表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の姫はその双肩に運命をのせて  作者: 藤宮彩貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/50

第7幕 識者に天馬と銀脈を・2

 姫への呼び出しは、三日後にあった。

 城に戻って、王太子との会見に臨むようにとの通達だった。

 グリフィンが手配してくれた馬油を侍女のアネットがせっせとこまめに塗ってくれたせいか、手荒れはほとんど消えていた。

 グリフィンは、というと、深夜になるまで部屋に戻らない日が続き、朝も早くから仕事に出てしまうため、話ができずにいた。

 心は、浮かない。

「お礼ぐらい、言いたかったのに」

 山からの夜景を一緒に見る約束も果たされていない。不満のひとつも言ってやりたい。

 謁見用のうつくしいドレスに着替え、身支度を整えると、ディアナは銀の姫に戻った。姫を迎えに来ていた王太子の使者も、ディアナの貫禄にすぐにはことばが継げなかった。

「短かったけど、厩舎暮らしは楽しかったわ」

 そう、これまでは上から見下ろすだけだった世界。屈託のない笑顔。遠慮のない間柄。妬みや嫉みとは縁遠い、人々の素朴な毎日。ディアナはできる限りたくさんの挨拶を交わしてから、城内に帰った。

 ルフォンに初めて登城したときとは、まったく違う。胸を張って、ディアナは歩いた。不安など、なかった。

 だいじょうぶ。落ち着いている。ディアナは自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。隣にグリフィンがいてくれたら、もっといいのにと悔しがる自分を叱咤した。グリフィンは軍の司令官。忙しい身だ。

 銀の姫のご到着です、使者が声を張り上げて告げると、王太子の部屋の扉が静かに開いた。

 王太子は、正面に置かれた椅子に座っているのが、一瞬だけ目に入った。

 よく快復された、と嬉しくてつい話しかけそうになったけれど、姫はぐっとこらえた。お声がかかり、許しが下りるまで、こちらからは口を開いてはならないし、じろじろ見てもいけない。

「姫、どうぞ寛いでください」

 ディアナは一礼してから、ゆっくりと頭を上げた。

 すっきりした笑顔。顔の輪郭が少し細くなっているような印象を受けるけれど、王太子は見事に復活を成し遂げた。サルっぽい印象だったが、精悍さに変換されているような気もする。

 王太子の傍らには、妃・シェイラが侍っていた。こちらは涼しい顔で、ディアナのほうを見向きもしない。

「ご快復、おめでとうございます」

 ディアナは心から祝福した。

「ありがとう。姫からもらった薬でこの通り甦ったよ、わははっ」

 笑顔だ。中身は変わっていないことに、姫は安堵した。

「毒をもたらした犯人探しなど、助かった今となってはどうでもいいと思っているのだが、姫はどうだろう」

 感心すると同時に、危惧も覚える。

「寛大なお心ですね。同じような事件が起きなければ、いいのですが」

「なあに、起こるまいよ。王太子・ロベルトは不屈の精神で、何度でも起き上がる。それより、犯人扱いされて姫は厩舎に幽閉されたらしいね。こちらの手違いで、申し訳なかった。済まん」

 王太子はディアナに頭を下げた。

「いえ、幽閉ではありません。かなり自由でしたし、第二王子……グリフィンさまには、とてもよくしていただきました」

「あのグリフィンがなあ、意外だったな。馬以外には興味を示さなかったあいつがなあ」

「そんな。私も仔馬扱いか、あるいは無視されっぱなしでした」

「もし、姫が我らの仕打ちを許してくれるならば、賓客棟に戻っていただきたい。そして、いつまでも留まってほしい。帰国を望むならば、すぐに手配いたそう。それとも、ほかに望むことはあるかな?」

 鼓動が跳ね上がった。今しかない。言うのだ。コンフォルダに行きたいと。グリフィンと一緒にいたいと。

「王太子さま。もし、許されるならば私、天馬を探したいんです。この国の、銀脈を探したい。そのためには……」

「そんな妙なことをお願いするなと言っておいただろうが、姫さん」

 奥の部屋から出てきたのは、グリフィンだった。キールもいる。この会談に、とりあえず駆けつけたようで、グリフィンは軍服軍帽のままだった。

「ロベルト。キールとこいつの婚礼を頼む。なるべく早くに。今宵でもいい。キールが結婚して腰を据えたら、俺はコンフォルダに移る」

「ほう。たまにはいいこと言うねえ、グリフィン王子」

 軽く口笛を吹きながら、キールが冷かしの声を挙げた。

「邪魔しないで。私は天馬を」

「お前は黙っていろ。王太子、毒を盛ったのはシェイラだ。この場にいる犯人を放っておくなんて、手ぬるいぞ。俺は、王太子妃の部屋を調べさせてもらったし、ロベルトに毒を盛れるような至近にずっと座っていたのは、シェイラしかいない。毒は、俺の母親が飲まされた鉱毒とまったく同じ成分だった。姫が薬を持っていたように、俺の母はいつも毒を持っていた。辱めを受けないように、いざというときは自ら死を選ぶために。お前は俺の母に頼まれたとはいえ、過去にも人に毒を飲ませている。死なないように、いくらか少なめに飲ませたのか」

 王太子は、初めて疑いの眼差しを己の妃に向けた。

「毒を? ほんとうなのか?」

 莫迦莫迦しい、といった風でシェイラは笑い飛ばした。

「まさか。周りを欺こうとする、第二王子さまの虚言ですわ、ふふっ。勝手に人妻の部屋をあら探しするなんて、王子のすることではないと思うわ。たとえ、記憶に残る懐かしい毒が出てきたとしても」

「そうだよ、兄さま。グリフィンはね、書庫の大切な蔵書を平気で破ったりする、不届き者だよ。信じちゃいけない」

 キールは、王太子妃に味方した。

「蔵書?」

「とぼけても無駄だよ。きっちり、調べはついている」

 しかも、書物のことが知られているとは。ディアナは息をのんで見守った。

 指をぱちんと鳴らせてキールが従者に運ばせたのは、書庫にふたりでこもった日にディアナが破いた書物だった。見覚えのある蔵書はあのときのまま、どこも直っていない。

「もちろん、分かるよね。修復師に直すよう、依頼したでしょ」

「……あいつ、キールの手の者だったのか」

「手の者だなんて言い方、やだなあ。なにか不穏な動きがあったら知らせてほしいと、普段からお願いしてあるだけだよ」

「あのね。キールそれ、私が傷つけたのよ。グリフィンは悪くないの。私をかばってくれているのよ」

 風向きの悪さに耐えかねたディアナは、真実を告白した。

「とにかく、お前は黙っていろ。何度も同じことを言わせるな。これは俺たちの問題だ」

「まあ、うつくしいかばい合いだこと。グリフィンの処遇をどうしましょうかしら、王太子さま? 今度ばかりは厩舎預かりなんて生ぬるいことをしていたら、威信にかかわりそうですわよ」

 王太子は頭をかかえていたが、やがて口を開く。

「毒の犯人は探さない。今からなら、なんとでも他人に罪をなすりつけたり、濡れ衣をかぶせたりできるからね。大切な城の者たちを、疑心暗鬼にしたくない。だが、書物の件は証拠がある。これはきちんと説明してもらおうか、第二王子」

 ディアナはグリフィンのそばに駆け寄った。姫は焦ったが、グリフィンは小憎らしいほど、静かに落ち着き払っている。

「誤って破ったのは俺だ。補修するために持ち出し、修復師に渡したのも、この俺だ」

「『所蔵庫の資料は、勝手に持ち出すべからず』。重罪だよ、これ。しかも、破損させちゃってさ」

「正義を振りかざして、なにを言いはじめるかと思えば、詭弁なんて。ああ、恐ろしい人。厩舎ではなくて、しっかろ

りと牢に繋いだほうがよろしくてよ、王太子さま」

 書物の傷を認めたグリフィンに対し、キールとシェイラは強く非難した。

「シェイラ、俺の、亡き母のことばを忘れたか。自らに奢ることなく、慎みを持って生きろと。王太子妃の立場を守りたいことは分かるが、人を傷つけたりしてはならないんだ、絶対に。王太子妃、ゆくゆくは王妃として、それほどまでに長く君臨したいのか」

「王太子さまがいなくなれば、私は妃でいられなくなる。王太子さまあっての私。なぜ私が、毒を盛らなければなりませんの? 矛盾しているわ」

「ロベルトを生きた屍にして、キールとおもしろおかしくやる魂胆だっただろ。キールは、面倒なことが大嫌いだ。王位なんか、望んでいない。シェイラが王妃として強権を振るえば、怠惰に耽っていられる。違うか」

 王太子の快復を祝う席だったはずなのに、どす黒い険悪な雰囲気に包まれている。

「ちょっと待って、やだよ。シェイラなんて、大年増。治療のために我慢していたけど。わたしはかわいいディアナをもらって、楽しく生きたいだけ。確かに楽はしたい。でも、毒とかなにそれ? わたしは関係ないからね」

 シェイラの顔が、ふつふつと込み上げてくる怒りで醜く歪んでいる。

「まあキール、私が大年増なんて。裏切ったわね」

「裏切るもなにも。あなたは、わたしを誤解していたようですね。ずっとお気楽に暮らせると思いましたが、とんだ横槍が入った。危険を冒してまで、面倒ごとには巻き込まれたくないよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ