表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の姫はその双肩に運命をのせて  作者: 藤宮彩貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/50

第7幕 識者に天馬と銀脈を・6

「なんと、姫よ。そこまでグリフィンを」

 王は目を丸くして驚いた。グリフィンもあきれ顔。

「もうちょっと真面目なことを言ってみろ」

「私はじゅうぶん真面目、本気ですっ!」

「俺とお前は、一緒になれない。婚礼相手と交換すべき守り刀も、手もとにはないだろうが」

 そ、そうだった。すべて献上してしまっている。

「新しいものを、国から取り寄せます。だから、あなたのものと、私の刀を交換してください。納得がいかないなら、正式な結婚でなくてもいい。私を、グリフィンのそばに置いてください」

「やだ」

「なんですって。私では不満なの? さっき、私を守りたいと、好きだと言ってくださったのは、嘘ですか」

 自分がここまで下手に出ているのに、グリフィンはディアナの弱点を突いてくる。喉をかきむしりたくなるような不快感を覚え、ディアナはますます強く歯の奥を噛んだ。

「姫さまの守り刀なら、ここにありますよ」

 おっとりとした高貴なほほ笑みで王妃が差し出したのは、ディアナの守り刀だった。

「騒ぎに乗じて、キールが掠め取ろうとしていたようですが、これはあなたのもの。さあ、お返しいたしますわ」

「はい」

 銀の守り刀が、久しぶりに銀の姫の手の中に戻った。しっくりくる、重み。

「ありがとうございます」

「いいえ。こちらこそ、大切なお薬を使わせてもらえたこと、感謝します。とても助かりましたよ」

「薬は、新しく取り寄せればよいだけです」

「取り寄せ? では、もうしばらくこの国にいてもらえるのね。嬉しいわ、ねえグリフィン」

「……別に。国に帰ってくれても、構わないぞ。ここに残ったら、また面倒な事件に巻き込まれるかもしれない」

「待て待て。グリフィンが照れるのは分かる。なんたって、馬一筋の人生。この問題は皆でコンフォルダに移動して、ゆっくりと考えようではないか」

 王の発言に、グリフィンは目を白黒させた。

「皆で、移動? 皆って。コンフォルダに入るのは、俺ひとりのはずですよ、王」

「いやいや、これだけの銀脈を放っておくのは惜しい。一時、コンフォルダに遷都する」

 コンフォルダに、遷都。

「遷都、だって」

「遷都……」

 王の爆弾発言に、一同は驚きを隠せなかった。

「やだよ! コンフォルダなんて! たまに行くにはいいけど、田舎だもん。町遊びができなくなる」

 真っ先に反対したのは、都会派のキールだった。

「では、キールはルフォンの城下に残るんだね。ならば、姫はグリフィンの妃候補にしよう。よろしいかな、キール」

「……コンフォルダ万歳! わたしは、速やかに移動します」

「どうしても残りたいという理由がある者を除き、王都機能はコンフォルダに移すのだ」

「王、コンフォルダは俺の唯一の財産。二十歳になったら、返してくれるという約束でしたよ。あの場所の地形は平たく開けていて見通しがよく、敵の侵攻に遭ったら危険です。隠れる場所もありません」

「決めたのだ。ルフォンからも、さほど遠くない。しばらく、王都はコンフォルダに移転し、ルフォンに眠っている鉱山を掘り起こそう。天馬は銀脈を示すだけで、実際的な作業はしてくれないのだろう? 銀の姫、そなたの国の力をお借りしたい。一度、国に戻って技術者たちを連れてきてはくれないか。もちろん報酬はたっぷりと用意する」

「私が、使者に」

「お願いできるだろうか。こちらの国の代表は、グリフィンにする。第二王子の外交デビューだ。合わせて、このたびの王太子婚礼の経緯もきちんと説明し、謝罪させる。大切な姫を、半ば騙すような形で迎えてしまったからね。実は銀の国に、こちらの事情はなにも知らせていない。姫が書いた文もすべて勝手に、もみ消していたからディアナ姫は音信不通になっていたのだよ。心をつくして謝らなければ」

「父さま、わたしも行くよ! グリフィンだけがディアナと一緒に銀の国に行くなんて、ずるい! 道中でよからぬことになるかもしれないし!」

「お前が行くと、ややこしくなる。歳も若いし、また次回だな」

「そんなあ。銀の刀、どうやって作っているのかも、知りたかったのに」

「おみやげに、いくつか持って帰りますよ、キール」

「そうだそうだ。これを機に、町娘から守り刀を取り上げるのはやめなさい。結婚を約束して刀を奪うなんて、ただの結婚詐欺だ」

「わたしの偽刀を代わりに下げ渡しているんだから、詐欺ではないよ。偽物とはいえ、そこそこ値の張る刀ばかりだったし。それに、銀の守り刀なら、絶対に姫のものがほしい。あの細工、惚れ惚れしちゃった」

「キール、わがままを言うでない。姫、使者の先導を頼めるかな」

 ずっと日陰を歩いていたグリフィンに、王は華やかな道を用意するという。ディアナは喜んで笑顔で返事をする。

「かしこまりました」

「……面倒だな。馬たちも心配だし。コンフォルダに城の機能をすべて移転させるなら、軍や厩舎の仕事が忙しいのに」

 不満足そうな横顔のグリフィンを、王はからかう。

「移転の計画書だけ置いていってくれれば、皆その通りに動くだろう。それとも、信頼のおける部下がいないのかな? 銀を採るのは大変だ。同盟国たる姫の国の助力を仰いだほうが、効率もいい。そうだ、グリフィンを銀鉱山の長官に任命する」

 グリフィンは、試されている。もし、銀脈から大量の銀が安定して産出されるようになれば、この国におけるグリフィンの地位は相当向上するはずだ。キールや、王太子さえも脅かすほどに。けれど、それをグリフィンが望んでいるとは思えない。存在に重きを成せることは歓迎すべきだが、国の憂いにつながるようでは、ままならない。

「引き受けてもいいですが、ひとつお願いがあります。銀が採掘できるようになっても、俺は、政治に関わらない。王位を継承するのは王太子、その次はキールだと今ここで、はっきり約束してくれ」

 頑なな双眼。軍を率いているのに、身内での争いは絶対に望まない。誰よりも、この国を、家族を愛しているから。

「今、ここで、か」

「そうだ。王の重いことばがほしい」

 腕組みをした王は唸った。

「分かった。誓詞でも書こうか」

「いえ。王太子夫妻にそれとなく伝えてもらえれば、それでじゅうぶんです。ここに居合わせたすべての人間が証人になる」

「ふん、莫迦じゃないの。ディアナにいいところを見せようと、かっこつけちゃって」

 キールがグリフィンをからかう。

「なんだと。本心だぞ」

「ディアナは、子どもがたくさんほしいんだ。確固たる身分の子どもが。銀の血を守るためには、宙ぶらりんな王子の子どもなんて要らないそうだよ」

「子……?」

 ちらりと、グリフィンがディアナに視線を送った。キールの指摘したことは間違っていない。ディアナは軽く頷いた。

「銀の血を残したいのは、ほんとうですけど。私は、グリフィンを尊敬しています」

 グリフィンは答えなかった。軍と馬の移動方法を早く考えたいと言って、足早に裏山から去った。

 暗い空は、いつしか一面の夕焼けに変わっていた。


 その夜から、ディアナは久々に城の部屋で眠ることになった。あたたかく、やわらかいベッドで朝まで起きることはないだろう。夜明け前の厩舎での目覚めもなかなか新鮮で、刺激に満ちていたが、さすがに寝不足だった。

 侍女のアネットにいったん帰国することを伝えると、狂喜乱舞した。

「でも。嫁ぐために出て行ったのにいきなり出戻ったのかと、あきれられてしまうかも」

 アネットの浮かれように、ディアナは釘を差した。

「いいえ、いいえ! 立派な凱旋帰国ですわ。天馬を出現させた姫さまの評判も、上がること間違いなし! それに、あまり大きな声では言えませんが、ルフォンとの共同開拓となれば銀の国の財政も、潤うはずです」

「そうね。そこなのよね」

 好都合なのは、グリフィンのお披露目だけはない。銀の国にとっても願ってもないチャンス。王太子との婚礼のいざこざはあったが、それ以上の見返りが期待できる。

 第二王子のグリフィンを、父と母が気に入ってくれたら銀の国でそのまま結婚へ……ということも、あるかもしれない。できれば、そうなりたい。

 想像しただけで、ぼうっと頬が熱くなった。手のひらでおさえる。ますます熱くなる。

「でも、グリフィンさまは厩舎で寝起きするような、変人王子ですからねえ」

 ディアナの心を見透かしたように、アネットがつぶやいた。

「ええっ?」

「この国の全権大使なのでしょう、グリフィンさまが。うまく世渡りできるかしら。銀の国でも『褥は厩舎の藁がいい。夜伽には姫を所望する』なんておっしゃられたら、王さまもさぞかし驚かれるでしょうね」

「さすがに、そこまではしないと思うけど……銀の国では」

「だとよろしいのですが」

 絶対にしない、とは言い切れない。けれど、銀の国の馬を見たがるだろう。間違いなく。ディアナは苦笑でごまかした。

「詳しくは明日。まずは、国に手紙を書かなきゃね」

「ええ、お休みなさいませ。姫さま」

 ふかふかの寝台は、ディアナを深い眠りに誘った。

次話が最終話です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ