3 出版社員イコール巫女
陽に焼けた肌、一つに結ばれた紺色の髪、青のような緑のような不思議な色の瞳。
年のころは、私と同じかちょっと上くらい。その青年は、膝丈の白い着物のような服にサッシュベルトを締め、ぴったりしたズボンにサンダルを履いていた。ひろがった袖には、異国風の模様が入っている。
「ご苦労さま。下がっていいよ」
青年に言われ、ズーイさんは軽くひざを曲げるようなあいさつをして、あっさりと行ってしまった。
「どうぞ。具合はいかがですか? 不自由なことはありませんか」
長椅子の、空いたスペースを示された。一つの長椅子に一緒に座るんですか? 近……。
「はい……大丈夫です」
私は返事をしながら、反対の端に浅く腰掛けた。
「僕はラグーン城の神官で、ザンと言います。あなたは?」
偉ぶるでもなく、自然体で尋ねられた。
「あっ」
知ってる、ザンって名前……これも設定資料にあったよ。確か結構、重要な役回りだったはず。
「ええっと、璃玖、です」
「リク。よろしく」
「よよよよろしく……」
なんだか、現実感がなくて変な感じだ。愛海先生の作ったキャラクターと話をしてるって。
私が読んだプロローグには、こんな自己紹介シーンはなかったけど、これはキャラクターがすでに自分の意志で動いているってこと? それとも愛海先生の頭の中では、すでにこういう会話もできあがってたのかな。
「あなたは、どこから来たんですか?」
聞かれて、正直に答える。
「職場からです。働いていたら、いつの間にか……来てしまったみたい」
「女神マーナの元で、働いていた?」
ええっと……なんて言えばいいのかな。本を作る仕事だと言ってしまうと、この世界が未完の物語の世界だと、伝えることになりはしない?
それがいいことなのか、私には判断つきません!
「愛海先生の元でというか……愛海先生の考えたことを他の人に伝える仕事というか」
「やはり、あなたは女神の言葉を伝える巫女なんですね」
あれ? いいのかこんな方向で?
「海の中を、女神マーナに手を引かれてあなたがやってきた時は驚きましたが、きっとこれは我々にとって僥倖に違いない」
ザンは、屈託のない笑みを浮かべた。すいっ、と近くの空間を泳ぎ去る真っ赤な魚にも、優しい目を向けている。
「僕は神官と呼ばれていますが、女神の血筋を受け継ぐもの、というただそれだけの意味です。ものすごい神通力があるわけでも、民を率いるカリスマがあるわけでもありません。気軽に接して下さいね」
さ、さすがは愛海先生の作ったキャラクター、めっちゃいい人!
イケメンなんだけど、中身は少年みたいに無邪気というか……こっちも見ていて全然警戒心がわいてこないわ。
「あ、ありがとう。私もそんな特別な人間って訳じゃないから……愛海先生に名前を覚えてもらってるだけで」
ははは、と笑ったら、ザンが目を見開いて身を乗り出した。近くにいた魚が驚いたように、向きを変えて泳ぎ去った。
「名前を!? 名前を呼ばれるということは、マーナの声が聞こえるということですね!? さすがは巫女どのだ」
……ああ……またなんか話が変な方向へ……。
「マーナはどんな風に語りかけてくるのですか?」
「え!? どんなって、さっきは海の上で会って名前を呼ばれただけだけど」
「そうか……なるほど、海上で……」
ザンは腕組みをする。
「な、何か?」
「僕たちは、海の上には出られないんです。水のあるところでしか生きられない」
ははあ。それで、海の上はあんなに何もないわけね。今のところ物語に出てこないなら、設定上必要ないもんね。
じゃあ、ここの人たちは、この城の中でだけ暮らしているってことか……。
……で。今の話から、わかったことがある。
ザンが女神マーナと話したことがないってことは、愛海先生はこのラグーン城には入ってこないと考えられる。
それなら、愛海先生と接触するためには、水の中かもしくは海の上に出なくてはならない。
私はあいにくと、水中で話をする能力は持ち合わせていない。
つまり、愛海先生とさっきみたいに会話をしようと思ったら、どうにかして海の上に出ないとならないのだ。
……だから! 私、泳げないんだってば!
ザンは私の右手を取って、軽く握手をした。
「どうかまた、マーナの言葉を我々に伝えて下さい。歓迎します、巫女どの……リク」
というわけで、私は巫女決定、らしいです。