第15話 起動
『うえーん(泣)お嬢ぉ! 酷いやんけ投げ捨てるなんてぇ』
「ボク悪くないもん。Pちゃんがスケベなのが悪いんだもん」
「おいおい何だこの剣が喋ってんのかディオール?」
「驚いてるアベル君もカッコいいなぁ♪ でも火廣金のファルシオンも良いなぁ欲しいなぁ」
「みこっちゃん…公の場でW性癖を披露するのは勝手だけど」
「なぁにぃテッサまた妬いんのー?」
「アベルもいい加減慣れなさいよ。先生の弟子なんだから非常識なのは当たり前でしょ。剣が喋るくらい普通でしょうが」
「無視すんじゃないわよ!」
トロンリネージュ魔法学園首席のシャルロットとカターノート魔法学校次席のルイズ=カターノートの対決は、トロンリネージュ王国に軍配が上がり、現在勇姿を繰り広げたシャルロットの選手控え室に友人達が押しかけた所である。
シャルロットの大技のお陰で空いてしまった闘技場のリングを現在、大会実行委員の面々が土の魔法言語による修復を行っており、大会は一時休場となっている為、選手はこの巨大な控室に一先ず集められているのだ。
「サイぃ! お義姉ちゃんを慰めてよぉ」
「ルイズ…お嬢は強い。仕方がない」
「全く慰めになってないよぉ」
カーターノートの首席――サイ=オーは少々姉の頭を撫でてから、シャルロット一同の元へ歩み寄る。シャルロットの持つ空色に輝く蒼の剣に視線を向けながら。
「見知った氷竜の気配だと思ったが…やはりお前だったか。プリューナグ」
『あぁん? オラは人間の男に知り合いは……お前っ』
「久しぶりだな」
「あっPちゃんダメ此処では……あ、よかった」
氷竜人であるプリューナグがまた全裸で実体化すると思ったシャルロットは焦った声を上げるが、予想に反して空気を読んだ竜人は服を着た状態で顕現する。
『なんやお前。顔も気配も変わっとるが、コノハサクラ様の所の……ジキタリスか』
「あぁ…今はサイ=オーと言う名前だ」
『色々あった訳やな。まーえーわ、相変わらず元気そうとは言えんなぁ。不便そうなの貧弱な身体しとってからに』
「ち、ちょっとアナタ!」
『黙っとれじょーちゃん。コイツはその貧弱な身体に誇りを持っとる気になどしとらんわ。それにコイツもオラも、ちっこい可愛いなりやけど50歳やぞ。貧乳女にアンタ言われる筋合いないわい』
「……お前も相変わらずで嬉しいよ」
「ひ、貧乳ぅぅですってぇえ」
顔を真っ赤にするルイズ=カタ―ノートの頭をもう一度撫でながら枯れ木のような身体の美少年は口を開いた。
「それより、気づいているかプリューナグ。この気配」
『あん? 何のことや』
サイは先程シャルロットが開けた大穴の底を見ていたようだ。
「トロンリネージュに着いた時から同族の気配が気になっていたが、あの穴の底……術式が張り巡らされていた。恐らくはこの王都の地下全体にだ」
『同族ってオラ達竜人のか?』
「いや天使と……アウローラタイプのだ」
『あん? まぁどうでもエエが』
「至急バハムート=レヴィ姫王様に連絡が取りたい」
『お前がやったらエエやないか面倒くさい』
「小生は因子核を弄られて竜人ではなくなっているから無理なんだ…頼む。もしかしたら博士…あの女が此処に来ているかもしれない。そうだとしたら……」
「ねぇ何の事? サイ君」
「難しい話してるみたいだけど。とりあえず観覧席に戻らない?シャル」
「すまないシャルロット嬢。急ぎの要件があり、特別観覧席にいるアーサー様の元へ報告に行こうと思います。プリューナグを借りれませんでしょうか」
「いいけど」
『えーんかいお嬢!もっとオラを労わって? お願いやから』
「Pちゃんはもうちょっと先生みたいに真面目に働くべきだと思うよ」
『あんなムッツリスケベと比べんといて!?』
「やっぱり美琴さんにあげようかな……この剣」
「え? くれるのシャルロットちゃん」
美琴が身を乗り出してくるのをテッサが止め、再びキャットファイトが行われそうになったそれをアベルが納めていた。
『うそ! 嘘やでお嬢っ働きます! かっこいいユウィン先生の如く!』
「助かりますシャルロット嬢」
「おじい様の所にいくの? サイ」
「あぁルイズ。そして皆、いったんこの闘技場から外に――」
「それには及びません」
言葉を返し、控室に入ってきたのは青髪が特徴的なセドリック=ブラーヌであった。薄い微笑みを絶やさない貴公子はゆっくりと一同に歩みを進め、焦りにより怪訝な顔を向けるサイ=オーと、今まで黙していたリョウ=ヴィンセントに視線を合わせていた。
「貴方の父上についても僕が説明しますよ」
「親父の件を…知っているのか」
リョウの問いにセドリックは無言で頷いた。
「おうセドリック、お前ここ数日どうしてたんだ? 応援にも来ないから心配したぞ」
「あ、流石セドリック丁度良いところに」
笑顔で友人達の前に現れた王都の守護者”ルミスティネイル”の男、セドリック=ブラーヌ。彼はシャルロットの級友にして、トロンリネージュ魔法学院女生徒達による彼氏にしたいランキングでアベルと人気を二分する好青年である。しかし学友と挨拶を交わす3名とは全く別の気配を出した人間がいた、リョウ=ヴィンセントである。彼はあからさまにセドリックに敵意を示していた。
何故ヴィンセント家の伝令内容をコイツは知っているのか――そういう気配を。
「王都の盾フォルティーヌ様からの勅命です――リョウ君、僕と一緒に来て下さい」
「母さんの……勅命だと」
リョウは警戒色を解く。
母であるフォルティーヌヴィンセントの名前。カターノートの聖騎士に名に。
「あら♪ アベル君と違うタイプの男前が来たって感じ」
「ふふっ初めまして白鳳院美琴さん。トロンリネージュのセドリックブラーヌです」
「秀才タイプなのかなぁ♪ ねぇねぇテッサの周りって男前揃いね。もしかしてアンタ見た目によらず悪女なんじゃない」
「あのねみこっちゃん……まぁいいや、あたしは渋い大人の男性が好みなのっ。それにアベルもセドリックもシャル狙いだから」
「なにお」
「アッハッハ初対面でいきなり広まってしまいましたねぇ」
上品笑うセドリックの胸ぐらが捕まれる。
「……ふざけるな早く話せ! どういう意味だ」
「コラコラリョウ! さっきから何よアンタ」
「ウルセーぞ美琴! お前なんかに今の俺の何が――」
「え?」
――ガキン!
興奮するリョウを止めようと入った美琴の間で金属音が鳴り響く。
乱暴に美琴を振り払おうとしたリョウの拳を一冊の本が受け止めていたからだ。
正確には本と言っても辞典ではあったがこの辞典――空に浮かんでいる。
「え? ヘカテーどうして」
訝るルイズの祖父、アーサーが所有する2冊あるうちの1冊――DOSロンゴミアント”ヘカテー”真理の本といわれる1冊である。
セドリックは、はだけた胸倉を正し、そして彼が想いを寄せる氷の姫を中心に集まった親友達を交互に見る。
「どうしたセドリック、便所か?」
友人の不審な挙動に赤い髪の青年が首を傾げる。
セドリックは苦笑する――やれやれですねと。
そして思いを巡らせる。一度目を閉じてから。
昨晩のアーサーとのやり取りを……思い出しながら。
◆◇◆◇◆
いつもの僕と違う気配に気づき、少々品のない一言を浴びせてきたのはアベル=ベネックス――不本意ながら僕が認める一番の親友でした。
そういえば今でも不思議ですね。
知的明快な僕と正反対の貴方と何故気が合うのか。でも、それは実は解っているんですよ。恥かしいのでいいませんが。
まぁそうですね。
僕がちょっと鋭くて君がちょっと鈍かっただけ。
(君はテッサさんを……僕はシャルロットさんを)
実は、王都全ての人間の命がどうなろうと知った事じゃ無いんです。僕も君も、目の前にいるたった1人の女を命を賭けて守る。きっと僕達はただそれさえ出来れば良いワガママ系男子なんでしょう……だから馬があった。だから不快に思う。だから僕達は親友なのでしょう。
「トイレ? じゃあセドリック。シャルに飲み物と串焼き50本買ってきてくんない?玉ねぎ入ってるのダメよ。この子玉ねぎ食べられないからね。と、お代はツケで宜しく」
いつもついでを頼んでくれる彼女はテッサ=ベル。
アベルの幼馴染だということで知り合った褐色の女友達。
ハッキリ言って、ツケを返してもらった試しが無いんですがね。
ウチだって昔は王族だったらしいですが、今や中堅貴族なんですよ? そうちょくちょくたかられたら小遣いが足りませんよ。しかもシャルロットさんの名前を出せば僕が断れないと知っての確信犯。
アベル……彼女と将来結婚することになれば、確実に尻に敷かれる事必死ですねぇ同情しますよ。
まぁ僕もアベルも実はドMですから、それも良いかもしれませんがね。
「テッサちゃんヒドいぃ。ボクそんなに食べないもん」
「じゃあ食べない?」
「……食べるぅ」
「はいはい、じゃっ、よろしくセドリック」
「セドリックくん……ごめんねぇ」
そして鼻水を垂らすシャルロットさん。僕はこんな時だからこそ思うのですよ。
「アーサー様の所へ行った後になりますが、他ならぬ貴女の為です。むしろ喜んでパシらせてもらいますとも」
「はぁ何言ってんだセドリック。そういう事なら俺も付き合うさ……小遣い貰ってきたからよ」
僕が護ってみせると。
誓いを立てた氷の姫へ向けて思うのです。
「やれやれアベル……良い機会だから言っておきますがね。僕はそのお金は君の大事な人に使う為に取っておくべきだと考えますよ?」
「どういう機会と意味だよ」
シャルロットさん、貴女は僕が想像していたよりも遥かに強くなられた。
「はぁ相変わらず鈍感ですねぇ。そこまで言わせるのですか……来月でしょ? テッサさんの誕生日は」
「は! はぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
「あらアベル、アタシにプレゼントくれるの?」
長年の夢でだった王都を守護するルシアンネイルに配属され、アーサー様から全てを伺い、知りました。
「感心感心♪ アタシ小指用ピンキーリング欲しいなっ」
「ゆゆゆ指輪だぁ!? ななな何で俺がお前に指輪なんて買わなきゃいけねぇんだよぉ!」
「あのねアベル君落ち着いて? 結婚とかの意味があるリングの事じゃないから……ねぇテッサ、アベル君っていつもこう……なの?」
「そうよ、ミコっちゃん。あまりに鈍くて嫌気がさすでしょ?」
「あっちゃあ……凄く近くにいて気付かない系の男子なんだぁなんて可哀想な」
女神の護り手であるユウィン=リバーエンド氏の弟子となった貴女は、この先途方も無い戦いに身を投じていくことでしょう。そして貴女の前世……ユウィン先生との400年にも渡る運命も。
「ねぇねぇアベル君♪ テッサに飽きたら乗り換えてくれてもいいからね」
「だ、だからさっきから何の話してんだよお前ら」
「ミコっちゃんてばまだ諦めてなかったの? というか何でこんな奴が良いの……ただの馬鹿じゃん」
「いやぁ…ちょっと鈍いのも可愛いかなって」
「本当に一途なとこあるよねぇ。この前痴女って言ってゴメンね」
「謝んなしっ! 逆にムカつくっ」
貴女は僕より遥かに強くなられた。
だから僕はせめて貴女の背中だけでも守りたい。
数多くある死角の一辺でも良い……守りたいんです。
貴女を中心に円となった――この幸せな空間も。
「では、行ってきますね」
「あっ…うん、いつもありがとねセドリック君」
シャルロットさん……やはりアナタは笑顔の方が美しい。
「ふぇ? ど、どうしたの?」
僕は潤んだエメラルドの瞳をしている姫の頭に、そっと触れました。
「あ、てめぇセドリック! どさまぎにデイオールの頭触ってんじゃねぇよ」
「アンタ手ぇ折られたいの? さっさと行ってきなさいよっ」
ほんとにやれやれ……保護者が見ている前では言いづらいですし、伝えるのは次の機会にしておきましょうかね。この王都を覆う異様な術式の事をアーサー様に伝えてから。
それからアンリエッタ皇女殿下に申告して兵を動員して頂かなければいけないません。
それまでは、アーサー様率いるミスティネイル全軍をもってこのアリーナを死守してみせます。
「名残惜しいですが、こんな恐ろしい似たもの夫婦に凄まれたら仕方ありませんねぇ」
「「なっ!」」
全部終わったらシャルロットさん。
伝えてもいいですか? 僕の気持ちを。
僕は彼女の頭からそっと手を離してこれだけ伝えます。
「楽しみにしておいて下さい……それと美味しいのを選んで買ってきますから、少しお時間を下きますね」
「うんありがとうセドリック君」
「テメェ誰が夫婦だコラァ!?」
「そう見える? 眼科行った方がいいと思うけど」
全く同時にアベルとテッサさん。
「似たもの」って所は否定しないんですね。
全く貴方達がカップルになったら毎日見ていて飽きないでしょうね。
そこまで考えてふと気づいた。
(あぁそうか……今と一緒じゃないか)
そうだ、僕は”今”を守りたいのだ。
そして一生、この先も変わらず、ずっとこのままに。
「ではシャルロットさん失礼します。リョウ君、サイ君……あとルイズ嬢も御同行お願いします」
愛しの姫に背を向けて、想った。
今王都では過去類を見ない危機が迫っているのかもしれません。
だから――
(氷の……いや、黃金の姫よ。貴女は僕の手を取ってはくれないでしょう)
名残惜しかったのかどうだかは解らない。
(シャルロット……ディオール)
初めて見た時、彼女は教室の隅で俯いている女の子でした。初めは胸に興味を持っただけでしたが、話し、触れ、知る度にどんどんと気持ちが膨らんでいった。そして、気付いた。本当の僕と同じ、不器用な女の子だという事を。悪い事をしている父親と一緒に死のうと考えるような……そんな女の子。
(わかっている)
これから先、未来、貴女は僕の手を取ってはくれないでしょう。
正直、それでも良いと言えば嘘になる。
正直、ユウィンリバーエンドが憎くないと言えば嘘になる。
正直な所、僕は嘘をついているだろうか。
しかし――このキモチは偽りではない。
例え貴女が、一生僕のものにならなくても。
例えば未来、他の男の腕に抱かれていたとしても。
護ってみせる。
この僕の――命に代えても。
◆◇◆◇◆
ゴゴゴゴゴゴゴん
その時――闘技場外部より爆発音が鳴り響き、内部からも煙と共に火の手が上がっていく。総勢5万もの民衆を収容できる巨大な闘技場内の観客はパニックに陥り逃げ惑うが、意図的に収容人数以上に詰め込まれた観客の動きは鈍く、思うように逃げられずにいた。あまりの人数に会場係員の人数が足りておらず、全く非難が進まない最悪の状態である。
その中で冷静に場を分析していた男が1人。
解説席に座する傭兵王国ゼノンの王クワイガン=ホークアイは、火の手が上がると同時に疾走する影を鋭く睨みつけていた。
「あれは暗部の者達……王都の闇は今ゼノンから動けんようにしてあるはずなのに何故――むん!」
―――ガキン!
「死角からの投擲を……やっぱり簡単にはいかないアルか」
「王様っていっても流石は天涯十星でありますね」
「貴様ら……魔人の使徒か」
「麗しの魔人四天王ヘルズリンク様が専属メイド――ヴァイス」
「同じく専属メイド使徒バイあるネ」
「……そうか。貴様らが王都の盾から報告のあった予兆の者ども。うむ、そうか。情報を吐かせるのに2人は必要ないわな」
「あっはっは何言ってんアルかこの爺ぃは――」
「バイ油断をしな――」
刹那の時――メイドの胸に丸太のような拳が突き刺さっていた。
「ゼノン流交殺法蒼派奥義――発勁崩拳」
「あああああああ…ヘルズリンクさまぁぁぁあ!」
「フンむ!」
ドバン――今の今まで見目麗しいメイドだった人型はセンチ単位で爆砕し四散する。
「魔人の使徒はどんな能力を持っているかわからん。粉々に吹き飛ばしておくのは一番手っ取り早いわな。外見は良くても中身は汚い花火よなぁ。そう思わんか? 使徒の小娘よ」
「つ、強い。まさかこれ程迄とは」
「天涯十星第2位を相手に油断とは片腹痛いわ。さぁ吐いてもらおうもらおう貴様ら何を企んでおる」
「教えてあげても良いんだけど……今から死ぬ人に言ってもなぁって思うんだよね」
「――うぬお!」
ズィドン!!!
高速で飛んできた少女の蹴りをクワイガンはその丸太のような腕で防ぐが、その衝撃で観覧席の壁まで吹き飛ばされて……停止する。
「あれ生きてる? 丈夫な人だね」
「ありえん何だ……この威力は」
現れた銀髪の少女の蹴りを受けたクワイガンの腕は一瞬で真っ黒に変色していた。そして瞬時に構えを取ろうとするが、いつもの相棒である鍛え抜かれた右手に反応がない。
クワイガン王は感覚超過の”心の武装気”をもって見ていた。その少女は武術の心得など全くないような動きだった。
身体のバネを利かせていない、ただ無造作に放った蹴りである。
「そして貴様の、そ、その顔は」
「こっちに来て、良く言われる。そんなに似てるのかな」
ゴッ!
銀髪の少女から放たれる武装気――その色は。
「黄金……武装気だと」
ラスティネイル第1位からの伝言が、動揺しながらも高速で回転する脳裏をかすめる。
”黄金に気を付けろ”
「それを言われるのも二回目……でも今度は、逃がさない」
メア=アウローラは黄金の閃光となった。
 




