1-5
珠洲香さんのPTSDがそろそろ出てきましたが、
大半想像なので、ほんとにこんなんなんでしょうか。
でも、彼女の闇はもっと・・・?
次の日、ぼくは週休日だった。要は消防士にとっての日曜日みたいなもんだ。
といっても、特にする予定もなく、高校時代の悪友を呼び出す。
なかなか捕まらないのも当たり前で、世間一般では日曜日でないのだから。
何人目かでやっと一人、出た。
「おー、鉚一、ヒマなんだ。どっかでカラオケでもしないか?」
「真っ昼間からかあ?まあ、オレもヒマだから、なら、駅前のファストフード前に集合な」
有り難い。持つべきものは友達だ。
家族に外出を伝える。
いつ緊急出動があるかわからないから、携帯とか連絡先は必需品だ。
僕の家は弐之町出張所の管轄内にある。
そこから駅までは地下鉄空港線で5駅ほどだ。時間にして20分ほど。
平日の昼間だから、車内は空いていた。
車内を見ながら、何となく考えてしまう。
地下鉄サリン事件、千代田線脱線事故、韓国の火災事故、阪神淡路大震災の駅壊滅・・・・
職業病だ。ため息をつく。
消防学校の先生の言葉を思い出した。
”いつ、いかなる時でも、消防官たる自覚を持って・・・・・”
ふぁーとあくび。
「よ、久しぶり」
「ホント、久しぶりよね~」
お、女連れとは聞いてないぞ。
でも、すぐに思い出した。
彼女も高校時代の同級生、若宮 愛理さんだ。
美人になったなあ。化粧が上手になったと言うべきか。
見違えてしまった。すっかり大人の女性になっている。
鉚一が連絡を入れたら、彼女もヒマだったらしい。
「宏隆もかっこよくなったわよ。消防官になったって聞いたときには勤まるのかなあって、思ったのに」
「なんだ、高校の時のオレって、そんなに格好悪かったのかい?」
「そうだな、我が町を守る消防官様に失礼だよな」
三人で大笑いする。
いいな、昔の仲間って。バカを言い合える。
腹ごしらえをして、カラオケに行くことに決定。
と、すれ違った女性。
・・・あれ?珠洲香さん?
ブルゾンを着込んだ、小柄な女性とすれ違ったとき、そう思った。
振り向いて、視線で追いかける。
その女性は、人混みの中に消えていった。
・・・人違い、だろうな。向こうも気が付かないはずないし。
「おい、宏隆、置いてくぞ」
「ああ、すまん」
もう一度、視線を後ろに投げると、ぼくは走った。
近況報告や高校時代の話に花を咲かせながら、一時間ほど、ゆっくりと昼食。
続いて、カラオケに行こうと、店を三人で出たときだった。
向かいのデパートの屋上、あの女性が立っていることに気が付いた。
自慢・・・だけど、視力はいい。
だけど、見えたというよりは、直感がささやいたのだ。
・・・あれは、やっぱり珠洲香さんだ。
だけど、あんなところで、何をしてるんだ?
さっき、すれ違ったのが彼女だとしたら、1時間もあんなところで立っている?
まさか・・・・・飛び降り自殺?
昨日の失敗を苦にして、か?
だとしたら、ヤバイんじゃないか!?
「すまん、急用を思い出した。この埋め合わせ、またするから!」
「おい、急になんだ?」
びっくりする二人を残して、駆け出す。
デパートに飛び込むと、エレベータに。
最上階のボタンを押す。苛つくほど、遅い。
気だけが屋上に飛んでいく。
ようやく最上階に着くと、ぼくはそっと周りを探る。
もし、本当に自殺を考えているのなら、騒ぐのはかえってまずい。
妙に刺激を与えれば、本当に飛び降りかねない。
静かに、足音も立てずに周囲を伺う。
・・・・いた。やっぱり珠洲香先輩だ。
よかった。フェンスのこっち側だ。
少なくとも、自殺ではなさそうだ。
でも、だとしたら、いったい何をしている?
身じろぎもしないで、ただ立ちつくしている。
そんな感じだ。
静かに彼女の後ろに回り込む。
そっと手を握る。
ぎょっとするほど、冷たい手。
反応がない。
普通、いきなり手を握られたら、何か反応しないか?
声を出すとか、ふりほどくとか、振り向くのが当然だろ?
僕は彼女の正面に回り込んだ。
小柄な彼女を見下ろす形。
彼女は少し上を見上げるような感じで、僕を見上げている。
いや、僕じゃない。
視線がどこにも焦点が合ってない。
なんと言えばいいんだろう。
瞳はあるけれど、そこに意識がない。
身体はここにあるけれど、心はここにない。
「珠洲香さん、珠洲香さん!」
僕は彼女の身体を揺すった。
彼女の身体は人形のように、グラグラ揺れる。
「珠洲香さん、気を確かにして!珠洲香さん!!」
なんだ、これ?変な薬物でもやったのか?
どうしたら正気に戻る?
救急車を呼ばなきゃダメか?
いろいろ考えたとき、彼女の瞳に力が戻った。
消防の参考書。
「消防官になるには」 ぺりかん社
阪神大震災の実話がおもしろかったです。
純粋に消防のお仕事紹介というよりは、
消防官になるための紹介本が多いですね。