キール編その1 募る感情の行方
国使の身の上でありながら、気ままな逃避行を続けるディアナとグリフィン。そのとき、第三王子のキールの思いは? 嫉妬と復讐に満ち満ちた、キール視点の番外編第二弾です。
「ぜったいに許さない」
自分をまあ、よくも出し抜いてくれたものだと、ルフォン国・第三王子のキールは思った。心の中で剣を研ぐ、そんな思いである。
許せないのは、銀の国からの客人・ディアナ。それに第二王子のグリフィン。ディアナはキールの遊び相手になるからいいとして、グリフィンの身はいっそのこと切り刻んでしまいたくなるような、残忍な気持ちにさえ駆られる。
先に、好意を寄せたのは、自分なのに。グリフィンは、見事に姫をかっさらってくれた。
ああ、姫。姫、姫。銀の姫よ。キールは祈った。
今朝早く、グリフィンはディアナを連れて電光石火的で旅に出た。ルフォンの国使として。目的地は、ディアナの故郷・銀の国……プレイリーランドである。ルフォン城の下に、大きな銀脈が発見された。それを発掘するために、銀の国の協力を要請するというのが目的だった。これまで、グリフィンは国政にいっさい関係してこなかったが、銀の国絡みのこの懸案には、なぜか積極的に首を突っ込んできた。
ひとことで言って正直、うざい。
これまで、グリフィンは妾妻の子として立場をわきまえ、万事控え目に生きてきたのに、ディアナが現れた途端、やたらと介入してくるようになった。許せない。
本来、ディアナはルフォン国の王太子・ロベルトのためにわざわざ隣国から輿入れしてきた高貴な姫。けれど、ルフォン側の事情……王太子が先んじて妃を娶ってしまうという珍事が発生し、ディアナを王太子妃として迎えることができなくなったしまった。それでも、ディアナの背後にある銀の国の援助は欲しい。ディアナ姫をルフォンに引き留めるために、新たな政略結婚が必要だった。
「王太子との縁組が破談なら、王位継承権第二位のキールさまが銀の姫を手に入れる権利があるってのに」
城下の町にもお忍びでよく出入りしているキールは、王子にあるまじきぞんざいなひとりごとを吐き出した。腹黒王子。これが、キールの本性である。
現在、グリフィンとディアナは行方不明である。どうやら、ふたりだけで『国使の先発』という逃避行を続けているらしい。グリフィンの管理している厩から馬が一頭、いなくなっている。
「ききき、キールさま……」
すっかり置き去りにされたディアナの侍女が声を震わせている。ディアナの行方でも知っているのかと考え、馬車に同乗させたけれど、まったく使い物にならなかった。もう、面倒だった。かわいい王子の仮面をかぶるのはやめた。キールは侍女の緊張を無視する。ぼんやりと、窓の外を眺めた。
……あの唇の感触はとてもよかった。
キールは思い出す。ディアナに治療してもらったときのことを。
姫は世間慣れしていない、お姫さまだ。もともと、銀の国は小国とはいえ、長い間独立を保ってきた歴史ある国。それもこれも、銀の産出が国を支えているからだ。近隣諸国に何度も銀鉱を狙われたけれど、国内の結束が固く、打ち破ることはできなかった。ゆえに、銀の国の正体は謎に包まれている。
「一説によると、国内での銀の産出が落ちているから、大国の庇護を望んでいるとか」
国境を隣接する、ルフォンとプレイリーランド。同盟結婚は、両国にとってよい話だった。ルフォンは拡大路線を推し進めている。銀の国の技術が手に入れば、ルフォン国内でも良質の鉱脈を堀り当てられる可能性が高まる。地つながりの両国は、気候も風土も似ている。おそらくは、地質も。




