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紅の灯火

 辺り一面、真夏独特の鮮やかな緑が広がる草原の中で、ひとりの少年がその緑の中を駆け抜けていった。



 少年の髪の毛は赤い色をしていた。炎がごうごうと燃えるような、真紅の色だ。



 火が燃えているようなその髪は、緑に埋め尽くされている草原の中で、一際目立っていた。



 そんな草原の中を駆ける紅色、その色は多少異なるものの、金属同士がぶつかり合う時に発生する、火花のようだった。



 そう、火花。一瞬だけその光を放ち、刹那に消えてしまうあの光に──。



「おい、アレン!! 止まれ!!」



 そんな少年の背後を追いかけていたひとりの男が叫んだ。



 男の髪は、少年と同様に赤い色をしている。



 すっかり息があがってしまっているのだろう。肩で激しく息をしていた。



 そんな男の先に進んでいたアレンは、ふと背後を振り返った。



 男との距離かある程度開いていることを確認すると、少年は立ち止まり、こう言い放つ。



「止まれって言われて止まるバカなんて、この世界にいない!! 止まったら、どうせまた仕事を押し付けるんだろ!!」



 少年の名はアレン・ハルバード。



 古来から、魔法使いを多く生み出しているとして名高い島〝パルシオン〟に住む一人の少年だ。



 とは言っても、彼の住んでいる町は、島の海岸沿いにある、小さな港町。



 彼にとってパルシオンと言う偉大な名前は、ただの名前にすぎなかった。



 そんな少年、アレンは、赤い短めの髪をしていた。



 顔立ちはよく、目鼻立ちもいい。両目は大きく、赤い髪を引き立てるようなオレンジのような色だ。



 それだけ見れば、異性に好意を寄せられることもあっただろう。



 しかし、彼には生まれてから十五年間、女性経験は無い。



 その理由は彼の身なり、服装にあった。



 着用している服は何回も来ていることが安易に想像できるようなボロ布に近い物だった。



 更には所々に穴が開いていて、黄ばんでいる。



 この服装では寄ってくるものも寄り付かないのは明白だった。



「当たり前だ!! 少しは現実を見ろ!!」



 追いかけていた男、アレンの父親のリデア・ハルバードはそう言い放った。



 やはり息切れしているらしい。



 見たところ頑張って声を張り上げているのだが、普段アレンを叱るときの威圧感が見当たらなかった。



 それを見てアレンはこう思う。



 ──まあ、四十歳にもなってあんだけ全力で走ったら、そうなるわな。



 リデアは言い放った後、息を整えようと深く深呼吸を二、三回繰り返した。



 そして息を大きく吸い込み、再び言い放つ。



「お前ももう十五だ!! 十六になったら一人で生きていかなければならないのだぞ!!」



 アレンと同じ赤髪から除かれたそのオレンジ色の瞳は、ひどく鋭く、ただアレンだけを見つめていた。 ──十六から成人とされ、独り暮らししなければならない──



 これは、この島、パルシオンに伝わる伝統のひとつだ。



「そんなこと、なんとかしてみるさ!!」



 そう言い残して、アレンは草原の奥に広がる森の中へと再び駆け出した。



 最早、追う気力すら残されていないリデア。



 自分の息子の姿が見えなくなると、すとんとその場に座り込み、大量に吹き出していた汗を右手で拭った。



「全く……。またあそこに行くのか」



 リデアは草原に体を寝かせ、呟く。



「あんなんで、俺の鍛冶の仕事が継げるのか……?」



 鍛冶を営んでいたリデアは、常にアレンの将来の心配をしていた。



「アリア。アレンを俺達と同じ道を歩ませる訳にはいかない。そうだよな?」



 リデアは呟きながら、天を仰いだ。



 草の乾ききった臭いが鼻にツンとして不快感に襲われた。しかし、起き上がる体力も気力も残されていない。



「アイツには、普通の人生を送ってほしい……」



 リデアは、その状態で雲のひとつない蒼空をひたすら見上げ続けていた。



「俺は間違ってないよな?」



 その時一陣の風が吹き荒れた。風で揺れ、重なりあって生まれた草木が奏でる耳障りな曲が、彼の問いかけをかき消した。



       ※



「んー、……やっぱし自由は最高だ!!」



 一方、リデアを振り切って、すっかり得意気になっているアレン。



「鍛冶の手伝いなんかするかっつーの!!」



 そう言いながら高くそびえ立つ木をよじ登り、赤く熟した、拳程の大きさの木の実をもぎ取る。



 次いで、丈夫そうな枝に腰を掛け、もぎ取った実をかじった。



 みずみずしい木の実から垂れてくる濃厚な果汁により、振り切るために全力を尽くしたアレンの体は潤う。



「相変わらず、この時期のシナの実は最高だな」



 あっという間に一つを食べ終わってしまう。物足りなくて、もう二つ目に手をかけた。



「自分の道は自分で決める。親父に作られた道を走るなんて、絶対するもんか!!」



 リデアの心配は、アレンには届かない。それを表すような一言だ。



 結局、腹の減っているアレンにとって、二つでは実の数は到底足りずもう一つ平らげた。



「ふぁ……。食った食った」



 流石に拳の大きさの実を三つを平らげると、空腹だった腹は幾らばかりか満たされる。



 アレンは満足したのか、器用に木をするすると滑り降りた。



 途中、木の枝に服が引っかかり、穴が少し広がったが、アレンは特に気にする様子を見せず、ただ「あーあ」とだけ言った。



 元々、ボロ布みたいなものだ。今更穴が拡大しても増えても、たいして見映えは変わらないのだろう。



「ま、そんなことはあとあと。腹も一杯になったし、今はやりたいことをやるだけ!!」



 そう言うと、服が破れたのを気にせずに、アレンは走り出した。


 背の高い木々達が林立し、太陽の光が行き届かない森の奥。



 そこは太陽の光が届かないために、昼にもかかわらず暗くなっている。



 日が当たらないためか、先ほどの木の実のあった場所とは違って、苔がいたるところに生え、じめじめしていた。



 無論、深緑の中にあり、味気ない森を彩っていた木の実はこの場にはない。



 その為か、雰囲気も暗く感じられた。



 ──静かだなぁ。



 先程の場所とは、まるで別世界を訪れたような感覚を受けたアレン。



 声も出すのも忘れ、そう思った。



 少し湿っている土の上をアレンが踏みつけると、その靴の足跡がくっきりと残る。



 そんな道なき道をアレンが歩くこと、約五分。



 林立した木々の隙間から、とんがり帽子のような尖塔の木で出来た屋根が見えてきた。



 続いて、古ぼけた、屋根と同じ木造の小屋が全貌を現す。



 その奥にある灌木の隙間から澄んだ湖が見えた。



 ──ようやく着いた。



 ここは森の最深部であり、アレンの目的地でもある場所。



 この小屋は、この冷気を発している魔法使い、アレンの伯母に当たる人物が住んでいる小屋だ。



 ──前に会ったときは、確か今日帰ってくるって言ってたから、多分いるはず……。



 少し前に、その魔法使いと話した内容をアレンは思い出した。



 小屋の傍らにある畑に、こちらに背を向けている女がいた。



 手に持つ桑で畑を耕している。



 見たところ、アレンの予想通りに農作業をしているらしい。



 女は麦わら帽子を被り、なんとも言えない地味な茶色をしたマントを羽織っている。



 麦わら帽子からは、赤系統の髪の色が多いパルシオンのなかでは珍しい、紫色の長い髪の毛が覗けた。



 彼は女に走りながら近寄り、声を掛ける。



「お帰り!!」



 うざったらしいほどに元気よく、張り上げたような声だ。



 だが、女は驚くような素振りを見せない。もう慣れているのだろう。



 屈んでいた体をゆっくりと起こし、腰を一回転させた後にアレンの方へ顔を向けた。



「あら、アレン。久し振りじゃない。元気にしてた?」



 この女の名はテルシア・マーガレット。



 年齢は二十八歳。顔は綺麗に整っていて、美人と呼ばれる部類に入るだろう。



 しかし、頭から生えているその天然の紫色の髪の毛により、人々に怪しく見られることを気にしていると以前言っていたのをアレンは思い出した。



 そんな彼女、テルシアは、アレンの伯母に当たる人物。



母親の妹であり、パルシオンでは少し名の知れたな魔法使いだ。



 同時に彼女は、仕事熱心で育児を全くしなかった父親、リデアの変わりにアレンに必要最低限の知識を与えた。



 彼にとって、もう一人の親とも呼べる存在でもある。



「どうしたの? あ、またリデアさんとケンカしたんだ」



 額ににじんだ汗を首にかけたタオルで拭い、彼女は笑いながらアレンへそう問いかけた。

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