プロローグ
遠くから管楽器の音が聞こえる曲は小学校の時、下校時刻になると校内放送で流れていたものと一緒だ。
何という名前だったか、いまいち思い出せない。
なんとなく物悲しい気持ちになる曲だ。
テストが終わり、大学の校舎から帰宅するために坂道を下っているとそんな音楽もあいまってセンチメンタルな気分になってくる。
大学に入って早4ヶ月、前期のテスト期間に突入して2日目。
一日中テストでつかれきった頭で、駐輪場に向かう。
駐輪場では明日のテストに向けて勉強会をしようなんて相談をし合う集団を横目に、原付置き場に足を向ける。
ジーンズのポケットから何の飾り気もないキーを取り出すと、原付にまたがりエンジンをかける。
駐輪場の出口に向かう途中でさきほどの集団の横を通る。
「テストが終わったら夏休みだな。何して遊ぶか?」
「俺はバイトだな、めっちゃシフト入れて金ためようかと思って。やっぱ海外一人旅?いきたいじゃん」
「はあ、なんだよ、それ。海行こうぜ、海!水着のチャンネーと遊びいこうぜ。労働なんてしてる場合じゃないっしょ」
「チャンネーってお前古すぎ!それに女、女ってそればっかかよ。少しは働け」
笑い声交じりに聞こえる会話を素通りして、僕は原付のアクセルを捻ると自宅に向けて走り出す。
「夏休み、か」
独り言をつぶやき、思い出す。
友達と一緒に盛り上がることができた夏休み。
そんなこともあったなと。
思い出せばそれは触れてはいけないキラキラと光る宝石みたいに、僕のこころにいつまでも残っていて。
ただちくちくと僕の心をさいなむ。
のど元まで思い出が込みあがってくるのを押さえつけるようにアクセルを握る手に力をこめる。
エンジン音がかき消してくれるのを期待するように。
だけど50CCの原動付スクーターがあげるおもちゃみたいなエンジン音では消すことなどできなく。
苦い思い出をただただ飲み込むことしかできなかった。
大学入学と同時に入居したアパートの鍵を開けるとしんとした無音の室内に足を踏み入れる。
入学からこのかた、自分と家族以外が家に上がったことなどない。
途中のコンビニで買ったからあげ弁当の入ったビニール袋をテーブルの上にのせると、座布団に腰を下ろす。
「何やってるんだか」
習慣になったコンビニ弁当の夕食。
花のない一人暮らし。
大学生活に最初から期待などしていたわけじゃないが、これではあんまりだと思う。
もっと楽しいことがあってもいいんじゃないかとも思う。
勝手な空想を頭に浮かべそうになるが、そこでふと我に返る。
そんなことあるわけないか。
僕の人生は中学のとき、あの日に終わったようなものだ。
今まで楽しいことがなかったかと言えば、そんなことはない。
人様と同じくらいには楽しい思い出だってあったと思う。
だけど、本心から楽しいと言えることはなかった。
楽しんでも、楽しんだときに、その後に思ってしまう。
「あの子がいれば、なんて言うんだろうかな」と。
こうやってコンビニ弁当片手に部屋でから揚げを食っているときでもふと思い出す。
そんな思い出。
ちょっと飲み物でも飲もうと思い、お茶を買うのを忘れていたことに気づく。
近くに自動販売機があったはず。
財布を手に取ると、玄関に向かう。
狭いワンルームの部屋だ。部屋から出るとすぐにキッチン。
キッチン兼通路の先には玄関がある。
距離にして3m。
いつもの見慣れた風景。意識なく通り過ぎようとしたとき、なんとなく違和感を感じる。
ふと足元に目を向けると玄関の入り口。
そこに一通の封筒が置かれているのが目に入った。
なんだこれ?
さっきまではこんなものなかったよな?
誰かが勝手に入っておいたのだろうか?
かなり怖い想像だが、そんなことはないだろう。
鍵も閉めたはずだし、こんな手の込んだことをする友人なんていない。
僕はその封筒を手に取り、まじまじと観察する。
何の変哲もない白い封筒。
宛て名すら書いていない。
薄っぺらで特に変わったところもない。
特別重いといったわけでもない。
この感じだといきなり爆発といったこともないだろうと思ったので、封を開けて中を確認することにした。
封を空けて中を確認すると、中には折りたたまれている白い便箋が入っていた。
期待通りというか、期待はずれというべきか、想像通りなんの変哲もない便箋。
何の感慨もなく、そっけなく僕がその折り畳まれた便箋を開いて中を確認するとそこには、漫画なんかでよく見る魔方陣が書いてあった。
小学校の時にこんなの書いて遊んでいたなと思い出す。
それにしてもくだらないいたずらをする人間もいるものだ。
こんなことしても何の得にもならないだろうに。
はあ、と一つため息をつき、僕はその便箋をゴミ箱に捨てようとした。
そのときだった。
便箋に描かれた魔方陣が青白い輝きを放つ。
まばゆい光を放つ魔方陣に呆気にとられていると次の瞬間。
魔方陣ごと便箋が爆発したのだった。