1.はじまりのおはなし
とってもおおきな夏の空に、まっ白い雲がモコモコとならんでいます。
きょうで、ちょうど、夏休みも半分になってしまいました。そろそろ、宿題のことも考えなくちゃいけません。ほんとうに、ウンザリ、です。
でも、もちろん、やっぱり、宿題はしなくちゃいけませんから…
朝から、サトミは机にすわってノートをめくっていました。
「おいっ!」
その時、急におとなりから、ユウタくんの怒った声が聞こえてきたんです。
「……?」
「どうして、バラバラにしたんだよ!」
ユウタくんは、めったにどなったりしません。サトミはびっくりして、窓からおとなりをのぞきこみました。
でも、ダメです。部屋からは何も見えません。
ユウタくんの怒った声は、次から次へとポンポン外に飛び出してきます。
「…!」
あれは、マリちゃんの泣き声です!
もう、宿題なんてしていられません。
サトミは、すぐにユウタくんのお家に向かって走りはじめていました。
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えぇ、そうです。
その時、ユウタはほんとうに、とっても怒っていました。
三つになったばかりのマリちゃんが、目の前でしくしくと泣いています。悲しそうなマリちゃんのまわりには、きれいなジグソーパズルがちらばっていました。
あっちにも、こっちにも…
ユウタは、このパズルをもう何日もかけて作りつづけていました。
こんなにおおきなジグソーパズルは、はじめてです。あと、もうすこし…ほんとうに、あと、もうすこしで、できあがるところだったんです。
…白くてまぶしいお家のかべに、木や柱のかげがくっきりと見えていました。そのお家の前には、ちいさな女の子がぼうしをかぶって、せなかを向けて立っています。
それは、ほんとうに、とってもステキなパズルでした。
でも…でも…
もう、いまは、女の子の絵のまわりしか、のこっていません。マリちゃんがそこを手にしてふりまわしていたところに、ちょうど、ユウタがもどってきたんです。
…ダメです。どうすれば、いいんでしょう。
バラバラになったパズルを見ると、また、どなってしまいそうです。
「出ていけよ!」
そう言うのが、せいいっぱいです。
「はやく、部屋から出ていけ!」
ちいさなマリちゃんは、わんわん泣きながら、部屋からとびだしてしまいました。
ユウタだって、泣きたい気分です。
たったひとりで、ずっとがんばってきたのに…
もう、きっと、元どおりにできません。
…がっかりしながら、ユウタはすわりこんでしまいました。
……真夏のあかるい光が、あちこちにちらばるパズルの破片を照らしだしています。
いつもはあんなにもうるさいセミの声だって…なんだか、しずかに……遠くに思えます……
「マリのせいで…!」
「……おこらないで…」
つぶやいたユウタの耳に、やわらかな女の子の声が聞こえてきました。
…おとなりのメグちゃんでしょうか? でも、さっき、メグちゃんはおばちゃんといっしょに、お買い物に出かけたはずです。
「……?」
だったら、だれなのでしょう…
「あの…ここ、なの…」
はにかんだ、ちいさな声がすぐそばから聞こえてきます。
きょろきょろと見回しても、でも、だれも…
……あれ…?
すぐ目の前で、ジグソーパズルの中の女の子が、顔をこちらに向けています。さっきまでは、ちゃんとせなかを向けてたっていたのに…
「…おねがい…」
えぇ、その絵の中の女の子が、ユウタを見ながらそっとお話しているのです。
「…えっと、…その…マリちゃんを、おこらないで…」
「ど、どうして…」
さすがのユウタも、ジグソーパズルの女の子に話しかけられて、びっくりしてしまいました。
だって…ねぇ?
「あの…マリちゃんが、パズルをばらばらにしてくれたから……だから、その…わたしの魔法も……」
「魔法?」
「…うん。…ばらばらにしてもらえたから、わたし…こうして、お話できるように…」
「じゃぁ、ばらばらにならなかったら…」
「もう、ぜったい…お話なんてできなくなって……」
「へぇ…そうだったんだ」
もう少しで、ユウタはこのちいさな女の子を本当の絵にしてしまうところだったんです。
マリちゃんのおかげで、女の子の魔法がとけたんです。
「ごめん、知らなくって」
「…ううん、…しかたないもの。
でも…ね? …その…もう、マリちゃんをおこらないで……」
「うん、約束するよ」
ユウタは大きくうなずきました。
えぇ、もう、本当にユウタはマリちゃんのことを怒っていなかったんです。
「よかった…ありがとう。
…じゃぁ、ね……ばいばい」
にこにこしながら、絵の中の女の子は手をふってくれています。
胸の前でちいさく手をふる、そのかわいいしぐさが…あれ? なんだか、サトミみたいです。
男の子みたいに自分のことを「ボク」なんていうサトミも、こんなしぐさをするときだけは、ちゃんと女の子みたいなんです。
…ぼんやりと、そんなことを考えていたら………
いつのまにか、ジグソーパズルの中の女の子は、どこかにいなくなってしまっていました……
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「なによ! ボクは女の子だよ!」
マリちゃんをなぐさめていたサトミは、ぷんぷん怒ってしまいました。
だって、ねぇ? せっかく、心配になって来てあげたのに…
「あぁ、だから、『男の子みたいに』としか言ってないだろ?」
ユウタくんったら、そんなことを言うんです!
ヒドイと思いませんか?
すっかり怒ってしまって、サトミはぷいっ! と横をむいてしまいました。
…でもね、本当は、ユウタくんのおはなしが聞けて、ちょっぴりうれしかったんです。
ユウタも、そんなサトミに気がついていました。オカシナ村のおはなしを、一番おもしろがってくれるのは、サトミなんです。
でも、それはユウタにとって、とても不思議なことでした。
だって…サトミは力も強くって、ケンカになったらユウタと同じくらい、こわぁ〜い女の子なんです。そんなサトミが、おはなしが好きだなんて…ユウタには、まだよく分からなかったんです。
横をむいて怒ったフリをしているサトミに、ユウタはにやっと笑ってみせました。
「ほら! もう、泣かなくていいんだよ」
そう言って、マリちゃんの頭をくしゃくしゃにしています。
「マリのおかげで、あの女の子の魔法がとけたんだからな」
「…うん!」
にっこりと、マリちゃんもうれしそうに笑っています。
そんなマリちゃんをちらっと見て、ほっとしながらサトミはユウタくんに顔をむけました。
「ねぇ、ユウタくん。そのジグソーパズル、みんなで作ろうよ」
「へぇ、いいのか? 宿題はどうするんだよ」
「あっ…う…」
…えぇ、そうです。ついさっきまで、サトミは夏休みの宿題をしていたんです。
「まっ、いいか。一日くらい、なんとかなるよな」
そんなことを言って、ユウタくんは立ち上がっています。
もう! 本当に、イジワルなんですから。
部屋に走っていくユウタくんに向かって、サトミはかわいく舌をつきだしていました。
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「だから、オカシナ村にあるこのパズルには、もう女の子がいないんだよ」
ユウタはきれいな夕日の当たる縁側で、サトミやマリちゃん、そしてお買い物から帰ってきたメグちゃんといっしょにジグソーパズルを作りながら、そう言いました。
きっと、もうすぐ、パズルはできあがるでしょう。
ちいさな女の子がせなかを向けて立っている、ステキな絵のジグソーパズルが。
『はじまりのおはなし』おわり




