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罪の償いかた

「ケイティ様のお部屋はこちらになります」


 タウンハウスの侍女長にうやうやしく通され、ケイティは満面の笑みを浮かべる。

 寝室の隣の続き扉を開けるとアーロンの寝室に繋がる。

 つまりは、女主人の部屋を明け渡されたということ。

 この屋敷で一番身分の高い女性はケイティなのだ。


 ケイティ懐妊の知らせが領地へ届くやいなや、早馬でケイティの待遇変更に関する指示が送り返された。

 ハロルド亡きあと、ケイティの腹の中の子がアーロンの一粒種となる。

 それゆえにケイティの住まいを別邸から王宮に近いタウンハウスへ移し、丁重に遇することがブルーノ家の正式文書として事細かにグィネスの筆跡で記されており、更にグィネス、アーロン、フィリスの三人の署名つきであった。

 ブルーノ家で一番格の高い馬車で迎えが来て、執事や侍女長が深く頭を下げ、使用人たちもそれにならう。

 もはや、当主夫人と同格と言って間違いないだろう。


「あの死にぞこないも意外と役に立つもんだな」


 使用人たちが退室した豪華な部屋でゆっくりと寛いでいると、向かいの長椅子に寝そべった弟がぼそりと呟く。


「しっ……、ジェイク」


「聞こえやしないよ。聞こえたとしても、俺たちをどうこうすることなんて出来ない」


「それもそうかしら」


「本当にこれ以上ないタイミングだよ。ようやく俺たちにも運が向いてきたってことさ」


「どこが。よりによってあの女が無事だったなんて……」


「想定内じゃないか。十年間雑草たべて生きてきた奴は身体の構造が違うんだろう」


「頑丈過ぎて頭にくるわ。大事な息子が病死したのだから、さっさと後を追えばいいものを……」


「何もかも失って絶望の中泣いて這いつくばるのを見たいって言ってたのは、姉さんじゃないか。それにこれからお家の為に姉さんに尽くしてくれるんだろう? 伯爵夫人自ら」


 書面に明記されていたのは、正妻の義務についてだ。

 タウンハウスにてアーロンの子が無事生まれるよう手を尽しケイティに心を配るのが、ブルーノの伯爵夫人としてのあるべき姿であると。

 そして、アーロンは早急にタウンハウスへ戻ってくるが、フィリスも支度を整えたのちに後を追う予定だと執事から聞いている。


「ふふ……そうね。楽しみだわ」





 それからのケイティは思うままに振舞った。

 アーロンはそれを許し、使用人たちもフィリスに仕えたように応じる。

 やがてアーロンはケイティを伴って外出しては、ねだられるままに色々なものを買い与えた。

 ジェイクもいつの間にか仕事を辞め、ケイティが誂えてくれた上質な服に身を包み、紳士クラブで客として葉巻をくゆらせた。

 この姉弟のことはあっという間に貴族たちの間で広まり、一部の人々は困惑する。

 身分の低い愛妾がこれほど厚遇される姿を見るのはあまりない。

 まるで、正妻の交代が間近だと知らしめていると取られてもおかしくないほどの異様さだ。


「あはは。気分が良いわあ」


 あっけらかんとケイティは笑う。

 周囲がおもねり始めている。

 あからさまに見下す人はいなくなった。



 秋が過ぎて冬が始まりやがて年が明け、ケイティのお腹が目立ち始めた頃にようやく、フィリスがレイチェルと現れた。


「遅くなってごめんなさい。国に納める税の処理がなかなか終わらなくて」


「子供が死んだのに、喪服じゃないのね」


「ケイティ!」


「貴方が望むなら──」


 ぱしん、とケイティはフィリスを平手で頬を叩く。


「ケイティ! 何をするんだ!」


 アーロンが慌てて二人の間に割って入った。


「あんたの息子が可哀想。母親は助けてくれないばかりかのうのうと生きて、死を悼んでくれないなんて」


「ケイティ!」


「あんたはずっと喪服でいなさいよ。それが命汚いあんたにお似合いだし、そうすれば少しは罪が償えるんじゃない?」


「ケイティ、やめてくれ……」


「承知しました」


 アーロンが呻く後ろで、フィリスは赤くなりはじめた頬を隠すことなく、フィリスは頷いた。


「他には」


「私は、この家の跡継ぎを産むの。そして貴方は私に仕えるの。言葉遣いに気を付けて」


「はい」


「それから、あんたがここで寝起きするのは許さない。丁度良いわ、あんたはこれからずっと別邸で暮らすのよ」


「ちょっとお待ちください。それでは──」


「おだまり、レイチェル・バーンズ子爵夫人。あんたに発言を許した覚えはないわ」


 アーロンは状況について行けず、ぽかんと口を開けてケイティを、そしてフィリスと姉を見回す。


「──失礼しました。屋敷の差配とケイティ様の御世話を私たちは大奥様から命じられておりますが」


「あんたたち二人とも、別邸から毎日通うと良いわ。本邸は私とアーロンの住まいなのだから」


「……。承知、致しました」


「いい? 馬車はブルーノのものを使うことは許さない。権限は私にあるのよね? それと今度喪服以外で現れたらあんたの髪を刈り取るわよ、あの時みたいに」


 レイチェルだけでなく、その場にいた執事たちも息をのむ。

 アーロンは顔色を変えて、思わず声を上げた。


「ケイティ! 君は──!」


「承知いたしました」


 アーロンがケイティへ詰め寄る前に、フィリスは両手を前に揃えて腰を落とし、頭を下げる。


「私の使命は、ケイティ様とお子様が快適に過ごしていただくこと。ご希望に従います」


 ケイティの高笑いが本邸のホールに響く。


 そして。

 郊外から黒衣のフィリスがブルーノ本邸へ通う姿が毎日目撃されることとなった。



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