偏愛アルバム
全体的に大人向けで短いです。
驚愕し見開いた目がだんだんぼんやりとしていくさまを、僕は歓喜にふるえながら見続けた。身体に力が入らないのか、仰向けに倒れかけたのを腕をのばして支え、衝動のままに顔中に口付けた。額に、頬に、目蓋に、そしていままではどんな時でも拒否されていた唇に。おそれていた拒絶はやってこなかった。
※※※
僕の真っ黒な髪とはちがう、透きとおるように美しい蜂蜜色の髪。薄闇のなか、ぼんやりと浮かびあがる白く華奢な肢体。さんざん僕に吸いつかれ、色艶の増したやわらかな唇。いまは目蓋に隠れてしまっているが、髪と同色の瞳はどんな宝石よりも輝いていてきれいだ。おだやかな寝息をたてながらベットの上で横たわる彼女は、御伽噺のなかのお姫さまのように気品にあふれている。
――なんということだろう。これほど神聖ないきものは見たことがない。彼女はほんとうに今の今まで僕の下で乱れていた彼女なのだろうか。
じっと眠っている彼女を見ながら、そんな不安におそわれた。けれど彼女の鎖骨あたりに散らばって咲いている赤い痕をそっと指でなぞり、その不安を打ち消した。なんてことはない。僕らしくもない愚考だった。
彼女の名前は如月遥香。僕、如月悠人の血のつながらない妹だ。
親の再婚で出来た妹だった。はじめて会ったときの衝撃は忘れられない。父の再婚相手の後ろからひょっこり顔を覗かせて、花が綻ぶような可憐な笑顔をこちらに見せた遥香に、僕は釘付けになった。一目惚れだった。こんなに小さくて可愛らしいイキモノがこの世に存在しているのか、と僕は思ったものだ。なつかしい。そのころから女性との付き合いはあったが、僕の初恋は彼女だった。
彼女と出会った瞬間、僕の心の中はすさまじいほど荒れ狂っていた。表ではそんな動揺を出すようなヘマはしなかったが。
交差する感情の中でもっとも強く僕を突き動かそうとするのは恋慕ではなく、深い独占欲。遥香を誰にも渡したくないという思いだった。
それからというもの、僕はひたすら遥香を合法的にも心理的にも手に入れられる方策を追い求め、ある程度の作戦をたて、協力者を集めたりしながら外堀を埋めてきた。遥香の親友を自称する少女にはすこし手を焼いたが、結果は今日の通り。遥香は僕のものになった。
遥香の頬を一撫でしてからできるだけ音をたてないように立ち上がった。なくなった重みにスプリングが軋む音がしたが、遥香は起きなかった。
ほっとしながら冷たいフローリングの上を歩く。ドアの前で立ち止まり、ゆっくりと膝をつき、立て掛けておいたカバンの中からビンを取り出した。半分ほど中身が減っている透明な液体は、協力者である僕の友人が仕入れて来た薬だ。もちろん実験済みのもの。
「……これも処分しないと、ね」
次に手に取ったのは遥香が口をつけたコップ。これに薬を入れた物なのだからもしもな事態が起こったときに困る。
さっきメールで呼び出していた友人にはやく渡してしまおう。
用意しておいた紙袋に入れて、玄関に向かった。
※※※
「やあ、悠人くん。いい夜だね」
「こんばんは、瀬南。いきなりで悪いんだけどこれを持ってさっさと帰ってくれるかな」
「……相変わらず妹さん以外には辛辣だよね。どうなったか聞かせてくれてもいいんじゃない?」
「僕の考えた通りになったよ。深夜なんだから大の男ふたりが玄関先で喋っていたら近所迷惑だろう?視界の暴力だよはやく帰れ」
「いやいやいや、ちょっと待とうよ!俺これでも影の立役者なんだよ?これ用意したの俺だし、今日一緒に出かけたふりしたのも俺!だから事の顛末を知ってもいいとおも」
「じゃ、おやすみ」
ガチャン、と素早くドアをしめたあと、念のため鍵もかける。ドア越しになにか聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。僕は自室に戻ろうと踵を返した。
戻った部屋では遥香が起きていた。上体を起こし、カーテンの隙間から覗く月を見ていた。その横顔を見て、また正体不明の焦りが湧いてくる。
「ハル」
口のなかがいやに乾いて思ったよりかすれて小さい声になってしまった。けれど遥香は聞こえたのか、ふっとこちらをむいてへにゃりと笑った。僕がよく見る気を抜いた笑顔。ほんとうに親しい人にしか見せない遥香の笑顔だ。
僕の焦燥がゆっくりと溶けていく。かわりに広がったのは愛しいという気持ち。遥香に近寄ってそのちいさな身体をぎゅぅ、と抱き締めた。
「おにいちゃん、どうしたんですか?」
遥香はふふ、と笑って僕を見上げる。舌足らずな口調は寝起き特有のもの。いつもより幼く見えて可愛い。
「遥香が可愛いすぎて、つい。それと僕のことはなんて呼べばいいのか、忘れた?あんなに頑張って教えてあげたのに、ね」
遥香の唇を親指で撫でながら問うと、遥香は『あんな』ことを思い出したのか、頬が赤く染まった。
「言ってごらん。なんて呼ぶように教えたっけ」
「あ、ゆ、……ゆう、じん」
左手の薬指にキスを落として上目遣いで流し目をくれてやると、今度は耳から首まで真っ赤になった。まんまるな目がうるんで辿々しく僕の名を呼ぶ姿が先程までの艶やかな姿と重なって、滲み出る色香にくらり、と目眩がした。
もう少し寝せてやりたいとも思ったが、やはり堪えられそうもない。ちらり、と置時計を見て、朝まで数時間ほどあることを確かめた。
両親が一泊二日の出張から帰ってくるのは明日の夕方ごろ。昼まで寝ても問題ない。
「いいこ」
クスリ、と笑って遥香を押し倒した。
長らく放置してしまっていてごめんなさい!!
忘れてたわけじゃないんですよ?ただネタというか話がまとまらなくて……。できたのがこんな駄作でもうしわけないです(__)
それでも最後まで読んでくださった神のような読者さま、ありがとうございます!