夫、そしてケイティ
春に植えた野菜を夏に収穫し、秋に林檎のサイダーやジャムを作って、冬支度をする。
義母とレイチェル、そしてアルフレッドとハロルド、エマにイアンに……。
親しい人達と賑やかに過ごす時間は楽しく、あっという間だ。
やがて社交の十二月がやってきた。
目を逸らし続けていたことと向き合わねばならない。
フィリスは子どもたちを義母に預け、首都を目指した。
「あら、あんた。まだ生きてたの?」
タウンハウスに着いた次の日、異母妹のケイティと鉢合わせした。
平民のような蓮っ葉な物言いは、ウエスト家でフィリスに鞭をふるう時によく使っていたと思い出した。
しかし、この第二の社交場と言われるドレスメーカーの待合室で隠そうともしないことにフィリスは目を見張る。
更に、その隣にはフィリスの夫アーロンがいて、ぴたりとくっついている。
昼間だと言うのに共に腰に手を回し合い、周囲の貴族たちはあきれ顔だ。
「あらあ、ウエスト準男爵令嬢。ずいぶんとご機嫌な様子ね。まさかこんな昼間からお酒に酔っていらっしゃるのかしら?」
フィリスが答えるよりも先に、レイチェルが前に出て戦いの火蓋を切った。
「ブルーノ伯爵家の別邸に上がり込んで弟ともども長々と居座っているだけでも、ずいぶん面の皮が厚いと思っていたけれど、淑女としての礼儀も何も知らないのね。シュルツ商会から半年待たずに離縁されるだけあるわねえ」
「レイチェル・バーンズ!」
アーロンが血相を変えるが、レイチェルは扇を弟に指し示す。
「姉上、でしょう。それに私は子爵夫人で、名ばかりの準男爵よりはるかに爵位は上よ。もちろん、フィリス・ブルーノ伯爵夫人もね。それを『あんた』呼ばわりだなんて、どこの平民かしら」
「……バーンズ子爵夫人。それでもお前は私の家臣の妻だ。それなのに、連れの女性を貶めるとは」
「ええ。私はブルーノ伯爵の家臣の妻です。だから、主の正式な奥方様をお守りし支えるのが私の役割ですわ。たとえ、血のつながった弟から、この高位貴族ばかり集まる場で『おまえ』などと罵られても」
「……ッ!」
アーロンたちが周囲を見回すと、待合室のテーブル席でそれぞれ寛ぐ貴族たちの冷たい視線が突き刺さった。
「──行こう。ケイティ」
アーロンに引っ張られ部屋を出る最中、ケイティはフィリスを睨みつけた。
「この、〇△×。覚えてなさい」
貴婦人であるなら一生口にしない言葉を投げつけられた。
ああ、継母に尖ったつま先の靴で蹴られながら聞いた言葉だと、フィリスはその時の身体の痛みを思い出す。
その時、ケイティとジェイクの異母妹弟たちはその様を見物し、愉快そうに指をさして笑っていた。
「不敬罪で訴えるわよ、ケイティ・ウエスト準男爵令嬢」
レイチェルが即座に反撃した。
周りに聞こえないように言ったつもりだろうが、ケイティの甲高い声では筒抜けで、中には汚れた言葉に眩暈を起こし侍女に支えられる婦人が出ている。
「はん! 汚れて干からびた女がなんなのよ!」
「やめるんだ、ケイティ!」
久しぶりの夫との再会は散々なものに終わった。
フィリスは背をまっすぐに伸ばし、アーロンたちを見つめた。
「旦那様もケイティも。お元気そうで、何よりですわ」
「──っ」
怒りで顔を真っ赤にしている夫は、殴りかかっては来ない。
懸命に理性を働かせ、暴力の衝動を抑えているようだ。
周囲の目を気にすることができるくらいに回復したのだと、フィリスは知る。
思えば、一年以上会っていなかった。
両手に乗るくらい小さなハロルドが、今や屋敷中を走り回って大人たちを困らせるくらいに成長する間、この人の中でも時が流れたのだ。
「ごきげんよう。お二人とも、よいお年を」
軽く首をかしげて微笑んで見せた。
「上品ぶってんじゃないわよ、田舎育ちが!」
結局、ケイティはドレスメーカーの護衛たちに強制的に連れ出される羽目になり、その後ろをアーロンが追いかけることとなった。
とんだ見世物である。
この国に、公然と愛人を連れ歩く貴族はいる。
貴族たちの婚姻のほとんどは政略結婚なのだ。
義務さえ果たせば、貴婦人たちも多少の『お遊び』は許された。
だから、アーロンが別邸で誰と暮らし連れ歩こうが、たいして関心を集めることはなかった。
ごくごく普通の。
貴族のたしなみだ。
しかし、それが躾のなっていない珍獣となれば話は変わる。
ブルーノ伯爵家の醜聞は、瞬く間に広まった。
次にフィリスが夫と再会したのは、新年の宴の会場だった。
フィリスたちが滞在するタウンハウスへ自ら出向くことを拒んだ彼は、別邸から己の馬車で王宮へ向かった。
何の功績もなく名ばかりの準男爵家は招待されなかったため、ケイティとジェイクは出席できない。
前回は体調不良を理由に夫婦ともども欠席したが、今回はドレスメーカーでの一件が知れ渡っているため、アーロンは上位貴族から書状で警告された。
役目を果たさぬ当主の首は、いつでも挿げ替えられると。
さらに、アーロンがケイティと放蕩の限りを尽くしていると国から見なされている事も指摘された。
キャメロンが娼館に幽閉されたのを忘れたかと、手紙を届けた文官の言葉に、アーロンは青ざめる。
ブルーノ伯爵であるために、アーロンはフィリスと二人並んで王族に挨拶せねばならなくなった。




