7 不安と疑惑
現在、改稿作業を勧めております。ストーリーには影響はありませんが一つだけ、女神「マナ」を「マーナ」にさせて下さい! せっかくズーイとかヤーエとか、女性陣が「-」の入った名前なので、揃えたくなりました。てへ。
「ふわ……」
私はあくびをしながら、ベッドから足を下ろした。目じりの涙を拭く。
昨日は昼寝をしたせいもあり、それにこの世界の『夜』のことが気になって、なかなか寝付かれなかったのだ。
ベッドサイドの巻貝ランプは明るく光り、よく見ると天井も全体的に内側から光を発しているらしい。窓際に寄ると、外の庭に建てられた様々な形の灯籠も、明るい光を点している。ラグーン城では、昼間は灯りを点し、夜になると消すわけだ。
向こうに見える、一番大きなドーム状のラグーン城も、それ自体が大きな照明であるかのように、再び色鮮やかな姿を取り戻していた。
「全然気づかなかった…海の上は昼間でも、海底は本来、暗いはずなのよね」
私はつぶやいた。
澄んだ海でも、水深二十メートルくらいでもう夕方のような暗さだと聞いたことがある。ラグーン城の『夜』はもう少し暗く感じたので、それより深いのかもしれない。ここはファンタジー小説の世界だけど、こういう所はリアルだ。
それにしても、地上に本物の夜が来ないというのは、愛海先生の考えた設定なんだろうか。一体、どんな理由で? 今度会えたら聞いてみよう。
ノックの音がして、ズーイさんが顔を出した。
「お目覚めですか? 朝食ですよ」
部屋のテーブルに並べてくれたのは、海藻サラダ系のもの。うーん、炭水化物がないのが寂しい。
そして私は再び、フィッシュボウルに来ていた。
ザンが昨日、「明日お会いする時間を下さい」と言っていたので、こちらから出向いてみたのだ。 色々気になることはあるけど、それならなおさら自分から動くべし。
フィッシュボウルの中は、がらんとしている。耳をすませると、水泡がぽこぽこ立ち上る音や、ずっと遠くの方で、ドドド……と低く響く音。海の中って、シーンとしてるわけじゃないのね。
すぐそばの空間を泳ぎ去る魚たちを目で追っていると、
「リク、こっちです」
ザンの声がした。奥の、一段高くなっている所はまるでステージのようになっていて、両脇にカーテンが垂れているんだけど、その影からザンが顔を出している。
「こちらへどうぞ」
私も段に上がって、舞台の袖のような所に入る。すると、そこにもドアのない出入り口があった。
ザンに続いて何気なくそこを出た私は、目の前に広がる光景に息を飲んだ。
そこは広いテラスになっていて、眼下に緩やかに下降する海底の百八十度のパノラマが広がっていた。
山もある。海藻の森もある。柔らかな珊瑚の林が海流にゆらめく。
その合間に、海底を流れる海水の動きが、大河のように見えていた。魚の群れがそれに乗って移動するので、はっきりと視覚化して見える。
そして、街があった。
白いドーム状の小さな家々が、大河の両脇に密集して大きな街を作っているのだ。街中に灯りが星屑のように広がり、海底を照らし出している。人影が動いているのもわかる。
「街……」
私は呆然とした。
「城下街です。まだお見せしてませんでしたね」
隣にザンが立つ。
そう、そうだよね。今私がいるのはお城であって、その外には普通の家だってあるわけだ。そしてそこでは人々が、私の世界と同じように暮らしを営んでいる。物語の中だとしても。
ん? 街の外れの方、海藻の森のあたりが、水が濁って見える。
「何だかあのあたり、濁ってるのね」
指さして聞くと、ザンがうなずいて教えてくれた。
「ああ大丈夫、プランクトンがたくさん発生してるだけです」
「プランクトン……」
濁ってるからダメってわけでもないのかな。ザンがもう少し細かく説明してくれた。
「海藻が枯れて、溶けて栄養になるんです。そこへプランクトンが……」
――途中から、私は他のことで頭が一杯になっていた。
いや、決してザンの言ってることが難しくて頭に入らなかったわけじゃないよ!
子どもの頃からこの世界をイメージしてただけあって、愛海先生の作った物語はかなりの広がりを見せている。でも、先生は物語を完成することなく死んでしまった。
これ、大丈夫なの? 先生が細部まで設定せずに死んでしまったこれからも、ここの人々の暮らしはちゃんと成り立っていくんだろうか? そして、この海に生息しているたくさんの生き物たちは?
だって、世界は循環している。海も陸も空も、密接につながっているはず。でも、陸上は一面砂の世界になってしまっているし、空に夜は訪れない。月がないなら、潮の満ち引きだってないのかも。
物語の中だということで、不安定さは最初から感じていたけど、生命の息吹を身体中で感じた私は、本格的に心配になってきてしまった。
ああ、もう……誰か相談相手がいればいいのに。
「リク?」
ザンに声をかけられて、我に帰った。
「あっ、ごめんなさい。すごい光景でびっくりしちゃって。それにこのお城って、裏側があったのね……って違う、こっちが表側になるのか」
そう、私が泊まらせてもらってる部屋のある方が、城の裏手になるんだろう。
「ザンは、表側に住んでるの?」
聞くと、僕の家はあそこです、と教えてくれた。テラスからフィッシュボウルに沿って岩棚があり、その先のちょっと広くなった所にやはりドーム状の建物が一つあった。
「あそこに、両親と暮らしています」
「そっか。本当に優しくて素敵なご両親だよね」
私が言うと、ザンはにこりとした。
「ええ、良くしてもらってます」
え、と私が口ごもると、ザンは続けた。
「本当の両親ではないんです」
ザンは自分の家の方を見やった。
「僕は、女神マーナの弟としてこの世界に誕生したのですが、その時にはすでにある程度成長した姿でした。両親――シュリとヤーエは、この城を女神から預かっている城主なのですが、僕を可愛がって育ててくれたんです」
「そうなんだ……」
私もザンの視線をたどる。ちょうど向こうでその家の両開きのドアが開いて、ヤーエさんが出てきたところだった。ザンと同じような合わせの上着にサッシュベルト、ゆったりしたパンツのようなものを履いている。
ヤーエさんはこちらに気づいて、手を振ってくれた。ザンが軽く手を上げ、私もつられて振り返す。ヤーエさんは、今出てきたドアの方をちょいちょいと指さした。寄っていかない? という感じかな。
不完全とはいえ、愛海先生が生み出したこの世界が、愛おしくなってきた。ううん、不完全だからこそ……かもしれない。
私はザンに向き直って言った。
「あの、私もちょっと頑張ってみようかな。み、巫女として? 何かあったら女神さまにも伝えてみますから。そうしたら、この世界ももっと豊かになるかもしれないし」
すると、ザンはこう言った。
「居心地良くしてどーすんだ」
「え?」
「あれ?」
私と、そして当のザンが、きょとんとして顔を見合わせた。
私の中に、ザンの二重人格疑惑が芽生えた瞬間だった。