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終わりの始まり

 ブルーノ家の応接室は物々しい空気に包まれた。

 廊下に響き渡るケイティの声と、走り回る侍女たち、そして医師たちの足音が扉越しに聞こえてくる。

 グィネスと共に領地からやってきたのは、バーンズ子爵と数人の行政官。

 フィリスとレイチェルも椅子に座り、時が経つのを待つ。


「これは……。いったい」


 侍従たちが探し回り連れ戻したアーロンとジェイクは、部屋の入り口で思わず立ち止まった。


「入りなさい、二人とも」


 グィネスが険しい表情で二人を促す。


「出産の予定はずっと先だったのではないのですか」


 周囲の責めるような視線に耐えられず、アーロンは思ったことを口にした。


「そうね。でも、これはままあることよ。フィリスの時もそうだったでしょう」


「それは……」


「今回は、もう子宮口がかなり開いているようだから、これから数時間の間に生まれるだろうと産婆が言っているわ」


「姉は……赤ん坊は……、大丈夫なのですか?」


 ジェイクが思わず尋ねると、バーンズ子爵が答える。


「出産に油断は禁物だが、君の姉上は順調に段階を踏んでいるそうだ。とにかく知らせが来るまで我々はここで待つしかない」


 促されて、二人はそれぞれ席に着く。

 朝は晴天だったというのに、次第に強い風が吹き、雷鳴と共に大粒の雨が降り出した。

 侍従たちが灯りをともし、侍女たちは温かい紅茶を配り直す。

 十人以上の人々が部屋にいるにもかかわらず、誰も口を開こうとしない。

 まるで全員が石像にでもなったかのようだった。


 そんな中。


 ケイティが絶叫が続き、それが突然止んだ。


「姉さん?」


 ジェイクが椅子から腰を浮かした瞬間、赤ん坊の泣き声が響き渡った。


「……生まれたのね」


 せわしなく聞こえる子猫のような声に、誰もが深く息をつき、椅子にもたれる。

 バタバタと誰かが駆けてくる音がする。


「お生まれになりました。母子ともにご無事です」


 扉を開けるなり、侍女長が報告した。


「元気な、女の子です」


「……女」


 ジェイクはあからさまに落胆した様子を見せた。


「そう。無事で何よりだわ」


「後産や寝台の始末が終わり次第、ご案内したいと思いますが……、その前にご報告したいことがございまして……」


 歯切れの悪い口調に、フィリスとレイチェルは視線を交わす。


「何か問題でも?」


「お子様の……髪が既に生えているのですが、その」


「何だ。どうしたと言うのか」


 アーロンが席を立ち侍女長に詰め寄ると、彼女はらしくなくおろおろと手を揉み絞り、こくりと唾を飲んだ。


「御髪が……黒髪です」


「……そんな、馬鹿な」


 ガシャーンと破壊音がケイティの寝室から聞こえてきた。

 侍女たちの悲鳴や医師たちの大声が入り混じり、騎士たちも走り出し一気に騒然となる。


「ケイティ!」


 侍女長を突き飛ばし、アーロンは廊下に飛び出ていった。





「離して! あり得ないわ! 何かの間違いよ!」


 両手を振り回して叫ぶケイティを侍女たちが数人がかりで懸命に押さえようとした。


「暴れてはなりません! お身体に障ります!」


「私の産んだ赤ちゃんはどこよ!」


「どうか落ち着いてください!」


 興奮して暴れるケイティに医師もタジタジだ。


「いったい、何事だ!」 


 アーロンが中へ飛び込むと、室内は目も当てられない状況だった。

 水差しや盥やあらゆるものが床にぶちまけられ、床に素足で立っているケイティは羽交い絞めにされながら獣のようにフーフーと唸り、着衣は汚れている。

 産婆は部屋の隅で小さな布の塊を抱いてぶるぶると震えていた。


「そうよ、フィリスよ……。フィリスの仕業なのね。私を陥れようとこんな小細工をして」


「ケイティ!」


「アーロン! フィリスを捕らえて! 私の赤ちゃんを取り替えたんだわ!」


「そんなことしていません! 貴方が子どもを産んでから侍女長が出ていくまで、誰も部屋の中に入ってきていないではありませんか」


 たまりかねて主治医が口を挟んだ。


「アーロン、そいつもグルなんだわ……! こいつの首を撥ねてよ、ねえ、アーロン!」


「静かになさい! 一体何の騒ぎですか」


 グィネスが一喝した。


「母上」


「その子をこちらへ」


「はい……」


 グィネスが産婆へ命じると、彼女はおずおずとおくるみをレイチェルへ手渡した。

 レイチェルの腕の中の布をグィネスが広げる。


「────」


「母上。私にも見せてください」


「もちろんよ」


 近づいてきたアーロンに、レイチェルは腕を傾けて赤ん坊を見せた。


「黒髪……。どうして……」


 アーロンの祖先に黒髪の人間はいない。

 そして、ケイティの両親も同様に。


「だから違うのよ! それは、私の子じゃない!」


「ケイティ。貴方が産んだことだけは間違いないわ。誰がどうやってへその緒のついた赤ん坊を用意すると言うの」


「それはっ」


「そもそも貴方の予定日は半月ほど先だった上に、破水して一日足らずで出産してしまったのよ? 陥れるならとても用意が間に合わないわ」


 応接室の方で騒ぎが聞こえてきた。


「大奥様。ウエスト準男爵が逃げだそうとしたので、拘束しました」


「ありがとう。とりあえず彼は地下室へ連行して頂戴」


 騎士の報告に、グィネスは淡々と指示を出す。


「どういう……こと。まさか、最初から私を……」


 顔色を失い、ケイティは床に座り込んだ。


「もう一度言うけれど、この子は取り換えっ子なんかじゃない。ケイティ。貴方が、托卵に失敗しただけのこと」


 思わぬ言葉に、アーロンは目を見張る。


「え……? 待ってください、托卵ってまさか」


「アーロン。正直なところ確率は半々だった。貴方の子の可能性もあるし、そうでないことも」


 グィネスは絞り出すように言葉を続けた。


「私たちは、どちらに転んでも良いように──今まで多くの準備をしてきた。フィリスを囮にしてまで」


「母上、それはどういう意味ですか」


 レイチェルの腕の中の小さな赤ん坊が突然泣き出した。


「──ケイティの手当てをするのが先ね。この部屋は使えないから、向かいの客室へ異動させましょう」


 使用人と医師たちは頷き動き出す。


「アーロン。まずは母子ともに容体が落ち着いてから。正直なところ、ブルーノ家として今二人を死なせるわけにはいかないの。話はそれからよ」


 母の噛んで含めるような言葉に、アーロンは返す言葉が見つからなかった。

 



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