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4.雪の朝のおはなし

 えいっ! とカーテンを開けたとたん…

「うわぁ…」

 マリちゃんはびっくりして、目をまぁるくしてしまいました。

 ちょっとだけ…息もとめてしまいます…

 ……だって!

 だって…えぇ、そうです。だって、外がまっ白だったんです!

「うわっ、うわっ!」

 窓にぺったりと張りつきながら、マリちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねてしまいました。

 こんなステキなニュースは、早くお兄ちゃんにも教えてあげなくてはいけません。

 大急ぎ、です。

「雪、雪だよ! お兄ちゃん、雪、雪!」

 マリちゃんが大きな声で部屋の中に入っていくと、ユウタお兄ちゃんはすぐにベッドから飛び出してきました。

 いつもなら、ぜぇ〜ったい、日曜日は九時まで眠るんだ、って決まってるのに…こんな時だけは、早起きになるんです。

 本当に、おかしなものです。

 マリちゃんの声ですっかり目を覚ましたユウタは、あわてて窓辺にかけよると、えいっ! とカーテンを開けました。

「やった!」

 もう春も近いというのに、ずいぶんと降り積もってます。お家の周りは、どこもかしこもまっ白になってるんです。青い空から降り注ぐ光の雨で、その雪は金色にまぶしく輝いていました。

 これは、本当に大変なことです。えぇ、すぐにでも、遊びに行かなくてはいけません。

「よぉし、今日は一日、雪遊びだ!」

「わぁい!」

 さぁ! ほら、雪が溶けてしまわないうちに…

 大急ぎ、です。

 はしゃぎまわっていたマリちゃんは、すぐに部屋にもどるとパジャマをぱっぱとぬいでしまいました。

 ちっちゃな手で、いっしょうけんめい、きがえます。…えぇ、もう、四つなんですから。ちゃぁんと、一人できがえることだってできるんです。

 ぬぎすてたパジャマを、そのままベッドの上に放り投げてしまいます。

 こんなことをするなんて…えぇ、こんなこと、全然、マリちゃんらしくありません。

 でも、今日は、マリちゃんにとって特別な日なんです。

 せっかく四つになったのに…今年の冬は、今日までぜぇ〜んぜん、雪が降らなかったんです。その前の、三つの時の雪なんて……ちぃ〜っとも、ちゃんと遊べていませんでした。

 でもでも、今日はちがいます。だって、もう、マリちゃんは四つなんです。

 えぇ、そうです、もうマリちゃんも大きいんです。ちゃぁんと、雪で遊べるはずです。

 お兄ちゃんなんて、もう、待っていられません。

 マリちゃんはセーターをうらおもて反対に着たまま、外に飛び出してしまいました。

 すぐに、シンッとした…冷たい壁にぶつかってしまいます。でも、でも…そんな寒さだって、なんだか気持ちがいいんです。

 目の前にある新しい雪には…まだ、だぁれも足あとをつけていません。えぇ、そうです。このドキドキするまっ白なじゅうたんは、今はマリちゃん一人だけのものなんです。寒いとか、冷たいとか…そんなこと、どうだっていいんです。

 とってもドキドキしながら……足を、前に出してみます…

 あぁ…どうして、こんなにドキドキするんでしょう……

 …さふ…さふっ…

 やわらかくて…でもでも、しっかりとした応えが返ってきます。

 ……もう一つの足も、出してみます…

 なんだか、とってもうれしくて…マリちゃんは、わぁっ! と、叫んでしまいました。

 ちょこちょこと、まだちっちゃな足で走り出しています。

 その時、おとなりから、なかよしのメグちゃんが楽しそうにかけだしてきました。

「メグちゃん!」

 うれしくてにこにこしているメグちゃんに、マリちゃんは両手で雪をすくうと、えいっ! とふりかけました。

「きゃ…!」

 すきとおった、とっても細い悲鳴が広がります。

 でも、いつもはおとなしいメグちゃんも、今日だけはちょっぴりちがいます。

 だって…はしゃぎながら、マリちゃんに雪をかけかえしてくるんです。

「え〜い…!」

「うわぁ」

 両手を前に出して、かからないようにしますが…もちろん、金色の雪のつぶはマリちゃんにもいっぱい降りかかってきます。

 いっしょにまっ白になりながら、マリちゃんとメグちゃんは楽しそうに笑い声を上げました。

 きゃぁきゃぁとはしゃぎながら、雪のかけっこは続きます。明るい声は、青空にどんどんとすいこまれていきます。

 でも…えぇ、でも、今日はまだまだ始まったばかりです。

「マリ! 先に朝ごはんを食べなさい」

 遊ぼうとしていたお兄ちゃんをつかまえて、お母さんが呼んでいます。

「えぇ〜」

 思わず、口をとがらせてしまいます。

 …でも……いいえ、……えぇ、そうです。まだまだ、今日はたっぷりとあるんです。

「…はーい!」

 だから、マリちゃんもメグちゃんも、すぐにお家の中に入っていきました。


「雪だるまを作ろうよ!」

 大きなサトミの声に、マリちゃんもメグちゃんも「わぁっ!」と両手を上げて賛成しています。

「…よし、そうするか」

 ちょっと迷った後で、ユウタもサトミにうなずきました。

 本当は、ユウタは雪合戦をしたかったんです。だって、カズくんやターくんと遊ぶときには、いつもそうしていましたから…

 せっかく降ってくれた雪で、雪だるまを作るなんて…なんだか、もったいない気がするんです。

 …でも、えぇ…今日は、カズくんもターくんもいません。それに、男の子みたいなサトミだったらともかく、メグちゃんには雪合戦はちょっと乱暴かもしれません。

 それに、なんといっても、今、ここで遊びを決めるのはマリちゃんやメグちゃんが大好きなサトミなのです。ちゃぁんと、ユウタにはそれが分かっていました。

 メグちゃんやマリちゃんは、そのちっちゃな手で、もう雪を丸め始めています。その時、サトミの黒く澄んだ瞳が、ちらっとユウタを見上げてきました。

 ちょっとだけ、心配そうな瞳です。

 そんなサトミに、ユウタはにやっと笑ってみせました。

 さぁ、そうと決めたら、雪だるまを作りましょう。

 …どんどん、どんどん…雪のかたまりは大きくなっていきます。

 でも、大きくなればなるほど、うまく雪は丸まってくれません。ほら、あそこが少しへこんでいます。…いいえ、今度はほら、ここが飛び出してるではありませんか……

 …おなかには、まぁるい小石を埋めこみます。枯れてしまった木の枝で、腕だって付けてあげなくてはいけません。青く深い空に向かって、大きく手が広がります。

 その腕の間に、ユウタは雪だるまの頭をのせました。

 枝の先で、目や鼻も書きこんでいきます。

 …う〜ん…なんだか、ちょっと変な感じです。

 白く息をはずませながら、ユウタはもう一度、目を書きこみました。今度は、そこに小さな石も入れてみます。鼻もいったん消して、雪でそれらしい形を作ってみます…

 ……ほぉら、完成です。

 ユウタはちょっとはなれて立つと、得意になって自分の雪だるまをながめてみました。

 マリちゃんくらいの大きさはあるでしょうか。一人で作ったにしては、なかなかの大作です。

 …なんだか、今にも動き出しそうです。

 腕が動いて……ほら、口が開いて……

 いいえ、その時、ユウタはオカシナ村に行くことを、すぐにやめてしまいました。

 だって…いそがしそうなサトミの姿が、急に目に飛び込んできたんです。

 見れば、メグちゃんやマリちゃんのかわいらしい雪だるまは、もうすぐできそうなのに…サトミの雪だるまは、どこにも見当たらないんです。

「…お姉ちゃん……」

 とっても澄んだ、きれいなメグちゃんの声が呼んでいます。

「サトミお姉ちゃぁ〜ん」

 マリちゃんの元気な声も聞こえてきます。

 これでは、サトミだって自分の雪だるまを作れるはず、ありません。二人を手伝うだけで、サトミにはてんてこまいだったんです。

 本当に、乱暴に走り回りながらも、サトミはよく小さな子の世話をします。ずっと見慣れてはいても、ユウタはそんなサトミの姿が不思議で仕方ありませんでした。あんなに力が強くて…あんなに恐いのに……

「…よしっ!」

 ユウタはしばらく考えこんだ後で、急に大きくうなずくと、もう一つ、雪だるまを作り始めました。マリちゃんやメグちゃんに負けないように、大急ぎです。

「わぁい!」

 二人のうれしそうな声が、冬空に響き渡ります。その声が青い空に吸い込まれていった、ちょうどその時、ユウタも二つ目の雪だるまを作り終えていました。

 始めに作ったものよりも、ちょっとだけ、大きいかもしれません。

 …それに、二回目なので、なんだか形だってととのってる気がします。

 ……えぇ、二つ目の雪だるまのほうが、上手にできてるんです。

 ほんのちょっぴり…ユウタは、この二つ目の雪だるまを、自分のものにしようかな、と思っていました。

 ……だって、作ったのは自分なんです。よくできたほうの雪だるまを、自分のものにしても…構わないと思うんです……

「すごぉ〜い! ユウタくん、二つも作ったんだ」

 とっても感心している、サトミの声が聞こえてきます。…えぇ…心から、感心してるんです……

 その声を聞いたとたん、ユウタは心を決めました。

 目を大きくしているサトミを振り返って、ユウタはにやっと笑うと、首を振りました。

「ちがうんだよ。こっちの、二つ目のほうはサトミのものなんだ。

 そのつもりで、作ったんだからな」

 その言葉に、ますますサトミの目は大きくなってしまいます……

 …なんて、きれいな目なんでしょう。…えぇ…今まで、ちっとも知りませんでした……

 サトミは四つの雪だるまの中で、一番大きくてステキなものを見つめた後、確かめるようにもう一度、ユウタの目を見てきます。

 その視線から目をちょっとそらせながら…ユウタはそれでも、ちゃんと、うなずきました。

 そのとたん、ぱっとサトミの顔にうれしそうな笑みが広がりました。

「ありがとう!」

 本当にうれしくて、はずんだサトミの声に、マリちゃんもメグちゃんもはしゃいでいます。なんだかよくは分からないんですが、自分たちも楽しくならなくてはいけない気がしたんです。

 かわいいメジロの声が、びっくりして空に舞い上がっています。その空には、雲なんて一つもなくて…ただ、お日さまだけがとっても楽しそうに輝いていました。


「ねぇ、今度は何をする?」

 雪だるまをきちんと軒下に並べた後で、サトミが急にたずねてきます。それがあまりに突然だったので、ユウタは思わず「雪合戦を…」と言いかけてしまいました。

 でも、すぐにその声を飲みこんでしまいます。

 だって、マリちゃんとメグちゃんが、とっても不安そうな目をしてるんです。いつもカズくんやターくんの雪合戦を見ている二人は、雪合戦はとっても恐くて危ないものだと思っていました。

 そんな二人の目を見ては、さすがにユウタも強くは言えません。

「じゃぁ、そうしようよ」

 でも、びっくりしたことに、サトミがそう言ってにっこり笑ったんです。

「でも、玉はかたくしたらダメだからね」

「…もちろんさ!」

 気をとりなおして、ユウタは約束しました。

 メグちゃんとマリちゃんも、うなずきます。えぇ、サトミお姉ちゃんが賛成なら仕方ありません。でも、雪合戦をするなんて、本当に、お姉ちゃんてスゴイです。

 …もちろん、サトミは知っていたんです。ユウタくんが雪合戦をしたいんだ、ってこと……

 これが、このとき、サトミが思いついたたった一つのお礼だったんです。

「よし! じゃぁ、じゃんけんでチームを決めようか」

 ほら、ユウタくんはとっても楽しそうです。はりきっているユウタくんのそんな姿を、サトミはうれしくて、にこにこしながら見つめていました。

「じゃ〜ん、けん、ほいっ!」

 あっ、ほら、きれいにグーとパーで分かれています。

「ボクとマリちゃんだね」

 サトミはマリちゃんのちっちゃな手を引くと、急いでお庭のはしっこまで行きました。

 そうそう、サトミは自分のことを「ボク」と言います。でも、どうしてなのか、それがいつからなのか、幼なじみのユウタだって知りません。もちろん、サトミ自身だって知らないでしょう。でも、サトミは「ボク」なんて言葉がぴったりの女の子なんです。えぇ、本当に、そうでした。

「最初は十個だけだぞ」

「うん!」

 サトミの返事を聞きながら、ユウタもメグちゃんと雪の玉を作り始めています。

 でも、えぇ…もちろん、かわいい毛糸の手袋が作る雪の玉は、とっても小さなものです。それでも、ユウタは何も言いませんでした。だって、今日は、男の子の雪合戦ではないんです。

「できたよ!」

 サトミの大きな声が聞こえてきます。ユウタは十個目の玉を雪の上に置くと、白いぼうしをかぶったサツキの木から頭だけを出しました。

「じゃぁ、始め!」

 そう言いながら、ユウタはサトミめがけて雪の球を投げました。その横で、メグちゃんもえいっ! と丸い玉を力いっぱい放り投げています。

 でも、その白くてちっちゃな雪玉は、マリちゃんのところまで届きませんでした。もちろん、マリちゃんの玉だって、ここまでは届いていません。それでもうれしくって、メグちゃんは大好きなお兄ちゃんのそばで、すきとおったきれいな声で笑い声を上げました。

 ユウタとサトミは、持てるだけの玉を持って飛び出すと、あちこち走り回っています。ぶつけたり、ぶつけられたり…笑ったり、くやしがったりする声があちこちで聞こえてきます。

 さぁ、大変です。あれでは、すぐに雪の玉なんてなくなってしまうでしょう。

 大急ぎ、です。メグちゃんはしゃがみこむと、すぐにもっとたくさんの雪の玉を作り始めていました。

 はぁはぁと白い息をはきながら、ユウタはメグちゃんのところへと戻ってきました。二人とも、玉ぎれになったんです。すぐに新しい玉を作ろうと、雪をまとったサツキの後ろに回って……

「…!」

 思わずびっくりして、ユウタは立ち止まってしまいました。

 だって…雪の上にしゃがみこんだメグちゃんの周りに、とってもたくさんの雪玉が積み上げられていたんです。白くてちっちゃな、丸いかわいらしい玉が…本当に、たくさんあるんです…

「……はい…」

 ちょっぴりはにかみながら、両手にいっぱい、雪の玉をのせて渡してくれます。

 でも…えぇ、でも、ユウタはあわてて首を振っていました。

 ユウタは、メグちゃんに玉作りだけをさせようなんて…そんなこと、思ってもいなかったんです。メグちゃんだって、走り回って、玉を投げてみたいはずです。…えぇ、きっとそうです。

 ユウタの耳には、さっきのうれしそうなメグちゃんの笑い声が、まだ聞こえていました。

 …だから、にやっと笑って言ったんです。

「ありがとう、メグちゃん。

 でも、ほら。今度はメグちゃんが投げてきたらいいよ。見てごらん、マリが出てきたろ?」

 生まれてからずっと、いっしょに遊んできたサトミには…えぇ、何だってユウタくんのことが分かるんです。

 今だって、そうです。サトミには、ちゃぁんと、分かっていました。

「え〜い!」

 楽しくってたまらないマリちゃんは、まだまだ届かないのに、もう雪の玉を投げています。

 いつもはおとなしいメグちゃんだって、今日は負けてはいません。いっぱいの雪の玉を持って、サツキの後ろから飛び出していきました。

「…えい…!」

 きゃぁきゃぁと、かわいい声が広がります。その声を聞きながら、ユウタもサトミも一生懸命、次の玉を作り始めていました。

 あっというまに玉を切らした、マリちゃんとメグちゃんが戻ってくると…さぁ、また新しい雪玉を持って飛び出します。

 そしてすぐに、今度はユウタとサトミの笑い声が広がっていきました。


 どのくらい、青空の下をかけ回っていたでしょう。

 ふと、ユウタが戻ってみると、サツキのかげでメグちゃんは両手にはぁーっと温かな息を吹きかけていました。

 なんだか、思ったとおりに指が動かなくなってきて…ちょっぴり、メグちゃんは困っていたんです。

 かわいい毛糸の手袋が、すっかりぬれてしまっています。

「手袋をはずしたほうがいいよ、メグちゃん」

 自分も手袋をとると、ユウタはメグちゃんの手から手袋をはずしました。

 ちっちゃなその細い指先が、とても冷たくなっています。

 だまっているメグちゃんの手をしばらくこすりながら、ユウタは一人で小さくうなずいていました。

 …えぇ、そうです。遊びには、「それをやめるとき」がちゃんとあります。

 ユウタには、それがよく分かっていました。

「よし」

 メグちゃんの手をとんとん、とはげますように軽くたたくと、ユウタは勢いよく立ち上がりました。

「おしまい! お…」

 べしっ!

 そのとたん、サトミの投げた雪玉が、みごとにユウタの顔にぶつけられていました。


 …………………………………………


「ごめんね、ユウタくん」

 暖かなお家の中にすわりながら、サトミは困った顔をしていました。

 だって…さっきから、ユウタくんがちっとも口をきいてくれないんです。

 ユウタくんは、ストーブの前でだまったまま、メグちゃんの指をこすってばかりいます。そのメグちゃんも、どうしていいのか分からなくて…泣きそうになっていました。

 とっても大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんなんです。…ケンカなんて、してもらいたくありません……

 そんなメグちゃんをちらっと見て、やっと、ユウタくんはその口を静かに動かしてくれました。

「メグちゃんも、オカシナ村に住んでたら良かったのにな」

「……え…?」

「オカシナ村の雪はね、ぜぇ〜んぜん、冷たくないんだよ。

 それに、砂糖みたいに甘いんだ」

「砂糖? じゃぁ、溶けたりしないの?」

 マリちゃんの言葉に、もちろん、とユウタはうなずきました。

「新しく降った雪は、どんどん積もっていくだけなんだ。だから、いつだって、さふさふ、って足あとをつけることができるのさ」

 マリちゃんは、今朝のことを思い出してわくわくしてしまいました。

 いつもいつも、あんなふうに楽しい気分でいられるんです。…えぇ、いつだって、まっさらな雪でメグちゃんと遊べるんです!

 …どうして、ユウタお兄ちゃんだけがオカシナ村に行けるんでしょう。とっても不公平です。

 えぇ、もちろん、マリちゃんだって行ってみたいんです。

「…どんどん…雪が積もるの…?」

 メグちゃんが小さく首をかしげています。その澄んだきれいな目に、ユウタはにやっと笑ってうなずきました。

「そうなんだ。去年なんて、二階の窓の下まで積もったんだよ」

 二階の窓の下まで!

 メグちゃんもマリちゃんも、とってもびっくりしてしまいました。

 雪って、そんなにもたくさん降るものなんでしょうか。

「でも、困ったことがあるんだ。

 オカシナ村の雪は溶けないから、このままだと、夏になってもプールには行けないんだよ。だって、プールも雪の下なんだからね」

 それは困ります。だって、マリちゃんはプールが大好きなんです。

 …えぇ、これはナイショですが、お兄ちゃんと遊ぶよりも大好きなんです。

「マリなんか、きっと泣いて怒るだろうな」

 ユウタお兄ちゃんったら、にやにや笑ってるんです。もうっ!

 ぷくっとふくれたマリちゃんに、ユウタは片目をつむってみせました。

「でも、ちゃぁんと、雪はなくなるのさ。

 メグちゃんは、春一番って知ってるかな」

 …え? …春一番…?

 ……えっと…えっとぉ……

「春一番って言うのは、その年になってから、初めて吹く南風のことなんだ。とっても強い風で、あらしみたいにビュウビュウ吹いてくるんだよ」

 春一番、ってそんな風だったんです。ちっとも知りませんでした。

 やっぱり、お兄ちゃんって、スゴイです。

「オカシナ村にその春一番が吹いた時、今まで積もってた雪が、ぜぇ〜んぶ、空に向かって吹き飛ばされてしまうんだ。

 今日みたいにきれいに晴れた朝、お日さまの光で金色に輝いてる雪が、風に乗ってずぅっと村の中を流れていくんだよ」

 …きらきらと、金色の光の粒が…お家の間を飛んでいきます。…まるで、光のカーテンです。冬の間溶けなかった雪が、ぜぇ〜んぶ、風と一緒に空の中を流れていきます……

 ……なんて、きれいなんでしょう!

「風に飛ばされた雪はね、どこか遠い所で降り積もるんだ。

 そこの冬が終わるまで、ずっと…春一番が吹くまで、ずっと溶けずに、ね」

 …なんだか、ふんわりとした気持ちで…サトミは、その風景を思い描いていました。

 思わず、にこにこしてしまいます……

 えぇ、ユウタくんのオカシナ村のおはなしを、サトミくらい好きな人はいないでしょう。そうですとも。だれにも負けないくらい好きなんだ、ってサトミは自分でも思っていました。

 その時、ふとサトミはストーブのそばで振り向いているユウタくんと目が合ってしまいました。

 …やわらかな光の中で…ユウタくんは、にやっと笑いかけてくれています……

 なんだか、泣きたくなるくらい、うれしくって……とっても困ってしまいます。

 でも…えぇ、でも、サトミはそんなユウタくんににっこりと笑い返していました。

 お日さまの光は、どんどんと強くなっています。外の雪も、その温かな日差しで、少しずつ溶けて水になってしまうことでしょう。


 きっと、春一番ももうすぐです。

                                                                         『雪の朝のおはなし』おわり


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