ケイティとジェイク
ケイティは自室に戻るなり、宝石を収めた引き出しを開け、サファイアの首飾りを鷲掴みにした。
「こんなの──!」
床に投げつけようと腕を振り上げると、後ろからジェイクに腕を掴まれた。
「姉さん落ち着いて。傷が付いたら価値が下がるよ」
「ジェイク……だって、だって腹が立って腹が立って、どうにかなりそうよ!」
首飾りをジェイクに渡し、ソファに座り込んだ。
「姉さん。これさ。いったいいくらになると思う?」
目の高さに上げて、ジェイクはにやりと笑う。
「え?」
「耳飾りだけでもさあ。けっこういい値が付いたよ」
「ジェイク、あんた……」
「もうとっくに売ったよ。こういうのをこっそり裏で売れるところがあるんだ。ここじゃ貴族に売れないから、きっと今頃他国に渡っているさ」
「ちょっと、ちょっと待って。あんた」
「ん? だって義兄さんガバガバなんだもん。俺、ずいぶん前からあの抽斗の鍵の場所知っていたから開けてちょっとずつ『間引いて』いたよ。手始めに姉さんが一生懸命刺繍したハンカチ。ちょっとイイ感じの店に『亡くなった母の手製のハンカチなんです。両親が亡くなって独りになって、学費が欲しいんです』って涙ながらに話したら、これまた結構な値段で売れたんだよな。」
「あんたさっき」
「ああいうのはさ。嘘とほんとを織り交ぜたら、それらしくなるんだよ。義兄さんもなんか言っている事に自信失くしていったじゃん。酒に酔って手紙を見ていたのは本当。その隙にちょっとハンカチとカフスを拝借したのが最初かな」
「ちょっと……ちょっと待って」
ケイティは頭を抱えた。
ジェイクがアーロンのものを盗んでいたのは本当。
アーロンが、フィリスの手紙を未練たらしく読んでいたのも本当。
アーロンは。
フィリスのことをまだ──。
ケイティは叫びたくなった。
「姉さんさ。今、俺たち崖っぷちってわかってる?」
「は?」
「俺はアーロンの親戚に目を付けられているらしいし、姉さんは姑さんに気に入られていないんだろう。それに父さんの遺体が見つかったら、俺たちぎりぎり貴族だったのが平民に転落だぜ?」
ケイティもジェイクもわかっていた。
父は『下手を打った』。
大金を手に入れてくると息まいて王宮の新年の宴に出て、そのまま帰らなかった。
その直後にブルーノの領地へ戻ったキャメロン・ブルーノが病で死に、アーロンが重症を負い、なぜか都で療養することになった。
何が起きたかは、ケイティと暮らし始めてまもなくアーロンが酔った勢いで喋ってくれたから、ほぼ全容はわかっている。
おそらくは、父もこの件に絡んでいる。
ブルーノ家もフィリスも何も言わないが、とても無関係とは思えない。
「わかってる……わかってるわよ」
「俺はまあ、何とでもなるけどさ。姉さんあの隠居の後妻もうまくやれないなら、他の貴族の愛人も無理だろう。成績もよくないから教師にもなれないし、今更侍女もできない。行きつく先は娼婦しかないぜ? 母さんみたいにろくでなしに殺されたりとか──」
「いやよ!」
母は降格処分を受けた父に見切りをつけて、早々に別の男を見繕い出て行ってしまった。
最初の頃は上手く行っていたようだが、結局殺された。
遺体になった母は、惨めなものだった。
「ブルーノの金で楽に暮らすか、追い出されて惨めに暮らすか。どっちがいいか解っているよな?」
こくりと、ケイティは頷く。
「まあ、おいおい手段は考えるとして。姉さんはとにかく義兄さんの機嫌を取ってくれよ」
「でも、あんた。盗んだものどうするの」
「証拠がないから大丈夫さ。俺はあくまでも知らないって言い張るよ」
「そんなんで大丈夫なの?」
「たぶんね。義兄さんも自分の酒癖の悪さはうすうす自覚している。酔った勢いで衝動的に捨てたかもしれないし、姉さんに首飾りをあげたみたいに誰かにやってしまったかもしれない。それに、あそこに入れたってのは義兄さんにしかわからないことなんだ。執事に管理させていたわけじゃない」
にいっとジェイクは笑う。
「あの坊ちゃんには何にもできないさ。まあ、そのうち良心が疼いて俺の事呼び戻そうって言うんじゃない?」
「本当にそんなにうまくいくのかしら」
「それに考え見れば、俺が寮暮らしになるのは好機だよ。俺に会いに外出して、俺の為に買い物をして。たいてい義兄さんがべったり一緒だったから、『自由に』動けなかったじゃないか」
ジェイクは声を低めて囁いた。
「ここじゃあ誰が見ているか聞いているかわからない。姉さんが保護者としてちょくちょく俺を訪ねてきてくれよ。面会室は基本的に監視がないし」
「そうね……」
ジェイクが首飾りをテーブルの上にそっと置いた。
青くきらめく、宝玉。
二人はじっとそれを見つめた。
「姉さん。使えるものはとことん使おう」
「ええ。そうね」
ケイティは、にこりと。
愛らしく笑った。




