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終わらない悪夢


 キャメロン・ブルーノの葬儀は、天候の悪さから二週間後となったが、家臣や近隣の貴族、そして早馬での知られを受け取った行政官も駆け付けた。

 国の認可が下りて、、未だ病床のアーロンが正式に当主となった。

 粛々と葬儀を終えると、キャメロンの棺はブルーノ家の墓所へ収められた。


 ブルーノの領地から全ての弔問客が去ったのちのある夜、粗末な木の箱が森の奥へと運ばれ、狼の住まう所に置き去りにされた。

 そして。

 春になるとそこには複数の骨が散らばっていたが、やがて森の理の中に沈んだ。


 夜の魔物が消え失せた代わりに、ブルーノ家には秘密が一つ生まれた。

 キャメロン・ブルーノの棺の中はからっぽで。

 真ん中に黄金の印証指輪のみがころんと転がっている。





「くっ……」


 ぐるぐると、苦しい夢ばかりが続く。


 最初は、妻が大きな魔物に襲われ、助けを求められているのに間に合わない夢だった。

 彼女が巨大な黒い魔物の大きな口の中に飲み込まれ、鋭い歯で噛み砕かれていく夢。

 自分が大きな車輪に踏みつぶされていく夢。

 押しつぶされて苦しんでいるのに、目の前にいる妻はただ泣くだけで助けようともしないことに憎しみを覚え、やがて彼女自ら魔物に媚びを売っているように見えてくる。

 夢は何度も途切れ、巻き戻し、またどこかでまた続く。

 繰り返し繰り返し終わらない悪夢。


 やがて、夢と現実が分からなくなってきた。


 くるしい、くるしい。

 誰か、助けてくれ……!


 夢に溺れ、あがき、なんとか目覚めたその瞬間。


「旦那様!」


 目の前に、夢の中に出てきた女がいた。

 憎い、憎い、憎しみしかない。

 涙を浮かべてみせるのも、きっと。


 ごふっと咳をして、なんとか唇と舌を動かした。


「私に……さわるな、けがらわしい……」


 女の顔が凍り付いた。

 アーロンは続ける。


「出ていけ……みたく、ない」


「……しつれい、しました」


 女はいなくなった。


 ああ。

 せいせいした。





 葬儀から二週間経った頃、アーロンの意識が回復した。

 しかし、実の父に受けた暴力の傷はあまりにも重く、心も体も壊れたままだった。


「堕ろせ。罪の子だ」


 フィリスの腹に宿っているのはアーロンの子であると医師も母も説明を試みたが、アーロンは否定した。


「一か月、私が寝込んでいる間に、口裏合わせて醜聞を隠すことにしたのか。お前はずいぶんずる賢い女だな」


「……では、離縁してください」


「は?」


「この家を出て、私独りでこの子を育てます」


「何をばかなことを! お前ごときがひとりでいったい何ができる! ウエストに戻ったところで今更どうにもならないだろう。……ああ、そうか。お前の身体なら、娼館でもやっていけ……」


 アーロンは、フィリスと顔を合わせると忌々しそうに舌打ちをし、会話を始めるとすぐに罵る。

 かつては、手中の玉のように大切に囲われ、愛の言葉を囁き続けていた人が。

 今は、思いもよらない下品な言葉を使いフィリスを貶める。


「アーロン! なんてことを!」


 義母が止めに入るが、その母を見る目すら冷たい。


「母上は、すっかりこの女の虜ですね。夫を寝取られたというのに、ずいぶん寛大な事で」


「貴方は……いったいどうしてしまったの? そんな事ではないと、本当は解っているでしょう?」


「なんのことですか? この女が手引きして父を寝室へ招き入れ、邪魔な私を殺そうとしたのに、何故厚遇するのです。けがを負った私を気の毒とは思わないのですか。貴方はそれでも私の母親ですか!」


 激高して狂人のように振舞うアーロンに、誰もが戸惑う。

 あの夜を境に、人が変わってしまった。

 やがて傷が癒えて身体を動かせるようになると、破壊力が増していった。

 突然怒り出し、手当たり次第物を壊す。

 時には使用人に手を上げるまでになっていた。

 フィリスを見つけては口汚く罵り、いないと探し回って暴れる。

 よく眠れないらしく、顔の形相もすっかり変わってしまった。


 都より招いた医師は、記憶障害の一つなのではないかと診断した。

 妻を守れなかった自責の念から、いつの間にか記憶が改ざんされてしまったのだろうと。

 そして、責め立てながらも離婚に同意しないのは、心の底に残る愛か憎しみか……。

 それは本人にしかわかないこと。

 時が経てば治るかもしれないし、そのままかもしれない。

 曖昧な見立てに屋敷の中は暗くなっていく。



「このままではお腹の子に良くないわ。それに、アーロンにも自分と向き合う時間が必要よ。フィリスはうちでしばらく暮らさない?」


 ある日レイチェルが提案し、フィリスは迷ったが頼ることにした。

 アーロンは猛反発したが、お互いに距離を置くべきだと周囲が説得してくれた。

 義母を残して屋敷を去るのは申し訳ない。

 だけど……。


「お義母さま、申し訳ありません」


「いいのよ。レイチェルの所なら私も安心できるわ」


 義母に見送られ、レイチェルと共に屋敷を後にした。

 ますます細くなっていく義母の姿に、後ろ髪を引かれる思いだったが。


 ぼこぼこ。


「……あ」


「どうしたの?」


「何か……。この辺りで泡がはじけるような……」


 少し膨らんてきたお腹に手をやると、やはり、ぽこぽこ……と不思議な感覚が伝わってくる。


「あら。胎動かしらね」


「これが、胎動……」


 フィリスの頬を温かな涙が伝う。


 小さな命に、励まされている気がした。










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