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第17話 交差相対

 

 ゾブソブゾブゾブゾブ


 井戸から手押しポンプで水を汲むような音が聞こえていた――だが此処は室内である。世界を挙げての大イベント、トライステイツトーナメント用に、巨大なコロシアム内部に作られた100名迄が休憩をとれる一室、選手控室。


 経費を抑えるために元々ある訓練場を改良した造りである為、当然水道や井戸等までは設置されていない。


 数分前から周囲で鳴り出したその音を聞き流しながら、銀髪褐色の少女は赤髪の少年にジト目で声を発した。


「カッコつけて、シャルを先に行かせたの…後悔してるでしょアベル」


「仕方ないだろ。ディオールが友達がどうこう言うんだから……それによ」


「なにさ」


「お前ならこうなる事がわかっていても……ディオールを行かせただろ?」


「ふーん…………あっそ」


挿絵(By みてみん)


 ゾブンゾブンゾブンゾブン


 ほんの少しの間、テッサは顎を引く。目が前髪で隠れて表情までは読み取れないが、少し微笑んだように見えた。


「素直にアタシのコトが心配だから、ぐらい言えたら少しはグッと来たかもね」


「言えるか…そんな男らしくねぇコト」


「だよねぇアベルだもんねぇ」


「アベル君…テッサ…冷静のようね…アレを目の前にして」


 その音の現況を見ている改良着物の少女、白鳳院 美琴は腰に差している予備刀に手を添えて動けないでいた。


「まぁねぇ。以前もっと怖い目にあったからねぇ」


「ほんと嫌になるが全くだ。あの時程の恐怖はないな……まぁ、俺達も先生とディオールのおかげで浮世離れしてきたよなぁ」


 いやだいやだと口では言っているが、その男女の瞳には硬い決意の炎が灯っている。二人が秘める思いは「二度と」。そうだ――二度と己を曲げないと誓ったテッサと、自分が決めた女の前に立ち続けると誓ったアベル。


「私は……怖い。こんな怖いのは、兄様と一緒に奴隷船で密航した時以来」


 美琴の予備刀の柄がガチガチと音を立てていた。


「白鳳院」


「なにアベル君…」


「兄貴、居るんだな。俺も弟が居るんだけどよ」


「ソレ、今聞かなきゃダメかな」


 現況から片時も目を離せない美琴は冷や汗でぐっしょり濡れた額を拭う。


「親父が言うんだよ。兄貴は弟を守るもんだと。でも白鳳院はよ?……妹って感じじゃないよな」


「え?」


 ガチガチに固まっていた身体の筋肉が少し緩む。


「俺がお前を守るって言ったら、嬉しいか?」


「……あ」


 白鳳院=美琴。

 彼女は元々火の国ジパング大名の娘である。

 いまだ戦国の世である火の国では、絶えず裏切りと侵略が跋扈ばっこしており、彼女はただ一人の兄と一緒にゼノン国へ亡命した過去を持つ。


 年派のいかない少年少女が他国で生きていくことは容易では無い。兄は尋常ならざる鍛錬と努力で短時間で上位傭兵に上り詰め、彼女もまた、白鳳院家の家宝としていた刀に執着し、全ては自分達を逃がしてくれた家臣達と、父と母の想いに報いる為。


 自分の体一つで生きていこうと決意したあの日あの時の兄妹の誓いが柱になっているから。


 アベルの一言に、美琴は恐怖に震える自分の姿を嘲笑する。


「ありがとアベル君。震え、止まった」


「おぅ」


 再びジト目でアベルを見たテッサ。そして口元を緩める。


「ふーん、ま、良いけどね。あと、みこっちゃん?」


 震えは止まったが、まだ表情の硬い美琴はテッサの声に視線を向ける。


「アベルに弟、いないから。コイツ一人っ子だから」


「……あ、あはっ」


 美琴は刀に添えていた手を口元に添えて笑う。 

 育ちの良さそうな仕草で、心底嬉しそうに。


「あっははははアベル君に騙されちゃったかぁ」


「わりぃな白鳳院」


「悪い男だなぁもぉ…でも、惚れ直しちゃったかなっ」


「さぁて、じゃぁ、始めますか」


 この広大な部屋の地面全体に伸びた――ぬるぬる状の「ナニカ」は、我先われさきに逃げる者から標的に襲い掛かっていた。その触手のようなモノに捕まった選手達は秒で血液を吸い出され、床の一部となっている。


 青白く変色した人皮の絨緞がひしめく中――巨大な地を這う「ナニカ」達の中心にいる紳士。


 肩までの黒髪、片眼鏡、整えられた顎鬚を持つ、美しい迄の魔性を持つ人型の魔人は優雅に、口を覆っていたハンカチーフを胸にしまう。


「さて、キャロル様の対象はレディ達の所に行ってしまったようなので、早めに終わらせましょう」


「暗殺者の次は魔人かぁ……アベル、あの触手は恐らく速く動けば動く程、速く動いてくる」


「俺達の魔法言語で結界を抜く方法は1つしかない……解ってるなテッサ」


「あの触手は武器を持ってる私が受け持つ……その間が勝負だよアベル君」


 紳士は感心したように微笑む。

 この部屋で唯一、自分が此処に現れてから動かなかった対象達に経緯を評したのだ。


 だがそれは、人格だのとかそういうモノに対してではない。


「賢く強い少年少女よ初めまして、私は魔人四天王ヘルズリンク、以後お見知りおきを。そして――」


 イタダキマス。

 黒光りする巨大な触手と言う名の《ヒル》は荒ぶる海のように押し寄せる。



 ◆◇◆◇



「黄金武装気………マ、マリア姫様……?」


「リョウ、あれは違う、あれは違んだ! アウローラタイプの、あれは完全体だ! 全力逃げるんだルイズ、絶対に戦おうと考えるな」


「違う? だが…あれはどう見ても。何でマリア様がこんな」


「なになになによコノ状況はぁ何なのよぉっ」


「ルイズ! お願いだから小生のいう事を――」


「サイ=オー君……出会った早々悪いですけどね。逃げられませんよこれは」


 控室から闘技場を経由して特別観覧席に向かう途中だった一行が目にした景色は――通路を抜け、空が見え、太陽が差し込んで少し目がくらんだ先で、飛び込んできた景色は。


 地震によって砕けた闘技場リング。

 炎を上げ、燃える巨大なコロシアム。

 逃げ惑う人々。

 血を流して倒れるゼノン国王と黄金の気を放つ銀髪の少女だった。


「黄金の獣が……獲物を仕留め終わったようですから」


「何故だ!?――何故マリア様がクワイガン王を」


「リョウ君! 落ち着いでくださいコレが貴方のお父上が残した伝言”黄金に気を付けろ”です」


「あれは戦闘女神アウローラ。黄金覇王の複製体だ」


「サイ君、アナタは……?」


「後で話そうと思っていた、小生は」


「聞いてるよーん♪ 博士の所から逃げたっていう被検体だろ31番」

「カタ―ノートの令嬢発見、始末するであります」

「バイの仇、あなた方で晴らしましょうか」


 ――ドガキュン!


 魔人四天王ヘルズリンクの残り3体のメイド使徒。


 フランス人形を思わせるノワールが放ったレイピアを、セドリックは浮遊する辞典ヘカテーで受け止め、巨大な拷問器具で攻撃してきたアーテルを、更に風の魔法言語で防御する。


「やるじゃん♪イケメン」

「貴方も抹殺対象です。アーサー陣営には今回をもって消えてもらいます」

「僕を知っている? 貴女達のような美しい女性に狙われるとは光栄です――ねぇ!」


 更に、霧のように消えてルイズの背後に出現したヴァイスに、サイ=オーは極限まで圧縮したファイヤーボールを叩きつける――が、それは硬化したスカートによって防がれてしまう。


「お前が炎と毒の属性を持っているのは解っているのであります……奴隷にも等しい被検体分際で、料理でもしていればよかったものを」


「ルイズは絶対に殺させない! こんな小生に出来た、大事な大事な姉だけは!」

「サ…サイぃ」


 義姉あねを抱く枯れ木のような腕に力が入る。


「ならば姉弟キョウダイ仲良く――串刺しにして飾ってやるであります」


 ヴァイスのメイド服が鋭利な槍へと変化した。




 ――ズドン!


「う、うおぇぇぇぇあ」


「コイツも結構頑丈…人間って意外と丈夫?」


「あ、貴女が、黄金覇王の顔を持つあなたが、な、何故親父を殺したの……ですか」


 リョウ=ヴィンセントはメアに問う。

 防御越しにも致命傷を受けた腹部を、強化武装気で回復させながら。


「俺…いや、ワタシは優秀な父親と母親の元に生まれ、劣等感をもってずっと生きていました。ずっと、ずっと――っ」


 言い終わる前に吹き飛ばされるリョウであるが。


「立ち上がる? 全武装気を防御に回しているのかな……まぁいいけど」


 その通りではあったが、リョウの体力は限界を迎えていた。体の武装気スチールで完全に防御硬化した傭兵のモース高度は鉄を上回るが、身体は2発もらっただけで悲鳴を上げ、足の痙攣は収まらない。だがリョウは尋常ならざる攻撃力を有する、その対象に輝く瞳を向けていた。


 憧れの視線を。


「そんな時です。黄金覇王の絵本と………貴女の絵に出逢ったのは」


 遠距離から黄金の弾丸が何度も直撃するが、倒れない。


「俺は、ワタシは心震えました……こんな煌びやかで、こんなに強く、こんな孤独な人がいるんだな……って」


 リョウ=ヴィンセントは倒れない。

 脇で倒れるゼノン王クワイガン=ホークアイが視界に入った。


「俺は、貴女に憧れる事で自分を示せた。だから」


「だから何?」 


「ありがとう。……これを言いたかったです」


「そ? じゃあ、そろそろ死んでもらおうかな」


 白銀の狼の一子、リョウ=ヴィンセントは防御を解いた。


「それは……マリア様の言葉でも承服出来かねます」


「ん?」


 白金の一粒種は笑う、構える、握りしめる。人類とは似て非なる固さとなった自らの拳――笑い、構え、解き放つ。

研磨に研磨を重ねたオーラは小さいが針が如く尖り、日本刀が如く鋭い。


 ゼノン流攻殺法には太古より敵を前にして挙げる口伝がある。


「我はゼノン王直轄特別傭兵特殊部隊天涯十星ラスティネイル第一位”白金しろがね”の一子、リョウ=ヴィンセント――我が父の無念の為、我が父の名を後世に残す為、我が王国に害をなす悪徒を打ち滅ぼすもの也」


 体の全筋肉が隆起し、爆発的にオーラが高まり陽炎となった。


”武装言語”――ゼノン王国に多い褐色肌の人間。


もともとの先住民族であるアイヌツベ人の一部には自己暗示をかける事によって戦闘能力を一時的に数倍に引き上げる特殊能力を持つものが存在する。ただ、未熟な傭兵である彼が使用するには自身を限界まで追い詰める必要があった。


 だが、未熟と言っても、リョウという青年が通って来た道は努力の道。コンプレックスを克服し、黄金覇王に憧れ、彼女のような女性に見合うだけの真なるおとこになろうとした修羅の道を歩んできた男――その眼光は獲物を狙う狼のそれである。


「我が一撃は、無敵なり」


 そして、踏み込む。

 自らの全てを乗せた閃光のような拳を携えて。


「遅いよ。でも困ったなぁ。この顔って此処に来てからホントに色々――ん」

「今ですクワイガン様!」

「連携秘奥義――破軍十星イクスエストレア!」

「生きて、同時攻撃!?」


 ――ドドガ!


 直撃した2つの鋼のような手刀は、メアの肉体に届いていなかった。金色の気流に阻まれて。


「ゴメンネ頑張ったのに」


「黄金武装気を突破することも出来んか。流石は黄金覇王と言う事よな……くっくっくっくダメだなこれは。そして、すまなかったなリョウ」


「クワイガン様と最後に御一緒させて頂いた事……天の星となった後、親父に自慢致します」


 ゼノン王とリョウは電池の切れた玩具のように仰向けに倒れ込んだ。身体を覆っていた水蒸気、オーラが消えた瞬間、大きく吐血して指一本動かせなくなる。


 2人の傭兵の体力はとっくに空になっており、この数秒は自らの誇りともいうべき武装気によって無理やり動かしていたに過ぎないのだから。


「ご苦労様。メア、実はあんまり殺すの好きじゃないけど……博士の命令だから仕方ないね」


 リョウは霞む目で、振り上げられる黄金を見る。

 そして死す前でも思う、やはり黄金覇王は美しいと。


 そして思い出していた。

 服をたくし上げて古傷を説明する少女。

 乱暴されて育ったという少女。

 内気でいて、すぐ泣くが、芯の強そうな少女の事を。

 初めて見た時に――そう。


「さようなら」


 振り下ろされる黄金――だがリョウは、かすれる視界の端で、もう一つの黄金を見た気がした。



 ――――――ッ!



 自らに放たれ黄金は届かなかった。

 リョウは意識を失う前に、微笑む。


(シャルロット…ディオールさん、初めて見た時に思った。君は本当に綺麗なオーラを……)


あぁ…まるで「マリア様のよう」だって、そう思ったんだ。



「メアの攻撃を受け止めた?」


「どういう事かわからない――だけど!」


「シャルロット、逃げてって言ったのに。友達は殺したくなかったけど……博士の命令だから仕方ないね」


「メアちゃんボクは、仕方がないって思うの……やめたんだ!」



 弾ける武装気――5つの戦場が同時に狼煙を上げた。


挿絵(By みてみん)

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