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8.コスモスのタネ

「ほら! ターくん、行くぞ!」

「あっ、ちょっと待ってよ」

 給食を食べ終わると、すぐに、カズくんは運動場に向かって走り出しました。

 あわてて、ターくんもそのすぐ後ろを追いかけていきます。

 小学校も三年目になって、カズくんはすっかりわんぱくになっていました。ユウタくんよりも、もっともっといたずらっ子だ、って…サトミお姉ちゃんが大げさになげいたくらいです。でも、カズくん自身は、自分はまだまだお姉ちゃんよりもおとなしい、と思っていたのですが……

 カズくんにとって、こんなにも晴れている今日は、ドッジボールをしなくてはいけない日でした。

 楽しくドッジボールをするためには、もちろん、一番いい場所をとらなくてはいけません。そして、それはカズくんの役目なんです。だって、そんなふうに、カズくん自身が決めたんですから。

 でも、そこはやっぱり三年生です。学年では一番わんぱくなカズくんでも、いい場所はどうしても上級生にとられてしまいます。

「ターくん、早くっ!」

 ほら、あそこ! 運動場のすみっこですが、まだだれもとっていません。ずいぶんと、広い場所です。

 追いついてきたターくんや、他のみんなにその場所を守ってもらいながら、コートを描き始めます。スニーカーのつま先で、なるべくまっすぐになるように…

「ねぇっ! もうちょっと、向こうにいってよ!」

 急に、女の子の大きな声が晴れた空に広がります。

 わざわざ目を上げて探さなくても、カズくんにはその声がだれだかよぉく分かっていました。

 ……本当に、うんざりです。

 おとなびたため息をつくと、カズくんは顔を上げてその女の子をにらみつけました。

 二年生の女の子の集団が、みんなと言い争っています。

「場所、とりすぎじゃない!」

 その集団の、先頭に立っているのは……えぇ、えぇ、うんざりするほどよく知っています。

 …だって、マリちゃんなんですから。

 このごろ、マリちゃんはとっても生意気になったと思うんです。きっと、サトミお姉ちゃんのせいなんだ、ってカズくんは信じていました。

 何でもないことでも、すぐにけんかをしてしまいます。それこそ、会えばいつでもけんかをしているかも知れません。

 でも、もちろん、カズくんの方が一つ年上なんですから、すぐに怒り出したりはしません。今だって、そうです。

「そっちこそ、もっと向こうで遊べばいいじゃないか」

 それでも、ムッとしてしまうのは仕方ないと思うんです。

「だ〜め! サッカーをしてるそばだもん。危ないじゃない」

「だったら、教室で遊べばいいだろ」

 なるべく、静かに言ってるんです。だって、お兄ちゃんなんですから。

「だったら、カズくんが教室で遊んでよ」

 でも、マリちゃんはこんなふうに言うんです。生意気だと思いませんか?

 それに…えぇ、そうです。マリちゃんは、カズくんのことを「カズくん」と呼ぶんです。みんなの前で、年下の女の子にこんなふうに呼ばれるなんて…恥ずかしくて、とても腹が立ちます。

 でも、もちろん……えぇ、お兄ちゃんなんですから。ちゃんと「マリちゃん」って、やさしく言わなくてはいけないと思っています。

「マリちゃんが、後から来たんだろ? なんで、先に来てた俺達が、教室に戻らなくちゃいけないんだよ」

 でも…いくらお兄ちゃんだとしても、限度、ってあると思うんです。もう少ししたら…きっと、カズくんはお兄ちゃんらしく、なんてしていられないと思います。自分でも、分かるんです。

「だったら、ちょっとでもいいから、場所を分けてよ。コートも、そんなに広くなくてもいいでしょ? 運動場は、みんなのものなんだから」

 …不思議なことです。

 こんなふうに、カズくんがお兄ちゃんらしくなれなくなりそうになると…急に、マリちゃんがおとなしくなることがあるんです。

 こうなっては、カズくんも怒れません。…もしかすると、マリちゃんは、そんなことだって分かってるのかも知れません。

 時々、マリちゃんのことが、本当に分からなくなってしまいます。

「…じゃぁ、ちょっとだけコートを小さくしてやるよ」

 えぇ、今日の人数なら、確かに、もう少し小さくはできます。

「けど、ボールが当たっても知らないからな」

「ムリに当てたりしなかったら、別にいいよ」

「そんなこと、するもんか!」

 ちょっぴり、ムッとしてしまいます。

 カズくんはさっさと背中を向けると、コートの続きを描き始めました。もちろん、約束ですからちょっとだけ小さくしています。なんだか、斜めにひしゃげている気もしますが、まぁ、いいでしょう。

 じゃんけんで、チームを分けます。でも、ドッジボールの強い子が一つのチームに集まったので、カズくんはメンバーを少し入れかえました。

 だれも、文句なんて言いません。カズくんは、絶対、不公平なことなんてしないんですから。

「よぉし。じゃぁ、始め!」

 自分はコートの外に出ながら、カズくんは大きな声を上げました。

「あれ? 中に入らないの?」

 不思議そうなターくんに、カズくんはちょっといばってみせました。

「もちろんさ。一番強いやつは、外に出ておくもんだぞ」

 そう言って、コートのはしまで走って行きます。

 カズくんが立つすぐ後ろでは、二年生の女の子たちが遊んでいました。

 そばで、マリちゃんがとっても長いなわをグルグル回しています。そのなわをくぐっていく女の子たちの中には、おとなしいメグちゃんの姿もありました。

 二年生になってから、とっても残念なことに、マリちゃんとメグちゃんはちがうクラスになってしまったんです。

 でも、こうして、休み時間にはいつもいっしょに遊んでいました。

 …メグちゃんにとっては、この時間が……学校に来ている中で、一番楽しい時かも知れません……

 ……カズくんにだって、それくらい分かります。恥ずかしがり屋さんのメグちゃんには、マリちゃんといっしょに遊べるこの時間が、とっても大切なんです。だから…だから、マリちゃんのわがままにだってつきあってあげるんです。

 あっ、ほら。ボールが飛んできます。もう、マリちゃんやメグちゃんのことなんて、考えていられません。大いそがし、です。

 …すぐに、カズくんはドッジボールに夢中になってしまいました。

 マリちゃんが大きく腕を回しながら、そんなカズくんを、時々、ちらっと見ています。

「…マリちゃん……かわる…?」

 ちょっと、腕がつかれてきたんです。そのことに気が付いて、メグちゃんが声をかけてきてくれます。

「ううん! 平気だよ」

 でも、元気に答えてみせます。

「あっ!」

「あぶないっ!」

 急に、背中の方から叫び声が聞こえてきます。

「え?」

 思わず、マリちゃんが振り返って…

「えぇっ!」

 だって…だって、すぐそこに、大きなボールが……!

「マリちゃん…!」

 メグちゃんは恐くなって…どうしようもなくて、きゅっと目を閉じてしゃがみこんでしまいました。

 マリちゃんも、目を閉じようとして……

「おっと」

 その時、だれかがすぐ前に立ってくれたんです。

 …とっても、大きな人……

 ……その人は、ちゃんとボールを受け止めてくれていました。

「だから、危ないって言っただろ?」

 そんな、あきれた声がします。

「…あ……」

 その人は、カズくんだったんです。

 …カズくんが、あんなにも大きい人だったなんて…ちっとも知りませんでした……

「で…でも、受けてくれたじゃない」

 当たらなくて、ほっとしているのに…生意気にも、マリちゃんはそんなことを言ってくるんです。

「あのなぁ…」

 ますますあきれてしまったカズくんに、マリちゃんはにこにこしながら続けてきました。

「だったら、どうして中に入らないの?」

 何度も、相手にボールを当ててるんです。マリちゃんはちゃぁんと、それを見ていました。外からボールを当てたんですから、すぐにコートの中に入れるはずです。

 そんなマリちゃんの言葉に、カズくんはびっくりしてしまいました。

 …でも、すぐにいたずらっぽく言い返します。

「マリちゃんこそ。いつまで、コートの近くでなわを回してるんだよ。かわってもらった方がいいんじゃないのか?」

 ……でも、にこにこするだけで…マリちゃんは、何も言いませんでした。

 しばらくそうしてお互いを見ていた後、二人はにっこり笑いながら背中を向けあいました。

 ……えぇ、二人とも、よぉ〜く、分かっていたんです。

 だって、二人とも、本当にわんぱくで、生意気で、おませさんで……そして、とってもやさしかったんですから。


 …………………………………………


 その日は、カズくんのお誕生日でした。

 ターくんやユウタくんにお祝いしてもらった後、夕方になってカズくんは一人で縁側にすわっていました。

 足をぶらぶらさせながら、お庭をじっと見ています。

 …じつは、カズくんには、だれにもおはなししていないヒミツが一つだけありました。

 それは、こんなふうに、一人で木や、草や、お花を見ることが好きなんだ、ってことです。えぇ、ただそれだけのことなんですが、三年生の中で一番わんぱくな自分がそんなことを好きだなんて…なんだか、だれにも知られたくなかったんです。ターくんにだって、です。

 もっと今より小さかったころ、ユウタくんに教えてもらったことがあります。

 ……きれいなお花や大きな木には、妖精が住んでるんだ、って。

 オカシナ村の、そのおはなしを聞いてからでしょうか。カズくんは、お庭の草木を見ていると、本当にだれかが住んでるような気がしてくるんです。

 …ほら。緑色の透き通った葉っぱが、一枚だけ、風もないのに大きく揺れています。夕方のとってもまぶしい日の光に、きらきらと輝いて……なんだか、笑ってるみたいです。

 ちゃぁんと、あの葉っぱだって生きてるんです。ただ、一人では歩けないだけなんです。

 でも、カズくんにはきらいな木もありました。それは、お庭の中の大きな松の木です。とっても大きな木で、橋からだって見えるくらいです。でも、みんなが言うようには、すごいとも思いませんし、ちっとも好きになれないんです。

 だって…あの木が、大人たちが、よってたかって作り上げた…おもちゃに見えてしまうんです。

 …ぐいっと首を横に曲げられて……もう、あの松の木は死んでしまっています。…「りっぱな松の木ですね」だなんて…とってもひどいと思います。

 そんな松の木よりも、カズくんが好きなのは小さなお花でした。コスモスやナノハナ、それにスミレ…かわいらしいお花がお気に入りなんです。じっと見ていたって、あきることなんてありません。

 …このちっちゃなお花の一つ一つに、きっと、かわいい妖精が住んでるんです。

 ……ほら…ちょこっと顔をのぞかせて……笑いかけてくれます……

 こんな時のカズくんを見たら、絶対、学校のみんなはびっくりすると思います。あんなにもわんぱくで、力の強いカズくんが…って。

 でも、それっておかしいと思うんです。わんぱくで、元気で、いたずらっ子だからって、どうしてお花を好きになったらいけないんでしょう。どうして、妖精を信じたらいけないんでしょうか…

 …きっと、オカシナ村なら、おかしくなんてないんです。こんなふうに、ヒミツにしなくたっていいんです……

 ……時々、カズくんは…ちょっぴりさみしい気分で、そう思うことがありました。

 …今、庭先では、とっても明るいナノハナが輝いています。

 こんなにきれいなものを、見ようともしないなんて…本当に、みんな、損をしてると思います。

 その時、ふと、ぼんやりしているカズくんの頭の中に、マリちゃんの顔が浮かび上がってきました。

 …えぇ、こんなことがお似合いの、メグちゃんの顔じゃありません。マリちゃん、なんです。

 マリちゃんに、このヒミツを教えたら……

 ……いいえ、ダメです。絶対に、教えられません。

 …でも……

 なんだか、困ってしまいます。マリちゃんにヒミツを教えない自分が、とっても弱虫に思えてきたんです。

 カチャ…

「ん?」

 門の方で、何か小さな音がしました。郵便屋さんでしょうか。

 ぴょんっ! とお庭に飛び降りて、急いで郵便受けまで走って行きます。

 …でも、おかしいんです。いつもは聞こえるエンジンの音が、今はしていません。郵便屋さんじゃないのでしょうか。

 首をかしげながら、カズくんは郵便受けをのぞきこみました。

 でも、ほら。やっぱり、何か入っています。

「何だよ、これ」

 取り出してみると…それは、くしゃくしゃになった紙袋でした。

 …あっ、文字が書いてあります。とっても幼い字で…

『おめでとお マリ』

 って……

 カズくんはびっくりして、あわてて門の外に飛び出しました。

 でも…もう、どこにもマリちゃんは見えません。

 急いで、紙袋を開けてみます。

 ……出てきたのは……もっともっと、カズくんをびっくりさせました。

 …だって……中に入っていたのは、お気に入りのコスモスのタネだったんです!

 どうして…どうして、マリちゃんはコスモスのお花が好きなことを知っていたんでしょう。

 絶対、分かるはずがないのに……

 ……でも……でも…なんだか、うれしいんです。ふわふわっ…とした、あったかい毛布にくるまれたみたいです。

 さっそく、このプレゼントをまこうと、カズくんは急いでお庭に戻りました。

 …どこが、いいでしょうか…

 ……決めました。大好きな、ハナミズキのそばにしましょう。

 きっと……秋には、かわいいお花が咲くはずです。あわいピンクのお花が風に揺れるころ…えぇ、そのころには、マリちゃんも呼んであげなくてはいけません。

 そうですとも。どうして知られたかは分かりませんが、でも、もうこのヒミツはカズくんだけのものじゃないんです。カズくんとマリちゃんの、二人のヒミツなんです。


 ゆらゆらと揺れるコスモスのそばで、きっとカズくんは見付けるはずです。

 ちょっとおませで、生意気な…でも、とってもかわいい女の子の妖精を……

                                                                         『コスモスのタネ』おわり


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