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イマジネーション・ラグーン  作者: 遊森謡子
第三章  循環する世界
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5 女神の覚醒

 塔の天井のガラス張り部分は、およそ直径二メートルというところだろうか。この上にさらに建て増しする時のためか、取り外しができるようになっていた。

 私とザン、そしてザンの中の倉本主任は、協力してガラスを外した。そして、脇に立てかけてあった梯子を使って、ぽっかり空いた天井から頭を出した。


 塔は今、緩やかな波の上に最上階の部分を表して、月光に照らされて白く光っている。本当の夜が来て月が現れ、潮が引いたらしい。

 明るい満月から視線をめぐらせれば、空には満天の星。天の川が空を流れる。


 そして、海の向こうには黒い影が、光の粒をたくさんちりばめて横たわっていた。

 陸地だ。人の住む灯りが点っている。

 物語の世界と、現実が、つながっている……?


 愛海先生は、塔の上に腰かけていた。

 『女神マーナ』の白い姿ではなくて、綺麗な長い黒髪の、『愛海先生』の姿だ。

 あの日――会社に訪ねて来て、私に原稿の入った封筒を託した時と同じ、シフォンのチュニックを着ている。


「璃玖さん。それに……ザンと、倉本さん」

 ニコリと微笑んだ愛海先生は、しゃべり方がしっかりしている。ついに酔いがさめたらしい。


 先生の隣にザン(倉本主任)が座り、その隣に私が座った。天井から塔の中に足を降ろしているので、足だけがあの空気と水の中間みたいなものに浸かっていて、変な感じだ。

「思い出したんですか」

 倉本主任が尋ねると、先生はうなずく。

「ええ。そのう……私の身に起きた事も、ね。ごめんなさい、璃玖さん、ずっと隠しててくれたのね」


 私は首を横に振った。

「私はただ、どうすればいいのかわからなかっただけです。本当に、女神さまの言葉をラグーン城に伝えるだけしかできない巫女で……」


「ううん、そうじゃない」

 愛海先生は微笑んだ。

「璃玖さんは、女神とラグーン城の人々の橋渡しをする巫女なのと同時に、現実と物語の橋渡しをする巫女だったんだわ。あなたが来なかったら、私はずっとここで、現実感のない物語の中を揺れているだけの女神だった」


 現実感のない物語……。


 先生は、ザンに向き直る。

「……そう、弟の名前、どうして倉本さんが知ってるの?」

 黒い瞳の倉本主任が答える。

「変だとは思ってたんです。俺、この塔ができる前からどんな塔になるのか知ってたし、それに『ヨウちゃん』って呼び方に聞き覚えがあって」

 彼は肩をすくめて苦笑した。

 そう、塔ができる前から倉本主任は『白い塔』って、色を知っていた。それはてっきり、ザンと人格が混ざったためだと思っていたけど、違うの? それに、呼び方にも聞き覚えが?


「俺の名前の『鷹』は、本当は『タカ』って読むんじゃない。よく間違われるので、面倒だからそういうことにしてただけで、本当は『ヨウ』と読みます」

 彼は一度言葉を切ると、こう言った。

「先生の弟は、俺です」


 私と先生は、ポカンと口を開けた。

「はあ?」


「はあ? じゃないよ。えーと、先生の覚えている弟『ヨウちゃん』は、本当は『鷹山』と書いて『ヨウザン』っていう名前だったんだ。歴史上の人物から取ったんだな」

 倉本主任は、手のひらの上に指で漢字で書いて見せた。

「俺は、離婚した両親には引き取られず、親戚の間を点々としてごちゃごちゃしてる間に改名させられ、一文字だけ残して『ヨウ』になった。俺も小さかったから、元々そういう名前だったと思い込んでいた。でも、先生はたぶん本来の名前を何となく覚えていたんだな。消えた『ザン』の部分を、弟をモデルにしたキャラクターに名付けた」

「本当に、ヨウちゃんなの? 倉本さんが?」

「すみません、未だにぼんやりとしか思い出せないんですけどね……」

 倉本主任は肩をすくめて言った。

「でも、夜の海のことは、なんとなく。誰かと手をつないで行った覚えがあります」


「だから、倉本主任は初めから、ザンとだけ接触できたんですか? ザンの台詞を操作したり、ザンの瞳でこの世界を見たり……」

 私が目を見開いたまま言うと、倉本主任はうなずいた。

「そう。元々、俺とザンは同一人物だからだったんだ。……心配かけたな」


 やっと腑に落ちて、私は大きくため息をついた。緊張がほぐれる。

「私、弟さんを探し出すの、絶対間に合わないと思ってました」

 すると、彼はニヤッと笑った。

「先生の過去をたどって行って弟を探しだすのは大変だろうけど、俺が自分の過去を調べるならまあ何とかな」

 そして、少し表情を陰らせる。

「……先生が生きている間に、気づけたらよかったんだけどな」


 愛海先生はくしゃりと顔をゆがめ、それでも口元に微笑みを浮かべた。

「ううん、嬉しい。私が話したこの物語のことを、覚えていてくれたんだものね。塔のことも……」

 先生はちょっと目元に手をやると、顔を上げて、今度はさっきより大きな笑顔になった。

「ふふ、私のイメージと全然違った風に大人になったのね! まさかあんなコワモテになってるなんて。あの可愛かったヨウちゃんが」


 私はちらりと彼の顔を見た。ここにいる彼は『ザン』の姿だから、とっても綺麗な顔をしてるんだけど、倉本主任の顔は……ね。ぷぷ。


「子どもの顔なんて、どんどん変わりますよ」

「そりゃあそうよね。私の顔は? 覚えてなかったの?」

「女の人なんて、もっと変わるじゃないですか」

「それもそっか。……でも良かった、立派に編集者をやってるってわかって」

「複雑な少年時代を過ごしましたけど、一応、人の道を逸れずに大人になりました」

 真面目くさって倉本主任が言うと、先生は声を上げて笑った。


 そして、陸地を指さした。

「見て、現実とラグーンの世界がつながったわ。やっと璃玖さんを返してあげられる」


「……先生は……?」

 私が思わず尋ねると、先生は私を優しい瞳で見つめた。

そして、ゆっくりと立ち上がって空を見上げる。

「そうね。もう私はこの世のものでは……」


 その時、座っていた私はいきなり誰かに、足をつかまれた。

「わ……」

「璃玖!?」


身体が滑り、私は再びあの空気もどきの中に没して、床に落ちた。

残り二話の予定です。

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