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銀の姫はその双肩に運命をのせて  作者: 藤宮彩貴


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第6幕 おとなしく幽閉なんて、無理です・1

第6幕 おとなしく幽閉なんて、無理です


 もちろん、アネットはかんかんに怒っている。

「まったく、姫さまともあろうお方が、軽率過ぎますよ。昨晩はキールさまに唇を、今日はグリフィンさまといい雰囲気ですか。ルフォンに来ていきなり、王子おふたりを手玉にとるなんて、信じられません」

 目覚めたアネットは、藁の傍らに置いてあったバスケットの中の手紙を読み、厩舎の人間に裏山への道のりを聞き回りながら、ようやく辿り着いたのだという。それがあんなきわどい場面では、怒りに震えるのもやむを得ないのかもしれない。

 パンをかじりながら、ここぞとばかりにアネットはディアナを攻撃した。そのパンが、グリフィン手ずからの差し入れだとは、言えなかった。

「手玉って。いいように扱われているのは、私のほうなんだけど」

「いーえ! 姫さまのあの、うっとりとしたお顔! あの瞬間は、絶対に恋する乙女でしたっ。本命はどちらですか? 王位から遠いグリフィンさまのほうがお気楽でしょうが、女として栄耀栄華を極めたいならば、キールさま一択ですわ。姫には、たくさん子を生んでいただき、銀の血を後世に残すという大仕事がありますし。婚礼のお相手が大国の次期王太子ならば、本望でしょう」

「いえ、栄耀栄華は別に。銀脈を探れる血筋を残せたら、言うことないのよ」

「じゃあ、グリフィンさまと馬を。銀の血とはいえ、馬面の赤さまが生まれたらどうしましょう。ご兄弟の王太子さまはサル顔なのです、馬面が生まれる可能性もありますわ」

「あのね、アネット。どっちがいいとか、どっちにするとか、ないのよ。今はそれどころじゃないって」

「では、どちらともキープ、と。信じられません」

 ディアナは首を横に振った。アネットは頭に血がのぼり過ぎていてひどく感情的になっており、とても話にならない。気分を変えなければ。

「じゃあ、行こうかな」

 ディアナは立ち上がった。

「ひ、姫さま? いったいどちらへ」

「軍の調練。見学していいって、グリフィンが。ついでに、お手伝いもあればしたいわ」

「見学? お手伝い?」

「だって、ここにいても暇じゃない。王太子さまに例の薬を使ってもらえるように祈るだけなんて。この国のために働いていれば、私の無実を認めてもらえるかもしれない。なにもしないより、ましだわ。それに、馬を見たいのよ。今日は特に、馬術を練習するのですって。そうだ、キールの馬も」

 天馬に変化するならば、もっとも近いのはキールの芦毛馬・アカツキのような気がする。けれど、厩舎には繋いでいないと聞いた。では、どこにいるのだろうか。

「向こうで、とりあえずグリフィンに聞いてみようっと」

 調練は、厩舎のすぐ脇で行われている。ただし、あまり身を乗り出すと東棟のバルコニーから姿が覗けてしまうので、ごくごく控え目にしていろと注意があった。

 渋るアネットを引き連れ、元気いっぱいのディアナは調練の行われている馬場に乗馬服で乗り込んだ。髪も編み上げてもらったので、動きやすい。

「うわあ」

 すでに馬房から牽き出された馬たちが、ずらりと整列していた。五十では足りない。百頭近くいるだろう。グリフィンの合図で全員が騎乗し、騎馬隊が静かに動きはじめた。

 ディアナは息を飲んだ。

 地に響く蹄の音。馬たちの息遣い。磨き上げられた馬体。無駄のない疾駆が、芸術的でさえある。

 すごい。すごいすごい。馬房でおとなしくしている姿もうつくしてかわいいけれど、迫力がまったく違う。

「これが、グリフィンの育てている馬たち……」

 それほど大きくなかったはずだけれど、ディアナが声を出したからか、刀を指揮棒代わりに振りかざしていたグリフィンが後ろを向いた。

「もっと下がれ。東棟の食堂あたりからは、この場所はよく見えるぞ」

「は、はい」

「……だめだ。キールが上から手を振っていやがる。もう、見つかったな」

 一応、手で顔を隠しながらディアナは東棟を見上げた。バルコニーから、キールが笑顔でディアナに合図を送っている。今からそちらに行くと言っているらしい。

「厩舎に戻っていたほうがいいですか、私?」

「好きにしろ。あいつと、厩舎でふたりきりになりたいのなら、あっちに戻れ。そうでないなら、ここに残れ。キールは別に、ここで見学していたことを王太子妃に告げ口なんかしないと思うぜ」

「……ここにいます」

「ふん、勝手にしろ」

 言われた通り、静かに馬たちをよく観察することにした。その中で、ディアナは一頭の馬に注目した。

「タロット! タロットがいるわ」

 遠乗りのときに、姫を背に乗せてくれた馬だ。ひときわ輝く馬体に賢そうな両眼。

 声をかけたいけれど、あちらは勤務中で、しかも馬。

「こんなにたくさん馬が並んでいるのに、タロットが分かるのか」

 ちょっと驚いたような口振りで、グリフィンは姫に聞いた。

「ええ、分かります。分かりやすいわ。あの子、際立ってうつくしいからよく目立つもの」

「別に、タロットだけが特別なものを食べたり、特別な手入れをしているわけじゃないぞ」

「でも、タロットは目立つんです」

「まあ、生まれるとき、タロットは俺が取り上げた馬だから、愛着はあるが」

「グリフィン、馬のお産にも立ち合うんですか」

「ああ。あいつの母馬はひどく小柄で、難産だったからな。生まれたばかりのタロットの世話は、俺の仕事だった」

 母のように、タロットをかわいがる王子。なんとなく、想像できなくもない。

「じゃあタロットは、グリフィンの子どものような存在ですね!」

「そうだな。あいつの母馬、ナシュアは勝手に恋をした」

「恋?」

 遠い目で、グリフィンはタロットを見つめた。

「ああ。俺は馬のすべてを管理している。体調とか、生活レベルの話だけじゃない。よりよい子孫を作るために、配合……交配相手も選んでいる。分かるか、率直に言えば『種付け』のことだ」

「は、はい」

 馬の話とはいえ、真面目に子作りを語りはじめたグリフィン。ディアナは少し恥ずかしくなったが、グリフィンには些細なことだったらしい。構わず、話を進めた。

「馬の発情期は春。その年のナシュアに交配する種馬は、だいたい決めていた。お相手を決めるのは意外と大変な仕事だ。馬の相性だけじゃない。なのに、厩の当番がちょっと目を離した隙に、ナシュアはひと目惚れした牡馬に猛アタックをかけ、しかも仔を孕んだ」

「積極的、ですね。すごい」

「ナシュアの恋愛沙汰で、俺の計画は狂った。ナシュアは、他国生まれのこの国では珍しい血統の持ち主。生きものは、近い血どうしが交配を繰り返すと、体質が弱くなったり、どうしてもマイナス面が顕著になる。我が国の馬産において、ナシュアは貴重な導入馬だったから、慎重に行こうと思っていたのに、誰かによく似て、とんだはねっかえりだったさ。まったく」

「まあ、誰のことかしら」

「しらばっくれるのか、銀の姫」

「それで、ナシュアはどうしたの?」

 グリフィンは苦笑した。

「タロットを生んで間もなく、死んださ。ナシュアの体には、無理な妊娠と出産だったんだろう」

 ああ、だからタロットの親を務めたのか。母の命と引き替えに、生を受けたタロット。

「かわいそうに」

「まあ、馬は半年ぐらいで親もとから離れる。試練が早く来てしまっただけさ。俺という管理者が近くにいるから、かえって甘えん坊なところも残っている」

 騎馬隊の調練を眺めていると、ほどなくしてキールがほんとうに下りてきた。

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