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イマジネーション・ラグーン  作者: 遊森謡子
第一章  珊瑚礁の城
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9 死者の還る場所

 そう決心したら、気持ちがすとんとあるべき所に収まった気がした。そして私は、思い出した質問をしようとした。

「あの、ザンって」


 ……言いかけて、やめた。

 まだ、どう質問すればいいのかわからない。彼の言動が変だなんて。もう少し考えてからにしよう。


「なぁにー?」

「いえ……えっと、どうしてこの世界には『夜』が来ないんですか? つまり、海の上の『夜』ってことですけど」

 別の質問に切り替える。これも、この世界を理解するのに必要そうな質問だった。


 すると、急に先生の顔から笑みが消えた。

 腕が力なく垂れ、アクアマリンの瞳が憂いを帯びて伏せられる。


「夜の海辺は嫌い。……辛い記憶だから、嫌なの」

 辛い記憶……?

「弟との、最後の思い出なの。夜にこっそり家を抜け出して、一緒に海を見に行ったのが……」

「弟さんとの?」

 

 最後(・・)の記憶?


 先生はゆっくりと顔を上げて、私を見て寂しそうに微笑んだ。

「あのね、ザンは、私の願望なの。弟があのまま成長していたら、きっとこんな風だろうな、っていう」

「……それじゃあ」

 私は絶句した。


 先生の弟さんも、亡くなっているってこと……?

 待って。愛海先生も亡くなっていて、ザンのモデルである弟さんも、亡くなっている?ということは。


「まさか、私も?」


 ぽろっとつぶやいたとたん、急に怖くなった。


「あの……今日は、ラグーン城に戻ります。それじゃあ」

 私は上の空で先生に言うと、ウミガメくんに「戻ろう」と言った。賢いウミガメくんは、私が甲羅につかまり直すと、大きく前脚をかいて海中に入った。

「璃玖さん? どうしたのー?」

 愛海先生の声が、かすかに聞こえた。


 息を止め、目をぎゅっと閉じたまま、私は海の中をウミガメくんに引っ張られて降りて行った。途中で、ふっと水の抵抗が緩くなる。

 とん、と着地の衝撃があり、目を開いた。広い空間、白い床、連なる巻貝の灯り。

「ごほっ……フィッシュボウルの中?」

 咳き込みながらつぶやいて、ウミガメくんの背中から降りると、ウミガメくんはすいっと浮かび上がってフィッシュボウルの上から出て行った。

 あ……お礼のご飯、またあげそこねちゃった。ごめん。

 私はのろのろと立ち上がると、自分の部屋のある建物に戻り始めた。


 愛海先生は亡くなっている。

 先生の弟も、おそらく。

 

 昔、本か何かで読んだ気がする。海は古来、“死者の還る場所”だと考えられていた、って。

 ここは物語の中の世界だと、私は思いこんでいたけど、まさか。

「死者の国なの……?」

 歩きながらつぶやく。私は、会社からこの世界にただ迷い込んだのではなく、本当は会社で突然死してここに来たんじゃ?

 

 庭の奥に建つ、あの小さなお社が目に入って立ち止まる。あれは、先生が弟さんを悼んで建てたものだろうか。

 それとも、私を、悼むため……?

 ぶんぶんと首を振る。そんなはずは……。でも、心当たりと言えるものがなくもないので、一笑に付すことができない。

 

 私が泳げない理由、それは別に水が怖いからではない。子どもの頃に身体が弱くて、水泳の授業をほとんど見学していたからだった。

 でも、成長につれて克服して、今では風邪さえほとんど引かない丈夫な身体になったのに。そのはずなのに……そうじゃなかったんだろうか。

 私に、何があったんだろう? 今ごろ、会社で、誰にも発見されることなく……?


 部屋に戻ると、ズーイさんとリュウがびっくりした顔をして、

「リク!?」

「顔色が……」

とすごく心配してくれた。

「あ、大丈夫です。あの、また女神さまの神託を受けに海上に行って来たから、疲れちゃって」

 私は口の端を上げて見せた。

「ちょっと横になりますね」

「そうですか……そうですね、お休みになって下さい」

 ズーイさんがかいがいしくベッドの支度を整え、ベッドサイドに飲み物を置いてくれて、

「続きの部屋におりますから、お目覚めになったら声をかけて下さいね。お食事をご用意しますから」

と言ってくれた。

 食欲なんて全然なかったけど、私はうなずいて、ホタテベッドにもぐりこんだ。

 横になって、延々と考えを巡らせてみる。でも、もやもやするばかりで、いい考えなんてちっとも浮かばなかった。


 いつの間にかまどろんでいたらしい。気がついたら、部屋は薄暗くなっていた。ゆっくりと起き上がって窓の外を見ると、もう庭の灯籠の灯りも落とされている。

 ズーイさんが、テーブルに食事を置いてくれている所だった。彼女ははっとして近寄ってきて、青緑色の瞳を心配そうに揺らめかせて私の顔色を見る。

「まだちょっと、お疲れのようですね……」

「大丈夫、大丈夫ですよ。あ、お腹空いたな」

 自分を浮上させようと思って立ち上がり、ちゃんとテーブルについて、魚介のスープをもらって飲んだ。味はよくわからなかったけど、温かさに少し気持ちが緩む。


 半分しか飲めずに器を置いたけど、ズーイさんは少しほっとしたようだった。

「神官から、手紙を預かっております。きっと心配なのですよ」

 細長く折って結ばれた手紙を渡された。ザンから……?


「今夜もゆっくりお休み下さいね。リュウも私もおりますから、何かあったら声をかけて下さい」

 ズーイさんは私を安心させるように微笑むと、食器を持って部屋を出て行った。


 ドアが閉まってから、私は手紙をほどいて開いた。お見舞いの手紙だろうか。あ、良かった、文字も日本語だ……。


 そこには、こう書いてあった。

『真夜中に、フィッシュボウルで』


「???」

 私は首をかしげた。その文字を、何度か読み直す。何だか、急いで書いたらしくていかにも走り書きと言う感じの、その手紙。

 いや、意味はわかるよ。真夜中にフィッシュボウルに来てくれってことでしょ。何の話だろう……ちょっと怖いような気もするけど。

 それよりも。


 私、ザンの前で、あの金魚鉢ホールのことを『フィッシュボウル』って呼んだことあったっけ……?



【第一章 完】

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