表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の姫はその双肩に運命をのせて  作者: 藤宮彩貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/50

第4幕 気合いで密室デート・3

 書棚に頭をぶつける、そう思ったとき、ディアナを守ってくれたのはグリフィンの腕だった。だが、ディアナの重みでグリフィンの体も沈み、棚との激突だけは避けられたものの、ふたりの体は大切な巻物の上に投げ出されてしまった。

「きゃ……あっ」

 しかも、倒れ込んだ拍子に、ディアナの唇とグリフィンのそれとが、かすかに触れ合ってしまった。暗がりでのほんの一瞬とはいえ、お互いの顔の角度、位置からしても間違えようがない事実だ。

 はたから見れば、王子がディアナを襲っているようにしか写らないだろう構図。

 ふたりの手と足はもつれ合い、絶妙に絡まっていた。昨日の、キールと王太子妃よりもなまめかしいだろう。

 ディアナは、自分が今、どんな状況に置かれているのか、理解するまで時間がかかった。先に正気に戻ったのはグリフィンだったが、王子の腕はディアナの体の下にまわされている。床と棚にぶつかるのを防ぐため、腕は犠牲となっていた。

「だいじょうぶか。けがは、ないか。痛いところは」

「は、はい。どうにか」

「ディアナ、体を起こせたら、起こしてほしい。腕が、かなりつらい」

 言われて、ディアナは身を上げかけた。

「待て、もっとゆっくり」

 グリフィンの注意も空しく、書物はびりびりと音を立てて破れてしまった。ディアナが姿勢を急に起こしたせいで、紙に断裂が入ってしまったようだ。

「うわっ。私、な、なんてことを」

 巻物の惨状を照らし出し、夕陽は雲の向こうに消えた。巻物は、途中でふたつに切れていた。残った部分も皺だらけだ。

「どうしよう、グリフィンさま。私、取り返しのつかないことを」

「落ち着け。だいじょうぶだ。俺がやったんだ。『出来心をいだいたグリフィンはディアナに迫り、無体を働こうとしたため、勢いあまって巻物を傷つけた』。ディアナに非はない」

「そんなの、だめです。もとはと言えば、私がうっかりだったから。ごめんなさいっ」

「ディアナは、客人だ。俺はもともと嫌われ者で、王族の数にも入っていない、取るに足らない存在だ。王だって、できればディアナをキールと娶わせたがっている。俺が横恋慕したことにしよう、うん。いい案だ」

「そんなの、だめです! 今のは事故ですってば。王さまも、きちんと説明すれば分かってくださるはずです」

「事故じゃない。俺がディアナを奪うように仕向けた罠だとしたら? 例えば今ここで、再びディアナの唇を強要したとしたら? それはもう、立派な嫌がらせだ」

 熱い吐息が顔にかかるほど、グリフィンはディアナの前に迫っていた。

「やだ! 私はグリフィンさまを、城内で孤立させたくありません。私の唇ひとつで王子を救えるなら、どんどん吸ってくださいっ。双方合意の上でなら、嫌がらせでも無体でもありませんね。私はグリフィンさまに、口づけてほしいと思います」

「……お前、自分でどんな危険な発言をしているのか、分かっているのか? とんでもないことを口走っているぞ、ディアナ」

「だいじょうぶです。覚悟しています。私を罰してください。宝の書物を傷つけた罪を、共に背負います」

 ディアナの頑なな態度に、グリフィンは苦笑した。

「ただの世間知らずの姫さんかと思ったら、とんだ強情者だな。よし、ふたりの責任ということにして、王に謝ろうか」

「はい」

「俺が告白するまで、絶対誰にも言うなよ。口止め料だ」

 今度こそ確実に、グリフィンはディアナの唇を捕らえた。やわらかなあたたかい感触。陶酔する感覚に全身を委ねると、思考回路は格段に鈍くなった。

 唇を塞がれたことで、反射的に息を止めていたディアナは苦しくなり、王子の胸を数回たたいた。

「おい、死ぬぞ。不器用なやつだな。息は止めなくていい。鼻で吸え。それか、こうやってだんだんと口をずらして……片方が息を吸い、もう片方も……これで同罪だ」

 頭の片隅ではいけないと考えつつも、ディアナはグリフィンに翻弄されてゆく一方だった。自分から言い出したのだ、こうしてほしい、と。罪をひとりで着てほしくない、と。城で寂しくなってほしくない、と。

 こんな気持ちは初めてだった。もっと一緒にいたい。もっと、この人のことを知りたい。

 ふたりは息を弾ませながら唇の味を堪能していたけれど、外から従者の声が聞こえはじめた。

「王子、グリフィン王子ーっ」

「ディアナさまっ」

「もうすぐ、日が暮れます」

「退出の、ご用意を」

 どうやら、ふたりを探しているらしい。暗くなっても、書庫から一向に出てこないので、なにか起こったのではないかと警戒しているのだ。かといって、王の許しがなければ、書庫の中にははいれない。従者としては、どうにももどかしいはずだった。

「いいところで邪魔が入ったな」

「……いいところって、どこ?」

「一応、邪魔されたということにしておけ」

 王子は身づくろいをして、立ち上がった。手にはぼろぼろになった巻物。ディアナも続く。

「今の要領で、キールにも授けてやってくれ。治療だからな。コツは、覚えたな」

「ち、治療って!」

「治療がどういうものか知らなかったから、怖気づいていたんだろ。俺と実地で体験したし、もうだいじょうぶだな」

「じじじ、実地。今のは、治療の実習ですか」

「ああ。それ以外に、なにがある」

「そんな! 私、初めてだったのに。初めてが、実験だなんて」

 しかも、気持ちが大きく揺らいだというのに。

「こういうふうに取り乱さないように、本番ではがんばれよ。まあ、キールのほうがよく馴れているし、上手いかな。それとも、ディアナは今ので俺にうっとりしちゃったのか」

「ちょ……っと、からかうのもいい加減にして! それに、巻物を持ち出してどうするのですかっ」

「直すんだよ。修復師に依頼して」

 王子は巻物を袖の中に入れて隠した。

「ってそれ、持ち出し禁止の資料でしょ。勝手に動かしたら、どんなお咎めを受けるか」

「もう一度口止めしようか、ディアナ?」

 ディアナはぶんぶんと、首を横に振った。甘々な気持ちに取り込まれたら、どんなことになるか自分でも予想できない。

「これは複製だとかなんとか説明して、うまくやるさ。ディアナは忘れてくれていい。それより後日、『たてがみを見る』の件を解決したいから、また厩舎に来てくれないか」

「……はい。それは、了解です」

「よし。じゃあ帰ろう。暗いから、ゆっくり進むぞ」

 行きと同じように、グリフィンはディアナの手をつないで、書庫の扉まで案内した。

 ディアナに負担をかけないように、はぐらかしたと思えば平気で唇を奪ったり、やさしくすると見せかけて毒を吐いたり、まったく本心が分からない。

 けれど、離れてしまうのは、胸が痛んで少し切ない。

「夕餉に遅れないようにな、ディアナ。服に、書庫の匂いが染みついている。着替えたほうがいい」

「グリフィン……こそ」

「俺は馬の世話があるから、今晩は欠席する」

「ええ? おなか、空きますよ」

「だいじょうぶ。厩舎の連中と、軽く飲むから。また明日な。ああ、明日はキールとおデートか」

「飲むって、ちゃんと食べてください。細いのに」

「自分の体のことは自分でよく分かっている。第一、太ったら馬に乗れなくなるだろう。それに」

「それに?」

「極上のご馳走を、いただいた。今宵は、胸がいっぱいでなにも食べられそうにありませんよ、ディアナ姫さま」

 ほほ笑みながら、グリフィンは自分の唇をにやにやしながら指でなぞった。

「か……、王子っ!」

「じゃあな。おやすみ」

「グリフィンの、莫迦っ」

「おやおや。ディアナ姫さまともあろう高貴なお方が、そんな下々の放つようなことばをお口にするのは、よしなさい」

「って、あなたが言わせているのよ!」

 すっかりグリフィンのペースだった。

読了ありがとうございました

ここまでで物語の約半分です

評価・感想をお待ちしています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ