7 婚約者
このままじゃ私、愛海先生の義妹になっちゃうんですが。
自分の部屋の窓枠にあごを乗せて、私はぽつねんと窓の外を眺めていた。
もう『夜』で、明かりは落ちているけど、街にはまばらに常夜灯らしき明かりが見える。都会の星空のように。
そう、私の部屋も違う場所になってたのです。お城の中ではあるんだけど、別棟のザンの家やフィッシュボウルにかなり近い、お城の正面側。
そりゃ、部屋がフィッシュボウルに近い方が、夜中に倉本主任に会うのが楽だなーと思ってたことは認めるよ。でもまさか、こんなことになるとは。
ホタテベッドまで、前の部屋よりグレードアップしてる。貝パールのようなものがあっちこっちビーズのようにちりばめてあって、キラキラしすぎて落ち着かないったら。
私はため息をついた。
◇ ◇ ◇
さっきフィッシュボウルでザンに衝撃の言葉を告げられてからは、呆然としている間に手を引かれ、ザンの家の裏にある庭に連れて行かれて、そこのベンチでお茶した。
並んで座った身体の距離が近い、今までとは段違いに近い。完璧に恋人同士の距離。
シュリさんがどこかから帰ってきて、
「やあ、リク」
とにっこりしていたけど、その笑みもなんだか「全てわかっているよ」的な笑みで、ああああ親公認かい! と心の中で叫んでしまったよ。
……そりゃそうか、恋人じゃなくて婚約者だもん……。
「あの塔、考えてたのよりちょっと可愛らしすぎたよ。白にしたから余計」
なんてザンに照れ笑いをされ、私は曖昧に微笑みながら首を横に振る。ザンが考えたんだね、あの塔のデザイン。
「今日、漁師たちの会合にちょっと顔を出したんだけど」
ザンは続ける。
「リクが女神マーナに頼んでくれた『海の上の森』のこと、みんな喜んでいたよ。海がさらに豊かになるって」
「そ、そう。良かった」
まっすぐ見つめられ、私はさりげなく飲み物のグラスを手に取ることで視線をそらした。
ザンのひたむきな瞳にドキドキするのも、そしてそれを倉本主任に気づかれるのも、本当にほんっとーに困る。
うう、早く一人になって落ち着きたい。すでに結婚してましたーじゃなくて良かった。ザンと一緒の部屋じゃなくて本当に良かったよ。
先生の小説は全年齢向けファンタジーだから、もちろんそういうシーンはないだろうけど、ザンを通して倉本主任がいると思うと色々と悶絶モノですから。
「何だか……リクは僕にはもったいないような女だな」
ザンが、ふと目を伏せた。長いまつげが影を落とす。
「僕は、君のように女神の声を聞くわけでもないし……自分が何のためにここにいるのか、わからなくなる時があるんだ」
私はつい、ザンをじっと見つめた。
ここの世界の人たちは、物語が完結していなくても、たくましく地に(海底に)足を着けて、生活を営んでいきつつあると思ってた。
でもザンは違うんだ……どうして? やっぱり、生い立ちに関係があるの?
それを理解するには、私はザンのここでの人生を知らなさすぎる。だって、どうせ別れる人だと思って、この人の表面しか見てこなかったんだもの。
色々聞いてみたいことはあったけど、ここを去る予定の私は、聞くべきじゃないと思った。
「何かあると、みんながザンに報告しに来るじゃない。この世界全体を把握してる人って、必要だと思うけど?」
私は、それだけ言った。こんな上っ面な励ましで、ごめん。
「そうかな」
それでもザンは表情を緩めると、そっと手を伸ばして私の髪を撫でた。
「リクのことを幸せにできたら、自分がここにいる意味も実感できるかな。……大切にするからね」
また、宝物みたいに大事に、胸に抱き寄せられた。少しざらつく生地でできた服の向こうで、脈打つ鼓動。
ハッ、されるがままになってる場合じゃない! 私はパッと身体を離した。
「リク?」
「っうぇほっ、げほ! んあ、なんかむせちゃった、何だろねぇ、ははは」
どんなごまかしだよ。
……今夜も倉本主任に怒られそうな予感……。
私は、まさに海の底に沈んだような気分で落ち込みながら、真夜中を待った。
◇ ◇ ◇
はい、『くらッシュ愛の説教部屋』です。
ザン、じゃなくて今は倉本主任の彼が、腕を組んでむっつりしている前で、私はしおらしくうなだれていた。
真夜中のフィッシュボウル。白い壁も床も、泳ぐ魚たちも、澄んだ青に染まっている。
そんな幻想的な空間で交わされる言葉が、これ。
「お前、俺にナニを読ませたいんだ!?」
「私のせいですか!?」
「神官と巫女が恋愛関係っていう設定にしたのはお前だろが!」
「うわあんそうでしたごめんなさいごめんなさい」
で、でもさ、私がこの世界にトリップしてきた時点で、ある程度しょうがないこともあると思うの! 小学生なら起こり得ないことでも、二十六歳OLなら起こってしまうってことは!
いや……そこまで考えなきゃいけなかったのかな。私が考えた設定を元に、ザンはこの一年で恋を育んでしまった。悪いこと、しちゃったのかな……。
「まあ、時間が飛んだのは宮代のせいじゃない。その間に勝手に事態が進行したのはしょうがない」
まるで私の考えを読んだかのように、倉本主任。この人は本当に、私の表情をよく読んでしまう。
「とりあえず、結婚式まではどうにかして守ってやる」
「何を?」
「お前の貞操!」
「……ああ」
「ああって……」
とうとう倉本主任は脱力して、長椅子にどっかりと座り込んだ。自分の片膝に片ひじをついて、もう片方の手で長椅子の片側をちょいちょいと指す。私もそこに座った。
つまり、私とザンが怪しい雰囲気になっちゃったら、倉本主任が赤ペンで邪魔を入れてくれる、ってこと?
「でも……そんな、倉本主任だってずっとこちらを見張ってるわけにはいかないでしょ? 少しは寝て下さい。そう、今これから! 私、朝になってもなるべくザンに会わないようにしますから」
「わかった」
「食事もちゃんと取って下さいよ?」
「わかった」
絶対この人聞いてないよ。でも、何か考え事をしているようなので、私はいったん口をつぐんだ。