キール編その2 頬にはいつわりのほほえみを
「で、姫の弱点とか?」
キールは満面の笑みで、ディアナ姫の侍女・アネットに訊いた。アネットは以前からキール贔屓であり、馬車に同乗しているだけで正直、昇天していた。そのあたり、キールもツボをしっかりおさえている。アネットにかける声はあくまでやさしく、視線を絡めるしぐさも抒情的でさえある。
「は、ひ、ひひひ、姫さまの、弱み……ですか」
「そう。なんでもいいよ。話してごらん」
焦る心を隠しながら、キールは侍女を陥落することに決めた。アネットは、キールに頬を撫でられながら、恍惚の表情。もう、餌となることばはいらなかった。
「ひ……姫さまは、子をお望みです」
この返答に、キールは思わず吹き出しそうになった。姫自身、まだまだ幼いのに。笑いをこらえて問い直す。
「へえ、子ども。それ、少し聞いたけど、ほんとうだったんだ。その意味は?」
「もともと、姫さまはルフォンへ輿入れするときに、『男子が生まれたらルフォンの、女子が生まれたら銀の国の後継に据える』という約定がありました。姫さまは、どちらも生まねばならなかったのです。ルフォンの後継者と、銀の国の後継者を、それぞれ」
「ふーん」
「特に、銀の国では、女子が力を持っています。姫の銀脈を探る力は、母上さまより受け継いだものです」
初耳だった。こんな内情、グリフィンだって知らないのではないか。ならば、姫をさっさと孕ませたほうが、姫をものにできるということになる。キールはほくそ笑んだ。女性をその気にさせる、というかその場の雰囲気に染めるならば、キールの得意技だ。大きな声では言えないけれど、示談というものもキールは何度か経験している。世慣れていないディアナを落とすことなど、キールにはたやすいことのように思える。
ただし、グリフィンがいなければ。
もっとも面倒で、もっとも鬱陶しいのは、第二王子の存在。グリフィンは目下、ディアナの婚約者気取りで、その振る舞いも派手だ。衆人をものともせず、姫を抱き寄せる。国政に興味がないとほざいて厩に隠居していたくせに、姫と結婚したいがため、『王子』として突然参加の姿勢を取る。今日もディアナを勝手に振り回している。どこにいるかもよく分からない。正式な国使のくせに神出鬼没。整備された街道さえ使わずに、獣道ばかりを選んでいるらしい。まったく、そこまで徹底してふたりきりになりたいのかと、キールは腹立たしくなった。
このままでは、出し抜かれしまう! 姫を、いいようにされてしまう! あの唇。あの身体。あの笑顔は、自分のものだ。キールは歯を食いしばった。
「子どもが欲しい、ということと、弱点は少し違うけどね。ふふふ……」
第一、姫は子作りの意味さえもよく知らないだろうに。
まずは、ふたりをルフォン国内でつかまえてしまうのが手っ取り早い。プレイリーランドに入られてしまっては分からなくなる。
「街道筋にある町に手配を。それらしき男女を見かけたら、通報させるんだ」
キールは配下に命令を飛ばした。町の宿にでもうっかり泊まったら、ふたりはキールの罠にかかる。
グリフィンの単独行動には、王もあきれていた。キールがうまくことを運べば、廃絶処分に持って行けるかもしれない。姫の気持ちを自分に向けられれば円満解決だが、キールはライバルのグリフィンを陥れる作戦を立てはじめた。グリフィンの命を奪ってしまうと面倒になるけれど、姫は後追いをするような性格ではない。子どもが欲しいのだ。より、血の尊い子どもが。
やっかいなのは、グリフィンが雑草のような性格をしていることだった。厩の馬や下僕たちと起居し、野宿も厭わない。けれどそんな暮らし、姫は耐えられないはずだ。いずれ、決裂する。




