えても変わらなくって。それでもサイは諦めなかったわよ! どんな想いでそこに寝てると思う!? 私が人質だからって、人質になってるからって、どうして気付かなかったんだって自分を責めてるわよ! 捕まったのは私のせいなのに! 捕まって悪いのは私なのに! アイツは絶対に今、自分を責めてる! アイツはそういう奴なのよ! アイツは、人を恨まず人を護るような子なの!」


「このアマ、殺してや…っ」


 喉から血を流し、涙と鼻水を垂れ流しながらもカタ―ノートの姫は叫ぶ事を止めない。例え殺されたとしても。

 魔人の使徒ですらその気高い視線に威圧され、喉を鳴らし言葉に詰まる。


「サイは、サイはめちゃくちゃ強いんだからぁ!? 私の世界一の弟なんだから」


「ふ、ふん。とは言っても、アイツもう瀕死じゃないか……見ろ? あの情けない姿、ちょっとずつちょっとずつ虫のように這いずる姿を」


 腹部を貫通された状態で少しずつ姉の方へ向かってきている弟に、ルイズは嗚咽を漏らしながら決意を固める。


 その気配に、サイは焦燥する顔を上げた。


「や、やめろルイズ!」

「良いお姉ちゃんはね、弟のお荷物になんかならないモノよ!」

「コイツ!?」


 バイに殴り飛ばされ、ルイズは気を失った。


「この女……舌を嚙み千切ろうとしやがったアル」


 ……ドクン。

 腹部からの血が止まらず、ドクドクと地面を夕日色に染め上げていた。

 ……ドクン。

 未だ起き上がる事もままならないサイ=オーの心――因子核が高鳴った。


 それは喜びから。

 この状況下で、彼の心は救われていた。


(ザッハーク父様……コノハサクラ母様)


 小さい頃から頭に残っている言葉があった。


『この子が私達を恨んでも……他人を恨まない、他人を護るような子に育ってくれたら嬉しいなぁ』


 死後の世界というモノがあるのなら、父と母に誇ろうと思う。


(小生は……やっとあなた達の思うヒトに成れたようです)


 自らの義姉あねを見た……生きている。

 自分の恐ろしく強張って、固まってしまっている頬の筋が緩んだ気がする……何だ? 笑っているのか自分は。


 こんな状況に? 自虐的に微笑み思う。


 ならば、意味のある最後を生きるべきだ。


(父様…今まで閉ざしていた力…使わせて頂きます)


 勇敢だった父と聖母のようだった母の想いを今一度心に刻み、遠くで戦う親友の気配に微笑みながら、最後に――ルイズを見る。


 目を覚ましたらきっと義姉あねは泣くだろう。

 誰にも気付かれない誰にも聞こえないそんな場所で。

 自分の自慢の姉は……そういう娘なのだ。


 そして最後に「ありがとう」



 もう、その場には枯れ木のような少年はいなかった。


 残されていたのは一つ。

 貫通された腹部から取り出した結晶体。

 その小さな宝石が、小さな音と共に割れる。



 神呪刻印開放――ベノムドラゴン。



 破壊された闘技場。

 突如現れた2体・・の巨大なドラゴンが咆哮を上げた。


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