嵐の夜に
キャメロンが再び目を開けた時、そこは粗末な小屋の中だった。
ずぶ濡れのままの服がべっとりと肌にまとわりつき、隙間風が入る室内はとても寒かった。
「うう……」
呻くと、コートを着込んだ男が上から覗き込み、近くにいた誰かに何かを告げた。
扉が開いたのか冷たい風が吹き込み、身体を縮こまらせようとして全身の痛みに悲鳴を上げた。
「お目覚めですか、キャメロン様」
コートの男はよく見ると長年ブルーノの専属医師を務めていた者だった。
「とりあえず、止血はしています」
「ここは、どこだ」
「貴方様がウエスト準男爵と待ち合わせていた小屋ですよ」
「ああ。道理でどこか見覚えがあると……うっ」
「起き上がることはできませんよ。腰骨が折れていますから」
さらりと言う医師の様子にようやく違和感を感じた。
当主である己が、何故床に転がされたままなのだ?
この小屋には簡易ではあるが暖炉があり、火を焚いていた匂いがするのに、今は消されている。
「幸いでしたね。おかげで……」
「ウエストのように生きたまま足を潰されなくて」
突然扉が開き、女が入ってきた。
「おまえ……」
「大人しくしていれば、もっとましな最期を迎えられたのに、本当に貴方は愚かね」
「グィネス! おまえ……っ」
かつての妻が、蔑みも隠そうとせず見下ろしている。
「今更もう、何も言わないわ。幸いなことに貴方はもう自力では指一本動かすことができない。どこまで頑張れるか見ものね」
「お前! 俺は当主だぞ! 約定を忘れたか、俺にもしもの事があれば……」
「真冬の悪天候の中、自ら進んで安全地帯である首都を出て、わざわざこの領地まで馬を駆った。そんなあなたが『屋敷へたどり着けずに』疲労から落馬するのも、風邪をこじらせて命を落とすのも、なんら不思議ではないわよね?」
「このアマ……っ」
「貴方、酒と薬と女に溺れていて気が付かなかったようだけど、この一年の間に、あなたを擁護していた人たちがバタバタと亡くなっていたの。まあみなさま高齢ですもの。こちらとしては長かったけれど」
「……まさか、そんな」
「もう、誰もいないの。貴方に生きていてほしいと、思う人は。この世にひとりもね」
歌うようにグィネスは告げた。
「俺は……っ、渡さんぞ! 領主の指輪はお前らなんかに!」
キャメロンの指にはブルーノ伯爵のみに継承される印証指輪が嵌っていて、それは肉にめり込み容易に外すことはできない。
年に数度、領主の決済印が必要な時に、ブルーノ伯爵の使いがキャメロンの所へ書類を持って現れていた。
それが、キャメロンの存在意義で、高級娼館で何不自由なく暮らせた理由だ。
「貴方の指を切り落とせば済むことだわ」
「な……」
「でも、しない。本当はもうずいぶん前から必要なかったのよ、それ」
「は?」
「とっくの昔に、王が新しい指輪を授けてくださったわ。貴方の所に運ばれていたのはただの紙切れ。大人しくそこで遊んでいてもらうための」
『やんちゃな』キャメロンを盲愛する古老たちのせいで、重罪を犯しても処することができなかった。
そして、アーロンを当主にすることも。
「ごきげんよう、旦那様。この天候のなか、貴方の帰還を知った領民たちが面会を求めて詰めかけていてね」
「おい……」
ぶるぶるとキャメロンは震えだす。
「もちろんどうぞと答えたわ。良かったわね、貴方。神の審判を受ける前に全ての罪をおさらい出来て」
上品な笑みを浮かべ、かつての妻が踵を返した。
「待て……待て待て、待ってくれ、俺を置いていくな、グィネス!」
キャメロンの頼みに一瞥すらすることなく、グィネスと医師は去っていった。
誰もいない部屋で、歯をカチカチ言わせて震え続けていると、扉が再び開き、男が入ってきた。
茶色の瞳に、茶色の髪の庭師姿の男。
あの、最後に矢を構えてキャメロンを貫こうとした男だ。
「マディ・ゴードン……、スタン・バリー……」
低い声で、彼が人の名を口にした。
「な、なんだ……っ! 何が言いたい、お前!」
「若妻の身体欲しさに、その夫を捕らえて、殴って、木に縛って放置したのは。まさにこの季節の、こんな夜だったな」
「……っ」
「自分より見目麗しく、若々しく、人望のある異母弟が『風邪をこじらせて』亡くなったことをなかったことにしてこの十六年、お前はのうのうと生きてきた」
スタン・バリー。
キャメロンの父が使用人に手を付け、産ませた異母弟。
卑しい洗濯メイドが母親だったのに、キャメロンや父よりも祖先の瞳の色を引き継いだ赤ん坊。
運良く父が末の息子と会う前に亡くなり、女と赤ん坊ともども屋敷から追い出すようキャメロンは命じ、その後は存在自体忘れていた。
なのにある日。
ふと目に留まった庭師の妹の夫がソレだった。
粗末ななりをしていても、成長した姿は回廊の最奥にある英雄とひどく似ていた。
気に入らない。
何もかもが腹立たしい。
だから、木にくくり付けた。
息絶えたと聞いた時は、せいせいした。
その後のゴタゴタで女を手に入れそこなったのは惜しかったが、所詮は田舎の娘。
すぐに忘れた。
なのに。
「なんで、今ごろ……」
「なんでも。俺は忘れない。義弟の無残な死にざまも、最愛の夫を亡くした妹の嘆きも。そして……」
庭師はそれ以上語らなかった。
「言いたいことは、もう終わった。次が待っているから俺は行く。今のお前は自力で逃げることも死ぬこともできない。それに関して、神はいたのだなと思う」
男が立ち去ると、また次の誰かがやって来た。
「アン……、ジョー……」
記憶にない誰かの名前を告げる。
それは延々と。
いつまでもいつまでも。
尽きることなく続いた。




