表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/126

第14話 王都の盾

 

 白髪の老人は青年にこう言った。

 年齢と比例するくたびれた長い髭、杖、ローブ。どう見ても魔法使いの老人であるが、その体から滲み出る迫力は歴戦の闘士を彷彿させ、また王の威厳と威圧も発せられている。


「セドリック君……いや我が遺伝子を受け継ぎし半身――ゼドリック=ブラーヌ=カターノートよ。正直これを君に話すのはまだ早いと思っておったが、そう言っておけぬ事態になった」


 跪き、頭を垂れる青年に老人は言った。

 アーサー=イザナギ=カターノートの表情は至って冷静であったが、声には焦りが聞こえて取れる。


「遂に、プレイヤーがこの地に降り立ったのじゃ。闇皇と、光皇……魔神と天使の筆頭が。ユウィン君とアヤノの不在に、この最悪のタイミングで、()の女の真の目的もわからぬまま。このままでは世界が再び滅びるかもしれぬ。創世記戦争の二の舞になるかもしれぬ」


 月が、月が再び降ってくるやもしれぬのだよ。


「……」


 夜空に輝く月光が覗き込む中、黙する青年――トロンリネージュ魔法学園のセドリック=ブラーヌ=カターノート。


 彼はイザナギ=ヤマト。

 今の名をアーサー=イザナギ=カターノート校長の血を引く家系に生まれ、王都を守護する盾の一族ミスティ=ネイル。


――霧の爪と名付けられ生涯王都の盾となり、命賭けでトロンリネージュを守護するよう運命付けるけられた青年である。


「そして先に述べた通り我々は動かねばならない。その為には紅い魔女イザナミ=アヤノと君のクラスメイト、シャルロット=ディオールの力が必要不可欠じゃ」


 王都トロンリネージュ初代国王イザナギ=ヤマト。

 彼は先住民族であったアイヌツベ一族とブリテン一族の先住言語を元に名を変え、アーサーという名は、そのなかでも特に彼が多く名乗った名であり、現在は三大国家が一つ、魔法大国カターノート共和国の代表である。


 イザナギ=ヤマトとして誕生した男が宿した特型武装気”賢者の石エリクサー”は、肉体が寿命で滅んだ際、自身の血族である特定の人間の身体に転生する事が出来る能力である。


 彼は過去――数え切れない程の転生を繰り返した。


 ヤマト…アーサー…アレックス…ヒラガ


 ほか多数の様々な名を冠した過去を持ち、アレックスと名乗っていた時代、人魔戦争後差別化が進んでしまった平民と貴族制度に頭を抱えた彼は自国を捨て、魔法因子持ちのみが住まう国カターノートを建国した。


 しかし前トロンリネージュ国王だった彼は、残した子孫達を守る為、密かに王都の剣と盾を配備し秘密裏に王族を守護させるよう暗躍する。


 それが王都の闇”ルシアンネイル”の一族と、王都の守護者”ミスティネイル”の一族である。


 セドリックとアーサーは対峙していた。

 王都上空であるトロンリネージュで1番高い場所、本城屋上で対峙していた。


 王都で最も高い場所であるこの此処は、このトロンリネージュ城が誇る魔導出力計と武装気(ブソウオーラ)を最も張り巡らせ易く、逆に最も発見されにくい場所である。


 初代国王であるアーサーが秘匿の話をするのに、これほどうってつけの場所はない。この城を知り尽くしている彼がこの場所を選ぶのは至極当然の事だった。


 沈黙で返すセドリックに先手のアーサーは頷き、念を推すかのように再び語りだす。先に伝えた――この世界の(ことわり)と真理を諭すがごとく。


「君の想い人……彼女(シャルロット)は定めを持って生まれた人間じゃ。ワシや、君よりも遥かに過酷で、辛い運命を持っておる。彼女はやっと巡り逢おうとしておる。400年もの時を経て、想い、重ね、想い巡ってようやく」


 400年――正直な所セドリックにはピンとこない年数である。


 セドリックでなくとも明確にその感覚を理解出来る者はこの異世界にもそうはいまい。


 創世記から生きる魔女イザナミ=アヤノ。

 魔人殺しユウィン=リヴァーエンド。

 そして、自身の目の前にいる揺れる長い髭までも真っ白に染まってしまった老人アーサー=イザナギ=カターノート。


 真の名を――初代魔人殺しイザナギ=ヤマト位であろう。


「だが、それを邪魔する者がおる。狂った、壊れた、神に反逆し不死身の復讐者となった”権限者”……其奴は」


 アーサーの表情が険しくなり、放つ覇気が一層に高まる。

 忌々しいものを吐き出すように。


「其奴はアヤノの元助手リィナ=ランスロット……魔人領での名をタンジェントという」


 今の名を、魔人領人間養殖場統括責任者であり、科学者であり、過去黄金覇王マリア=アウローラの親でもあった魔人でありヒト――不死身の人間。


「…………」


()の女が絡んでいると言うことは、先程辛うじて帰還したクロード殿直属のメイド忍者、綾小路リア殿の証言より確かなものとなった。故に、この王都に張り巡らされる謎の正体も自然に、おおよそに、断片的にしろ、見当が付くというもの」


 アーサーは城下に視線を移す。


「君も半年ほど前に、このトロンリネージュで見たはずじゃ。王都に侵入した数百数千の死霊達を一撃の元に浄化した超越魔法を。ユウィン=リバーエンドの行使したオメガレベルの魔法言語――空間魔法を」


「…………」


「あれは”天照アマテラス――天使言語でエデンコーパス。ユウィン君でいう所のGフォースという3名の皇のみに許された覇王の言葉じゃ。しかしの女はどうやってか、執念というのか、創りだしたのじゃろう。過去己が失ってしまった因子の力を」


「…………」


「故に」


 アーサーはセドリックの瞳を覗き込む。


「セドリック――君は命をかけなければならない。君の恋敵と、君の愛する女の為に」


「…………ます」


 少し心配そうに自分を覗き込むアーサーに、セドリックは微笑みで返した。


「ありがとうございます。話してくださって……未熟な僕なんかの為に」


 理、真理、この世界の全てをアーサーは伝えた。

 セドリックに、自身の血を分けた一人の青年に。


「恨むか? ワシを」


 表情の曇る老人。アーサーの言葉にセドリックは首を横に振る。


「いいえ」


 セドリックの瞳には硬い決意の炎があった。


「やっと自分の役処やくどころが解りましたよ」


 その表情はアーサーに少なからずの動揺をもたらす。自分自身も何度となく葛藤し、諦め、又葛藤した、自身の数百年を思い出して。


 だが、命じなければならない。

 アーサーは自身の存在理由を理解しているから。

 イザナミ=アヤノが放棄してしまった存在理由を曲げない。アヤノが曲げたのなら自分は曲げない。そう決めたのだから。


「王都の盾……ミスティネイル達よ」


 アーサーの言葉にセドリックの背後から気配が上がる。


 気配もなく現れるはクロード=シウニン=ベルトラン――傭兵王国ゼノン最上位10名が1人、天涯十星が星の下生まれた”蒼炎”の字を持つ超人。


 右半身だけを覆う鎧を鳴らすフォルスティーヌ=ヴィンセント――カターノート聖騎士団長。王国最強――天使族の血を引くエンジェルナイトである王都の盾最大戦力である2名が。


「我が字名にかけて――」

「我が片翼にかけて――」


 少し遅れてセドリックは言葉を発す。


「……我が愛しの戦姫の為に」


 クロード、フォルスティーヌは一瞬苦笑する。

 この場で一人の女の為に心臓を賭けると誓いを立てた青年に。無論場違いな言葉である。


 我々は王都を、トロンリネージュをアンリエッタを守護する一族であるはずなのだから。


 セドリックの一言は場違いであり、非礼この上ない一言であるから。しかし、誰もその非礼を責めたりははしない。


 彼の――セドリックの魅せる決意の瞳を責めたりはしない。


「我がアーサー=イザナギ=カターノートの名において命ずる」


 老人は言葉を発する。


「全てはこの王都の為、貴様らの命を使え」


「「「はっ!」」」


 3名は踵を返して歩き出した。

 死地に向かって。

 しかし、約1名だけは歩みを止める。


「どうかしたかの? セドリック」


 彼はアーサーの方を振り向かず。


「アーサー様……1つだけよろしいでしょうか」


「構わぬよ」


 セドリックの背中に優しい表情を向ける。

「構わぬよ」その言葉には「逃げてもいい」運命に縛られるには君はまだ若いのだから。そういう意味を含んでいたのだが、彼の口から発された言葉はアーサーの予期せぬ一言であった。


 セドリックは晴れやかな笑顔で声を発する。


「アーサー様は……アヤノ様に自分の御気持ちを伝えられた事がありますか?」


「なにをゴホゴホッ」


 老人の頬は年甲斐もなく朱に染まり。

 いつの間にか振り返っていたクロードとフォルスティーヌも一瞬口元を歪める。


「な、何故それを……?」


 クロードは得意の薄ら笑いを向け。


「なんとアーサー様ともあろう方が」


 フォルスティーヌは両手を合わせて微笑む。


「モロバレですアーサー様。ちゃんちゃら可笑しいですわ」


 咳き込んでいた老人は苦笑する。

 そして思い出していた――赤い魔女との出逢いを。

 そして思い出していた。

 数百年もの月日を近くで過ごしていたにもかかわらず、共に過ごした想い出など、一つ足りとも無かったことを。


(初めて逢ったの時……君は病に伏せておったよの)


 あの時――彼女の隣には秋影がいた。


(第一次人魔戦争……思い出すのう)


 魔人影王。

 当時ヤマトという青年だったアーサーは、オリハルコン2刀の奥義を駆使して()の魔人の右腕を切り落としトドメを振り下ろそうとしたその時――


『ヤマトお願い! 影王を、秋影を殺さないで!?』


 あの時のアヤノの顔――思い出したくもない。

 アイツを見る君の顔――思い出したくもないとも。


(君の隣、想い出にはいつも秋影がいた……)


 アーサーは思い出していた。

 何度も転生を繰り返したが何度となくも老いてしまい、シワの刻まれた掌を見つめながら。


(そして、やっと巡り会えた人皇……ユウィン君とキミは)


 天を仰いだ。

 数日前、アヤノと最後に会話したこの場所での事を。


(あの時は、また君を泣かせてしまったの。全くワシは……俺はいつまでたっても)


 天を仰いでこう言った。


「ワシの愛した女は900年経っても……俺の気持ちにゃ気付いてくれんよ」


 その表情からはセドリックの決意に似た――不器用な愛が感じられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ