キール編その6 まるで仔猫のように懐くきみを
「いいかい。わたしの言うことをよく聞くんだよ。きみは、銀の国の姫君。隣国のルフォンに輿入れしたが、王太子に振られた。でも、たくさん子どもがほしい。子どもの父親の身分が高ければ高いほど、子どもは大切にされる。わたしは、正妃腹の王子。姫を娶るに、申し分ないよ」
「それは、分かっているけれど……いきなり、どうしたの?」
「取引しよう。きみは、馬を助けたい。わたしは、きみがほしい」
ディアナの表情が次第に曇り、強張ってゆく。必死にこらえているけれど、次にキールがなにを要求するか悟っていた。
「きみは、グリフィンに拉致されてあちこち連れ回されたということにして、わたしのもとに来るんだ。国使にもかかわらず、きみたちふたりが勝手に先発したから、城では評判がガタ落ちだよ。以前から素行の悪いグリフィンはともかくディアナ、きみは大切な姫君だ。こんなことできみの将来を無駄にしたくないよ」
「申し訳ありませんでした。私が、軽率だったから。皆に迷惑をかけてしまって……罰は受けます。非を、グリフィンにすべてかぶせるなんて、できません」
「大切にするよ、姫。きみひとりを守る。きみから受けた治療が、わたしにはいちばん効いたんだ。泣かせたりしない。浮気もしない。妃はきみだけでいい。脇道ばかりを進んで疲れただろう? わたしの部屋においで。旅の仮寝とはいえ、花を浮かべたよい香りのお風呂と、ふかふかの寝台があるよ。疲労のたまった身体のままでは、これから会うきみの両親にも申し訳ないからね」
ディアナは真っ赤に頬を染め上げていた。かわいい。キールは姫をいっそう抱き寄せた。
「……キール。分かり、ました。仰せのままに……でも、グリフィンは見逃してください。グリフィンは、型にはまらない人ですから。どうか、馬……チャリオットも」
「分かった。馬は助けよう。すぐに救助を派遣する。グリフィンのことも、できるだけ対処するよ。王にはわたしが取り成そう」
期待以上の返答だった。この流れ。自分にきている。キールは心の中で喝采を挙げた。常日頃から素行のよくない庶子の王子のことなど、なんとでもなる。
そのまま、キールは宿にディアナを連れて帰った。近くに控えていたディアナの侍女・アネットを呼び出し、姫の身繕いをさせる。けもの道やら間道やらに入ったせいで、姫の肌や髪は乾燥していた。手や足に、小さな切り傷やかすり傷もある。爪の手入れもなされていない。姫も、反省したはずだ。姫は野性児ではない。ディアナは、姫として生きるしかないのだ。主人を取り戻したアネットは、頬を輝かせて働きはじめた。
「こんなに髪を切ってしまって」
腹立しかったのは、これだ。キールは姫の髪を惜しんだ。
「ごめんなさい。でも、素性を隠すには、これしか思いつかなかったの」
「お姫さまのくせに、とんでもないことを思いつくものだね。まったく、大胆な」
まあ、そんなところも好みなんだけど、キールはほほえんだ。
しかし、キールはもっとも気になるところは、この数日でディアナが完全にグリフィンに喰われてしまったか、である。外見上、まだまだあか抜けてもいないし、おっとりしているけれど、グリフィンへの恋心にはどうやらディアナ自身も気がついているらしい。
「ねえ姫、グリフィンの居場所はどこ? 助けたいと思うけど、どこにいるのさ」
「ええと、助けを呼ぶ段取りができたら、読んでほしいと渡されていた手紙が」
「手紙?」
ディアナが広げた手紙には、グリフィンの筆跡で要件だけが簡単に書かれていた。




