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待遇、そして。

「貴方がこの屋敷で過ごしている客室は、高位貴族をもてなすための部屋だから、寝具も調度品もカトラリーに至るまで最高級品で揃えているの」


「あんた、いったい何が言いたいの?」


 確かに今まで見た事のない最高の部屋で、ケイティは公女にでもなった気分だった。

 そして、それはアーロンの恋人として義母に歓待されている証拠だとばかり思っていた。


「もしも一つでも傷をつけたなら、貴方に賠償してもらういます。だから気を付けて過ごしてちょうだいね」


「は? 何とちくるったこと言ってんのよ。それじゃあまるで──」


「別邸は何もかも暫定のものだったから実家と同等の品物ばかりだったでしょう。貴方たちがどれほど粗相をしても、執事は黙って新しいものを手配していたけれど、それでも目に余ると報告が来ているの。貴方が八つ当たりして怪我をさせた使用人たちへの賠償も併せて、相当な金額になったのだけど、いったいいくらになったのか知りたい?」


 こてんと少女のように首をかしげるフィリスの仕草にケイティは頭に来たが、騎士に制されてぐっとこらえる。


「だから、何なのよ! 回りくどい言い方をやめなさいよ」


「ブルーノ家はお義母様と家臣たちの経営手腕が功を奏して、それなりに豊かではあるけれど、無尽蔵に湧いてくるわけじゃない。貴方たちはたった数年で、お義父様に関するものを処分して出来たまとまったお金も食いつぶしてしまったの。もう、貴方たちに使う余分なお金はないわ」


「とことん厭味ったらしいのね。私たち、普通に暮らしているだけじゃない」


「そう? 半年前に遊覧船に乗って最上級の船室で贅沢三昧していたそうね。請求書がどこに届いたと思っているの。支払いの手続きをしたのはお義母様よ」


 ひゅっとケイティは息をのむ。


「そんなの。私は知らなかったし……」


 フィリスはすっと手を伸ばし、温室にはめ込まれたガラス板を指し示した。


「例えばね。貴方がここで石でも投げてこの温室のガラス一枚破るとするでしょう。そうすると、ジェイクの半年分の授業料に相当するわ。貴方が今朝紅茶を飲んだティーカップなら、一年分でも足りないわね」


「そんな、大げさな」


「試してみる? 別に構わないとお義母様から言付かっているわ。そもそもついさっき、子爵令嬢をわざと顔を狙って扇子で叩いたばかりね。まずはそこから執務室で話し合う?」


 フィリスが一歩前に出ると、ケイティは後ずさる。


「そうそう。言い忘れていたことがもう一つあったわ。貴賓室に出入りする使用人の全ては男爵以上の家柄なの。調度品同様に、『扱い』には気を付ける事ね」


 ケイティの背中にぞくりと鳥肌がたった。

 フィリスはずっと微笑んでいる。

 しかし、黄緑色の瞳はまるで刃のように鋭い。

 淑女にあるまじきみっともない頭をしていると言うのに、伯爵夫人らしからぬ質素な服を着ているというのに、ケイティはフィリスに気圧された。


 ほんの少し前までは、母と一緒に思いのままに出来たはずなのに。

 父母がフィリスを孤立無援にして、思いつく限りのさまざまな嫌がらせを行った。

 それに対する報復なのだろうか。


 ぎりりとケイティは唇をかむ。


 母のアリスが貧しい準男爵の出で、従姉の夫と通じて未婚のままケイティとジェイクを産み、最後は夫人の座におさまった事実はいつまでもついて回った。

 どんなに着飾っても、母と自分は社交界に馴染めない。

 爵位があるから表面上の関わりがあっても、深まることが全くない。

 進んで自分たちと親しくしようとする貴族は現れず、誰もが陰口を叩く。

 見えない壁があるのではない。

 一歩進んだ先に断崖があるのだ。

 だから──。


「あんたって、物凄く意地悪だったのね。この世でたった一人の妹に恥をかかせようなんて、どうかしてるわ」


「それを言うなら、恋人の屋敷へ滞在中に、弟と年の変わらない少年を口説く貴方もどうかしているわ」


「なっ、何よ、人聞きの悪いこと言わないで! 口説いてなんかないわよ! ただ、意外と綺麗な顔をしているから、侍従にして都会に連れて行ってあげようとしただけじゃない!」


「彼は断ったし、侍女も止めに入ったわよね?」


「こんな田舎でくすぶっているよりずっといいに決まっているわ! それをあの侍女が──」


「失礼ですが。発言をお許しいただけますか」


 すっと、イアンが手を上げ前に出る。

 フィリスが頷くと、彼は上半身を折り曲げケイティに頭を下げた。


「お客様。私のせいで不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。私は、この温室の草木の手入れをする者の一人とさせて頂いている事に誇りを持っています。どうか、どうか。この仕事を続けることをお許しください」


「…………っ」


 ブルーノの温室に匹敵する場所はなかなかない。

 さすがのケイティもそれは解っていた。

 ままならないことが多すぎて、ケイティの怒りがまたふつふつと湧き始めたその時。


「あら。いったい何が起きているのかしら」


 レイチェルが明るい声を上げて現れた。


「まさか、何か問題起こしたりしていないわよね? ケイティ・ウエスト準男爵令嬢」


「──っ。もういいわ! 知らない!」


 ケイティは顔を真っ赤にして、足早に出て行った。

 騎士と、レイチェルに付き添っていた侍女が後を追う。

 そんな様子をレイチェルは目を丸くしながらも、「あらあら」と楽しそうに笑った。


 やがて、温室に流れる空気が落ち着いた。


「メリッサ。ごめんなさいね。扇で殴るなんて顔に傷が……」


 フィリスはまず、頬を押さえ続けていた侍女に謝る。


「いえ、大丈夫です。本当は殴られていないので」


 軽く肩をすくめて、メリッサは手を外した。


「袖口で受けたんです。振り向きざまだったから、多分見えてないだろうと思って」


「ああ、そうなの……良かったわ」


 ほっと肩の力を抜くフィリスに、レイチェルは笑う。


「私の義妹はそもそも騎士なんだから。多少の傷はつきものよ」


 メリッサはレイチェルの夫の妹だ。

 アルフレッドの養子縁組が成立した頃に、この屋敷に騎士として入った。


「そうはいってもね。こんなに綺麗なお嬢様なのだから、もしもの事があったら、子爵家の皆様に申し訳が立たないわ」


「ところで、ハリーがお昼寝から起きたそうよ。泣いているから戻ってあげて」


「ありがとうございます。イアン、メリッサ。先ほどは本当に私の妹がごめんなさい。後でまた改めて話をさせてちょうだいね」




 フィリスも駆け足で温室から去り、使用人たちもあとに続く。

 レイチェルは人払いをして、義妹とテーブルに座った。


「──それで。どう? メリッサ」


「似ていない姉妹はこの世にいくらでもあるけれど、あの二人は本当に共通点がありませんね。ぎりぎり又従姉妹という所は本当でしょうけれど」


「そう」


「入浴の介助の時に丁寧に観察しましたが、本当にないのです。あの異母姉妹の似ているところが。耳の形、足の指、爪の形に至るまで、全く……」


 体格や顔立ちなど若い頃に似ていない兄弟が、年を取るにつれ似てくることがある。

 それはそれまで目立たなかった何らかの共通点が現れてくるからだ。


「捕らえた時にドナルド・ウエストの全身を詳細に記録しておいて良かったわね」


「ええ。本当に」


「我慢に我慢を重ねて歓待した甲斐があったわ。収穫が多くてありがたいことね」





 翌日。

 アーロンとケイティは屋敷を後にした。



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