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イマジネーション・ラグーン  作者: 遊森謡子
その後のふたり
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4 シュガーグレイズド 前編

行間に色々なものをたっぷり含ませて書いた、つもり……。璃玖と鷹の交互視点です。

 車窓の景色は、飛ぶように過ぎて行く。新幹線に乗ったのは久しぶりで、スピードで身体が軽く座席に押し付けられる感覚さえ、心地よい高揚感を誘った。


 十月最初の土曜日、「ひかり」の車内。これから、静岡県にある愛海先生のお墓に向かうところ。昼には浜松駅に着くかな。

 窓際の席でしばらく外を眺めていた私は、軽く腰を浮かせて座り直すと、隣の席に目をやった。

 発車するなり、倉本主任――(よう)さんは、すぐに寝入ってしまった。担当していた本が昨日校了で、さすがに疲れているらしい。月末も重なったしね。


 私が彼の寝顔を見るのは二回目だけど、一回目も小説の世界から帰ってきた時だから、疲れた寝顔しか見てないことになるな。


 そんなことを思いながら、眠っている時はやや『悪人度』が下がるその顔立ちを眺め――そのまま視線を下にずらした。

 私の手は、しっかり彼の手とつながれていた。


 ついさっきこの人は、

「いつもはこんなことしないけど、今日はいいよな」

とつぶやきながら私の右手の指と自分の左手の指をゆっくりとからめ、こちらを見てちょっと笑ってから目を閉じて、

「今のうちに寝とく」

などと言ってそのまま眠ってしまったのだった。


 うう……なんか照れる。私、あんまり外で恋人といちゃいちゃしたことないタイプでして!

 それに何よ「今のうち」って?


 そんなことを考えだしたら手が汗ばみそうで、私はぺいっと彼の手を離した。鷹さんは軽く眉間にしわを寄せたけど、起きる気配はない。

 あーもー、利き手を取られてると何もできやしない。ねえ。

 あ、車内販売のワゴン来た。

「すいませーん、コーヒー下さい」

 コーヒーゲットして、持ってきた文庫本を開いて、オーケイ平常心カモン。


 でも結局、視線は本の上をつるつる滑って、ページがちっとも先へ進まないのだった。




 姉の墓は、浜名湖の近くの市営墓地にあった。彼岸も過ぎた墓地は人気がなく、開放感のあるその場所は深閑としている。午後の陽射しに、彼岸花の赤だけが華やかだった。

 姉は俺たち姉弟の母親と同じ墓に入ったため、墓石にはもちろん母方の名字が刻まれている。俺自身はその名字を名乗ったことがないので、それを見ても血のつながりを感じるようなことはまるでない。


「……姉が、ペンネームを名前だけにした理由が、わかるような気がするな」

 俺がひとり言のようにつぶやくと、手を合わせていた璃玖が立ち上がって、俺の隣に身を寄せた。

「鷹さんを探すのには、かえって……」

 それだけ言って、彼女は口を閉じる。姉以外の故人も眠っている場所だからか。


 そう、俺を探すには名字は邪魔だっただろう。もし愛海と言う名前に馴染みのない名字がついていたら、それが姉の名前だとはよけい思えないだろうから。


「いいんですか、お母さまの親戚に、弟だって名乗り出なくて」

 見上げて尋ねてくる璃玖は、軽くこぶしを握ってみせた。

「乗り込むならお付き合いしますよ」

 俺は思わず、軽く吹き出した。

「今さらいいよ。姉の遺産を狙ってるとでも思われるのが落ちだ。それに、形見の品はもらったからな」


 俺は、手にした大判の封筒を軽く上げて見せた。姉の小説のプロローグ部分と設定資料、それに俺が子どものころに描いた地図が入っている、あの封筒だ。これを形見として俺のものにする許可を、墓前で得ようと思って持って来ていたのだ。


 璃玖は顔をほころばせた。

「そうですね、賢明です。その顔で乗り込んだら警察呼ばれちゃう」

「一言多い。……それにしても、ずいぶん長いこと手を合わせてたな」

 言うと、彼女は真面目くさった顔でこう言った。

「先生を呼んでました。化けて出てくれないかと思って」

「あ?」

「だって」

 璃玖はちょっとあたりを見回して、人気のないのを確認してから言った。

「先生はあの世界で幸せに暮らしてるはずで、成仏したわけじゃないんだから、こちらの世界に化けて出てくれるかもしれないじゃないですか」


 墓場の真っただ中で、何という会話か。


「ちなみに璃玖、怪談とかは」

「大好きです」

 即答の彼女に、俺は軽くため息をついた。


 小説の世界でも堂々としたものだったし、俺の恋人には怖いものはないのだろうか。まあいい、ゆっくりと探り出してやる。


「さて……今から移動すれば、ちょうど宿にチェックインできる時間かな。行こうか」

 促すと、璃玖は足元に置いたトートバッグを手にして肩にかけながら、含み笑いをした。

「ウェルカムスイーツとか出るといいですねぇ?」

 こいつがこんな風に軽口をたたくのはたいてい照れ隠しだ、と、さすがに最近はわかってきた。俺は横目で彼女を見る。

「そうだな。今ちょっと俺、甘いものに飢えてるから」

 ふーん、という感じで、彼女はさりげなく視線をあさっての方へ投げた。今度は俺が、含み笑いをする番だった。




 鷹さんが取ってくれた宿は、落ち着いた雰囲気の湖岸の温泉宿だった。変に気取ったところじゃなくてホッとした……たぶん私と鷹さんは、こういうところの好みが似ていると思う。

 チェックインを済ませてから夕方まで、二人で浜名湖沿いを散歩した。シーズンオフなのでお客さんも少なくて、普段人波にもまれている身にはすがすがしく感じられる。湖面を渡って来る風は、ほのかに金木犀の香りがした。


「すぐそこが、あの海なんですよね」

 見上げると、鷹さんの横顔がうなずく。そう、幼いころの愛海先生と鷹さん姉弟が、ご両親の離婚で離ればなれになる前に二人で見に行ったという夜の海――その海岸が、この近くなのだそうだ。

「でも、行くのはやめておこう。何だか、ウミガメが迎えに来そうな気がする」

「うわ、ありそう」

 私は思わず彼の言葉に同意してしまった。


 というのも、あの世界から帰ってから何度か、ウミガメくんの背に乗る夢を見たことがあったからだ。それだけ強烈な体験だったということかな。


 今もあの世界があるのなら――ううん、あると信じているから、何かの拍子にあの世界に行ってしまいそうな気がすることがある。

 心配をかけそうだから、鷹さんにそんな話をしたことはなかったけれど、きっと同じような感覚なのだろう。

 彼は少し力を込めて、私の肩をぎゅっと抱いた。捕まえておこうとでもいうように。


 夕食の前に温泉を楽しんでから、浴衣をまとう。女性には宿が浴衣を選ばせてくれて、落ち着いた柄が好きな私は、紺地に白の桔梗を選んでいた。

 鷹さんは私を見て何て言うかな、と思ったとたん、温泉から出た後にもかかわらずのぼせそうになったけど。


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