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イマジネーション・ラグーン  作者: 遊森謡子
その後のふたり
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4 シュガーグレイズド 後編

 で、ね。


 夕食が部屋食で、仲居さんが給仕してくれるわけですがね。私たちをカップルとして扱ってくれるのですよ。そりゃそうなんだけど。

 いつもは関係をオープンにしていない身なので、なんかもうそれが気恥しくて気恥しくてしょうがない。

 だいたい、今まで二人で何度も夜に外食したけど間接照明のお店が多くて、こんなぴっかりと明るい和室で差し向かいって言うのも落ち着かない。

 そこへさらに、

「浴衣、すごく似合うよ」

などと彼が褒めてくれるので、反射的にまぜっかえした。

「そういう鷹さんもすごく似合ってて、丁半賭博を始めそうです」

「褒めてんのかそれ」

 すいません。顔が顔なので和服姿になると迫力がありすぎて。あ、辛子色が秋らしいな……って浴衣しか褒めてないか。


 彼は、そういえば、と続けた。

「あれも似合ってたけど。あの世界での格好」

「げ」

 あの、巫女の装束!? 肩と胸しか隠れてないような短いピタTですか!? かなり恥ずかしかったんだよねあれ……愛海先生の趣味だろうけど。


「あの時は、結構やばかったんだよな」

「何が?」

「別人の身体の中にいるんだから、と思って自分を抑えてた訳だよ、俺は」

 それだけ言って、彼はお猪口をあおった。


 ……こっちは、お酒なしでも酔いそうです。


 食事の後、せっかくなのでもう一回温泉に行ってから部屋に戻ってみたら、明かりが消されていた。行灯だけがほのかに室内を照らしている。

 何ですかこれ演出ですかこれ、と突っ込む間もなく。

 並べて敷かれた布団の上に座っていた鷹さんに、

「おいで」

と呼ばれた。


 あの世界に助けに来てもらった時、彼が私を大切に思ってくれているのを、その言葉や行動から感じていた。

 でも今夜は、言葉がなくても、それを全身で強く感じて。

 ものの数分で『照れゲージ』が振り切れてしまった私が、

「お、お味はいかがですか?」

などと茶化すと、彼はちょっと顔を上げて、

「この間一緒に食った、何だっけ……白くてふわふわした。フロマージュ何とか? アレみたいだ」

 聞くんじゃなかった……よけい恥ずかしくなったよ。

「無理にスイーツに例えなくてもいいです」

「甘いんだからしょうがないだろ」


 ――こんな私が、今、甘いんだとしたら。それはきっと、この人に甘くされたんだと思う。

 溶かしたお砂糖で、真っ白にくるまれるみたいに。


 キスの雨が降ってくる。雨の一粒一粒が集まって、流れになる。

 そのうねりに、私は幸せな気持ちで身をゆだねた。


◇  ◇  ◇


 気がついたら、私は透き通った青に包まれていた。


 ラグーン城の世界だと、すぐに気がついた。

 でも、以前訪れたときと違うのは、私が水の中にいて呼吸ができているということ。身体が自然と動いて、前に向かって泳いでいる。

 後ろを振り向こうとした時、何か白いものが目に入った。なんと、今度は愛海先生ではなくて、私の足が白い蛇のような尾になっているのだった。


 眼下に、ラグーン城とその城下町が広がっている。そこは以前よりもはっきりと、色彩豊かになっていた。何か稲の穂のようなものが波打っているのも見えるし、魚の群れも以前より多い。街も人が増えて賑やかだ。私がいたときよりも、ずいぶん豊かになったみたい。


 すいすいと飛ぶように泳いでいくと、すぐ目の前にイ・ハイ山がそびえ、頂上に白いねじりキャンディのような塔が現れた。塔の外壁に沿って高みへと加速する。自分の身体が発光しているので気づかなかったけど、陽光らしい光は見えず、海上は暗いようだ。

 加速した勢いで、イルカのように海の上に跳ねた。

 海上は夜だった。明るい満月が、水面を銀色に照らしている。

 そして、塔のてっぺんには、愛海先生が腰かけていた。目が合うと、にっこりと笑いかけてくれる。

 幸せそうで良かった、と思いながら、私は再び頭から海に飛び込んで行った。白く細かな泡が、視界いっぱいに広がった。


◇  ◇  ◇


 はっ、と目を見開いた璃玖が、びっくりしたような顔をして瞬きをした。

 その表情で、俺はすぐに気がついた。彼女が今、どこか別の場所から帰って来たことに。


 真夜中だった。俺と璃玖の泊まっている、宿の部屋。枕元の行灯が、和紙を透かして穏やかな光を投げかけている。

 何となく眠れずにいた俺は璃玖のすぐ隣で片肘をついて、もう片方の手は彼女と指をからませたまま、彼女の穏やかな寝顔を眺めていたのだ。


 大丈夫なのかと内心緊張しながら、目を開いた彼女の様子を確かめる。彼女は少しあたりを見回して現状把握してから、俺を見て微笑んだ。

「わたし、いってました?」

「馬鹿」

 俺はため息をつくと、転がりながら彼女の腕を引いて、身体を胸に乗せた。彼女の右手がぎこちなく動く。力が入っていたため、指がこわばっているらしい。


「大丈夫なのか?」

「はい。先生に会っちゃった」

 やっぱりか。俺は彼女が落ち着いた様子なのを見て、やっと安心して言った。

「びっくりした。またあっちの世界から戻れなくなるかと思った」

「それは大丈夫、いつも……」

「『いつも』?」


 ちょっと「しまった」という顔をする璃玖。いつもこんなことが起こってるのか?


 彼女は何でもないように答える。

「あれから時々、ラグーン世界の夢を見るんです。でも鷹さんのことを考えると、すぐに夢から醒めるの。今回はずいぶんリアルな夢だったけど、同じでしたよ」


 俺はしばらく考えてから、彼女がやっと外して握ったり開いたりしていた手をもう一度とって、俺の首に回させた。抱きしめて、耳のそばでささやく。

「璃玖。一緒に暮らそうか」


「へ?」

 彼女が焦った様子で顔を上げた。俺の言葉が本気なのか冗談なのか、量っている視線。

「俺の存在が璃玖をこちらへ呼び戻すなら、夜も一緒にいた方がいいだろ。もうどこかへ行かないようにな」

 俺は、真面目に言った。


 すると彼女も、真面目な声音で答えた。

「ばれる確率が格段に上がりますよ。そしたら、一緒の部署にはいられないと思う」

 

 それは、俺も考えたことがあった。

 他の部署で、部内恋愛の末に結婚したカップルがいたが、女性の方が異動になった。うちの会社はそういう慣例がある。

「私、少なくとも今は、書籍部にいたい。好きな仕事なんです」

「うん」

 確かに彼女には合っている仕事であり、社風だと思う。


 俺は璃玖に両腕を回して、すっぽりと抱きしめた。

「そのことなんだけど……ちょっと考えてることがある。璃玖にしわ寄せが行かないようにするから」

「え?」

「もうちょっと、色々固まったら言うよ。……じゃあ、そういうマイナス条件がなくなったら、一緒に暮らそうな」

「決定ですか!?」

「決定。相性いいし」

 何のですか何の、と言いかける璃玖の唇を、俺は柔らかく塞いだ。


 そんな甘い夜が明けた翌朝。チェックアウトを済ませ、このまま帰るのもなんだからどこかに寄ろうかと言う話になったのだが。

「この辺だと遊園地とか……」

と何気なくつぶやいたら、彼女の瞳がきらりと光った。

「遊園地でもいいんですか!?」

「え、何、好きなのか遊園地」

「大好き。絶叫系が」


 来たよコレ。


「……却下」

「え!? 何で!?」

「だってお前、昨夜より明らかに幸せそうな顔してる。気にくわないから却下」

「そんな、比べられませんよ鷹さんと遊園地は! 鷹さんがスイーツなら絶叫系はカレー? ほらどっちも美味しい。選べない」

「何だそれムカつくぞ。じゃあ昨夜みたいに『鷹さん、おねがい、おねがい』って言ったら付き合ってやる」

「鷹さんお願いお願い!」

「軽っ!」


 くそ、やっぱりこいつには勝てる気がしない。



【シュガーグレイズド おわり】


遊園地……浜名湖パルパルのこと

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