キール編その5 運命ってたぶん、ある
キールは、自身が張り巡らせた情報網を駆使し、懸命にふたりの行方を追った。早く回収しなければ、国の恥にもなりかねない。国使のくせに、単独行動など許されない。
「庶子の、グリフィンのくせに! なぜ、わたしを惑わす?」
キールにとって、変わり種のグリフィンはイライラの元凶でしかない。次期王太子候補としてルフォンに悠然と君臨しているのは自分なのだ。長兄・ロベルトが放棄したディアナを棚ぼたで手にできるのも、自分だけなのに。
なのに。
なのになのになのに、なのに!
「姫は、あの暴走珍獣にかかりきりなんて……ああ姫! わたしだけを見てほしいのに!」
ディアナを案ずるあまり、発作が起きることもなく、キールはその夜宿泊予定の町まで無事に到着した。サークリットという町だ。ルフォン国内では比較的大きな町で、人口も多い。第三王子歓迎セレモニーなどが開かれたのでキールは笑顔で応えたが、夜になるとやはり疲れが出た。侍女の治療を受けたあと、キールはこっそりと散歩に出た。
危険なのは承知している。それでも、お忍び歩きは楽しい。予想外の出会いなど、刺激も期待できるし、楽しいのだ。城に籠っている日々とはまったく別の世界が転がっている。ルフォンでも、よく城下の町を散策する。可憐な女の子と出逢い、そして別れ……キールが物思いにふけっていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。通り過ぎようと思ったけれど、なんとなく気が惹かれる。粗末な場末の宿屋の前だった。
「お願い! 空いている物置でもいいの。厩でもいいし。お願い、休ませてください」
「だめだめ。身元を証明できない男女を、泊めてはならないっていうお触れが出回っているんだよ。第一、『空いている物置』なんて、どこの世界もないよ、お嬢さん? もうちっと常識を勉強してから出直しな」
「そんな」
「そっちに面倒な事情があるなら、寝袋を渡そう。どっか、その辺の森の中で野宿するんだ。そのほうがお互いのためだ、よその宿屋に行っても同じ対応だと思うぜ。さあさあ、行った行った」
宿から追い出された若い女性は、ひどく落胆していた。キールは近づく。そして、腕をとらえる。
「ディアナ。見つけた」
姫のほうは、まったく気がついていなかったらしい。キールの姿を見て、とても驚いた。
「キー……ル?」
「ああ。つかまえたよ。銀の姫、もう離さない」
運命を感じずにはいられない。こんなふうに再会できるなんて。おそらく、姫と自分はどこかでつながっているのだろう。キールは笑みを隠せなかった。
「あのね、キール。私たちの乗っていた馬が……チャリオットっていう名前なんだけど、この町の外れで倒れてしまって。助けたいのに、重くて運ぶこともできないし、お医者さんも見つからないし、困っていたところなの。キール、助けて! 偶然会えるなんて、嬉しい。なんて幸運なの」
馬、か。キールは冷ややかな気持ちでディアナを見つめた。おそらく、グリフィンは馬につきっきりなのだろう。やむをえず、手の空いているディアナが宿探しに出ているというところだろう。
しかし、ディアナの、この姿。肩下の短い髪に、侍女というより使用人以下のような粗末な身なり。わざと身をやつしているのだろうが、まったく似合っていない。銀の姫は、『姫』であることをまったく隠せていない。気品が漂い過ぎていて、かえってあやしいのだ。目立つのだ。だから、キールもディアナを発見できたのだと思う。
「落ち着いて、ディアナ。今ここできみに逢えて、わたしはほんとうに嬉しいよ。力になりたい」
キールはやさしく、ささやく。まるで呪文のように。ディアナはすっかり安心してしまい、キールに髪を撫でられておとなしくなっている。よほど不安だったのだろう。




