キール編その8 うねるような想いをこらえきれなくて
「ほかの男を想っている? でも、きみはわたしから逃げられないんだ。あいつはここに来ない。ディアナがどんなに抵抗しても、決して声は届かないよ。莫迦な男だ。わたしがディアナを狙っていることを知りながら、預けるなんて。悪いようにはしない。わたしはあいつより、ずっと優遇されている」
「……グリフィンは、キールのことも信じていると思います。口ではいくら悪態を突いても、乱暴はしないと。国使の務めを果たし、外交デビューしてはじめて、グリフィンとキールは同じ立場になれます。だって、あなたは町に出ても、『次期王太子』の呼び名を利用しなかった。いつもお忍びで、キールはキールとして行動していたでしょ? それとも、私にだけは、何度も繰り返して次期王太子の名をちらつかせて利用するの? あなたはそんな人じゃない。自分に自信があって、もっと堂々としていたはずです」
急に、目の前のディアナの姿が霞んだ。キールは激しく咳き込む。発作がはじまった。今日は出ていなかったから、油断していたようだ。
「キール!」
ディアナがキールに呼びかけた。キールは首を横に振る。
「……わたしは、そんなにきれいな人間じゃない。女たちが持っている守り刀を集めるために、何人も騙したさ。刀さえ手に入ったら皆、あっさり捨てた。面倒な後始末は従者任せ。第三王子の地位を使ってね。都合よく、利用できるものは利用している。ディアナ、きみはきれいごとばかりの世界で生きている……あやうくて、でも眩しい」
「キール、喋らないで。誰か、人を」
「いや、いい。最近は発作にも少し耐えられる」
「そんな。だめよ、我慢しては」
「ほかの女に治療されているわたしを、きみに見られたくない……」
キールの唇が、ディアナに塞がれた。ふだんはおとなしい姫だと思っているが、己の髪を切ってしまう強い心の持ち主なのだ。こうと決めたら、すぐに行動する。今も、キールを治療すると判断した途端、まったくためらいがなかった。キールはディアナの背中に腕を伸ばしてしがみつくようになりながら、必死にディアナの唇を求めた。
発作を止めるための、『治療』だ。恋慕からの行動ではない。頭では分かっていても、ディアナはとてもやさしい。苦しむキールのために、身と心を犠牲にしている。キールはディアナに甘え、姫を抱きかかえたままベッドの上にもつれて沈んだ。無意識のうちに、キールの指はディアナの背中のボタンに届いてしまう。いつもの癖だ。もう少し、力を込めれば姫の着ている服はたやすく引きちぎれるだろう。人を疑おうともしない姫に、キールという男の腹黒さを、教えてやればいい。キールはディアナの襟首をつかんだ。
「落ち着いたの、キール?」
邪悪なたくらみをしていたのに。キールが静かになったために、発作が鎮まったのかとディアナは勘違いしたらしい。どこまでもお人よしだ。笑うしかなかった。
「うん。もう眠いんだ。このまま、添い寝してくれる? 絶対になにもしないから」
「そ、添い寝……!」
「そう。添い寝。夜中に、わたしの発作が起きたら困るでしょ。きみとの口づけが、いちばん効くんだから。これが、グリフィンと会うまでの譲歩条件。毎晩、添い寝。してくれなかったら、グリフィンをとことん突き落すよ」
「脅迫するつもりですか……王子。私の気持ちを知っていながら」
ディアナはキールの腕の中で真っ赤な顔をしている。
「これぐらい、お安い御用よと受け入られる図太い性格にならないと、やっていけないよ。姫は、ルフォンと銀の国の両国にまたがって活躍するのでしょう?」
「それとこれとは、話が少し違います」
「とにかく、姫がわたしの治療に積極的なら、両国の友好度は上がる。これは確かだよ。逆に、この旅の途中で、わたしの身になにか起きたら、真っ先にきみが疑われる。グリフィンを王位に近づけたいがため、キールに細工したと」
「でも、毎晩キールに抱かれて眠るのはちょっと……治療のための侍女もつれてきたのでしょ?」
「つべこべ言わない。このまま、わたしの目が冴えてしまったら、困るのはディアナだよ。明るいところで服を喰いちぎってあげようか? ね、おやすみ」
そう言うと、キールは枕もとにあったろうそくの火を吹き消した。




