異母妹との口論
「それは出来ません。私はこの屋敷の庭の為に雇われています」
アースカラーの瞳で見つめられ、ケイティはうっとりと頬を染める。
「声もなかなか好みだわ。お前は土にまみれて庭師なんかやるより、私の傍にいて社交に出るべきよ。いずれこの家は私のものになるんだから、決定権は私にあるの。それがちょっと早くなっただけでしょ」
「お客様、なりません、そのような……」
「うるさいわね! おだまり!」
止めに入った侍女を振り向きざま扇子で叩いた。
「あっ……」
「侍女の分際でで口を挟もうなんて、生意気ね! お前は首よ!」
頬を抑え侍女は地面に崩れ落ちる。
その頭の上に今一度扇子を振り下ろそうと、ケイティが手を高く上げた瞬間、背後から騎士に手首を掴まれ、侍女との間にイアンが入った。
「何すんのよ! どきなさいっ!」
地団太を踏むが、びくともしない。
「やめなさい、ケイティ!」
フィリスの声が温室に響き渡る。
「貴方、どういうつもり? 何故、お義母さまの専属侍女に暴力をふるっているの?」
「──え?」
ケイティがフィリスの思いもよらない発言に驚いている間に、イアンは侍女に手を貸し、素早く騎士の後ろへ連れ出す。
「しかも、解雇する? 貴方に決定権はないわ。ケイティ・ウエスト準男爵令嬢。今貴方が怪我をさせた侍女の身分は子爵家。貴方よりも格段に上だわ」
フィリスの合図で騎士は手を離した。
自由になったケイティは手首を抑えて舌打ちをする。
「子爵? はっ。なら何で侍女なんかしてるのよ。没落したから働かなきゃいけないんでしょ、なら──」
「なら、殴ろうが、辱めようか、何してもいいと?」
「ええ、そうよ。平民と変わらないもの。むしろ──」
「貴方が嫁がされた平民の家よりお金がないからって言いたいのかしら。なら、貴方はどうなの? お金持ちの嫁ぎ先から追い出されて、住む家もなくしてブルーノの別邸に転がり込んで」
「なっなによ。調子に乗ってんじゃないわよ、離婚される寸前のくせに。一生懸命アーロンに媚びを売って縋ってるようだけど、残念ね。汚れたあんたなんか、気持ち悪くて指一本触れたくないってよ。そんな女がいつまで伯爵夫人だなんて、笑える。ねえ、いつ出ていくのよ。そんな頭を見せびらかして、同情買おうなんて、浅ましいってみんな噂していたわよ! ほんっと、みっともないったら」
「──悪いけれど。そう言う貴方も、あと八年もすれば自分が平民になることを忘れているのではなくて?」
「は?」
「すっかり忘れているのね。伯爵家だった頃ならいざ知らず、準男爵に降格したでしょう。ドナルド・ウエストが行方不明になったのが二年前。見つからなかったら爵位返上になるわ。貴方もジェイクも平民として生きて行かねばならないのよ?」
この国では、準男爵とは一代限りの爵位だ。
基本的に領地を持たない。
主に当主になれなかった子息たちへの救済措置のようなもので、国のために何らかの働きを行っていれば身分を維持でき、目に余る行動をすれば取り消しとなる。
そして準男爵の子どもたちが人材として優秀であれば特例としてまた準男爵になることができるが、審査は格段に厳しくなる。
「ジェイクは、学校で何度も問題を起こしているわね。私がブルーノ伯爵夫人の私費から慰謝料を払い、学校にも頭を下げていたけれど、次はないと言われているし、成績も常に下の方だと聞いているし。このままだと卒業を待たずに退学になってしまうわ。そうなると末端でも文官にはなれないでしょう。つまりは──」
「……なら、ウッドワードの大伯父様の養子になればいいんだわ! お母さまが言っていたもの、ウッドワード子爵家は実家のようなものだったって」
フィリスの母ティルダと継母アリスはウッドワード家で姉妹のように育った。
貧しい弟夫婦の暮らしを心配しての親切を仇で返されるとは思いもせず。
「そうね。貴方の母がドナルド・ウエストを略奪するまでは」
「なによ! あんたの母親に魅力がないからじゃない! お母さまのせいじゃないわ」
「それだけじゃないわ。貴方たち母子で、ウッドワードの祖父を騙し続けたわね。貴方ね? 私を騙って金の無心の手紙を書いたのは」
母が亡くなった時にウッドワード家はフィリスを引き取りたいと願い出たが、忘れ形見だと偽り、父たちは離さなかった。
そして何かとフィリスに金がかかると養育費をせびり、祖父の気を引くためにケイティに手紙を書かせた。
最初は何のことかわからなかっただろう。
しかしそれはフィリスが婚約してブルーノへ向かう直前まで続いた。
最後はブルーノ家に請求されている持参金を肩代わりして欲しいと懇願する内容が綿々とつづられていたそうだ。
義母の仲介で伯父と初めて会った時にその事実を知り、フィリスは目の前が真っ暗になった。
「ええそうよ。悪い? すっごく楽しかったわよ。『お家が貧乏でぇ、お薬代がないのぉ~』って書いたら、すぐお金とか色々送ってきてさ。だいたい騙される方が悪いのよ。普通、いくら何でも途中で気が付くでしょ。なのに十年全く疑わないでホイホイ貢いで、バッカじゃないの。あんたに贈ったもの、ぜーんぶ私が貰っちゃって、ドレスとか着てお茶会に出てたんだから」
ケイティに悪びれる様子は全くない。
それどころか、フィリスたちを馬鹿にして笑っている。
「貴方って本当に……」
フィリスは感情的になるのを堪えた。
ケイティはわざとフィリスを怒らせようとしている。
挑発に乗って取り乱そうものなら、『ほらお前風情に伯爵夫人は無理なのよ』とでも言うのだろう。
フィリスは背を伸ばし、ぐっと腹に力を入れる。
「ねえ、ケイティ。知ってるかしら」
この家を。
この庭を。
そして人々を守るために。
フィリスは微笑んで見せた。




