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「ただいま、紹介預かりました、貴船きふね 珠洲香すずか消防士です。

3年目ですが、現場は初めてです。宜しくお願いします!」


 リンとした声。良く響く、張りのある声だ。

でも、どっかで聞いたことがあるような・・・?


「前は指令課にいましたから、指令の時の声なら皆さん、お聞きになっているかと・・・」


 そっか。

119番が消防本部に入った後、現地の消防署に出動指令が出る。

また、ガス、電力といった関係機関との連絡や、必要な車両や台数の指示など、

けっこうこの声にはお世話になっていたのだ。


 僕たちが自己紹介をしようとした、その時に横から割り込みが入った。


「ねえねえ、名前、違うじゃん!」


 チミさんだ。

彼女を見た、珠洲香さんが声を上げる。


「チ、チミ・・・・・ちゃん、ここだったの」


「あたしは入隊以来、ここよ。あんた、忘れてたんでしょう」

 チミさんは珠洲香さんをチラ見すると、話を続ける。


「珠洲香、ほら、本当の名前、言いなさいよ。これも忘れちゃったの?

あんた、消防学校の自己紹介の時、自分で言ったんじゃない」


 珠洲香さんの顔が真っ赤になっている。


「あ、あれはもう忘れて・・・・」


「だめ、忘れてあげない。あたしのチミだって、その時に付いたあだ名なんだから、あんたも一緒よ」


 しばらく悩んでいた珠洲香さんが、ようやく声を出す。


「き、きふね ずずがでずっ!!」


 その素っ頓狂な調子と、オクターブ高い声に僕たちは唖然とした後、爆笑した。


「こ、これは、き、緊張のあまりに・・・!」


 真っ赤な顔で、珠洲香さんは説明をするけど、誰も聞いてない。

あの、いつも冷静そのもののような綾佳さんですら、顔は見えないものの、

向こうを向いた肩が細かく震えているところを見ると、我慢できずに笑っているようだ。


「ね、だから、ずず。ずずがのずず。こう言わなきゃ」


 チミさんはこう言うと、珠洲香さんに手を差し出した。


「よろしく、ずず」


 ようやく、笑いを止めた僕たちも、自己紹介と挨拶をした。

僕たちをニコニコ見ていた所長が指示を出す。


「新入り・・・いや、二人もいちゃ区別が付かないな。

宏隆・・・ヒロ。ずずに所内の案内してやってくれ。

女性用のところは綾佳にさせるから、それ以外全部な。

特に消火作業用の服やヘルメット、必要用具一式。

それと無線通信関係。ずずには必須だから」


「了解!」


 弐之町出張所の建物は2階建てだけど、小さなものだ。 

2階が僕らが勤務するスペースになる。

1階の車庫にはポンプ車と救急車。

車庫の横には、僕たちの防火服を置いてあるロッカー。

珠洲香先輩のロッカーの中には、新しい防火服とヘルメット。

それを取りだした先輩は嬉しそうだ。


「夢だったの。いつかはこれを着て、困っている人を助けに行くのが」


 服を着込んでヘルメットを被ってみせる。

ちょっと大きめのサイズかな。

でも、少し調整すれば、ほら、オッケーだ。

これを1分以内に着込んで、ポンプ車に乗り込む。

今はまだ、のたのたという感じだけど、練習すればすぐに慣れますよ。


「そうね。練習しないとね。現場は分からないことばかりだから」


ロッカーに服を戻しながら、珠洲香さんはつぶやいている。


「先輩は、どうして消防士を目指すようになったんですか?」


 え、と言う顔をして、珠洲香さんはこっちを見る。

いや、別にそう深い意味はないんだけど、なんか、つい、聞いてみたくなって・・・


「小さな頃、事故にあって、助けられたことがあるの・・・・火事とかにも遭遇したし・・・

そういうところから、助ける側の人になりたいって、思うようになったの」


 そうだったんですか。あ、聞いてもよかったんですか?


「うん、いいよ・・・・ヒロくんはどうして?」


 ヒロくん・・・・まあ、いいか。

ぼくは姉が交通事故にあって、その時の救急隊員がかっこいいなってのが。


「そう、そうなんだ・・・・で、お姉さんは元気?」


 いえ・・・・・その事故の後、亡くなりました。


「あ・・・・ごめんなさい。失礼なこと・・・」


 いいですよ。もう、昔のことって、言えるようになりましたから。


「強いんですね・・・・・あたしもそうなったら、いいな」


 なんか引っかかるところがあって、それを聞こうとした時だった。

所内にブザーが鳴り響く。本部からの情報が伝わってくる。


「・・・・地区、第1次配備。出火場所は・・・・」


 一気に所内が活気づく。

先輩達が1階に下りてくると、あっという間に着替えてポンプ車に乗り込んでいく。

あのいつもはのんびりとした所長でさえ、着替えるのは早業だ。


「ヒロ、お前が乗れ。ずず、綾佳について、無線指示。地図案内と消防水利、指示してくれ」


「了解!」


 ぼくは慌ててロッカーから服を取り出す。くそ、先輩達ほど早くねえ。


「急げ!ヒロ!」


「はい、すぐに!」


 なんとか防火服を着込むと、珠洲香先輩がヘルメットを渡してくれた。


「がんばってきてね」


「はい。行ってきます!」


 慌てて乗り込むと、大きく揺れながらポンプ車は飛び出す。


「・・・最寄りの消防水利は、○○公園。警察からの連絡では、要救助者はいない模様・・・・」


珠洲香先輩の声が無線から流れてくる。

ちょっと低音だけど、印象に残る声。


「よし、いくぞ!」


所長の声に、車内の全員が答えた。


「はい!!」



参考書:

 こころのライブラリー(11) PTSD(心的外傷後ストレス障害)

  星和書店


 PTSDについての歴史、症状、療法、症例など、大変参考になりました。

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