しのびよる影
季節が巡り、夫婦になって初めての冬を迎えた。
新年の宴のためにフィリスたちは少し早めに首都へ向かい、先に着いていた義姉たちとタウンハウスで合流する。
親しい人々と過ごす聖夜は格別だった。
暖炉の火で温まった部屋で、大人も子どもも笑って唄った。
フィリスは、義母が大きく口を開けて笑う姿を初めて見た。
誰もが最高の夜だと。
きっとこの夜を忘れないと言った。
アーロンが背後から腕を回し、フィリスを抱いたまま義姉たちと冗談を言い合う。
幸せだった。
フィリスが幸せに浸っている間に、黒い影はゆっくりと確実に近寄って行った。
抜き足差し足……。
確実に、全てを奪うために。
「フィリス。久しぶりだな」
聞きなれない嗄れ声に振り返ると、やつれ果てた男が立っている。
ダンスが終わったところでアーロンが王族に呼ばれ、フィリスは義母を探してホールを歩いていた。
王宮での新年の宴において、入場資格は貴族にしかない。
この場にいるのだから、爵位を持つ人なのだろうが、衣装も薄汚れている。
誰なのかわからず、フィリスは微かに眉をひそめた。
「薄情なものだな。実の父親を、まるで見知らぬ人のように見るとは」
ここで初めて、目の前の男が父ドナルド・ウエストだと解った。
「申し訳ございません。貴方様にお会いしたのは、数えるほどでしたので」
「はっ。なんて嫌な女だ。口を開けば嫌味しか出てこない」
フィリスには、父と過ごした記憶がない。
生まれる前もそれから先も、母ともども『彼ら』がいたぶるための玩具でしかなかった。
結婚をして。
縁を切れたと思っていたのに。
「それで。私になんの御用でしょうか」
情けない。
度重なる失態がとうとう露見して、この男は領主として能力がないと国からの判断が降りた。
秋の始めにウエスト家へ行政官と国の騎士たちが詰めかけ、タウンハウスも領地も押収された。
跡継ぎである弟の存在に温情をかけ、名ばかりの爵位……準男爵を暫定的に授けられたと聞く。
領民に重税をかけつづけ、死人や流民がでるほどに荒廃させたのだ。
彼らと共にいたフィリスにとって、国の判断は遅すぎると、正直なところ思った。
「貴様……っ。今、お前が淑女ぶれるのは、いったい誰のおかげだと思ってんだ!」
かっと顔を赤らめ口から唾を飛ばし父が叫ぶと、歓談していた人々もその異様さに気づき始めている。
注目の的になることは避けたい。
フィリスは困惑する。
口を開こうとした瞬間に、義母の声がした。
「ウエスト準男爵。ずいぶんと興奮されておられるようですが、お酒が過ぎたようですわね」




