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亀裂

 別邸に戻るなり、アーロンは書斎の机で一番大きな引き出しに鍵を差し込み、開いた。


「──っ」


 乱雑に放り込まれた封筒は、全て開封されていた。

 慌てて中をかき回す。


「ない……。ない……。ない!」


 封書と一緒にフィリスや母からの贈物を入れていたが、そのほとんどが見当たらない。

 フィリスが刺繍したいくつものハンカチ、カフスボタン、それから……。


「耳飾りが、ない」


 あの夜、フィリスの部屋から衝動的に持ち去った母のサファイアの首飾りと耳飾り。

 首飾りはケイティに見つかってしまったのでつい首に着けてやったが、揃いの耳飾りを渡す気になれなかった。

 フィリスの耳に下がっていた耳飾りは、とても美しかった。

 踊る時に揺れて青い光をフィリスの首に放っていたのをよく思い出す。

 いつか返そう。

 そう思って、この引き出しに入れていたのに。


 封筒の一つを手に取って手紙を取り出してみる。

 上品な紙に流麗な筆致でしたため丁寧に折りたたまれていたはずなのに、しわだらけになっていた。


『私たちが書いた手紙を、ケイティの弟が学院で休み時間に読み上げて、仲間たちと回し読みしてさんざん笑って──』


 アーロンは廊下に向かって叫んだ。


「ジェイク! 誰か、ジェイクをここに連れて来い!」


 ただならぬ様子に、使用人たちは動揺する。


「お義兄さん。どうしました?」


 やがてケイティと現れたジェイクの頬を有無を言わさず叩いた。


「アーロン! いきなり何するの! ひどいじゃない!」


 ケイティがジェイクを抱き寄せ詰る。


「ジェイク。お前、机の中の物を漁ったな」


「……なんのことだか……」


 頬を抑えてうなだれて被害者ぶるジェイクにアーロンは苛立った。


「しらばっくれるな! お前がここからフィリスの手紙を持ち出して学校で回し読みしていると聞いたぞ!」


「そんなことしません。何かの間違いです」


「そうよ! 誰かがジェイクを悪者にしようとしているだけだわ。いったい誰がアーロンにそんな事を吹き込んだの。……フィリスね? フィリスが私たち姉弟を──」


「違う。うちの家門の子息たちが見ていたんだ。母の所に報告が上がっている」


「子息たちって、どうせレイチェル・バーンズ子爵夫人の子どもたちなんでしょう? 彼女が私のことを目の敵にしている事を知っていて、それを信じるの?」


「ああ。信じたくなかったさ。だけど、今鍵を開けてみたら、引き出しの中はめちゃくちゃだった。手紙は手あかだらけ、一緒に送られてきた品物もほとんどない」


「待ってください。僕は開けていません。それに、品物って、まさか僕がお義兄さんの持ち物を盗んだとでもいうのですか?」


「そうとしか思えない。この中には宝石も入っていたのだから」


「いったい何が入っていたというのです。僕は知らない」


「少なくともフィリスが刺繍したハンカチが数点と、カフスボタン、母の耳飾りが見当たらない」


「耳飾り? いったいどのような形のものなのですか」


「大粒のサファイアだ。私が預かっていた──」


 二人の会話に、ケイティが顔色を変えた。


「サファイアの耳飾りですって? まさか、あの首飾りは耳飾りとセットだったの?」


「それは」


「信じられない! 貴方、私があれを着ける時は別の耳飾りをつけさせていたじゃない! アンティークで一点ものだからって」


「……私が、母の宝飾を間違えて持ち出してしまったんだ。いずれ返さないといけないと思っていた」


「ひどい! 私にくれるって言ったくせに!」


「ああ、うるさい、黙ってくれ! 今はそんな話をしている場合じゃないんだ。私が言いたいのは──」


「失礼ですが。お義兄さんはよく酔って帰って来た時にこの書斎で過ごされることが多いですよね。僕が何度か酔い覚ましをお持ちしたら、机の上に手紙を広げているのをよく見かけたのですが……。もしかして、覚えていないのでしょうか」


「……は?」


「一度、机の上に水をこぼしたのを僕と使用人が慌ててふき取ったこともありますよ。……ああ。彼女はもう辞めてしまったから、僕の話の立証はできませんが」


 ジェイクの言葉に、アーロンの中で迷いが生じた。

 引き出しに今一度視線をやり、失くした物を思い出す。

 頭に手をやりしばらく考え、結論を出した。


「手紙はそうだとしても。貴重品がなくなっているのは説明がつかない」


「アーロン!」


「もともと君は寮生だった。部屋もそのままの筈だ。疑いが晴れるまでしばらくここには来ないでくれ」


「アーロン! あんまりよ!」


「あれは、母の嫁入り道具だったんだ!」


 アーロンが机を拳で殴る。

 ケイティは、一瞬身体を硬直させたが、やがて深々とため息をついた。


「──それを私の首に着けたのは、あなたよアーロン。耳飾りは見た事ないのだから貴方が勝手に探してちょうだい」


「……」


「首飾りは、私のものよ。今更返してくれだなんて、そんなみっともない事言わないわよね? 私がさんざん社交で着けて回っていたのに、それを今度はフィリスが着けるのわけ? 国中で笑いものにされるのがおちね」


「ケイティ」


 まったくもって、ケイティの言うとおりだ。

 アーロンは頭を抱えた。


「ジェイク。行きましょう」


「……お義兄さん。悲しいです」


 ジェイクの片目からぽろりと涙を流れ頬を伝う。


「失礼しました」


 姉弟は連れ立って出ていく。

 後味の悪さだけが書斎に残った。





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