表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

エピローグ

「…く。璃玖!」

「はいっ!」

 ガバッと起きあがると、おでこが何かにガツンとぶつかった。

「ぐほっ!」

「あだっ! ……っえ!? 倉本主任!?」

 目の前にいるのは、顎を押さえて涙目になっている倉本主任。うわ、無精ヒゲぼーぼー。


 会社だった。

 ちっとも砂だらけになんかなっていない、いつもの書籍部の部屋。

 ブラインドの隙間から明るい朝の光が差し込み、床に縞模様を作っている。私はその床の上に座りこんでいた。


「戻った……!」

 私は自分の身体を眺めまわした。服装も、あのピタTと巻きスカートの格好から、シャツとスカートに戻っている。そばには社内用のミュールが転がっている。


 ハッとして、私は倉本主任の胸倉をつかんで引っ張り寄せた。

「うおっ、何だっ」

 あわてる彼の瞳をのぞきこむ。


 黒い瞳……。


「ザン、は?」

「いるよ。もう、俺の一部だ」

 主任は静かに言う。そうだけど……。


「あっ、お話は!?」

 急いで見まわすと、床の上に真っ白な表紙の本が落ちていた。

 手を伸ばして、そっと本を手に取る。

 そのとたん、本はさらりと崩れて、砂になってこぼれ落ちた。


「あ……」

 がっくりして肩を落としていると、倉本主任の手がそっと髪を撫でた。

「先生、言ってたじゃないか。俺とお前が覚えていれば、世界は続くって」

「ん……」


 顔を上げる。一瞬、彼の瞳が他の色に反射したような気がした。

 髪を撫でる手に、懐かしいような切ないような、不思議な感覚がした。

 至近距離で見つめ合う。


「倉本主任……」

「璃玖」

「歴史上の人物のヨウザンって、誰ですか」


 がくっ、と倉本主任の頭が落ちる。

「おま……山形の誇り、上杉鷹山(うえすぎようざん)公を知らんのか」

「ご、ごめんなさい知りません世界史選択だったし」

「あ、そ……今度ゆっくり説明してやる……」


 倉本主任の声がだんだんスローになって、頭が傾いだ。

 そのまま前のめりになって……。


 頭が、私の膝の上に落ちた。

「わ、ちょ、くらっシュ!?」

「もうダメ……寝かせて……結局この三日、ほとんど寝てない……」

「今っていつ!?」

「………月曜の……あさ……?」


 次に聞こえたのは、深い寝息だった。

「寝ちゃった……」


 私の膝枕で眠る、倉本主任のコワモテの顔。

 今までマジマジと見たことなんてなかったけど、確かに口元にちょっとだけ、愛海先生の――ザンの面影があった。

「……ありがとう」

 私はそっと、倉本主任のあごのあたりの無精ヒゲを、指先でなでた。


 私がラグーン城で、ザンを表面しか見ないようにしていたように、今までは上司としてしか見た事のなかった、倉本主任。

 私を助けに飛び込んできてくれた彼を、もっと知りたいな、と思った。


 床の上の小さな砂の山を眺め、私はラグーン城に思いをはせた。

 何か、名前をつけてあげたいな、と思う。もう私と倉本主任の心の中にしか残っていない、この物語に。

 弟思いの少女のイマジネーションの海に生まれた、珊瑚のお城の物語に……。


 あれ? さっき、今日は月曜だって言った?

 くるっと壁掛け時計を振り向くと、時刻は八時過ぎ。


 やばいよ、もうちょっとしたら、ほかの社員さんが出勤してくるんじゃ!? その時こんな姿を見られたら!


 今さらながら、キスした人を膝枕しているというこの状況に動揺した私は、熱くなる頬に気づかないふりをしながら倉本主任を揺さぶった。


「倉本主任! ここじゃまずいですって、応接室のソファで寝てくださいよ。ねえ、くらっシュ! タカさん! じゃなかった、ヨウちゃんってば!」





【イマジネーション・ラグーン 完】




読んでいただいて、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ