キール編その3 逆襲へのカウントダウン
手配の伝達がうまく行き渡らなかったらしく、初日はふたりを逃してしまった。あいにく、キール自身も夕刻から発作に襲われ、探すことができなかった。まったく面倒な身体だ。キールは己を呪った。
キールは、定期的に女性の免疫を口移しでいただかなければ、人事不省に陥ってしまうという、困った病の持ち主である。免疫を分けてくれる女性は、できれば若いほうがいい。免疫を多く持っているからだ。もちろん、今回の銀の国行きにもキール治療専用の侍女を複数連れてはいるけれど、やはり彼女ら相手ではあくまで治療。毎回取り替えても、気が乗らないし、なんの緊張も感慨も起きない。恥じらいもなく、堂々と濃厚にしかし淡々と口づけを交わすことになる。
「ディアナはよかった。うん。実に美味だった」
銀の姫……ディアナの唇は、世慣れない娘らしい初々しさに満ちていて、キールをひどく奮い立たせた。もう一度、と言わず何度もあの唇を堪能したい。いや、味わいたいのは唇だけではない。もっと、深くディアナを知りたい。
キールがベッドの中で妄想に身悶えていると、朝食とともに報告が入ってきた。
「ふたりらしき男女が、この町の宿に?」
「はい。夜明けとともに出立したようですが」
「その宿屋に、捜索を入れるんだ。なにか、証拠が残っているかもしれない」
ディアナとグリフィンが同じ部屋で一晩を過ごしたというだけで、腸が煮えくり返りそうなほどに妬みを感じる。あのふたりだ、実際にはなにもなかっただろう。けれど、許せない。同じ部屋で、互いの寝息を感じ合うなどと。
「仮にも、一国の王子と姫ともあろう存在のくせに。軽々しい振る舞いだ! 浮ついている! 断固、許すまじ!」
声高に、キールは叫んだ。暇さえあれば城下町をうろつく自分を棚に上げて。
すぐに、宿屋の主人がキールのもとに召喚された。キールも、国使として前に進まねばらない義務がある。あまり時間はない。
「昨夜。お前の宿に、不審な若い男女が泊まったというのか」
「不審ではありませんでしたが……グリフィンさまと、ディアナさまでした。おふたりはたいへん仲睦まじく、常にお互いを気遣っておいででした」
「そんな話はもういい。ふたりは今朝のいつごろ、どの方向に向かったのか」
「ええと。おふたりが出立されたのは、夜が明ける少し前のことです。ひとつの馬に同乗なさって。街道をまっすぐ進んでいかれました。お忘れ物もありませんでしたし、第一この話は、兵の方々に何度もいたしました」
表情を窺う限り、嘘は言っていないようだ。宿の主人は、ときおりキールに真摯なまなざしを向けてくる。だいだい、嘘をついている人間は他人を正視できなくなる。主人にはそれがなかった。
「……契ったのか」
唐突に、キールは訊ねた。
「は?」
主人は意味が分からなかったらしく、聞き直した。
「ふたりは契ったのかと訊いている。ふたりは同部屋だったんだろう? お前はどう思う」
「わたしは宿屋の主人ですが、お客さまのプライベートな部分までは、どうも。ひとつの部屋にお通ししましたが、おふたりがその、深い関係になったのかまでは」
「お前はどう思った。今朝の姫は、乙女の貞操を失っていたように見えたか?」
「申し訳ございません。わたしには、なんとも。若いおふたりです。なにが起きても、おかしくないでしょう。それとも、キールさまもディアナ姫さまに好意を?」
「よせ。うるさい」
宿の主人は煮え切らなかった。暗に、グリフィンの味方をしているようにも思われる。キールは舌打ちしそうになった。王子ともあろう自分が。




