さまざまな、真実。
グィネスの招集がかかったのは三日後のことだった。
「正直なところこれほど早くに場を設けるつもりはなかったのだけど、ケイティ・ウエスト準男爵令嬢の回復が順調で屋敷の使用人たちも限界のようだから、白黒はっきりさせましょう」
屋敷で一番広い部屋の中には、グィネス、アーロン、フィリス、レイチェルと夫、ブルーノ家の執務に関わる管理官たち、そして王宮から派遣された上位文官たち、そして出産に立ち会った医師や産婆など勢ぞろいで、さらにブルーノ家だけでなく王族から派遣された騎士まで場に加わっている。
「なによ……これ……」
女性騎士二人に連れられて現れたケイティはさすがに怯んだ。
弟の捕縛と赤ん坊の件で暴れるケイティを医師が強制的に薬で眠らせていた。
用意された椅子にケイティは座らされ、やがて後ろ手に縛られ口もきけないほど憔悴している姿のジェイクが連れて来られ、床に座らされる。
「ジェイク! ひどい、どうしてこんなことを─!」
立ち上がろうとするのを両脇から抑えられ、「離しなさいよ!」と叫ぶがびくともしない。
「静かにしなさい、ケイティ」
フィリスがケイティの傍に立つ。
「ここにいる人たちは皆、忙しい中わざわざ出向いてくださった方ばかり。この場の話し合いが終われば解放されるわ」
「話合いって……」
途端に口ごもるケイティと、じっとうつむいたままのジェイクを、人々は黙って見据える。
視線が集中していることに気付いたのか、ケイティは唇を嚙み締め大人しくなった。
この場にいるほとんどの人々の身分が高いことに気付いたのだろう。
そこで、グィネスが改めて口を開く。
「まずは、ケイティ・ウエスト準男爵令嬢が産んだ子の父親が誰なのか。そこから始めましょう」
侍女長が赤ん坊を抱いて入室した。
「だから、その子は私の子じゃないありません! 黒髪なんてありえないもの! だって──」
「父親は金髪碧眼だから、かしら?」
「そうです!」
「もしも、その男性の本来の容姿がそうでないとしたら?」
「え……?」
グィネスの合図に、別の扉から新たな人々が入室した。
「……やられた」
ジェイクの呟きがフィリスの耳に届く。
「皆さま。初めてお目にかかります。歌劇団『夏の風』の座長、パルマと申します。この子は仲間の一人、マリヤ」
背の高い中年の男と、奇妙な帽子を被った少女が屈んで挨拶をした。
すると、アーロンが立ち上がり口を挟む。
「君たちの歌劇は昔、何度か観に行ったことがある。ケイティたちと……」
「はい。あの折は御贔屓にありがとうございました。実は、一年近く前にもいつもの劇場にて我々の興行が一か月程開催されておりました。ブルーノ伯爵はお加減が悪いとのことでお出でになりませんでしたが」
「それで。何故君たちがここに──」
アーロンの問いに、パルマは困惑の面持ちでグィネスの方を見た。
「まずはアーロン。私が貴方に尋ねたいことがあるの。貴方、四年前の新年の宴の時に私ずフィリスに『貸した』サファイアの宝飾を持ち出したわね。あれはどうしたの?」
「──っ。あれは……。その……」
「その後、首飾りをケイティが着けていたことは、社交界で話題になったから知っているの。だけど、この一年程見かけないと、ご婦人方が口をそろえて言うのよ。今、どこにあるのかしら?」
「え? どこって……」
「あれは、私がブルーノ家へ嫁ぐ時に実家から頂いた、大切な物なの」
「そんな……なぜ今更。四年も経ってこの場で持ち出すのですか? あの赤ん坊とは関係ないでしょう」
「それが、おそらく関係あるのよね」
グィネスが手を叩くと、執事が恭しく箱を持って歩いてきた。
「御覧なさい」
テーブルの上に置き開いて見せると、そこにはサファイアの首飾りと耳飾りが綺麗に収まっていた。
「え? 耳飾りは……いつの間にか無くなって……」
「買い戻したのよ。とある店から」
さらに、別の箱を開ける。
「これは、フィリスが贈ったカフスボタン、それから……」
以前、グィネスとフィリスから贈られて、引き出しに入れたままどこに行ったか分からない宝飾が並べられた。
「どれも、とある青年が売りに来たそうよ」
全員の視線が下を向いたままのジェイクへ集中する。
「金貨と引き換えた時に、彼は書類に偽名を書いた。ハロルド・アローですって。笑えるわね」
「ジェイク……。お前は知らないと……あの時私に言ったじゃないか!」
思わずアーロンがジェイクに掴みかかると、彼は力なく笑った。
「罠だったのか……。ははっ。これは一杯食わされた……」
「ジェイク!」
ブルーノ家では、耳飾りをケイティが着けていない時点で都中の宝飾店及び質屋の類に至るまで、ブルーノ家の宝飾品を入手した場合は売値の倍買い取ると密かに連絡していた。
宝飾が惜しかったからではない。
情報と証拠を手に入れるためだ。
「手に入れた金で二人が何をするかは、さすがに予想できなかったけれど、ここ数年、アーロン抜きで二人が特定の劇場に現れることは把握済みだった」
都に劇場が数件あり、それぞれ規模も特色も違う。
着飾って最高の待遇の桟敷席に座ることは周囲からの羨みの視線を一身に浴び、自尊心が満足できただろう。
だが、最上級の席の楽しみはそれだけではない。
役者が直接挨拶に来ること。
そして、終幕後に特別室で共に過ごすことができる。
知る人ぞ知る、その劇場のみの密かな特典だった。
「ケイティ……。貴方がいつも呼び出していたのはデニスという俳優ね」
「誤解しないでください、お義母様! 私は彼の俳優としての仕事……、そう、演技が気に入っていただけです! ジェイクも一緒なのに不貞なんて」
「そう。ジェイクが隠れ蓑を買って出いたのよね」
傍目には姉弟仲良く観劇に来ているように見せかけて、本当の目的はデニスという金髪碧眼の若手俳優だった。
彼は、貴公子然とした見た目で女性に人気があったが、技量は主役に及ばず三番手程度の役を演じていた。
「そんな……濡れ衣です。酷いわ。私は純粋に彼を応援していただけです」
「今更もう、取り繕っても仕方がないのよ、ケイティ。貴方が彼の身体を強引に買ったことを証言する人はいくらでもいるの」
乱れたドレスを着つけ直すのに手伝わされたのは、下っ端の女優たちでデニスの妹であるマリヤだったこともある。
「ケイティ、ジェイク。貴方たちが意外と世間知らずだったおかげで、容易く状況を判断することができたのよ」
グィネスがマリヤに合図を送ると、少女は頷き、帽子に手をかけた。
「ケイティ様。私の本来の名前は、『マージャ』なのです。この国の皆様には馴染みがないので使いませんが」
そう言って帽子をとると、マージャの髪が現れた。
「え……?」
頭頂部分から額あたりまで、マージャの髪は真っ黒だった。
そこから先は見慣れていた薄い金髪のままだ。
「瞳も……。私と兄は同じ色です」
そう言うと、下を向いて片眼に両手を当てる。
再び顔をあげると、手を当てていた方の瞳の色は真っ黒だった。
「私どもはこの国より三つ西に進み、南へ五つ下った所にある国からやって来ました。交易が盛んなために色々な見た目の者がおりますが、黒髪に黒い瞳で生まれることが多いのです」
パルマ自身は今見せているヘーゼルの瞳らしい。
しかし、デニスとマージャは黒髪に黒い瞳だった。
「我らの仕事は観客をよろこばせること。行った先々の好みに合わせて演出も見た目も変えます。髪の色も瞳の色も、時には肌の色でさえ。そのような技術が発展している国があるのです」
髪の色を変える染粉に、瞳に嵌める色ガラス。
やや保守的なこの国で仕事をするためには必要なものだった。
「デニスはもういないので、ケイティ様との関係を立証することはできませんが……。赤ん坊が黒髪だというなら彼の子の可能性は高いでしょう。納得頂くためにマージャを連れてまいりました」
「ちょっと待って……? デニスがいないってどういうこと?」
「デニスは女神の元へ召されました。もうこの国へ足を踏み入れることはかないません」
パルマが胸に手をあててケイティにお辞儀をした。
「今までのデニスへのご寵愛に感謝いたします」
「やめて。そんな、そんな……。嘘よ──っ!」
両手で髪を掻きむしり、ケイティは叫んだ。




